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2025年6月号

挑戦する研究開発者たち

NTT東日本の既存アセットを活用しつつ、そこに新しい技術を組み合わせることで、地域の活性化に取り組む

2023年11月にNTT研究所が開発したLLM(Large Language Model)「tsuzumi」が発表され、2024年3月に商用サービスが開始されました。tsuzumiには、「軽量」「世界トップレベルの日本語処理性能」「柔軟なチューニング」「マルチモーダル」という特徴があり、NTTグループ各社においても、tsuzumiを活用した事業展開等に向けてさまざまな活動が活発化しています。NTT東日本では、REIWA推進PTにおける、「NTT東日本の既存アセットを活用しつつ、そこに新しい技術を組み合わせることで、地域の活性化をめざす取り組み」の中で、tsuzumiの活用に取り組んでいます。REIWA推進プロジェクト長である清水雅史氏に、tsuzumiを活用した新潟県内の医療・介護関連分野のイノベーションに向けた取り組みと、イノベーションを推進するための考えを伺いました。

清水雅史
デジタル戦略部門 R&D戦略担当 グループリーダー/担当部長
NTT東日本 デジタル革新本部 デジタルイノベーション部

tsuzumiを活用し、新潟県内の医療・介護関連分野のイノベーションに挑戦

現在、手掛けている業務の概要をお聞かせいただけますか

私は、NTT東日本のデジタル革新本部のR&D戦略担当とREIWA推進PT(プロジェクト)に所属しています。R&D戦略担当では、NTT東日本のパーパスである「地域循環型社会の共創」のもと、地域のミライを支える価値創造事業を中心とした事業構造への転換を図るために、オープンイノベーションを推進し自社と外部(NTT研究所や地方大学)の相乗効果による効率的な研究開発と付加価値の創出を基本方針として取り組んでいます。REIWA推進PTでは、その研究開発方針・計画の実現をめざして、先端技術を活用した地域向けのサービスやソリューションを地域と共に創り、地域の課題解決をめざす取り組みをしています。取り組みにあたって基本的な考え方として、共創パートナーのアセットと、ネットワークの改善や地域内のクラウド等、NTT東日本の既存アセットを活用しつつ、そこに新しい技術を組み合わせることで、地域の活性化をめざす取り組みを行っています。
2024年度から、「新潟県上越市の介護事業所における生成AI(人工知能)を活用した業務効率化」と「新潟大学医歯学総合病院(新潟大学病院)における生成AIを活用した業務改善/効率化」に取り組んでいます(1)
「新潟県上越市の介護事業所における生成AIを活用した業務効率化」については、介護関連の人手不足が非常に深刻な課題となっており、現在でもその需要に対して供給が圧倒的に足りておらず、上越市においてもその状況は続いています。こうした中、上越市の企画による、産学の連携協力のもとでさまざまな分野の課題解決に取り組む団体「上越5e協議会」が発足しました。そこでの課題の1つとして介護関連の人手不足への対応があり、上越5e協議会に参画しているNTT東日本新潟支店からの相談がきっかけとなり、上越5e協議会、介護関連システムのSIer「丸互」、NTT東日本による共同研究として取り組みを始めました。
上越5e協議会メンバである新潟県立看護大学、上越市、総合福祉サービス会社「リボーン」、地元企業グループ「大島グループ」等の協力により、介護士へのヒアリングや意見交換を進める中で、介護業務終了後にオフィスでPCによる介護記録作成・介護システムへの登録業務に多くの稼働がかかり、業務負担になっていることが分かりました。また、介護士の中には外国人もおり、介護記録には専門用語が頻出する非常に専門的な情報を扱うため、会話はともかく漢字の扱いに苦労しているという話もありました。さらに、介護記録には個人情報など機微な情報も含まれているので、既存のパブリッククラウドのサーバ群に搭載された生成AIの活用に対して慎重な扱いが必須となります。
上越5e協議会の皆さんとの議論を通じて、PCのキーボードから手入力をする代わりに、スマートデバイスを経由して介護士が音声による報告を行うことで課題解決につながるのではないかというアイデアが生み出され、スマートデバイスを模擬したノートPCからNTT版LLM(Large Language Model)「tsuzumi」を通じて音声認識した言葉を適切に文字化する「校正」と、音声認識した言葉を介護記録の適切な項目に分ける「仕分け」を行い、介護記録(例:バイタル、食事、排泄、入浴など)として自動記録する実証を行いました(2024年8月~2025年3月)。実証構成としては、介護システムの提供を行っている丸互の事業所にtsuzumi(REIWA推進PTでチューニング)のサーバを設置し、NTT東日本のフレッツ・VPN プライオ回線を経由して遠隔にある介護事業所に接続し、機微な情報をセキュアに扱える環境としました(図1、2)。
実証実験の結果として、従来の方法による介護記録作成・登録に要する時間と、実験構成の方法による場合の所要時間を比較し、介護士1人当り1日に記録する時間がどの程度削減できるかを評価した結果、業務効率化は56%(39分→17分)となりました。また、音声入力に対して、「校正」と「仕分け」がそれぞれ理解できる内容として出力されていたら正解、それ以外は誤認識として評価した結果、tsuzumiの正答率は78%となりました。
今後は、誤認識となった出力部分の分析を行い正答率の向上に向けてtsuzumiの改善の取り組みを行い、スマートデバイス化・フリーハンドによる記録をめざします。また、丸互では市中の介護システムとの連携のためのAPI(Application Programming Interface)を開発し、tsuzumi を生成AIエンジンとして2025年度に開発を行い、2026年度から上越市内の介護事業向けのサービス化をめざす予定です。

新潟大学病院ではどのような取り組みを行っているのでしょうか。

大きく2つの取り組みを行っています。1つがtsuzumiを活用した業務改善/効率化、もう1つがNTT研究所と連携した遠隔触診の実現です。
新潟大学病院の医師と議論している中で、診療現場における各種医療文書の作成業務が、医師の大きな負担となっていることが明らかになりました。特に、診察中の会話を整理しながら短時間で記録を行う必要がある点が、業務効率や記録精度の観点で課題となっています。
ここで扱う情報は、患者の個人情報や病歴等、非常に機微な情報であることから、日本語の精度が高く軽量であり、オンプレミスでPCでも動作する(クローズな環境)セキュアなtsuzumiを、医療情報をベースとしてファインチューニングすることにより活用することを検討しています。
上越市のtsuzumi活用では「校正」と「仕分け」という2つの技術的要素でしたが、今回の事例ではそれらに加えて「複数話者の区分」「マルチモーダル(テキストと音声の統合)」など新たな要素も加わる見込みです。現在は、技術的な実現性を確認するための評価を進めており、2025年度には診療現場での記録支援の実証を計画しています(2)
また、これとは別に、日本の医療における深刻な医師不足と地域間での医師の偏在により、特に地方や過疎地域では医師不足に起因して、患者への医療サービスが十分に提供できないという課題が顕在化しています。特に医師不足が顕著な新潟県内の各自治体では、オンライン診療などの導入により対応している状況ですが、「視覚」(映像)や「聴覚」(音)をベースとした通信での診療にとどまっています。これに加えて、日常的に頻度の高い硬さやシコリなどを判断する「触診」に焦点を当て、遠隔の医者が現地の看護師などに指示しながら遠隔触診をめざしたいと考えています。
実証に先駆けて、NTT研究所の「触診デバイス」のプロトタイプと、NTT東日本のIOWN(Innovative Optical and Wireless Network) APN(All-Photonics Network)回線を接続し、新潟市内100kmの距離を想定した遠隔触診の実証を、2025年1月の地域ミライ共創フォーラム(NTT東日本主催)にてNTT研究所の協力を得て展示しました(図3)。今回のケースでは、山間部などの診療所に待機している看護師が触覚デバイス機器を装着して行った触診の感覚を、遠隔にいる医師がオンラインで触覚データ受け取るケースを想定したものです。医師の指示に従い看護師が患部を触り、「硬さ」などの情報は触覚デバイス機器経由でデジタル信号に変換され、IOWN APNを介してリアルタイム(遅延約10ms)で医師の触覚デバイス機器に送られることで、看護師と医師がタイムラグを感じることなく直感的に触覚の共有が可能になります。今後は、複数の診療所を対象にこの展開を図り、広域での診療効率化をめざして新潟県内でフィールド実証に取り組んでいきたいと考えています。

「多様性の促進」「ハンズオン」を意識して開発に取り組む

開発者としてのスキルはどのように磨いているのでしょうか。

私はこれまで、オペレーションシステムをはじめとしたネットワークに関する開発を中心に担当してきました。そのため、スキルベースはネットワークに関する技術になります。こうした中で、NTT東日本は通信事業のアセットを活用して、非通信事業において新しい価値・事業を生み出していくことに軸足を置くようになってきました。私自身もこの流れを意識して、どこの部署に所属していても、この方向性に関係する新しい技術を、自ら触れて試行錯誤してみることを意識して、積極的に関連スキルをキャッチアップしてきました。
一方で、国内外の社会やビジネスが目まぐるしく変化する中で、自前主義で進めるには技術者、資金、そして時間といったリソース面で非効率であり、外部とコラボレーションを図っていくことが大切になってきます。コラボレーションを進めていくうえで、専門用語をはじめ、パートナーと会話を成立させるコミュニケーション力は必須であり、さらに、お客さまの課題や解決方法を導き出す能力も必要です。自分たちのスキル・知見の得意分野と、パートナーやお客さまの強みを組み合わせてコラボレーションしていくことも重要となります。もちろん、その過程においては自らの手で試行錯誤してみることも重視しています。

開発においてどのようなことを意識しているのでしょうか。

過去にNTT持株会社に勤務していたときの大先輩からの教えが非常にインパクトがあり、それを常に意識しています。それは、提供される新たな価値の大きさに着目し、それを生み出すための手段として先端技術を活用する「価値を軸としたイノベーション」をめざすことです。それを実現していくために「多様性の促進」「ハンズオン」を意識しています。
非通信事業において新しい価値・事業を生み出していくことに対して、社内の同質な知恵を集めているだけではアイデアは生まれにくいです。同じ目標に賛同する社外の異質な考えを積極的に取り入れ、新たな発想を数多く生み出していく「多様性の促進」が必要になります。
上越市での取り組みでは、生成AIについてのスキルを持つ私たちと、介護関連システムのSIer丸互と、それぞれの強みを持ち寄って議論を重ね適用先を絞り込んでいくことで、新たな活用に向けた道筋を建てられたのではないかなと考えています。また、地域の学術機関や地域企業に関しての深い情報やコネクションを持ち、新しい技術を試すパートナーとしてどういった方々と組めばよいのか、といった多くのアイデアを持つNTT東日本新潟支店のメンバとの会話から、丸互をはじめとした今回のパートナーの皆さんとの新たな取り組みができたと考えており、社内での異質な知恵を集めることで良い方向につながったと感じています。
また、多様性を促進するうえでパートナーや協力ベンダと、同じ仲間・プロフェッショナルとしてお互いを尊重し合いながら接することも重要な要素となります。共同開発等、本来対等な立場で推進していくべきときにも、契約書の「甲乙」を意識した言動をよく見かけます。人の意識を変えることは非常に骨の折れることですが、新しい取り組みをしていく以上避けて通れないことでもあり、少しずつでも前に進められるように努力しています。
「ハンズオン」は、机上の検討で決めず、現場で自ら実践し自ら活用することです。机上の検討で時間をかけて100点を取ることをめざす前に、ある程度の点を取れるのならば、まずは自ら実践して試行錯誤することです。
上越市の事例では、当初tsuzumiの精度は100%に近くないと使えないだろうと想定していましたが、生成AIの進展スピードを考慮すると少しでも早く対応したいと考え、7割くらいの正答率であることをあらかじめパートナーの皆さんへ伝えたうえで実証を始めました。実証では、業務の当事者である介護士の皆さんからは7割であってもとても助かるという話をいただきました。ハンズオンでできるところからスタートし、アジャイル的に動くことへの気付きを実践から得ることができました。また、机上検討だけでは残りの3割の精度を上げる手段を見出せなかったところ、実践を通じて改善の方向性を確認できたことで開発のスピードアップにも貢献できたと考えています。

今後どのようなことをやりたいのでしょうか。

地域のミライを支える価値創造事業を中心とした事業構造への転換を図るために、先端技術を活用したオープンイノベーションを推進する仕事に関与し続けていきたいと思います。現在私は、テクノロジ活用を軸として取り組んでいますが、地域のめざす理想社会を実現するアプローチはさまざまあると思います。そこで、テクノロジ以外にも軸を広げていくことで、できることをさらに広げていきたいと考えています。その意味で、現在のマネージャーという立場は、軸を広げていくにはいいチャンスではないかと思います。

失敗を恐れず果敢にチャレンジする、ファーストペンギンになる

後進やパートナーへのメッセージをお願いします。

新しいことへの取り組み、新たな価値を生み出す取り組みは、新しいがゆえに先人がいません。先行事例があればその延長で進めればいいのですが、先行事例もありません。新たに自分で切り拓いていくことは、とても勇気がいることです。失敗を恐れて躊躇することもあるかもしれませんが、行動を起こして結果を見て、初めてそれが失敗なのか成功なのか分かるのです。場合によっては見かけ上失敗なのかもしれませんが、失敗から得ることもたくさんあり、視点を変えればそれが成功につながることも多々あります。だからこそ、失敗を恐れず果敢にチャレンジする、ファーストペンギンになりましょう。また、先端技術の活用に際しては、チームメンバが常に技術を貪欲に理解し、使いこなせるようにしていくことも大切です。
私たちNTT東日本は、地域の企業や大学・研究機関の皆様と、一緒になって新しいことに取り組んで価値創造することで、地域の活性化につなげていきたいと非常に強い思いを持っています。そのためにも新しいことに果敢にチャレンジしていきますので、共同研究のパートナーの方々には、それに賛同していただき、地域の課題解決に向けた仲間としてお付き合いいただければと思います。

■参考文献
(1) https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/2020328_01.html
(2) https://www.ntt-east.co.jp/release/detail/20250526_01.html

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