2026年8月号
明日のトップランナー
世界一となるチャンスがたくさんある新しいAPN実現とその先へ

AI(人工知能)の急速な普及に伴うデータセンタ間の通信量増やエッジコンピューティングの需要への対応が急務となっています。NTTが推進する超低遅延・大容量なAPN(All-Photonics Network)によるデータセンタ網の整備に加え、さらなるサービス展開に向けて、経済性と大容量通信を両立するような伝送システムが必要不可欠となります。そこで今回は、この次世代ネットワーク技術のトップランナー、胡間遼特別研究員にお話を伺いました。
胡間 遼
NTTアクセスサービスシステム研究所
特別研究員
PROFILE
2010年東京理科大学理工学部電気電子情報工学科卒業。2012年東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻 博士前期課程修了。同年、日本電信電話株式会社入社。NTTアクセスサービスシステム研究所入所。2017年NTT東日本ネットワーク事業推進本部サービス運営部技術協力センタへ異動し、宅内系特異故障解析業務に従事。2018年北海道大学大学院情報科学研究科にて博士(工学)取得。2020年NTTアクセスサービスシステム研究所へ異動。APN・将来光アクセス伝送技術に関する検討と、ITU-T、およびオペレータや通信機器メーカで構成される業界団体であるFSAN(Full Service Access Network initiative)での標準化業務に従事。2023年准特別研究員任用。2025年特別研究員任用。2025年日本TTC協会功労賞受賞。
高速光伝送方式による近未来のAPN実現とその先へ
■最初にAPNについて教えてください。
APN(All-Photonics Network)というのは、NTTの「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想」の基盤となる技術で、端末からバックボーンまで「できるだけ光のまま」伝送することをめざしたネットワークです。近年、AI(人工知能)の急速な普及により、データセンタ間の通信量や、エッジコンピューティングの需要が増加しており、APNの超低遅延・大容量・低消費電力での通信を提供可能という特徴を活かし、NTTではデータセンタ網への適用を検討しています。例えば、「JPDC All-Photonics Connect」として、2026年1月から実際に東京都内の一部のデータセンタ間で提供が開始されました。
現行のAPNでは、ユーザ間で光波長・パスを占有することで両端の超高速・低遅延通信を実現する「PtP(ポイント・ツー・ポイント)型」接続を用いたネットワーク構成が想定されています。まずはこの技術を全国的に拡大し、しっかり確立することが大切です。また、近年では、ユーザ近傍に位置するエッジデータセンタにユーザがアクセスし、AIなどのアプリケーションを利用するエッジコンピューティングの需要が増加しています。現在は、既存のネットワークを介しての接続形態をとっていますが、ネットワークで生じる遅延がAIなどのアプリケーションの性能を損ねるといった課題もあります。さらに将来に目を向けると、APNの低遅延性を活かし、ユーザがAPNを介し直接データセンタに接続する未来が来るかもしれません。
ただし、従来の「PtP型」では、多数のユーザを収容する際にいくつかの懸念点が考えられます。第1に、利用できる波長数に限りがある点が課題となります。1ユーザが光波長を占有する接続形態ですが、1本のファイバ上で多重できる波長数には限りがあり、多数のユーザを収容したり、データ量が増える場合、光ファイバを増設し通信経路を増やす必要があります。第2に、高速・大容量通信を実現するためのユーザ側の光伝送装置が複雑、かつ高価な点もさまざまなユーザが広く利用するうえで課題となり得ます。そのため、「コストを抑えつつ性能を高める」ための新しい仕組みが必要不可欠となります。そこで、こうした懸念点を払拭するために現在私が研究・提案しているのが、「PtP型」を一歩進めた「PtMP(ポイント・ツー・マルチポイント)型」接続と呼ばれる方式を利用した高速光伝送方式です(図1)。

■「PtMP型」接続ではどのようにして「PtP型」の懸念点を解決するのですか。
PtMP型接続は、光合分波器で集線し同一波長内で信号多重化することで、APNに流れる光波長数とファイバ数を大幅に削減します。既存の光アクセス網の設備を再利用し効率的に接続できる一方、従来の光アクセス網で活用されてきた「IM-DD(Intensity Modulation/Direct Detection :強度変調・直接検波)方式」は、安価で低消費電力ですが、光の減衰やファイバ伝搬による波形劣化に弱く「伝送距離20km・32分岐」が限界でした。とはいえ、超高速・長距離伝送が可能で高度な「デジタルコヒーレント方式」は、コストと消費電力が大きく一般普及には向きません。そこで、経済的にこの限界を打破するために、IM-DDの手軽さとデジタルコヒーレントの高性能を組み合わせた「ハイブリッド構成」と、「デジタルコヒーレント簡易化技術」の両輪で研究を進めています(図2)。
「ハイブリッド構成」では、通信の集約側(PtMPのP側)が複数のユーザにシェアされる非対称な構成に着目し、P側に光伝送路で生じる特性劣化を補償する機能を集中させることで、ユーザ側に配置される光送受信器を経済化するものです。「デジタルコヒーレント簡易化技術」は、その名のとおり、デジタルコヒーレント伝送技術のキーとなるコヒーレント受信器とDSP(Digital Signal Processor)構成を、DSP処理構成や、伝送するデータ形式を工夫することで簡易にする検討です。この研究では、PtMPの特徴を活かした伝送機能の再配置と抜本的な光伝送方式の改善によって伝送距離の拡大と通信量の大容量化、そしてコストの軽減という3つの課題を同時に解消したいと考えており、研究成果をトップ国際会議であるOFC2026、ECOC2025、ECOC2024にて継続的に発表しています。今のところ、実用化は2035年以降になると思われますが、さまざまなユーザに対して、現在の光アクセスネットワークで主流となりつつある10Gbit/sからその10倍となる100Gbit/sのサービスを提供することを見込んでいます。

■「デジタルコヒーレントの簡易化技術」についてさらに詳しく教えてください。
デジタルコヒーレントの簡易化技術は、ケンブリッジ大学によって提案されました。従来の方式では、光の性質(偏波や位相)をフルに活用するために、受信側に非常に複雑で高価な光学部品が必要でした。しかしこの新方式では、無線通信の技術を応用した特別な信号パターン(時間偏波符号)を用いることで、複雑な「偏波の分離」をデジタル計算だけで処理できるようにしました。さらに、受信側のレーザ光の波長をあえて少しずらして受信し(ヘテロダイン受信)、混ざり合った信号を後からデジタル処理で正しく仕分ける(IQ分離)ことにも成功しています。
端的にいえば、デジタルコヒーレントの簡易化技術というのは、本来は大掛かりで高コストになりがちなコヒーレント受信器を、構成や信号処理の簡略化によって「小型・低消費電力・低コスト」にする方式のことです。NTTはこの従来方式に加え、送信側にIQ位相の信号情報を時間軸上で交互に送信することにより、受信器の電気帯域を削減する方式を提案しています。この方式により、送信側の装置が複雑(IQインターリープ装置増設が必要)となるものの、ユーザ装置側にデジタルコヒ―レント受信器を配置可能になり、さらなる性能向上が期待できます(図3)。

「高速光伝送方式」が描く、未来の可能性
■この研究で実現する事象の展望や応用先について教えてください。
「PtMP」接続の研究から派生するさまざまな技術が実用化できれば、これまでデータセンタ間だけで行われていたデジタルコヒーレント方式による長距離・大容量伝送の恩恵の一部を、さまざまなユーザが受けられるようになるという点が非常に大きなことだと思います。もちろん、簡易型ですから本家のデジタルコヒーレントとは性能差があるのは事実です。しかし、ユーザのニーズに応じて、簡易に、経済的に高速・大容量伝送ができるような構成を実現するのは通信オペレータとして重要なことだと思っています。
また本技術の応用先については、非常に多岐にわたります。まず映像配信の分野では、高解像度なボリュメトリックビデオ(3D空間映像)や多視点映像の、拠点間リアルタイム伝送が可能になります。また、スマートファクトリーやスマートハウスへの応用に加え、自動運転車や無人タクシー、産業用ドローンのリモート制御といった、生活に身近なモビリティ分野への貢献が期待されています。さらに遠隔医療などの分野では、高精細映像とロボット制御信号をほぼ遅延なくやり取りできるようになるため、遠隔地の2つの病院にある手術支援ロボットをAPNで接続しつつ、エッジデータセンタによる画像解析をベースとした病巣の検知など、より高度な遠隔手術を支援し、命を救う最前線への応用も視野に入っています。
■所属されているNTTアクセスサービスシステム研究所について教えてください。
NTTアクセスサービスシステム研究所は、情報ネットワーク総合研究所配下の研究所として、先端的なコア研究から、実用化開発まで幅広く経験ができる研究所です。また、線路・土木・無線・有線といったネットワーク基盤技術から、オペレーション、ロボティクス、画像解析まで、非常に幅広い分野のスペシャリストがそろっています。私のように多様な技術を組み合わせて「効率的かつ実用的な通信システム」を研究する立場では、同じ社内だけでこれほど多角的な知見を集約できる環境は、大きなアドバンテージです。さらに、NTT東日本・西日本やNTTドコモといった事業会社との距離が近く、現場の担当者と直接連携して人的交流を図れる点も、システムの実用化を加速させる大きな魅力です。なぜなら、光通信システムの開発は単一の要素技術を突き詰めるだけで完結するものではなく、システムとして、そして事業として全体の完成度を高めていく必要があるからです。当研究所は、先進的な研究者が一体となり、そのときどきの社会情勢に沿った成果を継続的に創出し続けています。私個人としても、最近ではトップ国際会議への継続的な投稿、委員活動、招待講演などを通じて、海外のメーカやオペレータ、大学関係者と議論する機会が非常に増えています。こうしたグローバルな刺激を受けながら研究を進めるうえで、私は単に「自分の検討」に終始するのではなく、「チームとして成果を最大化するために、自分がどう寄与できるか」を常に意識しています。最先端の成果を生み出すことと同じくらい、実用化や効率化を見据えた「仲間づくり(人的ネットワーク)」も極めて重要です。これからもNTT内外のつながりを大切に育みながら、多様なスペシャリストたちとともに、自分が思い描く「ネットワークのあるべき姿」を確実に実現していきたいと考えています。
■最後に読者の方々へのメッセージをお願いします。
研究開発という業務には、計り知れない魅力があります。スポーツの国際大会と同様に、世界中の優秀な技術者と切磋琢磨しながら、自らの手で「世界一」をつかみ取れるチャンスがいくらでもある世界だと確信しています。将来のNTTグループの収益向上や事業貢献に資する研究を推進していくことに強い責任を感じていますが、同時にそれが私自身の大きな原動力であり、やりがいにもつながっています。
私の研究も、単独の力では決して実現できません。大学やメーカ、国内外のオペレータ、そして日々の運用や構築を担う現場の方々まで、すべてのステークホルダが協調して歩みを進める必要があります。この壮大な挑戦に、少しでも共感や興味を抱いてくださった方は、ぜひお気軽にご連絡ください。共に未来のネットワークを創り出せる日を、心より楽しみにしています。
