2025年5月号
For the Future
量子コンピュータで社会やビジネスはどう変わるか-前編-
- 量子技術
- 量子コンピュータ
- 国内外の量子関連政策
量子コンピュータ関連技術がここ数年で大きく進化し、実用化に向けた議論が行われています。その一方で、量子コンピュータをはじめとする量子技術の本格的な導入はまだ先だという議論もあるのが現実です。本稿においては、量子コンピュータをはじめとする量子技術、量子コンピュータの特徴と可能性、またその技術的、ビジネス的課題について概説します。また、量子コンピュータ等が社会に大きなインパクトを与える可能性が明らかになるにつれ、国家レベルでの開発戦略が進んでいることについて米国、欧州、中国、日本を例にその内容について紹介します。
はじめに
かつてSFの世界の話のように思えた量子コンピュータに関連する技術は、ここ10年程度で大きく進化し、実用化に向けた議論も活発に行われるようになってきました。特にここ数年はさまざまなプレイヤがビジネス化に向けた動きをみせており、技術的なブレイクスルーも散見されるようになってきました。
例えば、IBMは2022年11月に433量子ビットの「IBM Quantum Osprey」を発表し、2025年には1092量子ビットの量子コンピュータの開発を予定しています(1)。量子ビットは多ければ多いほどより多くの情報を同時に処理できる能力を持ちます。Googleは2024年12月、105個の物理量子ビットを搭載する量子コンピュータ用チップ「Willow」を発表しました。Googleによれば、最新のスーパーコンピュータ「Frontier」で10の25乗年かかるとする計算を5分で計算できるとしています(2)。
このような動きをとらえると、すぐ目の前に量子技術が活用される世界が到来するように感じます。しかし、量子コンピュータをはじめとする量子技術の本格導入はまだ先であるという議論も存在します。例えば、NVIDIAのCEO ジェンスン・ファン氏は2025年1月のCES(Consumer Electronics Show)において、量子コンピュータの実現には15〜30年かかるとの見解を述べ、量子コンピュータ関連企業の株価が下がるなど、大きな注目を集めました(3)。現在の量子コンピュータは計算におけるエラー率の高さや安定性の問題が完全に解決されていないのが現状です。しかし、後述するように世界各国で国を挙げた開発競争が始まっていること、日本市場だけでも2032年までに28億7737万米ドル規模に成長すると予測(4)されていることから量子技術が新しい市場を開拓することが待ち望まれていることが分かります。
量子コンピュータが実現すると、現在の社会はどのように変化していくのでしょうか。また、従来のコンピュータ(古典コンピュータ)と比較してどのような点が異なり、どのようなことが期待されているのでしょうか。前半では、量子コンピュータをはじめとする量子技術の動向や実用化に向けた取り組みを紹介するとともに、量子コンピュータへの期待や課題、国内外の量子分野の政策について解説します。
量子技術の全体像と市場展望
「量子技術」という言葉を聞くと、多くの方はまず量子コンピュータを思い浮かべるかもしれません。しかし、量子技術はコンピュータに限らず、通信やセンシングといった幅広い分野での利用が期待されています。量子技術は、量子力学の原理を応用した技術の総称であり、主に以下のカテゴリに分類されます(図1)。
(1) 量子コンピュータ
量子重ね合わせや量子もつれなどの量子力学の基本的な現象を利用して、従来のコンピュータでは解くのに膨大な時間が必要となる特定の問題を高速に解くことができるコンピュータです。例えば、新材料開発や化学反応の解析などに活用することが期待されています。
(2) 量子暗号通信
量子力学の原理を利用した暗号通信技術で、理論上絶対に解読できない通信を実現します。
(3) 量子センシング
量子力学の原理を活用して、原子や分子レベルでの変化をとらえることにより微細な現象の観測・測定が可能となります(超高感度センシング)。
これらの量子技術は、同時に実現されるものではなく、それぞれ異なる成熟度と市場規模を持っており、実用化の時期も異なります。表1は、各量子技術の市場規模予測、主要プレイヤ、本格的な利用開始時期の見通しをまとめたものです。
量子コンピュータの特徴と可能性
前述のような複数の量子技術が存在する中で、市場規模や実用化に向けた動きが加速しており、近年大きく注目されているのが量子コンピュータです。
量子コンピュータは、現在広く利用されている古典コンピュータと比較して桁違いの速度で特定の計算を行うことが可能になると考えられています。
では、古典コンピュータと量子コンピュータの違いはどのような点にあるのでしょうか。両者の根本的な違いは、図2に示すとおり情報の処理方法にあります。
古典コンピュータで取り扱う情報の基本単位は「ビット」で、0か1のどちらかの値をとります。計算は逐次的に行われ、複雑な問題を解くには多くの計算ステップが必要です。
量子コンピュータでは、量子力学の原理(重ね合わせ、量子もつれ)を利用して計算を行うことになります。情報の基本単位は「量子ビット(qubit)」で、0と1の重ね合わせ状態を取ることができ〔0と1の状態(値)を同時に取ることができ〕、重ね合わせ状態を相互に干渉させて正解の確率を高めることができるため、高速なアルゴリズムが発見されている問題に対して指数関数的な速度向上が期待できます。
量子コンピュータの最大の特徴は、前述のように量子の重ね合わせ状態とその相互干渉を利用することで、従来のコンピュータでは現実的な時間で解けない問題を解決できる可能性があることです。例えば、大きな数の素因数分解や大規模なデータベース検索、複雑な最適化問題などが、量子コンピュータによって大幅に高速化される可能性があります。
量子コンピュータが実用化された場合、どのような分野での利用が期待されているのでしょうか。現時点で検討されている主なものを産業別にまとめてみると、以下のようになります。
■製薬・バイオテクノロジ産業
製薬・バイオテクノロジ産業においては「分子シミュレーション」「創薬プロセスの効率化」などに活用することが考えられています。特に製薬の分野では、新たな効果を持つ薬をつくり出すことが求められます。薬に使用する成分の分子の動きをシミュレーションする場合においては、分子が多くなるほど、シミュレーションの結果を得るまでに時間がかかっていましたが、量子コンピュータの利用によりこの短縮化が期待できます。
■金融サービス業
金融サービス業では、「金融資産のポートフォリオ最適化」「詐欺検出」といった利用が期待されています。金融資産のポートフォリオについては、数多くの資産と制約条件を考慮した最適なポートフォリオを高速で計算することに期待が集まっています。また、金融サービス業では、カードの不正利用といった詐欺を検出することが必要不可欠となりますが、量子機械学習という手法を導入することで、現在よりも高精度に詐欺や不正利用、取引の検知を行うことが期待されています。
■製造・自動車産業
製造・自動車産業においては「新素材の開発」「サプライチェーンの最適化」「生産スケジュールの最適化」といった利用が検討されています。「新素材の開発」では、例えば電気自動車に搭載されるバッテリの素材に関するシミュレーションに活用が期待されています。また、「サプライチェーンの最適化」「生産スケジュールの最適化」については、製造業がグローバル化する中でサプライチェーンや生産スケジュールの最適化はコストに直結するため、研究が進んでいます。
■物流・運輸業
上記の製造・自動車産業におけるサプライチェーンや生産スケジュールの最適化と類似する内容ですが、物流・運輸業においては、「配送ルート最適化」「倉庫管理と在庫の最適化」「交通システムの最適化」が検討されています。いずれの問題についてもコスト効率的な企業経営を進めるために期待されています。
ここでは産業別に、現在検討されている主な利用シーンについて紹介してきました。しかし、産業における量子コンピュータの利用については端緒に就いたばかりであり、今後は上記以外の利用シーンが出てくることが期待されています。
量子コンピュータの計算・実装方式
次に量子コンピュータを実現する方法を紹介します。量子コンピュータにおける計算方式には、主に以下の2つがあります。
■量子アニーリング方式
この方式は、量子系の状態のエネルギー最小状態を見つけることで、複雑な組合せの最適化問題を解くことに特化した方式です。比較的早い段階から実用化が進んでいますが、汎用的な計算には向いていないとされています。この方式を採用する企業としては、カナダのD-Wave Systemsが先駆的な開発を行っています。
■量子ゲート方式
量子アニーリング方式が最適化問題を解くことに特化したものでしたが、量子ゲート方式は、汎用的な量子計算を実現するための方式とされています。量子ビットに対して量子ゲート操作を行います。これは、古典コンピュータでAND、OR、NOTといった論理ゲートの操作で計算を行っていたものに相当し、計算の正解確率を高める量子アルゴリズムが利用されます。より広範な問題に適用可能であると考えられますが、技術的な課題も多く、実用化にはまだ時間がかかると考えられています。この方式に取り組む企業としては、IBM、Google、Microsoftなどが挙げられます。
これらの計算方式を実装するハードウェアとして、超伝導体・半導体・中性原子・イオン・光・トポロジカル量子現象を利用するものの研究開発が行われています。いずれの方式もいまだ揺籃期にあると考えられます。各方式の概要と課題をまとめたものを表2に示します。
量子コンピュータの課題
量子コンピュータの本格的な実現に期待は集まりつつあるものの、現時点では技術的課題とビジネス的課題の両面で多くのハードルが存在しています。以下ではまず、現在考えられている主な技術的課題について説明していきます。
■技術的課題
(1) スケーラビリティ
実用的な量子コンピュータには数1000から数100万の量子ビットが必要といわれています。量子ビットは、多ければ多いほどより多くの情報を同時に処理できる能力を持っていることになりますが、現在の量子コンピュータはまだ小規模で、解ける問題が限定されています。より広範な利用をめざすならば、量子ビット数を増やすことが求められますが、現状では技術的に非常に困難であり、システムの複雑性も指数関数的に増加するため、簡単に増やすことはできないとされています。
(2) エラー訂正
量子状態は非常に脆弱であり、量子コンピュータは周囲の熱といったノイズなどに非常に敏感といわれています。ノイズ等が発生すると量子状態が変化する結果、計算にエラーが生じるため、これらを訂正する技術が必要となります。エラー訂正の方法の1つとして、1つの量子ビットの情報を複数の量子ビットを用いて冗長化するということが検討されています。ある量子ビットがエラーとなっても、他の量子ビットから正しい情報を再度構築するというものですが、多くの量子ビットが必要とされています。
(3) 量子コヒーレンス時間
量子ビットは量子コヒーレンス(量子ビットどうしの重ね合わせや量子のもつれの状態)を維持できる時間が限られており、計算を完了する前に量子情報が失われる可能性があります。コヒーレンス時間の長いハードウェアの開発が必要となります。
(4) アルゴリズム開発
量子コンピュータの計算においても、現在私たちが利用している従来のコンピュータと同様に、ソフトウェア、つまり計算を行うためのアルゴリズムが必要となります。しかし、現在開発されている量子コンピュータ向けの効率的なアルゴリズムは限定的であり、量子コンピュータの計算速度を活かして多様な問題を解決するためには、さらなるアルゴリズムの開発が求められています。
次に、ビジネス的な課題です。前述の技術的課題をクリアしたとしても、量子技術から収益(ビジネス)を生み出すことができなければ、宝の持ち腐れとなることが考えられます。ビジネス面ではどのような課題が考えられているのでしょうか。
■ビジネス的課題
(1) ユースケースが限定的
現在の量子コンピュータ(量子アニーリング方式)は、前述した「最適化」といった特定の問題に対して優位性を持ちますが、現在私たちが利用しているコンピュータのような汎用的な用途で力を発揮する(量子ゲート方式の実用化)には、まだ時間が必要となります。最適化以外のユースケースが見出せないと産業としては広がりを持てないのではないかとの懸念があります。
(2) ビジネスモデルの不在
ユースケースが限定的であることの裏返しでもあるのですが、量子コンピューティング技術の商業化に関しては、まだ明確なビジネスモデルが確立されていません。IBMやGoogle、Microsoftといった企業が、クラウドコンピューティングの形式で量子コンピュータを提供しており(図3)、これが1つのビジネスモデルとなる可能性が高いですが、まだ確立されたものではないと考えられます。
(3) 人材不足
量子コンピューティングは高度に専門化された分野であり、必要な専門知識を持つ人材は現時点では限られています。企業で利用するためには量子技術の専門家を採用するか、現在いる従業員を教育、訓練する必要があります。また、量子コンピュータの技術だけではなく、現実社会で量子コンピュータの強みをどのように利用していくかという技術以外のビジネスセンスも問われることになるでしょう。
量子コンピュータをめぐる政策動向
■世界的な量子技術政策の流れ
量子コンピュータなどの量子技術が社会に大きなインパクトを与える可能性が明らかになるにつれて、世界各国で国家レベルの量子技術開発戦略が策定・実施されるようになりました。米国、中国、欧州連合(EU)、日本などの主要国・地域が相次いで量子技術に関する国家戦略を発表し、巨額の研究開発投資を行っています。
近年、経済安全保障や国家安全保障という言葉を目にする機会が多くなってきています。量子技術の政策についても、このキーワードと深い関係があります。量子技術、特に量子コンピュータと量子暗号通信は国家安全保障に直結する技術と位置付けられています。量子コンピュータによる現行暗号解読の可能性は、各国の情報セキュリティ戦略に大きな影響を与えるからです。
以下では、主要国の政策についてポイントを絞って紹介します。
■主要国・地域の量子技術政策
(1) 米国
米国は量子技術分野での先進的な国であり、包括的な国家戦略を展開しています。具体的な政策は以下のとおりです。
① 国家量子イニシアチブ法(National Quantum Initiative Act、2018年(5))では、5年間で約12億ドル(約1700億円)の研究開発資金を政府が提供しています。エネルギー省(DOE)、国立科学財団(NSF)、国立標準技術研究所(NIST)を中心に研究が行われるとともに、量子情報科学研究センター(QISRCs)が設立されています。
② 量子経済開発コンソーシアム(6)(QED-C)では、産業界主導の官民パートナーシップで、IBMやGoogleなど180以上の企業・団体が参加。サプライチェーン開発、標準化、人材育成などを推進しています。
③ 2023年8月には、バイデン前大統領が「懸念国における米国の特定の国家安全保障技術および製品への投資に関する大統領令(7)」に署名し、半導体、AI(人工知能)、量子技術の3分野において米国の企業および個人による中国などの懸念国に対する投資を規制すると発表しています。
(2) 中国
中国は特に量子暗号通信分野で世界をリードする成果を上げています。具体的な政策は以下のとおりです。
① 第13次・第14次五カ年計画において、量子技術を国家戦略的重点技術として位置付けています。また、安徽省合肥市に国家量子情報科学研究所を設立するなど、具体的な投資額は公開されていないものの、国として取り組んでいることがうかがえます。さらに、量子暗号通信の分野では以下の取り組みが世界から注目されています。
② 量子暗号通信衛星「墨子号」:2016年に世界初の量子科学実験衛星「墨子号」の打ち上げに成功し、その後、地上1200kmの距離での量子もつれ配信や、7600km離れた北京とウィーン間の量子暗号通信実験に成功しています。
③ 量子暗号通信ネットワーク:北京〜上海間の約2000kmの量子暗号通信幹線網「京滬幹線」を2017年に完成しています。報道情報(8)になりますが、2023年には中国電信(China Telecom)が300万人規模のユーザを抱えているという情報もあり、量子暗号通信を活用する動きがあることが見て取れます。
(3) 欧州連合(EU)
欧州においては、欧州での取り組みと加盟国独自の取り組みがあります。欧州の取り組みとしては、研究機関と産業界の連携を促進し、量子技術の実用化をめざしていることがうかがえます。
具体的な政策、取り組みは以下のとおりです。
① Quantum Flagship Program(9)は2018年に開始した10年間のプログラムで、総額10億ユーロ(約1500億円)を投資し、量子コンピューティング、量子シミュレーション、量子暗号通信、量子計測・センシングの4分野に注力するものとなっています。24カ国から150以上の研究機関・企業が参加していることが大きな特徴です。
② EuroQCI(European Quantum Communication Infrastructure(10))は、EU加盟全27ヵ国が参加する量子暗号通信インフラ構築イニシアチブであり、2027年までに地上と衛星を組み合わせた量子暗号通信ネットワークの構築をめざしています。
(4) 日本
最後に日本の政策を紹介します。日本は複数の戦略を策定し、量子技術の産業応用を促進しています。
① 2020年1月には、「量子技術イノベーション戦略(11)」が政府の統合イノベーション戦略推進会議において策定されました。この戦略においては、量子コンピュータ、量子計測・センシング、量子マテリアル、量子通信・暗号の4領域が重点分野に設定されました。また、量子技術イノベーション拠点が設置され、国立研究開発法人である理化学研究所、産業技術総合研究所、国立情報学研究所などを中心に研究開発を推進しています。
② 「量子未来社会ビジョン(12)」(2022年4月)、「量子未来産業創出戦略(13)」(2023年4月)が内閣府により公表され、量子コンピュータをはじめとするイノベーション創出の取り組みが進められています。
③ 内閣府の国家プログラムである戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の第3期課題「先進的量子技術基盤の社会課題への応用促進」に、NTTが参画しており、量子技術の社会実装のための方向性などを決める重要なポジションであるプログラムディレクタとして、NTT先端技術総合研究所 常務理事 基礎・先端研究プリンシパルの寒川哲臣氏が就任しています。
■各国における量子分野の強み
各国・地域は量子技術の異なる分野で競争優位性を持っており、それぞれの強みを活かした戦略を展開しています。
(1) 米国
米国は包括的な国家戦略が展開されている一方で、Google、IBM、Microsoft、Intelなどの大手IT企業と、IonQ、Rigetti、PsiQuantumなどの量子コンピュータ関連の量子ベンチャーが誕生しています。Mckinseyが2024年4月に公表した「Quantum Technology Monitor」によれば、政府による総投資額が37.5億ドルであったのに対して、民間投資額が約38億ドルという調査結果が出ています。また、量子関連のスタートアップ数は、75件で世界1位となっており、民間投資と量子スタートアップ数で世界をリードしているといえるでしょう。
(2) 中国
中国の強みは、国家主導の長期的な政策と、量子暗号通信分野での実用化の速さ、特許件数の多さにあります。前述のように世界に先駆け、2016年に世界初の量子科学実験衛星「墨子号」の打ち上げに成功するなど、量子暗号通信分野に強みを持つと考えられます。また、日本経済新聞が報じたところによれば情報解析を手掛けるVALUENEXが2024年10月に特許論文情報を分析した結果(14)、中国の量子暗号通信の特許数ランキングでは、トップ10社のうち7社を中国企業が占めていることが明らかになりました。このことからも、量子暗号通信の分野で中国の強みがあることを裏付けているといえるでしょう。
(3) 欧州連合(EU)
欧州の強みは、前述したようなQuantum Flagship Programで実現されるような域内の多様な研究機関・企業の連携体制にあります。また、加盟各国でも独自に量子コンピュータに関する開発が進んでおり、特に英国は独自の量子戦略を展開しています。
(4) 日本
最後に日本ですが、大手企業による量子技術の取り組みが1つの強みになりそうです。例えば、東芝は光ファイバを使った量子暗号通信で世界をリードしており、2020年10月には、量子暗号通信システムを事業として国内外に展開することを公表しています。
特許数といった定量的側面からみると、米国のところでも参照したMckinseyの調査「Quantum Technology Monitor」では世界第3位となり(1万3689件)、その内訳をみてみると、量子コンピュータがもっとも多く(1万1861件)となっています。
(5) その他
主要国、地域が量子戦略を進める際に投じた予算やその内容をまとめたのが表3です。すべて公式情報からまとめられた情報ではないことに注意が必要ですが、中国、米国が突出して資金を投入していることが分かります(米国は38億米ドル、中国は153億米ドル)。
まとめ
本稿においては、量子コンピュータをはじめとする量子技術の動向や実用化に向けた取り組みを紹介するとともに、量子コンピュータへの期待や課題、国内外の量子分野の政策について紹介してきました。
最後に紹介した各国の政策をみても明らかなように、量子コンピュータは次世代の技術として期待されています。熾烈な技術競争やビジネス化に向けた動きがありますが、本格的な実用化にはまだ課題が残されていることが明らかになりました。
続く、後編においては、国内外で進むユースケースを紹介するとともに、生成AIの急速な普及を背景に注目が集まる量子コンピューティングとAIについて解説します。
■参考文献
(1) https://www.ibm.com/quantum/assets/IBM_Quantum_Developmen_&_Innovation_Roadmap_Explainer_2024-Update.pdf
(2) https://blog.google/technology/research/google-willow-quantum-chip//
(3) https://www.nikkei.com/article/DGKKZO85964270Z00C25A1ENG000/
(4) https://www.sphericalinsights.com/jp/reports/japan-quantum-computing-market
(5) https://ww2.aip.org/fyi/federal-science-bill-tracker/115th/national-quantum-initiative-act
(6) https://quantumconsortium.org/
(7) https://home.treasury.gov/system/files/206/TreasuryDepartmentOutboundInvestmentFinalRuleWEBSITEVERSION_0.pdf
(8) https://uchubiz.com/article/new53555/
(9) https://qt.eu/
(10) https://digital-strategy.ec.europa.eu/en/policies/european-quantum-communication-infrastructure-euroqci
(11) https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/ryoushisenryaku.pdf
(12) https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/ryoshi_gaiyo_print.pdf
(13) https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/230414_mirai.pdf
(14) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC112UM0R11C24A0000000/

主任研究員 三本松憲生
■監修
NTT物性科学基礎研究所
畑中大樹/樋田啓