2026年9月号
明日のトップランナー
世界を動かした「光メタサーフェス」、ゼロから挑んだ平面光学の未来

「メタオプティクス」や「光メタサーフェス」という技術は現在、世界中で活発に研究されている分野です。これらは従来のレンズなどの光学部品を使うことなく、微細な表面構造によって、さまざまな光の特性を自由自在に操作できるという画期的な技術です。今回は、この「メタオプティクス」のトップランナー、宮田将司特別研究員に話を伺いました。
宮田将司
NTT先端集積デバイス研究所
特別研究員
PROFILE
2016年大阪大学大学院工学研究科 精密科学・応用物理学専攻 博士課程修了 博士(工学)。同年4月日本電信電話株式会社に入社。2023年4月NTT先端集積デバイス研究所、准特別研究員。2025年4月NTT先端集積デバイス研究所、特別研究員。光メタサーフェス・メタマテリアルとその応用に関する研究に従事。2013年応用物理学会講演奨励賞、2022年光学論文賞、2023年画像電子技術賞などを受賞。
「メタオプティクス」が次世代にもたらす超小型・超薄型の高機能デバイス
■最初に「メタオプティクス」という技術について教えてください。
「メタオプティクス」というのは、この10年ほどで注目され始めた技術で、一般の方々にはあまり知られていない言葉かもしれません。この技術は、「光メタサーフェス」と呼ばれる髪の毛よりもはるかに小さな微細構造を使い、光の進む方向や波長、偏光などを自由にあやつる新しい平面光学技術です。これまでのレンズや鏡では不可能だった、画期的な機能を実現できます。カメラやディスプレイ、センシング、バイオ計測などへの応用が急速に進んでいて、NTTでもIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を支えるAPN(All-Photonics Network)向けの光通信デバイスの高機能化・高性能化に向けて、この技術の活用を進めています。
この技術の発端は、2000年代初頭に誕生した「メタマテリアル」です。当時は、映画『ハリー・ポッター』に登場するような透明マントを実現できるかもしれない革新技術として大きな話題となりました。その後、光を対象とした研究へと発展しましたが、当初のメタマテリアルは「3次元の微細構造の作製が困難である」という課題を抱えていました。これを解決するために登場したのが、より作製が容易な2次元構造の「光メタサーフェス」です。さらに、それまで主流だった金属材料からシリコンなどの誘電体材料へと移行したことで光の損失が大幅に低減されました。その結果、「メタレンズ」をはじめとする高性能な光学素子が次々と実現され、現在ではこれらの技術を総称して「メタオプティクス」と呼んでいます(図1)。
私がNTTに入社した2016年当時、この「光メタサーフェス」という技術は基礎研究のフェーズから徐々に応用研究のフェーズへと移り変わっている時期にありました。上司から「新しい研究テーマへの挑戦」という命題を受けたことを契機に、ゼロからこのテーマを立ち上げることになりました。

■具体的な「メタオプティクス」の成果を教えていただけますか。
私たちが最初に取り組んだのは「光メタサーフェス」を利用した「イメージセンサ」の高感度化です。「光メタサーフェス」はナノメートルスケールの微細構造によって、光の位相や偏光、波長などを自在に制御できる技術です。これまでは複数の光学部品が必要だった高度な機能を、1枚の極めて薄い表面構造だけで実現できる点が最大の強みです。また、半導体プロセスとの親和性が高く、小型化や大量生産にも適しています。
その代表的な応用先の1つが、カメラに搭載されているイメージセンサです。従来のイメージセンサは、光の三原色である「RGB」を識別するため、各画素にカラーフィルタを備えています。例えば、「R」のフィルタは「G」と「B」の光を、「G」のフィルタは「R」と「B」の光を、「B」のフィルタは「R」と「G」の光をそれぞれ吸収(カット)することで、色を識別しています。つまり、RGBが混ざり合った白色の自然光のうち、実に3分の2に相当する光を廃棄して色を識別しているわけです。ここに「光メタサーフェス」の技術を導入すれば、これまで捨てられていたRGBすべての光を活用できるようになり、その結果、従来比で約3倍という劇的な感度向上が可能になるわけです(図2)。
私たちは2019年に、光メタサーフェスを用いてイメージセンサの感度を飛躍的に向上できることを世界に先駆けて実証しました。2021年にはさらに性能を向上させた技術を発表し、国際的な学術誌での表紙掲載やプレスリリースなどを通じて、国内外から大きな注目を集めました。その後、世界中でこのコンセプトに基づく研究開発が加速し、2025年には関連する技術の商用化も始まりました。こうした技術が社会で実際に活用される段階へ進んだことは、研究者としてとても嬉しく、大きなやりがいを感じています。

「光メタサーフェス」技術の応用先は無限大
■この研究の具体的な応用先や展望などを教えてください。
光メタサーフェスは、カメラの小型化・高性能化をはじめ、医療、センシング、光通信など、さまざまな分野への応用が期待されている技術です。極めて薄い光学素子で光を自在に制御できるため、従来は複数の光学部品が必要だった機能を小型・高機能に実現できる可能性があります。そのため、今後もさまざまな分野で新しい応用が広がっていくと考えています。
その中で、私たちの研究グループが現在特に力を入れているのが「多次元イメージング」です。人間の目では直接認識できない波長や偏光などの光の情報を、光メタサーフェスとAI(人工知能)を組み合わせて取得・解析することで、これまで見ることのできなかった情報を可視化しようという研究です。例えば、これを自動車に搭載すれば、自動運転技術において人間の目では取得できない光の情報を新たに利用できるようになります。濃霧といった悪天候下でも前方の状況を正確に把握し、さまざまな物体をより高精度に認識できる可能性があります。また、スマートフォン程度の小型なデバイスでこうした高度なセンシングが実現できれば、自動運転だけでなく、インフラ点検や医療など、社会のさまざまな分野へ飛躍的な展開が期待できます。
このように「光メタサーフェス」は光を“面”で制御できるため、画像情報との相性が非常によく、将来的にはカメラやセンサとAIによる情報処理を一体化した新しい画像情報処理技術の実現につながると期待しています。また、NTTが推進するIOWNでは、次世代の光通信システムの実現に向けて、高性能で小型な光通信デバイスが重要になります。私たちは、光メタサーフェスを活用した光通信デバイスの高機能化・高性能化にも取り組んでいます。
「光メタサーフェス」は、単体では光の特性を制御する薄い表面構造であり、その実体は極めてシンプルな光学素子です。しかし、ほかの技術と組み合わせることで、新しい価値を次々と生み出せる可能性を秘めています。その応用範囲はまだ広がり続けており、私自身も新しい応用先を考え続けています。これからも、世界中の研究者とともに、これまでにない「メタオプティクス」の可能性を切り拓いていきたいと思っています(図3)。

■所属されているNTT先端集積デバイス研究所について教えてください。
私はNTT先端集積デバイス研究所という神奈川県厚木市にある研究所にいますが、この研究所の特徴は、フォトニクス、エレクトロニクス、マテリアルサイエンス、バイオサイエンスなど、幅広い研究分野をカバーしながら、基礎研究から応用研究まで一貫して取り組める点にあると思います。基礎研究と応用研究との垣根があまりないような印象です。もちろん、NTTですから情報通信技術を中心としていますが、その周辺領域を含めた多様な研究者が集まっていて、異なる専門性を持つ研究者どうしが日常的に議論できる環境があります。さらにNTT研究所全体でも、人間科学から、機械学習や宇宙環境といったさらに幅広い研究領域をもカバーしており、これらの各研究所とのシナジーを活用することで、自身のアイデア1つで新しい分野への参入や異分野融合を実践できる環境にあります。
私はこうした環境を活用して前述の「多次元イメージング」の研究も、横須賀市にある研究所の画像処理を専門としている方々と一緒に研究しています。専門が全く違う研究者たちとうまくシナジーをつくって、社内環境だけで研究できることは非常に大きな利点だと思います。また、短期的な研究ばかりではなく、10年後、20年後といった将来の可能性を見据えた挑戦的な研究にも取り組むことができるという文化も非常に大きな魅力だと思っています。
■最後に読者の方々へのメッセージをお願いします。
先ほど私は「メタオプティクス」の研究をゼロから立ち上げたとお話ししました。もちろん1人で頑張った部分もあるのですが、今振り返れば1人だけではできなかっただろうと感じています。私の研究に限らず、研究というのは1人の力だけで完結するものではありません。私自身も、学生時代の指導教員の先生方、留学先の先生、研究所の上司や同僚、そして共同研究先の方々といったさまざまな出会いによって、多くのことを学び、この研究を発展させることができました。これまでの出会いや経験が、現在の研究者としての私をかたちづくってきたと実感しています。研究者をめざす方々には、そうした一期一会の人との出会いを大事にしてほしいと思います。
そして、「巨人の肩の上に立つ」という言葉があるように、先人たちが積み重ねてきた知見を学ぶことはとても大切です。その一方で、まだ誰も答えを持っていない未知のテーマに挑戦することも、研究者ならではの大きな魅力だと思います。もちろん、最初から世界中の誰も取り組んでいないテーマを見つけることは難しいと思っています。まずは、自分の研究室や研究グループの中で、誰も取り組んでいない新しいテーマを自ら立ち上げる経験をすることでも十分だと思います。そうした経験を積み重ねながら、少しずつ視野を広げ、自身の研究機関、日本、そして世界へと挑戦の舞台を広げていけばよいのではないでしょうか。私自身も、研究者として経験を重ねた今だからこそ、現状に満足することなく、新しいテーマを立ち上げる挑戦を続けていきたいと考えています。
研究者にはさまざまな考え方や研究スタイルがありますが、私は、先人から学ぶことと、自ら新しいテーマを切り拓くことの両方を大切にすることが、新しい研究や価値を生み出す原動力になると考えています。こうした考え方が、誰かの新しい挑戦のきっかけになれば嬉しく思います。

