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将来のデジタル社会を支えるネットワークの変革─ネットワーク基盤編─

無線LAN電波を活用した鳥獣検知システム

NTTグループでは、1次産業である農業を重点分野として位置付け、農業とICTを融合させる革新的技術の創出を進めています。本稿では、それらの検討の中でも、農地に侵入した鳥獣を無線LAN電波の変動のみで高精度かつ広範囲に検知する鳥獣検知システムの取り組みについて紹介します。

村上 友規(むらかみ ともき)†1/ 大槻 信也(おおつき しんや)†1/ 林 崇文(はやし たかふみ)†1/ 鷹取 泰司(たかとり やすし)†1/ 北村 和夫(きたむら かずお)†2

NTTアクセスサービスシステム研究所†1
NTTサービスエボリューション研究所†2

日本における鳥獣被害の現状

野生鳥獣による農作物への被害は、年間200億円前後で推移しており、特にイノシシとシカによる被害額は全体の約80%を占めています(図1)。加えて、これらの被害は営農意欲の減退や耕作放棄といった二次被害も引き起こしており、数字として表れる以上に深刻な社会問題となっています。このような鳥獣被害の対策として、ICTを活用した侵入検知・侵入防止・捕獲・追い払いなどの検討がさまざまな機関で活発に行われています。NTT研究所では、その中でも侵入検知に向けた電波を活用したセンシング技術に注目をしています。

図1 鳥獣害被害額の推移

電波を活用したセンシング技術の動向

電波はスマートフォンを代表とするモバイル端末などへの通信媒体として、移動通信システムや無線LAN(Local Area Network)システムで幅広く利用されています。一方で、電波は通信用途だけでなく、センシング・電子レンジ・GPS(Global Positioning System)・無線電力伝送などの非通信の用途にも活用され、生活に不可欠なものとなっています。近年、特にセンシング技術に注目が集まっており、「人や動物などの検知(これまでの領域)」から「物体や行動の識別(新たな領域)」への適用領域の拡大が進んでいます。
電波を活用したセンシング技術には、検知対象が無線デバイスを保有するものと保有しないもの(デバイスフリー型)に分類されます。一般的に、デバイスフリー型で用いられる電波の種類には、マイクロ波・ミリ波・赤外線・可視光線などがあり、本検討で注目するマイクロ波はほかの電波と比較して、検出範囲、夜間・見通し外の検知の観点で優れています(表)。さらに、マイクロ波の中でも無線LANの電波を用いる場合、既設の無線LANのデバイスの一部を再利用することが可能となるため、導入コストの削減につながります。

表 デバイスフリー型センシングの特徴

無線LAN電波を活用した鳥獣検知システム

提案システムでは、対象エリア内にIEEE 802.11ac(1)で規定される無線LANアクセスポイントと複数の端末を配置し、その間の電波の変動を解析することで、鳥獣の検知を行います(図2)。具体的には、別に設置する収集デバイスが、アクセスポイントと端末の間で定期的に交換される送信ビームフォーミングで必須となるCSI(Channel State Information:伝搬路情報)*を通知する無線パケットを一括して収集し、ネットワーク上のデータベースに収集した情報に機械学習を適用することで鳥獣検知を実現します(2)。提案システムを用いることで、これまで特殊な装置でしか取得できなかったCSIを簡易に取得することができ、さらに既設の無線LANシステムの再利用も可能となるため、導入コストを大幅に低減することができます。また、NTT R&Dフォーラム2018(秋)では、動態デモとして、「イノシシのぬいぐるみ」と「人と見立てたペットボトル」の識別を実施し、その実現性を明らかにしました(図3)。

*CSI:送信アンテナと受信アンテナ間における伝搬路情報であり、OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing:直交周波数分割多重)伝送におけるサブキャリアごとの振幅と位相の情報を含むもの。

図2 鳥獣検知システムの全体像

図3 展示の様子

今後の展開

NTT R&Dフォーラム2018(秋)に来ていただいたお客さまの中には、鳥獣被害にお困りの方が多数いらっしゃることから、提案システムに基づく鳥獣害対策技術を確立していくとともに、適用領域拡大に向けて、人や物の侵入検知といった鳥獣以外への展開を進める予定です。

■参考文献
(1) IEEE Std 802.11ac-2013:“Wireless LAN Medium Access Control (MAC) and Physical Layer (PHY) Specifications--Amendment 4: Enhancements for Very High Throughput for Operation in Bands below 6 GHz、”Dec. 2013。
(2) T. Murakami, M. Miyazaki, S. Ishida, and A. Fukuda:“Wireless LAN-based CSI Monitoring System for Object Detection、”MDPI Electronics, Vol.7, No.11, p.290, Nov. 2018。

(左から)鷹取 泰司/北村 和夫/村上 友規/大槻 信也/林 崇文

紹介したシステムは鳥獣害だけでなく、さまざまな分野で応用できる可能性を秘めていますので、もし興味がございましたら連絡をお願いします。

問い合わせ先

NTTアクセスサービスシステム研究所
無線アクセスプロジェクト
次世代大容量無線グループ
TEL 046-859-8720
FAX 046-859-3145
E-mail tomoaki.ogawa.yg@hco.ntt.co.jp