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Focus on the News

「全光」で量子中継の原理検証実験に成功 ―― 究極の情報処理ネットワーク「量子インターネット」実現への第一歩

大阪大学大学院基礎工学研究科の山本俊教授、生田力三助教の研究グループおよびNTTの東浩司主任研究員(特別研究員)の研究グループは、大阪大学の井元信之名誉教授、富山大学の玉木潔教授、トロント大学のホイ・クウォン ロウ教授らと協力して、地球規模の量子ネットワークを光デバイスだけで実現する全光量子中継方式を採用することで、量子中継の原理検証実験(図)に世界で初めて成功しました。
現在のインターネットを支えるのは、世界規模で敷設されている光ファイバネットワークですが、長距離通信を影で支えているのが中継器です。このような通信デバイスすべてを光デバイスだけで実現しようとする試みは全光ネットワーク構想と呼ばれ、低消費電力で高速インターネットを実現するのに有望とされています。このような全光ネットワークの量子版「全光量子ネットワーク」は、現在の中継器を、全光量子中継器に切り替えることで実現可能で、その結果実現される「量子インターネット」は、現在のインターネットの粋を超える、全く新しい数多くの応用を持ちます。この全光量子中継は、従来の物質量子メモリに基づく量子中継とは一線を画す方式として2015年に理論提唱されましたが、その方式は、量子力学特有の性質である「量子もつれ」によって初めて可能となる「時間反転」という、全く新しい原理に基づいていたため、この原理を実証することが、全光量子中継実現の要であり、量子インターネット実現の最初の大きな一歩とされていました。
今回、山本教授らの研究グループは、NTT、富山大学、トロント大学の理論研究グループと協力し、この全光量子中継の中核のアイデア「時間反転」の実証に成功しました。これにより、全光量子中継の原理は検証されたことになります。
今回の成果により、全光量子中継実現に残された課題は、損失のない集積光学回路と量子もつれ光源の研究開発だけとなり、これらの光デバイス開発に基づく全光量子中継の実現、あるいはそれに基づく地球規模の全光量子インターネット実現に重要な道筋を示しました。それと同時に、今回の実験は(全光方式だけでなく、物質量子メモリに基づく従来方式も含めた)すべての量子中継方式に共通して必要となる「適応ベル測定」の原理検証実験としても史上初で、全光方式が従来方式に比べ、実現性という観点で一歩リードしたことを示しています。
なお、本研究は、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」研究領域における研究課題「グローバル量子ネットワーク」(研究代表者:井元信之)の一環として行われました。また、本研究は、文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究(A)、新学術領域研究、大阪大学大学院基礎工学研究科附属未来研究推進センターの支援により行われました。

図 全光量子中継の実験装置

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2019/1901/190125a.html

研究者紹介
量子インターネットに向けて
山本 俊

大阪大学 大学院基礎工学研究科
教授

地球上(あるいは地球圏)のあらゆる地点でオンデマンドに量子もつれや量子コンピュータを利用できる量子インターネットは、セキュリティやコンピューティングの問題を同時に解決できる万能な量子情報プラットフォームとなることから、「聖杯」といえるほどに大きなインパクトがありますが、同時に非常に難しいテーマです。その実現のためのキーストーンである量子中継は日米欧中を中心に世界中の研究グループで研究が進められています。大阪大学でも長年この量子中継をめざして基礎となる研究を地道に進めてきました。
今回、NTTの独自方式である全光量子中継を実験的に実証するために、大阪大学の実験グループとNTTを中心とする理論グループで議論を重ね、実証できるもっともシンプルで美しくかつ拡張しやすい光学システムに仕上げました。大阪大学で培ってきた光子のグラフ状態発生やフュージョンゲートと呼ばれる光回路の組合せで実現できるもので、まさに共同研究の賜物です。最初の提案以来、実現していなかった量子中継の核である適応ベル測定を世界で初めて実証できたことで、「聖杯」への近道としての全光量子中継方式の素晴らしさも示すことができました。
量子中継を実現するためには、光子発生や光回路を大規模化していく必要がありますが、今回の研究で方法論が明確になったため、着実に進めていくことができます。今後もこの共同研究を軸に、量子インターネットの実現に向けた研究を行っていきます。

 

研究者紹介
一共同研究者として
玉木 潔

富山大学 大学院 理工学研究部(工学)
教授

今回の研究成果は、東浩司さんが2015年に発見された全光量子中継の原理検証実験です。私は東さんがこのアイデアを発見した場にいさせていただき、一緒に論文を書かせていただくという幸運に恵まれました。全光量子中継が生まれるプロセスを見てきた者として、今回の成果は、東さんのアイデアが大阪大学の優れた技術により実現可能なことを示した1つの区切りだと思います。また、世界各国が全光量子中継器の実現のために研究しているのをみると、全光量子中継が今後大きく発展するだろうという期待もしています。
東さんとの最初の議論は、今でもよく覚えています。私に食ってかかってきて、ずいぶん勝ち気だなと思ったのと同時に、その勝ち気なエネルギーが正しい方向に向けば本当に素晴らしい研究ができるだろうな、と感じたものです。それから数年経て、彼は全光量子中継のアイデアにたどりつくのですが、その際もっとも印象的だったのは、論文を書くにつれ量子中継自体に対する理解が劇的に進み、最終的に非常にシンプルな理解になったことです。そのシンプルな理解を聞くに量子中継はそんなに単純なものだったのか、と目からウロコが落ちる思いでした。この「物事をシンプルに理解する」という姿勢は彼を貫く強固な軸だと思うのですが、これからもその軸と物怖じしない強さをもって、物理学や情報学にシンプルかつ本質を突く斬新な理解を提供してくれることを楽しみにしているところです。

 

研究者紹介
研究の経緯
東 浩司

NTT物性科学基礎研究所
量子光物性研究部
特別研究員

全光量子中継のアイデアは、2012年の夏、当時弊所の研究員だった玉木潔さん(現:富山大学教授)に誘われて、トロント大学のホイ・クウォン ロウ教授のグループに滞在した際に生まれました(1)。このアイデアは、当時の「物質量子メモリなくして量子中継なし」という分野の定説に反する画期的なもので、全光量子中継器を多数使用することで、距離限界のない量子通信を実現するものでした。2015年の夏に再び玉木さんとともにトロント大学に訪問した際には、ロウ先生から「全光量子中継を原理検証実験ができるように簡単化できないか」という質問を受け、それにこたえるかたちで提案したのが、今回、大阪大学の山本俊教授と生田力三助教率いる研究グループが原理検証実験に成功したスキームとなっています。本成果は、当時大阪大学の学生だった、論文の第一著者である長谷川靖さんが一生懸命に実験をしてくださった結果だとも聞いています。
今回のような共同研究をすると、研究成果の背景に「人の縁」というものを感じざるを得ません。ここに登場する玉木さん、山本さん、生田さん、長谷川さん、そして私の、学生時代の研究指導者は、井元信之先生(現:大阪大学名誉教授)や小芦雅斗先生(現:東京大学教授)と共通していて、ロウ先生は玉木さんのポスドク時代の先生です。私たちの研究の(現在の)ゴールは、地球規模の量子ネットワークとスケールが大きいものですが、それを支えるのは、スケールは大きくないが、太い線でつながった人の縁なのかもしれない、と考えることもあります。
■参考文献
(1) Focus on the News:“定説を覆し、長距離量子通信に必要な「量子中継」の全光化手法を確立──全光ネットワークに「量子インターネット」としての新たな未来像、”NTT技術ジャーナル、Vol.27、No.6、pp.60-62、2015。