2026年11月号
挑戦するイノベーター
IoTの社会実装を通じて、AI時代の信頼されるICT基盤を切り拓く

あらゆるモノがネットワークでつながる社会では、現場に蓄積されたデータを分析し、価値として還元する循環をどう築くかが問われています。NTTドコモビジネスの増田知彰氏は、スマートビルやコネクテッドカーなど多様な領域で事業創出に取り組んできました。その過程で培ったのは、技術や組織、業界の垣根を越えて専門家をつなぎ、新たな価値を事業として実現する力です。近年は、「信頼できるシステム」を軸に、人とモノの通信を統合したAI(人工知能)時代のICTプラットフォーム構想にも挑んでいます。本取材では、これまでの歩みと今後の展望、そして境界を越えて価値を生み出し続けるイノベーターとしての姿勢について伺いました。
増田知彰
クラウド&ネットワークサービス部 担当部長・IoTエバンジェリスト
NTTドコモビジネス プラットフォームサービス本部
モノ・空間・しごとをつなぐ──IoT/AI事業10年の軌跡
IoT/AI事業に10年近く携わられているんですね。
IoT(Internet of Things)とAI(人工知能)の領域で、「モノ」「しごと」「空間」をどう変え、価値をもたらすかに取り組んできました。参画・推進してきたプロジェクトは、コネクテッド製品、製造DX、GIS、データやAIエージェント利活用など多岐にわたり、短期の数百万円規模の案件から、数年で数百億円規模の収益を生み出す事業までさまざまです。
IoTは、ただモノをネットワークにつなぐだけで終わりません。リアル空間の製品、人などの情報をデジタル空間に持ち込み、蓄積・分析し、結果をリアル空間にフィードバックする。その分析やフィードバックに機械学習やAIを使う。一連の循環を、業種業界ごとのやり方で価値につなげる活動です。最近はその延長で、サービスロボットや自動運転の普及が、フィジカルAIとして注目を浴びていますね。
この循環を価値につなげるため、人・組織・技術の包括的な、つまりソシオテクニカルな課題解決が必要です。あえて名付けるなら、私は「コンサルティング」「ソリューションアーキテクト」「プロジェクト・プロダクトマネジメント」「アジャイル開発」に取り組んできました。そして、いつも対象領域・業界において、社内外の専門家が、共に取り組む仲間や師匠として存在しました。自身のITやIoT知識を強みに磨きながら、掛け合わせる未知の領域を楽しみ、専門家に教えを乞い、信頼を得るまで学ぶ。そのうえで、異なる専門性を持つ人々をつなぐハブやカタリストとして価値創出に貢献し、自身もメンバーも成長する。そうした循環を、幸運にも10年間続けてこられました。
IoTとの出会いと事業化経験についてお聞かせください。
2016年から、NTTコミュニケーションズ (当時) 経営企画部で、IoT事業立上げに携わりました。現場で真に使える仕組みはまだ手探りでしたが、30人ほどの室を挙げ、私もその一員として価値提供パターンを探索し、まず工場、車両管理、ヘルスケア、製品のIoT化支援向けなど領域別のPoCパッケージをつくりました。ただ最初は「PoC貧乏」とも揶揄され、プロダクト・マーケット・フィットを取る活動は難航しましたが、メンバー総出で提案や工夫を重ね、いくつかが商用サービスに至りました。
IoTプラットフォーム「Things Cloud」もその1つです。これはセンサやデバイスの管理、得られるデータの収集・可視化・分析と、お客さま事業のPoCから商用化を加速する基盤の提供をねらったサービスでした。協調領域と競争領域を意識し、各業界業務プロセスに共通の機能は持ちつつ、業務や現場事情に柔軟に合わせる構造をどう準備するかがポイントでした。サービスはまずお客さまや社内の営業の認知が不可欠です。さらに現場に出てお客さま目線の要望や一次情報を引き出しに行く。サービスやアセット、人材、知見、時間をどう組み合わせれば価値を生み出せるかを考え、行動する必要がありました。
ただこの試行錯誤には経験、スキル、時間、何より胆力を要します。これらを自身で体現し、教えてくれた先輩がいました。おかげでソリューションとサービスの両構えで収益化の道筋が立ち、室は事業部へ転換。製品のIoT化、電力・工場などの現場DX、グループ各社での利用など事例が増えていきました。「疾風に勁草を知る」といいますが、新事業においては、ルールの枠内で判断を躊躇するものに腹を決め、一歩踏み込み全体に目を配りやりきることが不可欠と学びました。ここから事業の成長期、販売推進・企画・開発運用のBizDevOpsを一体で回す文化ができました。このときの雰囲気は、成功の「十分条件」ではないが「必要条件」として、今も立ち返る原点です。
スーパーゼネコンとのシンガポールでのプロジェクトは、象徴的な成果でしたね。
はい。鹿島建設様が2023年夏にシンガポールに開業した「The GEAR」は、ビル丸ごとをテストベッドとし、産官学との共創を通じて建設産業の変革をめざすグローバル・イノベーション・ハブです(1)。この先進的なスマートビル向けのプラットフォームに、NTTデータグループ・ドコモビジネス一体で取り組み、ビル設備や利用者に関する多様なデータを収集・連携し、利活用する基盤を提案・構築しました(図1)。The GEARでは空調や照明、エレベータ、防犯カメラなど2000以上のデバイスを持ち、ビルや入居者の多様な情報を横断的に利活用し、先進的なシンガポールの規制や国際標準への対応、自然言語での対話的な利用までが意識され、実装されています。
プラットフォーム構築後も継続してかかわり、お客さまにビル運用における課題、BIM(Building Information Modeling)活用など野心的な挑戦について教えを乞い、私たちの持つIoTやデータ利活用、さらにLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)やAIエージェント活用の知見を組み合わせ、実環境で試行錯誤を重ね、対外発信できるユースケースもつくることができました。The GEARは「進化し続けるビル」を合言葉に、一歩先行く未来を見据えて常にアップデートしています。今も続く協創活動では、お互いが何を提供できるかを持ち寄り、共に現場で試行錯誤する。お客さま、メンバーなど相対する人が誰でも、常にそのように構えること。これが信頼を生み、コミュニケーションの質と密度を高め、試行錯誤のスピードを上げ、価値創出につながる確率を上げると実感しました。

自動車メーカーへのプラットフォーム提供はグローバル展開の代表的な成果ですね。
もう1つの事例は、海外大手自動車メーカーのグローバルコネクテッドカー向けプラットフォーム提供です。世界各国に出荷される「つながりつづけるクルマ」の実現のため、2025年度上期にサービスを開始しました(図2)。コネクテッドカーやSDV(Software Defined Vehicle)では、車載ソフトウェアの開発と遠隔アップデートで、車の機能が出荷後も向上します。通信はオプションではなく、車の価値提供に不可欠です。数百〜数千万台規模での利用を想定したアーキテクチャを考え、提供に至りました。街中で走る車を見かけると、自分の仕事が一部を構成している嬉しさとともに、プロジェクトの各局面を思い出します。
私が担当したのは、プラットフォーム側、特にグローバルに使われる通信を管理する仕組みの開発です。利用ライフサイクルを理解のうえで、品質可視化、API連携や異常の検知などを運用しやすいかたちで組み合わせました。グローバル・大規模に、信頼性高く「どこでもつなげる仕組みをどう提供するか」、また多文化・英語環境で「どう人やチームを育て、やりきるか」をこのプロジェクトを通して深く考え、学びました。提案からご一緒した方が、NTTドコモ出身でコネクテッドカー業界を10年来手掛けたプロ。打合せごとに「あの仕組みは」「なぜこれをやる必要があるのか」といったモバイルやコネクテッドカーの「なぜなに」を丁寧に教えてくださり、私はIoTとITシステム双方の知見を活かしながら、貢献ができました。このプロジェクトを礎に、グローバルコネクテッドカーやSDV事業が部門として成長しています(2)。

ネットワーク、プラットフォームの企業として、端末側の開発にも取り組まれていますね。
代表例はSIMアプレット(3)ですね。IoTシステムは、端末・ネットワーク・クラウドやアプリケーションから構成されます。各案件では各要素の選定、必要な機能の配備先を決めます。さて、モバイル通信には、通信のための「鍵」が入ったSIMを使います。このSIM、実はアプレットと呼ばれる軽量なプログラムを動作させられます。クラウドやアプリケーション、ネットワークだけでなく、従来は端末に別部品を必要とした処理を、SIMへ分担できるわけです。
コネクテッド製品を企画するお客さまの痒い所に手が届くユースケースを並べ、決済端末を皮切りに、フォークリフト、産業用空調など生涯台数で各数万〜数十万台を見込む採用につながりました。IoTにおけるSIM活用の知見は2027年3月に予定するdocomo business SIGN(4) eSIM(SGP.32)対応にも活かされています。
ただ、立ち上げは簡単ではありませんでした。事業の種はあるが、離陸までは道半ば。計画ではなく成功に焦点を当て、変化をいとわず歓迎する姿勢を持つ、スタートアップマインドにあふれる方々が加わり、成長軌道に乗りました。私自身、直線的できれいすぎるシナリオには疑いがある。競争環境の中で、それがなぜ未解決のまま残っているのか。見落としはないか。議論の場で、そうした仮説を証明する事実を一緒に探索することをアジャイルに繰り返し、かたちにしていくことができました。
これからは、セキュリティからTrustworthinessの時代ですね。
先日あるメディアの方と会話をしたら、「フィジカルAIの時代に漠然と不安がある」と。お聞きしてみると、企業の情報漏洩がメディアを賑わし、フロンティアAIの脅威が高まる中で、これらとロボットが結びつくと何が起こるのか、人への危害にまでリスクが及ぶのでは、ということでした。フィジカルAIの時代には、従来型のITセキュリティだけでは不十分です。安全性、プライバシー、信頼性、レジリエンス、さらにはAIに求められる説明責任、公平性、透明性まで含めて、「このシステムは信頼できる」と人々に納得してもらえる状態をつくる必要がある、これが「Trustworthiness*」という新しい信頼性の考え方です。
IoTシステムを構成する端末・ネットワーク・プラットフォームやアプリケーションは、いわゆるSystem of Systemsです。単一のシステムではなく、多くのシステムが連携して初めて価値を生み出すため、個別最適ではなく全体最適の視点で設計する必要があります。国際的にも、標準化や認証で端末やサプライチェーンの信頼性をどう保つかが意識され、企画・設計の初期から織り込む「セキュア・バイ・デザイン」や「セキュア・バイ・デフォルト」が求められます。スマートビルでも、コネクテッドカーでも、決済端末でも、構造は同じです。多様なシステムのつながりから生じる複雑さを解きほぐし、全体として信頼できる仕組みを実現することは、通信事業者が担う重要な役割でしょう。こうして協調領域のTrustworthinessを高め、お客さまが安心して新たなユースケース創出や価値検証に踏み出せるよう、後押ししていきたいと思います。
* Trustworthiness:ISO/IEC 30141 IoT参照アーキテクチャで示される観点を5要素に整理し、NIST AI Risk Management Framework等の考え方を加味したもの。
IoT/AI事業での10年間の取り組みを総括してください。
私の取り組みは、特定技術の深掘りではなく、各コンポーネントや立場を都度理解し、それらをどう束ね、相乗効果を生み出すかということでした。まず相手に開かれた姿勢で向き合い、信頼関係を築く。そのうえで状況分析をして課題を定め、ソシオテクニカルな視点から、ときに組織や国境の壁を越えて課題解決に取り組む。それが、私がIoT/AI事業で行ってきたことです。言葉にするなら、技術を基盤としたシステム思考と、デザイン思考の実践でした。
2023年から3回にわたり、大学院生・社会人向けの授業を担当する機会がありました。社内デザイン・技術組織と共に「データ活用パターンによる未来シナリオ構想」という、5日間のワークショップを東大発のイノベーション教育プログラムであるi.school向けに実施したのです。「未来のしごと」を題材に、デザイン思考をベースに解くべき課題を発散・収束を通して特定する、データ利活用ソリューションも同様に発散・収束で考える、それらをピボット含め振り返り、問い直しブラッシュアップするものでした。一連のプロセスは自身の取り組んできたことと同じで、それをメタな視点で設計・アドバイスする貴重な体験でした。エバンジェリストや、客員教授の立場で産学さまざまな方とかかわる活動も、10年自分で手掛けてきた現場経験を手触りと事例をもって発信でき、さらに新たなアイデア・学びに触れる好循環につながっています。
AI-Centric ICTプラットフォームにより、産業や地域のAXを支援
今後の展望についてお聞かせください。
NTTドコモビジネスは、AI実装が進む自律・分散・協調型社会を支えるAI-Centric ICTプラットフォームという戦略を打ち出しています(図3)。2026年11月には、NTTドコモビジネスが考えるAI時代のインフラについて、経営層や、私を含むエバンジェリストが執筆した書籍『AIインフラ2030(仮)』を出版する予定です。
今後、人が使う情報通信と、モノが使う通信を包括的に見ていくことが必要になります。工場や物流拠点、ビルでは、人の業務ネットワークとIoT/AIのネットワークが同じ現場で共存します。そこで運用やセキュリティの考え方がばらばらだと、現場は複雑になり、DXやAX(AIトランスフォーメーション)のスピードも落ちます。共通化できる部分は共通化しつつ、IoT固有の要件や、人がAIを使うときのガバナンスなど、追加で必要なものを自然に積み上げられる構造を組み上げつつあります。
私は2026年7月から企業向けネットワークの領域へ軸足を移し、現在はNaaS(Network as a Service)を中心としたサービス開発に取り組んでいます。IoTから離れたというより、むしろ人の通信とモノの通信、現場とクラウド、通信とAI、標準と差別化、それらの境界をまたぐ課題解決がしやすくなったと感じます。新しい領域で学ぶことは少なくありませんが、その学びを次の構想へとつなげ、AIを使うお客さま自身の変化と、AIを使って変わる私たち自身の開発・運用のあり方を両方見ながら、グローバルに通用する新しい基盤を育てていきたいと思います。

これまでの経験から日頃大切にしていること、そして後進へメッセージをお願いします。
私自身のキャリアを振り返ると、最初の2年間は法人SEとしてお客さまと向き合う基本を学びました。その後、国際ネットワーク運用の企画・開発に携わり、24時間365日、全世界をつなぐインフラの信頼性をいかに効率良く保つか、自動化やシステム間連携、BPR、プロジェクトマネジメントの基礎を学びました。留学を挟み、2016年以降のIoT事業へのかかわりは先ほど述べたとおりです。
日頃は、「虫の目・鳥の目・魚の目」を大切にしています。虫の目は細部を見る目、鳥の目は俯瞰する目、魚の目は流れや潮目をつかむ目です。3年目の研修で、新サービス事業化に携わる先輩の講演の結びで2つの「目」を知りました。ずっと頭に残っていて、のちに「魚の目」を加え、以来3つの「目」を座右の銘としています。
私は、この3つの「目」を行き来するのが好きです。高度3000mから全体を俯瞰するだけではだめで、地上で輪郭や現場の摩擦を見ないと、真の課題は分かりません。逆に局所に注目しても、ゴールを見失うことがあります。また「今」こうであるだけでなく、「過去」「将来」と自分の関与も踏まえどう動いていくかを意識します。抽象と具体を往復し、必要なら専門家やお客さまに聞きに行く。その繰り返しを妥協せず続けることが、自分やチームの行動に自信をもたらし、成功確率を高められると考えます。
もし気が多く好奇心が1つに絞り込めないことに悩んでいる方がいたら、私と似ているかもしれません。それをあまり悪くとらえないでほしい。むしろ異なる分野の人とつながり、新しい価値を生み出す素養かもしれません。もちろん、目の前の仕事に責任を持つことは前提です。そのうえで、「これは意味があるのだろうか」と思いながらでも、興味を抑えきれないものには、自身の手綱を緩め何か実行してみる。その経験は、自分の中の「地図」の広がりと解像度を高め、必ず将来の財産になります。迷いながらでも、自分の直感や興味を大切にしてほしいと思います。その先で多くの人と出会い、つながり、ぜひ大きな仕事に挑戦してほしいですね。
■参考文献
(1) https://www.kajima.co.jp/news/press/202308/4a1-j.htm
(2) https://www.ntt.com/business/services/connectedcar.html
(3) https://www.ntt.com/business/sdpf/service/icms/applet.html
(4) https://www.ntt.com/business/services/sign.html
