2025年12月号
特集2
RICによる無線制御自動化の実現
- 5GE&6G
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- ネットワーク
NTTドコモでは、RAN(Radio Access Network)領域における基地局の仮想化を推進しています。大規模導入する仮想化ネットワーク機能(Network Function)の迅速かつ効率的な構築・運用を実現するため、O-RAN標準仕様に準拠したSMO(Service Management and Orchestration)システムを開発、導入しました。本稿では、SMOを構成する機能部の1つであり、無線制御の自動化を実現するRIC(RAN Intelligent Controller)について解説します。また、商用向けに開発した具体的なRICアプリケーションと、それらによる基地局制御の状況を説明し、さらに今後のRICの拡張について示します。
川名 昭博(かわな あきひろ)/橋本 英奈(はしもと えいな)
遠藤 尚輝(えんどう なおき)/田中 隼輔(たなか しゅんすけ)
江川 知樹(えがわ ともき)/小林 瑠美(こばやし るみ)
NTTドコモ
はじめに
5G(第5世代移動通信システム)は、高速・大容量通信や低遅延性の特長を活かした高度なサービス提供が可能であるものの、近年の多様化するサービス需要に対応するために、高度な運用支援機能が求められています。こうした中で、RAN(Radio Access Network)機器のパラメータ最適化をインテリジェントに行うシステムとして、AI/ML(Artificial Intelligence/Machine Learning)技術を導入したRIC(RAN Intelligent Controller)が注目されています。
RICは、SMO(Service Management and Orchestration)の一部をOSS(Operation Support System)とともに形成し、内部に各種アプリケーションを複数実装可能なアーキテクチャとなっています。これらRICのアーキテクチャはvRAN(virtualized RAN)/SMOとともに標準化団体O-RAN ALLIANCEにて規定されています。
NTTドコモではvRANの運用に併せてRICの運用も行い、AI/ML基盤とRICアプリケーションを開発しています。
本稿ではRICの概要とドコモにおける導入状況、AI/ML機能について解説します。
RIC概要
■SMOおよびvRANとの関係
O-RANでは、SMOとvRAN(O-CU、O-DU)がRIC連携で最適化され、これが柔軟なRAN運用の中核となります(図1)。
SMOは統合運用管理基盤であり、構成・性能・障害管理とNon-RT(Real Time)RICを内包しています。Non-RT RIC*1はAI/ML技術を活用したrApp*2によりポリシー制御やパラメータ最適化を行い、1秒以上の応答でネットワーク長期方針を策定します。
vRANでは基地局機能〔RU(Radio Unit)、DU(Distributed Unit)、CU(Central Unit)〕のうち、DU、CUが仮想化されO-Cloud上で動作し、Near-RT(Real Time)RIC*3がxApp*4経由で10ms〜1秒の応答でリアルタイム制御します。
SMOとvRANはNon-RT RIC・Near-RT RICと、O1・A1・E2・Y1・O2などの標準インタフェースで連携し、インテリジェントなマルチベンダ対応ネットワーク運用を支えます。
*1 Non-RT RIC:O-RAN ALLIANCEにおいて、リアルタイム性が求められないことに対してインテリジェンスな制御を行うシステム。
*2 rApp:Non-RT RICのプラットフォーム上で動作するアプリケーション。
*3 Near-RT RIC:O-RAN ALLIANCEにおいて、リアルタイム性が求められることに対してインテリジェンスな制御を行うシステム。
*4 xApp:Near-RT RICのプラットフォーム上で動作するアプリケーション。

■O-RANアーキテクチャの特徴
従来の基地局制御はベンダ固有のロジックに依存しており、運用管理や最適化も装置単位で行われていました。その結果、設定変更の煩雑さ、マルチベンダ制御の非統一性、AI/ML活用の限定性が課題となっていました。
O-RANはSMO・RIC・vRANへの機能分離と標準化インタフェース(O1、A1、E2など)で柔軟性と拡張性を向上させ、SMOは全体運用を担い、Non-RT RICでポリシー制御とAI/ML最適化を実施しました。RICは制御ロジックをrApp/xAppでモジュール化し、ベンダ非依存の開発・配備が可能になりました。vRANは仮想化RANをO-Cloud上で動作させ、RICと連携しました。
この転換により、制御機能は論理的に分離・集約され、マルチベンダ環境でも一貫した運用と高度な最適化が実現されます。
■近年のO-RAN動向
RICに関連するインタフェースは、主にO-RAN ALLIANCEのWG(Working Group)2、WG3で議論されています。以下では、2022年以降の標準化動向を示します。なお、2022年4月までの標準化動向は参考文献(1)をご参照ください。
(1) R1インタフェース
AI/MLに関連するAI/ML workflow serviceにおいて、2022年時点では未規定でした。関連するAIモデルのトレーニングや保存、モニタリングなどを実施するプロシージャが規定されました。これらについて、一部はプレリリースバージョンでStage3の規定が完了しました。
O1インタフェースに関連するRAN OAM(Operations、Administration、Maintenance)-related serviceと呼ばれる機能では、CM serviceのプロシージャが規定され、rAppによるR1インタフェースからO1インタフェースを通じた基地局の設定パラメータの取得や書込みについての規定が進みました。
(2) A1インタフェース
A1インタフェースは、A1-P(Policy)、A1-EI(Enrichment Information)、A1-MLの3つの役割がありますが、現在はA1-MLの議論が加速しており、2025年を目途にStage3が規定される計画です。A1-MLの機能を使用することで、Non-RT RICとNear-RT RIC間でトレーニングの要求や、学習したモデルの受渡しなどが実施可能になります。
(3) E2インタフェース
E2インタフェースは、2022年以降、新規にQUERY、ASSISTANCEという機能が追加されました。またStage3の仕様策定も進んでおり、例えば、省電力化のためのO-RUのマイクロスリープ制御や、massive MIMO(Multiple Input Multiple Output)*5のビームフォーミング制御などに関連する内容が標準化されました。
(4) Near-RT RIC APIs
Near-RT RIC APIsはNear-RT RIC Platform、xApp間で提供される機能にアクセスするためのAPIが規定されており、一部の主要なメッセージについてはStage3まで規定されています。
Near-RT RIC APIsのうち、AIに関連する機能のAPIは、新規にAI/ML workflow APIsとして定義され、標準化が進んでいます。詳細なStage3仕様は議論中ですが、概要レベルでは規定されており、本APIを通して、モデルの管理やトレーニングなどの機能を使用できます。
(5) Y1インタフェース
Y1インタフェースは、Y1 ConsumerがNear-RT RICから RAI(Radio Analytics Information)の取得を可能とする機能が規定されています。RAIには、例えば、平均スループットや、平均パケット遅延があり、Y1 Consumerはこれらの情報を取得することが可能であり、外部のサービスで活用することができます。
*5 massive MIMO:送信と受信にそれぞれ複数素子のアンテナを用いることで無線信号を空間的に多重して伝送するMIMO伝送方式において、より多くのアンテナ素子で構成される超多素子アンテナの採用により、高周波数帯使用時の電波伝搬損失補償を可能とする鋭い電波ビームの形成や、より多くのストリームの同時伝送を実現する技術。これらにより、所望のサービスエリアを確保しつつ、高速なデータ通信を実現します。
ドコモでのRICアプリケーション導入状況
RICでは、Non-RT RIC上で動作するrAppやNear-RT RIC上で動作するxAppのRICアプリケーションによって、ポリシー制御やパラメータの最適化を行っています。
以下では、ドコモが開発した基地局制御のためのアルゴリズムを搭載したRICアプリケーションの一部を解説します。
■RUスリープ
(1) 機能概要
RUスリープrAppはRUのスリープ制御を自動化し、ネットワークの消費電力を最小化するアプリケーションです。過去のPMデータに基づいてトラフィックが少ない時間帯を予測し、RUのスリープ時間を最適化します。これにより、サービス品質を維持しながら基地局の電力消費を削減することができます(図2)。
(2) 特徴
本rAppは、各RUにおけるトラフィックの時系列データとセルのオーバレイ情報を統合的に分析します。これにより、サービスエリアへの影響を最小限に抑えながら最適なスリープスケジュールを生成します。
スリープ中においても、周辺セルのトラフィック状況を常時監視し、平常時と異なるトラフィックの急激な増加や変動を検知した場合、自動的にスリープ状態を解除します。この制御により、従来の静的なスケジュールベースでの基地局のスリープ制御では対応が難しかった突発的なトラフィック変動に対しても、通信速度の低下や接続断を防ぎ、安定的なサービス品質を維持することができるようになります。
なお、本rAppは、スリープしたセルのエリアをカバーするために周辺セルのアンテナ指向角を調整する機能を持っています。この機能により多くのセルでのスリープを可能にし、さらなる省電力化を実現します。

■HO最適化
(1) 機能概要
ユーザが通話やデータ通信を行っている状態で、かつ複雑なセル構成や高速に移動するような状況でHO*6が実施されるとき、不要なHO、HOの繰返しやHO手順の失敗といった課題が生じます。
HO最適化rAppはHO関連パラメータを最適化することで、この課題を解決するアプリケーションです。本アプリケーションにより、通信の安定性や信頼性の確保を実現します。
(2) 特徴
上記の課題を解決するにあたり、電波伝搬がセル構成や新設された建築物により大規模かつ不可逆的に変化する中、従来システムでは適宜運用者が適切な種類のパラメータに最適値を反映する必要があります。
本rAppでは、特に通信品質に悪影響がある「Too Late HO*7、Too Early HO*8、HO to Wrong Cell*9」(図3)の発生回数を軽減するためにパラメータ最適化を実施します。最適化に必要な情報である、HO発生数、HO失敗数、最適化対象HO数などのPMデータとPMデータから算出した評価結果に基づき、HO前にUEが現在位置しているセル(Serving Cell)のパラメータを調整します。
また、Serving Cellとそれに隣接するセルの組合せであるCell Pair単位で設定可能なパラメータを考慮することで、UEが移動する先のセル(Target Cell)の品質を加味した制御が可能となります。
このように、絶えず変化する環境においても最適化対象となるHOを自動的に検出し、適切なタイミングでHO手順を実施できるようパラメータを動的に制御することで、移動時における通信品質の確保をめざしていきます。
*6 HO:端末とネットワーク間の通信を継続したまま、通信セル・基地局の切替えを行う通信技術。
*7 Too Late HO:UEがTarget CellへHOされるタイミングが遅すぎるため、Target Cellに接続する前にServing Cellと接続断が発生してしまう事象。
*8 Too Early HO:UEがTarget CellへHOされるタイミングが早すぎるため、再びServing Cellに在圏してしまうHO事象。
*9 HO to Wrong Cell:UEがHOされる際に、接続されるべきではないセルに接続されてしまうHO事象。

■トラフィックステアリング
(1) 機能概要
O-RANで規定されているトラフィックステアリングのユースケースでは、さまざまな要件や環境を考慮したうえで、適切なトラフィックの管理を実施します。ドコモでは、その中でもセル間の負荷分散に着目して開発を行っています。
トラフィックステアリングrAppは、Non-RT RIC内のrAppと開発中のNear-RT RIC内のxAppが連携して、高負荷なセルから異なる周波数かつ負荷の低いセルにUEをHOさせることで負荷分散を実現するアプリケーションです。
(2) 特徴
開発されたrAppは、各セルより収集したPMデータより、各セルの目標となるリソース使用率とHO候補先のセルを決定します。Non-RT RICは、決定した情報をポリシーとしてNear-RT RICに送信します。開発中のxAppはNon-RT RICから送信されたA1ポリシーを解釈し、Near-RT RICは周囲の情報を取得し、高負荷セルから、通知された候補セルの中の適切なセルにUEをHOさせます。
本ユースケースでは、異なるベンダ間の基地局でもHOすることによって負荷分散することができます。Non-RT RICやNear-RT RICを活用することによって、エリア全体の状態を踏まえたうえで負荷分散をすることができ、これにより全体でのスループットの向上が期待されます。
AI/ML基盤の導入によるRICのさらなるインテリジェント化
■RICとAI/ML技術
RICの特徴の1つであるAI/ML技術の活用によるRANパラメータの高度な自動最適化によって、通信品質とお客さま満足度の向上が期待されているだけでなく、通信事業者の運用コストの低減も見込まれます。ドコモでは、RICに接続するシステムとしてAI/ML基盤の開発を進め、これと連携する異常検知rAppの開発を行っています。
■AI/ML基盤
AI/ML基盤の構成を図4に示します。AI/ML基盤は、MLOps(Machine Learning Operations)*10を基に設計されており、モデルの前処理、学習、デプロイメントを可能としています。
モデルの前処理は、蓄積されているPMデータを取得し、学習に適したデータ形式への変換を行います。学習は、データの性質や目的に応じた最適化手法を適用します。トレーニングの過程では、ハイパーパラメータのチューニングを行い、モデルの精度測定、評価指標を用いて検証し、モデルの性能を向上させます。
デプロイは、推論を実施するためモデルや推論機能実行部をrAppとしてRIC上にデプロイを実施します。
デプロイされたrAppは、PMデータを取得し、パラメータの最適値を推論、装置に反映します。デプロイされたモデルは運用環境で監視され、リアルタイムでパフォーマンスの評価やデータドリフトの検出が行われます。必要に応じてモデルの再トレーニングを実施することで、性能を維持し続けます。
*10 MLOps:機械学習モデルの開発と運用までのプロセスを一体化し継続的に最適化を続けていく手法。

■AI/MLを活用した異常検知
AI/ML基盤を活用したネットワーク運用アプリケーションとして、異常を検知するrAppを開発しました。通常、ネットワーク機器の故障による通信断の事象はアラームとしてOSSに通知されます。しかし通信断を伴わないスループット低下など通知がなされない異常もあります。
本rAppではAI/ML技術を用いてPMデータからそれらの異常を検知、通知します。
AI/ML基盤では、PMデータから深層学習により異常検知モデルを作成し、モデルをNon-RT RIC内のモデルリポジトリに登録します。異常検知rAppは、モデルリポジトリに登録されたモデルとPMデータを用いて異常検知を随時実施します。
また、異常検知モデルが劣化した場合には最新のデータを用いて再びモデル作成を行うことで異常検知をMLOpsプロセスとして運用し、性能の維持および改善を行っていきます。
今後の展開
NTTドコモでは、2023年のvRAN導入に合わせてのRICバージョン1.0の開発、導入以来継続して機能追加を実施し、2025年にはバージョン3.0を開発、導入しています。
今後も基地局制御の自動化の対象を広げ、さらなるRANインテリジェント化を推進していきます。さらなる自動化の一例としては、災害時や集客イベント開催時の臨時基地局の設置を迅速に行うためのパラメータ最適化などが挙げられます。
こうした最適化の実現にあたっては、ドコモでのRICアプリケーションの開発だけではなく、RIC上で動作可能な3rd Party製のRICアプリケーションの導入とインテグレーションを行っていく必要があります。そのために、業界各社との幅広い協力体制の下で、各種インタフェースの整備、標準化準拠の推進が必要となります。また、これら機能の拡充を図るとともに、さまざまなベンダとの接続が可能なO-RANの特徴を踏まえ、海外の他通信事業者への展開も図ります。
ドコモは今後も継続してオープンなインタフェースを採用したSMOを実現するために、O-RAN ALLIANCEに準拠したRICの開発導入を進め、さまざまなアプリケーションの導入を通じてRANのインテリジェント化を推進します。また、O-RANでの標準化作業にも積極的に参加し、RANのインテリジェント化の仕様策定にも引き続き貢献していきます。
■参考文献
(1) https://ssw.web.docomo.ne.jp/orex/technical/pdf/vol30_1_005jp.pdf

(上段左から)川名 昭博/橋本 英奈/遠藤 尚輝
(下段左から)田中 隼輔/小林 瑠美/江川 知樹

本稿では、無線制御の自動化を行うためのRIC(RAN Intelligent Controller)について紹介しました。引き続きRICの開発と導入を通じて無線制御の自動化を実現し、お客さまに快適な通信環境をお届けします。