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2026年5月号

明日のトップランナー

切望される大容量・長距離伝送を実現、飛躍する超高速光変復調技術

インターネットトラフィックの増大を背景に、技術発展による通信技術の高速大容量化が継続的に進められています。ビジネスのデジタル化、クラウドサービスの増大、リモートワークやAI(人工知能)の高性能化などによるデータ通信量の指数関数的な増加に対して、技術革新によるネットワークの大容量化は一朝一夕には達成できません。今回はこうした現在のインターネットトラフィックの増大に対応すべく研究・開発を続けている「超高速光変復調技術」のトップランナー、中村政則特別研究員にお話を伺いました。

中村政則
NTT未来ねっと研究所/NTTデバイスイノベーションセンタ
特別研究員

PROFILE

2011年早稲田大学先進理工学部応用物理学科卒業。2013年同大学大学院先進理工学研究科物理学及応用物理学専攻修士課程修了。同年、日本電信電話株式会社入社。2021年大阪大学大学院工学研究科にて博士(工学)取得。超高速デジタルコヒーレント技術を用いた大容量・長距離光伝送の研究に従事。2016年IEICE光通信システム研究会奨励賞。2022年IEICE光通信システム研究会論文賞。2022年第67回前島密賞。2025年Optica Tingye Li Innovation Prize(OFC)。

より多くの情報をより速く、より遠くまで正確に届けるために

■具体的にどのような研究に取り組まれているのですか。

現在、PC、スマートフォンやタブレットといったデバイスからIoT(Internet of Things)機器まで、ビジネスに活用されるハードウェアが普及し、高画質な写真や動画、売上データや顧客の購買データなど、扱うデータ量が増えたことでインターネットトラフィックは急増しています。また各社から続々と開発されているAI(人工知能)が高性能化し、このAIが普段使いされるようになると、近い将来、ますます通信量は増大することが見込まれています。こうした通信量の増大に伴って、その需要に対応するインフラの供給者である私たちは、より多くの情報をより速く、より遠くまで届けることが必須業務となっています。
まず、光通信ネットワークについて説明しましょう。現在の光通信ネットワークは階層構造になっています(図1)。一般家庭やオフィスなどから発信されたデータはアクセスネットワークに集約され、メトロネットワーク(都市圏のネットワーク)、コアネットワーク(都市間のネットワーク)へと段階的に束ねられて伝送されます。これは多数のユーザによるデータを大容量回線にまとめて伝送することで、ネットワーク全体のコストを下げ、効率化を図るためです。このため、上位のネットワークほど必然的に要求される伝送容量は大きくなります。この上位のネットワークでは、光ファイバ1本の中に複数の波長を束ねて同時に送る「波長多重」が使われており、このそれぞれ1波長に載せられる情報量を高めることでネットワーク全体の大容量化を実現しています。この1波長当りの伝送容量を高めるために現在使用されているのが「デジタルコヒーレント技術」という方式です。
この「デジタルコヒーレント技術」の中心となる「DSP-LSI」というデバイスで用いられる信号処理アルゴリズムの検討が私の研究の1つです。そしてこのデバイス自体の開発や改良にもかかわっています。

■研究の要となる「デジタルコヒーレント技術」について教えてください。

「デジタルコヒーレント技術」というのは、光の位相や偏波を利用したコヒーレント通信に、デジタル信号処理技術を組み合わせた光伝送技術です。光伝送の高速大容量化および長距離化の鍵となる技術であり、現在も研究・開発が続けられています。
具体的にはデータの送信側で、送りたいデータを送信DSP(デジタル信号処理部)で変調に適した信号へ変換し、DAC(デジタル-アナログ変換器)で変調信号(アナログの電気信号)に変換した後、送信光フロントエンドでレーザ光に情報を載せて光信号として送信します。光ファイバ伝送路を経由して届いた光信号は、受信側の光フロントエンドで復調信号(アナログの電気信号)を取り出し、ADC(アナログ-デジタル変換器)でデジタル信号に変換した後、受信DSPで歪みを補正して元のデータを復元します(図2)。
このコヒーレント方式の特徴は、受信側にも局発レーザ光源を用いることで光の振幅と位相の両方を正確に読み取ることができる点にあります。これにより1回の信号変化でより多くのビット情報を載せる「多値変調」が可能になります。1波長当りの伝送容量は、この多値変調で載せる情報量と、1秒間に信号を変化させる回数(変調速度:シンボルレート)の掛け算で決まるため、この両方の数値を高めていくことが重要になります。なお、送信DSP・DAC・ADC・受信DSPの各機能は、実際には「DSP-LSI」と呼ばれる1つの半導体チップに集積されており、これがデジタルコヒーレント光伝送の要となるデバイスです。

■「DSP-LSI」とはどのようなものなのでしょうか。

「DSP-LSI」というのはデジタル信号処理に特化したLSI(大規模集積回路)です。デジタル信号処理技術は無線通信をはじめ通信分野で広く使われていますが、光通信でも2010年ごろからデジタルコヒーレント技術に対応したDSP-LSIが実用化されました。私がNTTに入社した2013年は第1世代が実用化され、第2世代の開発が進められていた時期になります。この第1世代のDSP-LSIは、1波長当り100Gbit/sの伝送容量でしたが、その後200Gbit/s、600Gbit/sと世代を重ねるごとに容量を引き上げてきました(図3左)。各世代で光ファイバの中で生じる波形の歪みを、デジタル信号処理で補正する技術が成熟しつつあり、次の課題として、さらなる伝送容量・伝送距離の向上が求められていました。
当時の私はまず、情報理論を用いたアプローチに取り組みました。情報理論の光通信への適用はまだ始まったばかりの時期でした。光信号に情報を載せる際の「信号点の配置」を工夫することで、同じ条件でもより多くのデータをより遠くまで送れるようにする研究でした。光の振幅と位相の組み合わせで表される信号点をどのように並べ、どの信号点をどれくらいの頻度で使うかによって伝送性能が向上します。現在ではこのような情報理論に基づいた手法は光通信において広く使われるようになっています。
その後、さらに研究の幅を広げて光ファイバ中の歪みだけでなく、光の送受信器に使われる電子デバイスや光デバイスの理想からのずれをデジタル信号処理で高精度に推定・補償する技術にも取り組んできました。図2に示した各ブロック(DAC、光フロントエンド、ADCなど)はそれぞれ固有の特性を持っており、変調信号の多値度や速度が上がるほど信号への影響が大きくなるため、DSPによる高精度な補正がますます重要になってきています。
さらに現在は、変調速度そのものを高速化して1波長当りの伝送容量を大幅に引き上げる研究に加え、信号処理アルゴリズムの最適化による高性能化および低消費電力化にも取り組んでいます。

研究と開発の好循環で挑む、さらなる大容量化

■研究でご苦労された点や今後の課題点などを教えてください。

私は1波長当りの伝送容量の大容量化を追求する研究と、実用化に向けたDSP-LSIの開発の両方に携わっています。両方で最先端を走り続ける大変さはありますが、研究の知見が開発に活き、開発の課題が次の研究につながるという好循環が得られています。現在苦労しているのは、世界のライバルとの競争の激しさです。光伝送の世界記録を達成しても、次の国際会議でほかのグループに記録を塗り替えられることもあり、常に最先端を走り続けるプレッシャーがあります。また、実用化に向けたDSP開発のスパンも年々短くなっており、最近では長距離・大容量向けのDSPとデータセンタ向けの低消費電力DSPの開発をほぼ同時に進めています。こうした研究と開発を並行して進める必要性から、研究のための実験に使える時間は学会の投稿締め切り前に集中せざるを得ないことも多く、時間のやりくりには常に苦心しています。しかし、この両輪から得られる成果は大きく、研究面では、2019年に世界で初めて1波長当り1Tbit/sでの波長多重長距離伝送を実現し、2022年には世界で初めて2Tbit/sを超える伝送を達成、さらに2025年には1波長当り2.5Tbit/sで伝送容量の世界記録を更新するとともに、2Tbit/s超の波長多重長距離伝送にも成功しています(図3右)。こうした研究で得られた知見は開発にも直結しており、1波長当り1.2Tbit/sの伝送を実現するDSP-LSIの開発でも成果を上げています(図3左)。この好循環があるからこそ、両輪を回し続けることを大事にしています。
一方、技術面での課題としては、DSPとアナログ信号の間を変換するDAC・ADCの帯域が挙げられます。現在主流のCMOS半導体技術ではDAC・ADCの動作速度が限界に近づいているといわれており、変調速度のボトルネックになると予想されています。そこで、CMOSを超える速度で動作する高速アナログ回路を用いて、送信側では複数のDAC出力を合成し、受信側では受信信号を分離して複数のADCで取り込む「電気帯域多重・分離方式」に取り組んでいます。図4に送信部の構成を示します。この方式により、DAC・ADCの帯域を超えた変調速度を実現でき、波長当りの伝送容量のさらなる限界追求が可能になります。このような高速アナログ回路はNTT先端集積デバイス研究所が設計・作製しており、私たちはそのデバイスを光送受信機に組み込み、伝送実験で得られた結果を基に要求条件や改善点をフィードバックしています。前述したデバイス補償技術を活用し、アナログ回路の理想からのずれをDSPで推定・補償しながら光送受信システム全体を最適化していくのが私たちのアプローチです。この電気帯域多重方式の研究が評価され、2025年には光通信分野の若手研究者に贈られる国際的な賞であるOptica Tingye Li Innovation Prizeを受賞しました。

■今後の研究の展望を教えてください。

大容量の長距離伝送を可能にする超高速光変復調技術というのは、インターネットを支える基幹ネットワークやデータセンタ間の通信基盤に直結しています。近年、高精細映像配信やリモートワークの普及、さらに生成AIの急速な拡大により、通信トラフィックは増え続けています。特に生成AIでは、大規模言語モデルの学習や推論のために、膨大なデータがデータセンタ間を常時行き来しており、データセンタ間接続(DCI)の帯域需要がこれまでにないペースで拡大しています。こうした需要にこたえるには、光ファイバ1本当りの伝送容量を大幅に引き上げる必要があり、私たちが取り組んでいる「1波長当りの伝送容量の最大化」がその鍵を握っています。NTTが推進するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想でも、光電融合技術をベースに低遅延かつ大容量のネットワークを実現することをめざしています。すなわち、超高速光変復調技術は、IOWNがめざす大容量光伝送を支える技術であり、次世代ネットワークを実現する大きな土台になるものだと考えています。
今後は、超高速アナログ回路技術とデジタル信号処理技術を融合させた光送受信システムの高度化をさらに進めていきます。伝送容量の大容量化に伴い、アナログ回路の理想からのずれをDSPで補償する技術や超広帯域信号を効率的に扱う新しいシステムアーキテクチャの重要性が増しています。目標としては、1波長当りの伝送容量をさらに引き上げ、次世代の基幹ネットワークが求める大容量伝送をより効率的に実現することです。研究所を越えた連携による電気帯域多重・分離方式の実用化も視野に入れながら、研究と開発の好循環をさらに加速させ、増大する通信需要を支える次世代の光通信基盤の実現に貢献していきたいと考えています。

■所属されているNTT未来ねっと研究所についてどのような印象をお持ちですか。

私の所属するNTT未来ねっと研究所(未来研)は、基盤的研究を主とするNTT先端技術総合研究所の所属でありながら、基礎的な研究だけでなく実用化に向けた開発にも取り組んでいる点が大きな特徴です。専門分野を越えて自由に議論できる雰囲気の中で、研究と実用化の両面で世界最先端に挑んでいるという印象です。私自身は「試行錯誤を楽しむ」ことをモットーにしており、自分で立てた予想を検証し、結果から次を考えるというサイクルに面白さを感じています。研究の知見が開発に活き、開発の課題が新たな研究テーマになるという未来研ならではのサイクルが、研究開発に取り組み続ける原動力になっています。また、研究や開発のフェーズや自身のライフスタイルに合わせてリモートワークや出社など働き方を柔軟に選べる点もこの研究所の特徴です。私自身は実験装置に直接触れながら考えたいですし、ホワイトボードを前に対面で議論する中から生まれるアイデアも大切にしたいので、基本的に毎日出社して研究開発に取り組んでいます。
未来研全体では大容量・超高速の光伝送技術、フォトニックネットワーク、次世代ワイヤレスシステムなど、数多くの研究者たちが将来のネットワークの根幹にかかわる幅広い研究を行っており、そこで得られた成果を実際の通信システムへつなげていく開発も並行して進めています。私の研究グループでは、光変復調技術やデジタル信号処理を専門とする研究者に加え、光ファイバ伝送の専門家が集まっています。さらに、NTT先端集積デバイス研究所のアナログ回路の専門家や、NTTデバイスイノベーションセンタの光デバイス開発チーム、およびNTTイノベーティブデバイス社のDSP開発チームとも密に連携しています。光伝送システムの性能は個々の技術だけで決まるものではなく、DSP・アナログ回路・光デバイスからなるシステム全体の性能をどう最大化するかという設計が重要になるため、複数の専門分野の知見を持ち寄って研究開発に取り組むことが日常的です。各分野で高い専門性を持ちつつ、システム全体を俯瞰しながらその強みを掛け合わせて取り組める点は、NTTの光伝送研究の大きな強みであり、未来研はこうした連携のハブとしての役割も担っていると感じています。

■最後に読者や学生の方へのメッセージをお願いします。

光通信の研究には、理論的な側面と工学的な側面の両方があります。理論から予測を立てて実験で確かめることもあれば、実測データから新しい仮説が生まれることもあり、アプローチの方向性が1つではないところにこの分野ならではの面白さがあります。私自身、大学では宇宙物理を専攻しており、光通信はNTTに入社してから始めた分野です。異なるバックグラウンドからでも十分に活躍できるフィールドですし、むしろ違う視点を持っていることが強みになる場面も多いと感じています。光通信システムは、信号処理や情報理論、半導体デバイス、光学など、かかわる技術領域がとても広く、最初は学ぶべきことの多さに苦労しましたが、その分だけ新しいことを学ぶ楽しみも尽きないジャンルといえます。
NTTの光通信研究は黎明期から世界の最先端を走り続けています。その中で世界記録を競う緊迫感を味わいながら、自分が携わった技術が実用化されていくスピード感に大きなやりがいを感じます。もちろん私1人ですべてをカバーできるわけではなく、NTT内の研究者はもちろん、共同研究先の企業や協力会社の方々など、多くの人の力を合わせて成果を出してきました。海外のライバルたちとも国際会議で交流もあり、良い刺激をもらっています。
光通信はインターネットを支える社会インフラの根幹であり、急速に普及するAI時代を迎えてさらなる大容量化への期待が高まっている分野です。これからも多くの方々と連携しながら進めていきたいと考えていますので、興味をお持ちの方がいれば、ぜひ一緒に取り組めればうれしいです。この分野に挑んでみたいと考えている方はもちろんですが、専門が違うから自分には関係ないと思っている方でも、まずはNTT研究所のインターンシップ(1)で研究の現場を体験してみてください。実際に手を動かしてみると、自分の知識や視点が意外なところで活きることに気付けると思います。

■参考文献
(1) https://www.ntt-labs.jp/saiyo/internship/

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