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2025年4月号

挑戦する研究者たち

地球を創生した藻類が地球を救う:藻類の優れた光合成・増殖・炭素固定能力を活用し、海洋、大気、土壌の環境正常化による生態系回復、気候変動にかかわる諸問題の克服、循環型社会に貢献する

2021年9月にNTTは、新たな環境エネルギービジョン「NTT Green Innovation toward 2040」を策定し、「NTTグループは2040年度までにカーボンニュートラルの実現をめざします」と発表しました。この新たな環境エネルギービジョンをはじめ、2020年10月に日本政府が発表した「2050年カーボンニュートラル宣言」、そして日本企業のカーボンニュートラル関連の取り組みでは、再生可能エネルギーの利用と省エネルギー化をその手段の柱としています。これらの、二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出を大幅に削減する取り組みのほかに、排出されたCO2そのものを吸収して利用するアプローチもあります。その1つである、藻類と魚介類に品種改良技術を適用して海洋CO2の低減をめざす取り組みについて、NTT宇宙環境エネルギー研究所 今村壮輔上席特別研究員に話を伺いました。

今村壮輔
上席特別研究員
NTT宇宙環境エネルギー研究所

藻類に品種改良技術を適用し、海水中のCO2量の低減をねらう

NTT研究所では珍しい、微細藻類を研究ターゲットとしているそうですが、その背景を教えてください。

「藻類の優れた光合成・増殖・炭素固定能力を活用し、陸海空(土壌、海洋、大気)の環境正常化による生態系の回復、気候変動にかかわる諸問題の克服、循環型社会への貢献」を研究ビジョンとして、現在主に「藻類と魚介類による炭素循環に品種改良技術を適用し海洋中のCO2を低減させる取り組み」を行っています。
この取り組みの中で、私が研究ターゲットとしている微細藻類(肉眼では識別が難しい藻類)は、生物の中でも長い進化の歴史を持ちます。微細藻類は約30億年前に現れ、光合成によって大気中の二酸化炭素(CO2)を酸素へ変換し、その量を劇的に増加させた結果、紫外線の生命への影響を低減するオゾン層が形成され、陸上への生物の進出を可能にしたといわれています。私たちホモサピエンスが誕生したのがおよそ20万年前であることを考えると、微細藻類が背負っている時間の長さが分かると思います。したがって、微細藻類は地球環境を劇的に変化させ、現在の地球環境を形成する鍵となった生物だと考えられます。この地球を創生した微細藻類が、今度は地球を環境破壊から救う存在になるのではという考えが、私の研究ビジョンの源流となっています。
そんな長い歴史を生き抜いた微細藻類、現在の私たちの食生活では欠かすことができません。例えば、サプリメントなどでよく見かけるDHAやEPA、エビや鮭の赤色の元であるアスタキサンチンなどの物質は、主に微細藻類由来であり、食物連鎖の中で最終的に魚介類の体内に取り込まれて濃縮されています。微細藻類を魚介類が捕食する、海洋での食物連鎖を活用して、海洋中のCO2量を低減する試みが、現在主に取り組んでいる研究になります(図1)。

研究ビジョンの達成において、食物連鎖を用いたモデルが重要な役割を果たすようですが、そのポイントを教えてください。

食物連鎖関係を用いる理由は、炭素固定期間の長期化です。「固定」という用語は聞き慣れないかもしれませんが、「CO2などの無機的な炭素を、グルコースなどの有機的な炭素化合物へと生体内で変換してそれが取り込まれる過程のこと」をさします。微細藻類は増殖が速いという利点がありますが、ライフスパンが短いため、CO2に由来する炭素が細胞に固定される期間が短いという欠点があります。この欠点を克服するために、微細藻類をライフスパンが長い魚介類のエサとして活用し、CO2に由来する炭素を藻類から魚介類に移行し、長期間固定することを狙っています。さらに、魚介類の生産が最終的に可能である点も重要な理由です。近年の海水温上昇や海洋生態系の崩壊により、水産資源の減少が深刻な問題となっています。そのため、持続可能な水産業の一環として、陸上養殖を含む養殖による魚介類の生産が増加しています。しかし、小魚の漁獲量の減少により、養殖用のエサ(魚粉)の価格が高騰し、持続可能性が低下しています。微細藻類は増殖が速く、耕作地を必要とせず、さらに魚粉の代替として必要なタンパク質やDHA・EPAなどの成分を含んでいます。そのため、持続可能なエサとしての利用が大いに期待されています。したがって、このモデルの確立が実現すると、環境のみならず、食料問題という私たちが直面している大きな2つの社会課題の解決策の1つになると考えています。

食物連鎖モデルの実現に、ゲノム編集と、中性子線を用いた世界初の微細藻類品種改良技術を適用

品種改良技術とはどのようなものでしょうか。

前述のモデルを用いて海洋CO2量の低減を実現するためには、まず第1に、品種改良によって、微細藻類によるCO2吸収量を高め、食物連鎖関係中で循環する炭素総量を向上させる必要があります。加えて、魚介類のエサとして必要な栄養成分に適合するように品種改良する必要があります。微細藻類は自然界でエサとして進化してきたわけではないため、飼料としての性質を持たせるためには人為的な改良が求められます。これは、トウモロコシの原種から現在の食用品種に改良するのと同様のプロセスです。しかし、小さく単純に見える微細藻類の性質を変えることは決して容易ではありません。微細藻類の仕組みは数十億年かけて進化してきたため、強靭さと柔軟性を併せ持っています。これにより、1つの性質を向上させると他の性質が減少するという、一律背反の関係が基本となります。したがって、バランスを取りながら品種改良を進めることが必要となります。
品種改良の方法の1つとして、近年注目されているのがゲノム編集です。ゲノム編集とは、生物が持つ特定の塩基配列を意図的に切断し、その遺伝子が修復される過程で生じる塩基配列の変化によって、本来の機能を改変させる技術です。遺伝子組換え技術が外来の遺伝子を導入して機能を改変するのに対し、ゲノム編集は、自身が持つ塩基配列だけを変化させるため、自然環境で起こっている現象に近いプロセスとみなされています(図2)。しかし、ゲノム編集技術は、標的とする遺伝子が特定されていて、初めて適用できる技術です(図3)。標的とする遺伝子を特定した方法について、詳細は割愛しますが、私たちは、12種類の標的候補遺伝子に対する遺伝子編集株を作製し、親株と比較して増殖速度が顕著に増加し、CO2吸収量の画期的な増加が期待できる2種類の遺伝子を特定することにこれまでに成功しています。現在、これらの遺伝子を標的とした微細藻類の品種改良を検討しています。

世界初の中性子線照射による微細藻類の品種改良技術

私たちは、ゲノム編集における標的遺伝子情報の事前特定が必要という欠点を補うため、別の品種改良法の研究開発も行っています。この方法はランダムに変異を導入する方法です(図2、3)。この方法では、どの遺伝子に変異が導入されるかは未知ですが、すべての遺伝子が標的となります。これにより、有用な性質を持つ微細藻類を取得できる可能性が広がります。さらに、この方法で得られた有用性質の原因となる遺伝子を特定できれば、それを新たなゲノム編集の標的遺伝子として利用し、品種改良が進められるようになります(図3)。
ランダムな変異を導入する方法にはいくつかありますが、一般的にはγ線やX線などの放射線を用います。この方法において注意すべき点は、放射線を使用するのは品種改良時のみであり、得られた品種改良株の栽培過程や最終製品には放射線を照射しないことです。したがって、この方法は、自然界でも起こり得る突然変異を活用する手法であり、安全性が高いと考えられます。例えば、ナシ黒斑病に抵抗性を持つ「ゴールド二十世紀」は、放射線を用いた品種改良の成功例の1つです。
これまでの放射線を用いた品種改良は、水分をほとんど含まない種子などの作物が対象とされてきました。しかし、微細藻類は基本的に水中で生育するため、同様の手法を適用することが難しいと考えられます。これは、従来使用されてきたγ線やX線などの放射線が、水分が多い培養液中で透過性が低く、生育する微細藻類細胞の大部分に変異を与えられないという問題に起因します。この問題を解決するために、私たちは、水分が多い培養液中でも他の放射線に比べて透過性が高いとされる中性子線を用いた、世界初の微細藻類の品種改良技術の確立を試みました。「なぜNTTが中性子線を?」と思われるかもしれません。NTTは、地上で使用される通信装置内の半導体に宇宙線由来の中性子線が引き起こすソフトエラー試験を行っており、その過程で中性子線照射に関するノウハウを蓄積してきました。このため、微細藻類への中性子線照射のハードルが低かったのです。
中性子線を微細藻類細胞に照射すると、遺伝子上にランダムに変異が入り、それによって細胞の性質が変わることがあります。しかし、中性子線の種類や照射条件と導入される変異の関係は明らかではなく、中性子線を用いた微細藻類の品種改良の大きな障壁となっていました。そこで、私たちは中性子線を微細藻類に照射し、それぞれの最適な照射条件と遺伝子への変異導入効果の関係性を解析しました。この技術の確立に際して、紅藻シゾンというモデル藻類を使用し、細胞内の特定の遺伝子に変異が生じた細胞だけが生存できる仕組みを応用し、中性子線の照射条件と変異の生じやすさの関係を定量的に評価しました。その結果、中性子線の照射条件と変異導入効果の関係性を明確にし、最適な照射条件を特定することに初めて成功しました(図4)。
さらに、私たちは株式会社ユーグレナと共同で、中性子線の照射条件が他の微細藻類にも有効であるかを検証しました。具体的には、ランダム変異法の適用が困難とされるユーグレナ(ミドリムシ)に対して、最適な照射条件を適用しました。ユーグレナを選んだ理由は他にもあります。ユーグレナは大量培養技術が確立されており、航空機の燃料生産にも利用されるなど、微細藻類を用いたバイオ燃料生産の実用株として有望視されています。研究を進めた結果、元の株に対して最大1.3倍の油脂生産量を持つ品種改良株の取得に成功しました(図5)。このように、中性子線を用いた微細藻類への変異導入条件を明確化し、その条件が微細藻類の品種改良に有効であることを実証、すなわち、中性子線照射による微細藻類の品種改良技術を世界初の例として確立したといえます。
今後、CO2吸収量を向上させた微細藻類の品種改良やその原因遺伝子の解析を行うとともに、2種類の藻類(シゾンとユーグレナ)以外への本技術の適用範囲拡大の有効性を検証していく予定です。活用目的に合わせて有用性を高めた微細藻類の品種改良・生産を行うことで、温室効果ガスの削減やエネルギー資源の生産だけでなく、農林水産飼料の創出など、気候変動に関連するさまざまな課題への解決策を提供することをめざしています。

ユニークな専門技術と変化への柔軟な対応が新しい挑戦を続ける原動力

研究者として心掛けていることを教えてください。

研究者であれば、自分の専門を持つことが重要です。そして、その専門が他の人の技術の模倣ではなく、ユニークである必要があります。近年、勉強と研究を混同している方が多いように思います。いうまでもありませんが、勉強とは、他の人が考え出したり見つけたりした知識を吸収し、利用することです。一方、研究とは、誰も知らなかったことを考え出し、未解決の問題を解いたり、誰も実施していなかったことを実現することであり、全くの別物なのです。
研究は企業や大学などの組織に所属して行う場合がほとんどであり、組織の方針や予算などの外的要因に影響を受けることが多々あります。このような状況においても、自分の軸となる技術や専門領域をいかに曲げずに維持できるかが重要です。しかし、自分の専門を頑なに曲げず、「これしかやりません」となると、組織の方針や外的要因の変化に適応できなくなり、研究を続けることが難しくなってしまいます。そこで、ただ頑固になるのではなく、自分の強みとなる軸を持ちながらも、半歩踏み出して研究環境の変化に柔軟に対応することが非常に重要です。こうしたしなやかな柔軟性を持つことで、外的要因の変化があっても、影響を受けるのはアプローチなどの部分であり、核心となる技術や専門領域は揺るがないことに気付き、新しい挑戦を続ける原動力となります。この考えにより、私は基礎的な研究から応用的な研究まで幅広く対応できたと感じています。

大事をなすために必要な3要素、怜悧・重厚・与太のバランスが重要

後進の研究者へのメッセージをお願いします。

私は、研究を進めるうえで、何手か先まで読んだ戦略・戦術を大切にしています。しかし、熱意を持って進んでいても行き詰まることがあるかもしれません。そこで、先見性を持って考える「怜悧」、ブレない自分の軸・意志を持って進む「重厚」、そして遊び心や心の余裕を持つ「与太」の3つの要素のバランスを保つことが、研究を進めるうえで重要であると考えています。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の中で“この3つの特質(怜悧、重厚、与太)を兼ねている者があれば、それは必ず大事をなすものだ”と坂本龍馬が述べています。このバランスをぜひ試してみてください。私も肝に銘じて、大事をなすべく精進してゆきます。
また、国内外問わず、特に海外の研究機関での研究を経験してもらいたいと思います。文化や環境の違いはもちろんですが、ユニークな研究を推進する秘訣や哲学など、学会では感じ取れない多くの要素を肌で感じ、学ぶことができます。そして、優秀な研究者とのつながりは、研究を発展させるための良い醸成の場となります。ぜひ、積極的に海外での研究に飛び込んでほしいと思います。

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