2026年8月号
特集1 主役登場
薄膜ニオブ酸リチウム(TFLN)における非線形光学の新たな可能性

Marc Jankowski
NTT Research,Inc. Physics & Informatics Laboratories
Group Head
薄膜ニオブ酸リチウム(TFLN)は、集積フォトニクスにおける汎用性の高い技術基盤として注目されています。ニオブ酸リチウムを基盤とする非線形光学導波路は、光場の生成や制御を行う多機能なツールとして長く研究されてきました。これらのデバイスは、原理的に400〜4500nmで動作する多くのレーザや光増幅器の代替となり得るほか、量子計算ではリソース状態の生成にも利用できます。しかし、非線形導波路は電力消費が大きく、小型・軽量・低消費電力・低コストが重要な応用分野では制約となります。
TFLNでは、強く閉じ込められた構造で各場の相互作用が増強され、さらに相互作用する波の速度も制御でき、多くの応用分野で性能が向上しています。表面弾性波フィルタはこの特性を最初に活用したデバイスであり、膜厚の調整で音響波の速度を変え、帯域幅を拡張できます。また、TFLNによる低損失光導波路の開発で、広帯域の電気光学変調器が続いて実現されました。波長スケールの強い閉じ込めで、半波電圧が1 Vに近い変調器が可能となり、さらに光場と高周波電場の速度を設計して、100GHzを超える帯域幅の変調器が実現されています。
TFLNにおける非線形光学の初期実験では設計原理の拡張に焦点を当てており、最初期の非線形導波路は逆プロトン交換に基づく拡散型導波路に比べ電力要求が20分の1に低減されました。その後、私たちの研究では、幾何学的分散エンジニアリングを用いて相互作用する波の速度を制御し、周波数変換器や光パラメトリック増幅器の帯域幅を制御しました。この過程で、分散設計された非線形導波路が質的に新しいダイナミクス(動的挙動)を示すことが発見され、それが新しい機能の実現につながったのです。
新しいダイナミクス領域を設計できる自由度により、従来デバイスの性能を制限していた設計上の制約を克服できるようになります。その初期の例の1つが、TFLN導波路における二次非線形効果に基づく新しいスーパーコンティニューム生成(SCG)手法の発見でした。従来の三次非線形性に基づくデバイスで異常分散を用いた導波路は比較的低い電力で広帯域幅を実現できますが、その代償として余分なノイズが生じます。一方、通常分散を用いた導波路は低ノイズ動作は可能ですが、帯域幅が制限され、より大きな電力が必要です。これに対し、この新しいSCGは、これらのトレードオフを克服し、三次非線形導波路と比較して2桁低い電力でマルチオクターブのスペクトルを実現でき、原理的にはショットノイズ限界の揺らぎを示すことが可能です。
新たなダイナミクス領域で動作する、分散設計された非線形導波路は現在、量子光学の新しいデバイスを実現する技術基盤として注目されています。TFLNデバイスは、比較的少数の光子でも飽和した非線形相互作用に到達することで、非線形光学の限界を超える可能性があり、量子非破壊測定に対する新しいアプローチや、非ガウス状態を確実に生成できる光源といった新たな可能性が生まれています。
