2025年4月号
特集
電界表面波を使った電力伝送技術――宇宙に広がる未来のエネルギーインフラ
- 電界表面波
- 電力伝送
- 電界共振
電界共振で励起した電界表面波を使った電力伝送技術は身の回りのさまざまな物質をケーブル代わりにして電力を届けることができるため、柔軟な活用が期待できます。本稿では、本技術の原理と月面での活用想定内容について説明します。
和城 賢典(わしろ たかのり)/吉田 芳浩(よしだ よしひろ)
鳥海 陽平(とりうみ ようへい)/髙橋 円(たかはし まどか)
NTT宇宙環境エネルギー研究所
はじめに
2020年代後半に月面に長期的な拠点を築くことを目標としたNASA(National Aeronautics and Space Administration:米国航空宇宙局)の「アルテミス」という計画があります。月での長期滞在を実現するためには月面での活動を支えるための持続可能なエネルギー供給が不可欠です。そのため、太陽光発電の活用、モビリティを含む月面のさまざまな機器への電力供給、基地や月面生活のために必要なさまざまなインフラの建設やそれらの運用の効率化といった問題の解決が求められています。
月面基地の電力供給網を構築するために地球から月に大量のケーブルを運んで設置することは現実的ではありません。なぜなら月に1kgの荷物を運ぶのに、およそ1億円のコストがかかるといわれているからです。また月ではバッテリの利用にも限りがあります。バッテリには寒さに弱いという欠点があり、月の赤道付近の昼は110 ℃、夜は−170 ℃といわれる厳しい環境では性能が著しく低下するためです。そのため、月面を走行する無人ローバーはバッテリに頼らず自ら太陽光発電をして得た電力で活動することが一般的です。しかし太陽光に頼って活動することは大きな制約を伴います。2週間に及ぶ月の夜の間、機器を動かすことができませんし、2024年に史上初となる月面へのピンポイント着陸に成功したJAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)の小型月着陸実証機(SLIM)が当初の計画とは異なった姿勢で着陸したため、太陽光を十分に受け取ることができず活動が制限されてしまったことをご記憶の方も多いと思います。
こうした問題に対して、ローバー等の月面機材にワイヤレスで電力供給ができる技術に期待が集まっています。
ワイヤレス電力伝送技術
無線で電力を送る技術はスマートフォンのワイヤレス充電などで私たちの暮らしに身近なものになりました。今、人類は宇宙に活動範囲を広げようとしています。新しい環境で新たな問題に取り組むとき、技術はさらに進化します。その中でNTT宇宙環境エネルギー研究所が注目している技術が「電界共振による電界表面波を活用した電力伝送技術」です。この技術を使えばローバーの車体などの導体や月の砂のような誘電体をケーブル代わりにして電力を伝送できるため、利用できる資材が限られている月面や宇宙のような場所での活用が期待されます。ここでは電界共振の基本原理と電界表面波の発生の仕組みを説明し、従来技術との違いを明らかにしながら月面での応用可能性について探ります。
電磁界を使った従来のワイヤレス電力伝送技術には図1に示すような主に4つの方式があります。それぞれの方式には下記のような利点と問題があります。
(1) マイクロ波方式
無線通信に昔から使われてきた電波を使って電力を伝送する方式です。電界と磁界がエネルギーを交換しながら空間中を遠方まで電力を運ぶことができますが、距離が大きくなるにつれて電波は他の方向にも広がって伝搬するため、複数のアンテナを並べたアレーアンテナにするなどして利得を高める必要があり、伝送効率は高くありません。
(2) 電磁誘導方式
電磁誘導方式は19世紀にマイケル・ファラデーが発見した「電磁誘導の法則」を利用しコイルを介して電力を伝送する方式です。現在、スマートフォンのワイヤレス充電技術(Qi規格)などに広く採用されています。この方式はシンプルな構造で実用化が進んでいる点がメリットですが、送受信コイルの距離が離れると急激に効率が低下するという問題があります。これはコイルから発生した磁束の多くが受信側に届かずエネルギーが失われるためです。そのため、電磁誘導方式は充電台の上にデバイスを置くような近距離の電力伝送には適していますが数m以上の距離を超える電力伝送には向いていません。
(3) 磁界共鳴方式
磁界共鳴方式はMIT(Massachusetts Institute of Technology:マサチューセッツ工科大学)の研究チームが2007年に発表した技術です。2つのコイルを共振させることで従来の電磁誘導方式よりも長距離での電力伝送を可能にします。送電コイルと受電コイルが磁界で共鳴しエネルギーが効率的に伝わるため、電磁誘導方式よりも伝送距離を延ばすことができます。この方式を用いることで最大2 m程度の距離で電力を送ることが可能となりました。MITの実験では直径約60cmのコイルから2 m先の電球を点灯させることに成功し伝送効率は50%に達しました(1)。ただし、この方式には大きなコイルが必要であるため、設置スペースの確保が難しいという問題があります。
(4) 電界共振方式
電界共振方式は、送電電極と受電電極が電界で共振して電力を伝える方式です。大きな電流を流すのではなく高い電圧をかけて電力を送る仕組みなので、大きな電力を伝送する際に大電流に対応した太い線を使う必要がなく、アンテナを薄く軽くするのに適しています。電力は送電側と受電側の2枚の電極がコンデンサとなって特定の周波数で共振することで送られます。しかし、従来の電界共振技術には問題がありました。それは、距離が離れたり送受電の位置関係がずれたりすると共振が崩れ、効率的に電力を送ることが難しくなるということです。
電界共振による電界表面波方式
そこでNTTでは共振周波数を一定に保つことのできる独自の 「電界共振アンテナ」 を開発し、安定した電力伝送を可能にしました(2)(図2)。これにより、アンテナの厳密な位置合わせをすることなく広い範囲で高い伝送効率を実現できるようになりました。
さらに磁界にはない電界特有の性質として、送電と受電の電極の間に導体や誘電体があると、それらが電界の波を伝える媒体となって伝送可能エリアを圧倒的に拡張できるということがあげられます。NTTは開発した電界共振アンテナによって導体や誘電体の表面に電界表面波を発生させ、その伝搬によってより遠方まで高効率で電力を伝送できることを発表しました(3)(4)(図3)。これにより、これまでワイヤレス電力伝送が難しかったさまざまな場面で電力の供給が可能になります。
空間を遠方まで伝搬する電磁波を使ったワイヤレス電力伝送技術はケーブルを引き回す必要がないため使い勝手は良いですが、電磁波のエネルギーが電力を送りたい方向以外にも拡散して逃げてしまうため伝送効率は低くなります。その一方で、ケーブルを使った有線の電力伝送はエネルギーをケーブルの中に閉じ込めておくことができるため伝送効率は高くなりますが使い勝手は良くありません。提案技術は新たにケーブルを敷設しなくても、もともとそこにある物質をケーブル代わりにすることができるため、アプリケーションによっては無線と同じような簡便な使い勝手を実現できます。しかもエネルギーは導体や誘電体の表面付近に閉じ込められて空間中に逃げ出しにくいため、高い効率で電力を受電器まで届けることができます。つまり提案方式は無線と有線の良いところを併せ持った新しい技術といえます。例えば、壁や床を介して電力を供給したり、月面の岩や土壌を利用してエネルギーを伝送したりすることが可能です。また、従来のワイヤレス電力伝送技術の多くは、点から点へピンポイントで電力を送る技術であるため、送電器と受電器の設置には厳密な位置合わせが求められましたが、電界共振で発生する電界表面波の伝搬を利用すれば道路のような線、あるいは駐車場のような面全体を送電アンテナにして広範囲に電力を送ることができるため、位置が多少ずれても安定した電力供給ができます。
しかしながら、身の回りのさまざまな金属や誘電体が電界の表面波を伝える媒体になり得るので思わぬところに電力が逃げてしまったり、電界ノイズとなって電子機器を誤動作させたりするリスクには注意が必要です。また電界共振アンテナの電極に高い電圧がかかることにより静電気のように空中で放電する危険性もあるため安全性に配慮した設計が必要です。目に見えない電界の広がりをイメージしながら設計をすることが重要となってきます。
従来のワイヤレス電力伝送技術にはそれぞれ適した用途がありますが、提案技術にはもともとその場所にある物質をケーブル代わりに使える柔軟性と、電力伝送可能エリアを広げることができる拡張性があります。近距離から中距離の電力供給に強みを持ち、特に宇宙開発のようなケーブル設置が困難な環境での活用が期待されています。
次に、この電界共振による電界表面波技術が月面でどのように活用できるかについて、月面での活用を例に、具体的な応用シナリオを紹介していきます。
電界共振による電界表面波方式の月面での活用
提案技術は、少ない資源でより柔軟性の高い電力インフラ構築の役割を果たすことが期待されます。電界表面波を活用し月で発電したエネルギーを岩や地面を通じて基地全体に供給できるようになれば、ケーブルを敷設する必要がなくなり省資源で配電網を整備することができます。
■月面ローバーへの給電
月面ではローバーが広範囲を移動しながら探査や採掘を行います。提案技術を利用すれば太陽光の有無にかかわらず月表面で活動するローバーに地表を通じて電力を供給できるため、太陽光の届かない場所でも電力を確保することが可能になります。これにより行動範囲が大幅に広がり、より詳細な月面調査が実現できます。2024年のNTT R&Dフォーラムでは月面をイメージした送電アンテナからその上を走行する無人ローバーに非接触で電力を供給するデモを行いました(図4)。砂箱に敷き詰めた砂(これは地球の砂です)が電界のエネルギーを効率良く運び、砂がないときに比べて砂箱全体の平均の電力伝送効率が4倍も向上しました。
■水資源の採掘
月での生活には水が欠かせません。水は飲料水になるだけでなく電気分解によってロケット燃料(液体水素と液体酸素)を生成することにも利用できます。月には「永久影」に氷があり、そこでは太陽光発電で発電できません。そのためこの氷を採掘するローバーにとってこのような非接触で電力供給する技術が特に重要です。また、舞い上がった月の砂(レゴリス)の粒子は非常に細かくコネクタに詰まったり機械の内部に入り込んで故障の原因となったりするため外部から非接触で電力伝送する技術が必要です。そこで私たちは太陽光が当たる高地に設置された発電システムで太陽エネルギーをレーザに変換し、レーザで数kmにわたって空間伝送することで電力をクレーター内部のタワーまで届けることを提案しています。さらに受け取った電力のラストワンマイルの電力供給手段として提案技術を活用し、タワー周辺で移動する氷の採掘機や処理設備に月面から電力を供給することを検討しています。その概要を図5に示します。これにより氷の採掘が持続的に行えるようになり、月面での資源利用の実現に大きく貢献します。
このように、電界共振による電界表面波技術は月面におけるエネルギー供給のあり方を変える可能性を秘めています。特にアルテミス計画で重要視されているクレーターの「永久影」での氷資源の活用において、安定した電力供給を実現するための革新的な手段となります。月にある砂をケーブル代わりにして電力を伝送できれば、宇宙開発におけるエネルギー供給の新たな可能性を切り拓くことが期待されます。
今後の展開
提案技術はその柔軟性と利便性から地球上でもさまざまな応用が考えられます。例えば、工場や倉庫では多数のロボットやセンサが稼動しており、現在はバッテリや有線電源による給電が主流です。しかし、提案技術を活用すれば床に敷かれた金属板を介してケーブルを使用せずに必要な場所へ電力を供給できるため、ロボットの可動範囲が広がりより効率的な自動化が可能になります。また、頻繁なバッテリ交換の必要がなくなることでメンテナンスの負担も軽減されます。
さらに、災害時の電力供給にも適用できる可能性があります。地震や台風などの災害時には送電線が破損し、広範囲にわたる停電が発生することがあります。この技術を活用すれば仮設住宅や緊急避難所に迅速に電力を供給でき、被災地の復旧を加速させることができます。加えて医療機器や通信設備など、生命にかかわる重要なインフラを維持するためにも大きな役割を果たすでしょう。
ほかにも電気自動車(EV)の充電インフラにおいて、その充電方法を大きく変える可能性があります。現在、多くの電気自動車は充電ステーションで停車しプラグを接続して充電する必要があります。磁界共鳴方式を使って駐車中の電気自動車にワイヤレスで給電する技術も提案されていますが、磁界共鳴方式はコイルからコイル(点から点)に向かってピンポイントで電力を送る技術であり、走行中の車に移動しながら電力を送るのには適していません。提案方式を応用すれば、道路そのものを送電アンテナにすることができるため、道路に沿って電力を供給し、車両が走行しながら充電できるダイナミックワイヤレス給電(DWPT:Dynamic Wireless Power Transfer)が実現できます。このシステムが実用化されれば、充電のために停車する時間を大幅に削減できるだけでなく、バッテリの小型化にも貢献し、車両の軽量化やコスト削減、航続距離の延長にもつながります。
一方、宇宙開発の分野ではより軽く少ない部材で複数の機能をこなすことが重要であるため、もともとある金属部品に電力を運ぶ伝送ケーブルの役割を担わせることできる提案技術が貢献できます。例えば、国際宇宙ステーション(ISS)の後継として計画されている月軌道プラットフォーム「Gateway」では、複数のモジュールが相互に連携しながら運用されることが想定されています。このような宇宙空間のプラットフォームでモジュールの外壁がケーブルとなって電力やデータを伝送できるようになれば、人類は重力だけでなくケーブルの束縛からも解放されてさらなる自由を手にすることができるのです。
おわりに
提案技術はこれまでにない新しい技術です。この技術によって、これまでさまざまな制約でワイヤレス技術が利用できなかった場所にもワイヤレス電力伝送の実現の可能性を広げることができます。これから進出する宇宙のようなフロンティアならではの新しい問題にも対応できる柔軟性にも注目が集まっています。NTT宇宙環境エネルギー研究所で取り組む発電から送電、さらに電力の効率的な利用に至るまでの持続可能なエネルギーシステムをめざした研究開発の中で、この革新的なエネルギー伝送技術がどのように応用され実用化されていくのか、今後の展開にご期待ください。
■参考文献
(1) A. Kurs, A. Karalis, R. Moffatt, J. Joannopoulos, P. Fisher, and M. Soljačić:“Wireless Power Transfer via Strongly Coupled Magnetic Resonances, ”Science, Vol.317, pp.83-86, 2007.
(2) T. Washiro:“Electric Field Resonant Antenna for Wireless Power Transfer Based on Infinitesimal Dipole, ”WPTC2021,pp.1-4, San Diego, U.S.A., June 2021.
(3) T. Washiro:“Surface Wave Power Transmission Excited on Metal Wires by Capacitive Coupler, ”WPTCE 2024, pp.400-403, Kyoto, Japan, June 2024.
(4) T. Washiro: “Propagation of Electromagnetic Waves Excited by a Capacitive Coupler in a Cylindrical Water,”AP-S/INC-USNC-URSI 2024,pp.2049-2050, Florence, Italy, July 2024.
(左から)和城 賢典/吉田 芳浩/鳥海 陽平/髙橋 円

「未来は予想するものではなく自ら創るもの」という信念で新しい技術の研究開発に取り組んでいます。これからも誰も考えもしなかったようなアイデアの実現に向けて業務を進めていきます。