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2026年4月号

挑戦する研究開発者たち

次世代データ連携基盤「データスペース」で将来のサプライチェーンを変革

特定の巨大プラットフォーマが主導する中央主権型のデータ連携とは一線を画し、分散型のデータ連携を特徴とするデータスペースが注目されています。このインフラはデータを安全に連携・活用できる新たなプラットフォームとして、昨今の不安定なサプライチェーンの問題や、サステナビリティといった、現代社会が直面する課題を解決していく鍵として期待されています。NTTドコモビジネスでエバンジェリスト、そしてサービス開発者として活躍されている平野敏行氏はデータスペースをテーマにお客さまに寄り添った活動を日々繰り広げています。本取材ではデータスペースとは一体何でどこに特徴があるのか、最新の取り組みや将来の展望、日頃大切にされていることを伺いました。

平野敏行
スマートインダストリー推進室 エバンジェリスト
NTTドコモビジネス ビジネスソリューション本部 スマートワールドビジネス部

データスペースが実現する製造業サプライチェーンでのデータ連携

最近話題となっているデータスペースについて教えてください。

近年、製造業を中心としたサプライチェーンにおいて、企業間でデータ連携が求められるようになってきました。1つは地政学リスクや半導体不足により上流(原料側)からの供給が寸断してしまうリスクに対して、サプライチェーンを強靭にしたいというニーズです。もう1つはサステナビリティに関する課題で、サプライチェーン全体でCO2排出量を可視化・管理し、これを削減していくなど規制対応していくニーズです。
これらを実現していく技術の1つとして、データスペースが注目されています。この社会実装を特に熱心に進めているのがドイツをはじめとする欧州の自動車業界です。この業界はグローバルに広がる複雑なサプライチェーンを持っており、例えば1台の自動車を製造するのには数万点の部品が組み合わされており、1つの自動車メーカに連なるサプライヤは数千〜数万社ともいわれています。
この膨大な数のメーカ間において、例えばエクセルを用いてデータを1:1でやり取りするといった従来の手法で、サプライチェーンの上流から下流までをトータルでデータ連携するのは非常にハードルが高くなります。その結果、Scope3*1といったサプライチェーン全体でCO2排出量を管理することや、外乱に強いサプライチェーンをつくることにより需要供給を管理していくことは非常に困難であるといえます(図1)。
このような課題を解決するため、個別のやり取りではなく、業界全体で協調してデータ連携基盤(データスペース)を構築する取り組みが開始され、現在、欧州の自動車業界はこの分野のトップランナーとして、いち早くCatena-X*2の運用へと踏み出しています。
ここでデータスペースについて少し説明します。従来のやり方では、巨大なデータレイク1カ所に複数の企業のデータを集める中央集権型のプラットフォームでしたが、データスペースは多様な企業間で安全かつ効率的にデータ連携する分散型・自己主権型のプラットフォームであることがポイントです(図2)。サプライチェーンは互いに競合関係にある企業も含め、数百〜数千社の寄り合い所帯ですが、こういった企業構成において1個所に各社データを集め置き、安全かつ効率的にデータ連携を行うのは難しい面があります。
それに対しデータスペースではデータを中央に置くのではなく、各企業それぞれの手元にあるクラウドやオンプレミスの環境に置き、必要性があり合意できた相手とだけデータを交換する仕組みになっています。その際にコネクタという通信制御用のソフトウェアを使って、相手企業の身元を確認し、データの利用目的を合意したうえで相手にデータを転送するというものです。これによりデータをコントロールする権利(データ主権)を自社で保ちながら、安全にサプライチェーン内でデータ連携ができるようになります。

*1 Scope3:企業が排出する温室効果ガスのうち、自社の直接排出(Scope1)と購入電力のエネルギー排出(Scope2)を除く、サプライチェーン全体(原料調達、物流、使用、廃棄など)から発生する間接的な排出のこと。
*2 Catena-X:欧州の自動車業界(BMW、メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲン等)が主導する、サプライチェーン全体のデータ連携や共有のためのオープンで安全なデータエコシステム(データスペース)。

データスペースはドイツをはじめとする欧州が熱心に推進してきたようですね。

このCatena-Xなど産業データスペースの構想はドイツをはじめ欧州各国で始まっています。ここには2つの大きな流れがあります。1つは欧州データ戦略(European Strategy for Data)という欧州委員会(European Commission)が旗を掲げた産業データ利活用のための戦略であり、この構想を基にGaia-X*3という欧州におけるデータスペースの標準フレームワーク(型紙)が出来上がりました。もう1つがドイツ内のIndustrie 4.0という製造業のデジタル化をうたう産業政策の中で、International Data Spaces Associationにより基盤技術が育まれ、前述のGaia-Xがこの技術を取り入れた経緯があります。
そしてモビリティ、スマートシティ、ヘルスケア、農業等の各業界では、Gaia-Xを手本に・・・-Xと命名された種々のデータスペースが立ち上がっています。またManufacturing-Xはドイツを中核にCatena-Xのモデルを自動車産業以外の広範な製造業に展開し、業界横断的な産業データスペースを構築することをめざしたものです。これらデータスペースの中にはCatena-Xのように商用化レベルにあるシステムもあれば、実証段階や企画構想段階にあるものなどさまざまです(図3)。
こういったデータスペースが欧州で盛んな理由は、まずドイツなどにおいて自動車分野をはじめとする製造業が国内主要産業の中心であるためです。また、欧州におけるサステナビリティへの注目度の高さもあると考えられます。そして、欧州グリーンディールに基づき新たなサプライチェーン環境規制をつくることで、世界市場の主導権を握る国際競争戦略としてサステナビリティを利用していると考えます。
さらにもう1つ挙げるとすれば、欧州データ戦略における米国や中国への対抗軸として、このデータスペース構想を掲げてきたという背景もあるでしょう。クラウド事業者の世界シェアは大部分が米国で一部中国、欧州は非常に小さいですね。巨大プラットフォーマはデータを大量に集め、自分のサービスを高度化していくデータグラビティ効果を働かせていきます。
欧州はこれに危機感を抱き、消費者のデータでは米国や中国のプラットフォーマに先行されてしまったところを、製造業をはじめとする産業データの利活用では巻き返しを図ろうと、GAFAMらのプラットフォーマが採用している中央集権型のモデルに対するアンチテーゼとしてこの分散型のデータスペースを打ち出しているのです。つまり、欧州は自分たちのデータを利用する権利は自分たちで決めるというデータ主権の概念を打ち出し、GAFAMらとの対抗軸としてこのデータスペースに力を入れているという背景があります。

*3 Gaia-X:欧州域内での安全なデータ流通とデジタル主権(データ主権)の確保を目的とした、分散型データ基盤の構築プロジェクト。GAFAMなどの巨大IT企業に依存せず、欧州のデータ保護原則に基づいた共通のルールとインフラをめざし2020年に正式発足。

ご自身のドコモビジネスでの立場や現在の取り組みをお聞かせください。

現在、私はこのデータスペースというテーマで2つの顔を持っています。1つはエバンジェリストとして業界動向や技術が世の中へ与える影響について、当該テーマのエキスパートとして情報発信することにより市場自体を活性化させることや、NTTのプレゼンスを向上させるといったミッションで活動しています。ここでは「欧州や自動車業界でのデータスペースの動向を知りたい」といったお客さまがいれば、勉強会の講師としてプレゼンテーションしますし、業界団体やパートナー企業、NTTの海外現地法人が主催するセミナーに登壇することもあります。またWebの技術解説記事やホワイトペーパーを執筆するなどの取り組みも実施しています。
他方、サービス開発者としての一面も持っています。最近は前述のCatena-Xへ接続する必要がある日系の製造企業が少しずつ増えてきました。具体的にはBMWやフォルクスワーゲンなど欧州の自動車メーカと取引のある日本の電子部品、機械部品、素材などのサプライヤが中心です。
現在、こういったお客さまのニーズに合わせて3つのサービスを提供しています。1つはセミナーやワークショップでデータスペースとはどういうものなのか、また接続にあたってどういう準備をすればよいのか、などのコンサルティングや導入検討支援です。2番目は「データスペースを実際に使ってみたい」「商用環境へつなぐ前に練習をしておきたい」といったお客さま向けに、当社が持っているデータスペースのサンドボックスをトライアル環境として貸与し、その実証実験をサポートするサービスです。3番目は、例えば欧州の自動車メーカと取引する際にCatena-Xへつないでほしいといわれたサプライヤのお客さま向けに、具体的に接続させるための登録準備や手段を提供するサービスです。
データスペースは導入期にある比較的新しいテーマと位置付けられていますので、まずは先行している欧州のデータスペースに接続するためのコンサルティングや、お客さまとの実証実験などをメインに取り組んでいます。したがって、まだ1つひとつの案件の規模は小さいものが中心で、これを今後大玉に育てていくのがサービス開発者としてのミッションです。そのための下地となる市場を活性化していく取り組みが、もう一方のエバンジェリストとしてのミッションであるといえます。

世界中のデータスペースに接続できるサービスをつくりたい

当面のデータスペース事業の展開について教えてください。

前述のとおり、欧州のデータスペース、例えばCatena-Xへの接続について、向こう数年は接続の必要性のある日系のお客さまが増加していくと予想しています。これを支援できるよう、コンサルティングのほかに、データスペースへの接続サービスを商用提供していきたいと考えています。さまざまなユースケース、例えばプロダクトカーボンフットプリント(PCF)*4、デジタルプロダクトパスポート(DPP)*5、品質管理などへ対応できるソリューションを順次提供していきます。
また今後、データスペースは自動車以外の業界においても新たに立ち上がっていくと予想されます。これに対しては、各データスペースで通信プロトコルやデータフォーマットが異なることも想定しながら、それぞれに対してドコモビジネスのデータスペース接続ハブを介してマルチに、そしてシンプルかつシームレスにつながるサービスをつくっていきたいと考えています。
この構想の肝となるデータスペース接続ハブの商用化に向けて当面は、パートナーベンダの各製品も組み合わせながら開発を進めていく予定です。実際のところもっとも先行しているCatena-Xであっても一般的にはまだ導入期の新しい部類のシステムに入り、頻繁に標準のアップデートが繰り返されているのが現状です。そのたびに動作検証はもちろん認定取得が必要な場合もあり、フルに内製開発したシステムでこれに追随していくことには大きなリソースを要するため、しばらくこの動きが落ち着くまでパートナーと連携しながら進めていくことが得策と判断しています。
さらに、お客さまが自社で業界のデータスペースをつくっていきたいニーズを持っている場合、それを構築してマネージドサービスとして運営するビジネスを考えています。検証目的で短期間のみデータスペースを利用されたいお客さまには、パートナーベンダがパッケージ提供するDataspace as a Serviceを迅速に導入するという選択肢も用意しています。
そして国内のデータスペースへの対応も次のステップとして大切であると考えています。現在、日本では経済産業省が主導するOuranos Ecosystemというデータ連携基盤構想が立ち上がり、バッテリートレーサビリティプラットフォームや製品含有化学物質情報・資源循環プラットフォーム(CMP)等の基盤が運用されています。また、これに連携して、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が、Open Data Spaces(ODS) という構想を2025年秋に発表しており、プロトコルの仕様や、実装ガイドが近々に公開される予定になっています。これを技術検証し、追加機能として実装していきたいと思います。これにより、日本と海外、両方のデータスペースに接続できるようなサービスをめざします(図4)。
その際、単に技術的につながる仕組みだけをつくっても、お客さまにとっての付加価値としては不十分な可能性があります。業界のデータスペースをつくるときは各業界におけるアライアンスの運用、例えばどうやってユースケースを決めていくのか、どうやって標準ルールをつくっていくのか、どうやってガバナンスつまりルールを守る仕組みをつくっていくのか、そして、どうやってこれを中立的に運営していくのか、そういった業界におけるアライアンスの切り口からコンサルティングしていく仕組みまで踏み込んで検討していきたいですね。

*4 プロダクトカーボンフットプリント:原材料調達から廃棄・リサイクルに至る製品のライフサイクル全体で排出される温室効果ガスをCO2に換算し、合計値を製品上に表示する仕組み。
*5 デジタルプロダクトパスポート:原材料調達から廃棄・リサイクルに至る製品ライフサイクルの情報をデジタル化し、QRコードなどで製品に付与する「モノの履歴書」。

デジタルトラストと生成AIでデータスペースをさらに進化

データスペース開発における中長期的な技術展望をお聞かせください。

中長期的なデータスペースの開発に向けては、大きく2つの最新技術を活かしていきたいと考えています。1番目にデジタル空間で個人や法人の身元(実在性や本人性)を証明したり、データが改ざんされていないことを担保する仕組みとしてデジタルトラスト技術が挙げられます。これは、企業間でデータ連携しているデータスペースの裏側で必要な仕組みです。この技術は、今後、さまざまな経済活動でのやり取りが、オンラインへと移行していくうえでますます重要性を増していきます。中でも、このデータスペースで使用されているトラストの仕組みで、Verifiable Credentials(VC)*6や自己主権型アイデンティティ(SSI:Self-Sovereign Identity)*7と呼ばれる技術を使い、身元の保証なども分散型の仕組みで実現できる新たな方式が最近注目されています。データスペースを推進していく一環としても、このデジタルトラストに関連するサービスの開発を、今後はめざしていきたいですね。
2番目は、生成AI(人工知能)というテーマにデータスペースやデジタルトラストを絡めることで、一層これらの可能性を広げられる、つまり新しい価値を生み出し、市場を活性化することができるのではと考えています。例えば企業間でAIエージェントを連携させるためにデータスペースを利用したり、AIの推論モデルの開発や強化学習で他社データを参照する際に、データスペースを活用するといった構想が挙げられます。これらはまだアイデアレベルですが、例えば興味のある人を募って概念実証から始めていくなど、将来のサービス構想に少しずつつなげていきたいと考えています。

*6 Verifiable Credentials:第三者によって検証可能なデジタル化された資格情報(社員証・運転免許証・学位記等)を指し、デジタル社会における信頼性を担保するための新たな電子的な証明書技術。
*7 自己主権型アイデンティティ:中央機関(巨大プラットフォーム、政府機関)に依存せず、個人が自らのアイデンティティ(デジタルID)を所有・管理・制御する概念。プライバシー保護と利便性の向上が期待される次世代の管理の仕組み。

好奇心や創造性を持つこと、難しい内容を平易に伝えることが大切

後進へ向けてメッセージをお願いします。

技術であってもプロダクトであっても、対象に対する愛着やこだわりが良いものを生むと私は信じています。エバンジェリストとしても、そしてサービス開発者としても、自分が日頃重要だと思っていることを3点挙げます。
1点目は好奇心です。面白いと思ったら徹底的に深堀りしてみる。こだわってみる。極めてみる。好奇心は、短期的・便宜的な損得なしに、面白いというだけで人を前に進ませてしまう本能的欲求だと思います。そういった意味で、自分が何に好奇心を抱くのかはとても大事にしていますし、これを日頃から持つ余裕も必要であると感じています。
2点目は創造性で、これは自分にとって永遠のテーマでもあります。私はSF映画や小説を読むことで創造性が養われているなと思います。プロジェクトはお客さまありき、会社の業務には決められたプロセスがあり、管理職に期待される役割や仕事もあります。それは致し方のないことではありますが、周囲の期待にこたえるように、ひたすら義務的に業務を処理し続けていると、創造性が失われがちになってしまい、斬新な問題解決のアイデアが出ず、プレゼンテーションもありきたりで平凡になってしまい、これは自分でも危機感を感じています。
興味の赴くままにSF映画を見たり、全く関係ない分野の科学技術書や哲学書などを読んだり、格好良いデザインのものを眺めたりしていると、急にある日「次回プレゼンでこうやって説明してみよう」といったアイデアが湧いてきたりしますね。人間の脳は、全く関係のない領域の知識をショートカットでつないで閃きを生み出してくれるなど、自分で自覚している以上に高度な処理をしていると信じています。
最後に3点目は難しいことを分かりやすく伝える努力です。プレゼンテーションや技術解説記事執筆だけでなく、事業計画での幹部説明やトラブル発生時のお客さま説明、日々のルーティンではプロジェクトの週次報告などにも当てはまることです。私はテクノロジが大好きなので、『Newton』や『日経サイエンス』といった科学雑誌を参考にしています。例えば、難しい科学技術を、どう説明したら分かりやすく伝えられるか、また他のエバンジェリストのプレゼンテーションも拝見し、分かりやすい表現を見つけたら参考にさせていただいています。読者の皆様の参考になることが1つでもあれば幸いです。

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