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危機こそ新たな変革のとき 世界を理解し未知なる価値を見出す

多様な価値を創出するICT基盤をめざしてNTTが掲げた「IOWN構想」。4つの主要技術を軸に2030年の実現を見据えて、研究開発に邁進しています。一方で、未曾有の事態に世界全体が見舞われた今、社会貢献を理念に掲げるNTTの取り組みに期待が高まります。NTTの頭脳ともいうべき研究企画部門が危機的状況に挑む姿勢と研究者の価値観について、川添雄彦NTT取締役 研究企画部門長にお話を伺いました。

川添 雄彦 NTT 取締役 研究企画部門長

PROFILE

1987年NTTに入社。2008年研究企画部門担当部長、2014年サービスエボリューション研究所長、2016年サービスイノベーション総合研究所長を経て、2018年6月より現職。2019年4月NTT Research Inc. Director、2020年1月IOWN GLOBAL FORUM President and Chairpersonを兼務。工学博士。

いかなる事態であろうが、成長の言い訳にはしない

研究企画部門長に着任されてから2年余りがたちましたが、当初の計画に新型コロナウイルスのパンデミックはどのような影響を与えていますでしょうか。

研究所をもっと強化し、グローバルに成長させようと、2年余り取り組んできました。こうした中で、絶え間ない技術革新をめざすIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を打ち出すことができたことは大きなマイルストーンになったと実感しています。しかし、新型コロナウイルスの影響を受け短期間で全世界が未曾有の事態に巻き込まれ、一変してしまうとは全く想像していませんでした。この渦中において、人々の価値観は今までとは大きく変わってきています。新型コロナウイルスのパンデミック前後で変化した社会を見据えて、私たちの計画してきたことはこのままで良いのか、優先すべきことは何かを改めて考えています。社内では「新型コロナウイルスの影響を言い訳にしないようにしよう」と意識を合わせていますが、経済活動は停滞し、人々は自宅にて社会活動に参画するなど、状況は一変してしまいました。その現状において、人々が幸福に暮らす新たな社会の実現に、私たちができる最善の貢献を考えていかなくてなりません。研究開発は、テーマによっては周囲の影響を受けず一途に目標に向かって突き進むものもありますが、多くの研究テーマは人類のための研究ですから、必ずや我々の生きる世界の影響を受けます。
2011年の東日本大震災において、我々は人類の無力さを痛感しましたが、今回の新型コロナウイルスによって、我々は人類が未知なるリスクを背負う存在であると再認識しました。現在、あらゆる産業においてICTは欠かせない基盤となっていることはご承知のとおりですが、現状のICTは決して究極のパフォーマンスを発揮しているわけではありません。医療分野をはじめ、未知なるリスクに立ち向かうアビリティを、ICTでより一層寄与しなくてはなりません。現在、研究所の全研究員に向けて、自身の研究テーマは、この状況下でどうようにすべきか、変えることはあるかと投げかけています。社会の価値観が変わった今、社会は変革を求めますから、各研究テーマの価値を改めて考えるときととらえてほしいと思っています。
1つ例を挙げると、現在、濃厚接触を80%削減してほしいと言われてきましたが、この取り組みにおいて、本当に効果が出ているか、実際に数値として証明評価できるかが重要なポイントです。現在、NTTドコモのモバイル空間統計サービスにより、地域ごとの統計値が提供されています。このサービスで人々の外出状況の日々の変化が観測することができ、一定の評価を受けています。しかし、本来は統計値だけでなく、個々の人の流れや人どうしが密着しているかを判別する必要があります。私たちはナビゲーションに役立つ技術として、クラウド処理により衛星測位システムの精度向上が可能なクラウドGNSS(Global Navigation Satellite System)技術をすでに開発しています。本技術を用いると、これまでの数メートル程度の誤差を、数10センチレベルに縮小することができますから、人々の接触距離を観測できる可能性があります。このように、技術を社会が必要とする価値に拡張可能か見定める必要があります。ただ、こうした対症療法的な考えのみではいけません。先ほどもお話ししたとおり、アフターコロナは新しい価値観が生まれてくるでしょう。私たちはいかにこの新しい価値観を把握・理解し、対応してくことを考えなくてはいけないのです。

NTTならではの社会貢献も進んでいるのですね。こうした厳しい状況でもビジネスを順調に運ぶ使命を担われていると思いますが見通しはいかがですか。

今までのような事業の進め方では上手くいかない領域も出てくるでしょう。例えば、アサインの領域、つまり、お客さまとかかわりながらその課題を理解して、お客さまのところに出向いてサービスの改善や新しいご提案をしていくことも、通常時であってもなかなか機会をつくるのが難しいですから、こうした活動は滞るでしょう。一方で、今まさにお話ししているように、テレワークの領域は非常に多くの方に求められる領域です。ただ、大きな課題としては、緊急事態宣言や自粛要請などで急にテレワークが必要となったがために、トラフィックが急増しています。バックボーンネットワークはこれに十分に耐え得る容量を確保していますが、サーバ処理限界等により一時的に重要な会議の映像・音声の品質が悪くなる事象も発生しています。こうした状況を受けて、映像配信サーバを含めた情報基盤の品質を保証することをめざすことによって、新しい事業領域が見えてくるのだろうと考えています。利便性と経済性の両立の追求を考えると、一番のツールはインターネットであり、新しい領域でもIoT(Internet of Things)を前提としています。これは皆さんも同じ認識であろうかと思いますが、その品質が均一ではないということもこの状況下で実感された方も多いのではないかと思いますから、この課題をビジネスとしてしっかり取り組んでいく必要性を強く感じています。必ずしも、NTTが儲けるという話ではなく、社会貢献を進めるという姿勢が非常に重要だと考えます。

IOWN構想の必要性は加速した

こうした社会的状況の中で、中期経営計画はどのように遂行されるのでしょうか。特にIOWN構想、開催延期になったスポーツイベントへの対応についてお聞かせください。

IOWN構想は2019年の5月に、2030年を見据えてそのときにあるべき社会を想像し、その社会を実現するためにNTTの技術開発を進めていくこととしていました。2020年4月に、具体的なロードマップを報道発表させていただきましたが、やはり、社会が急速に変化したことを受けて、それに呼応する技術を要求する声も高まっています。この期待にこたえるためにもより早く具体化しようと動きが加速しています。最近よく「限界打破のイノベーションをめざそう」とお話ししています。今の技術開発は既存のICTのさらなる高度化を追究していますから、この技術革新にはどうしても限界があります。なぜなら、ベースにしている技術、つまり従来の技術の延長線上の技術に限界があるからです。しかし、研究者はベースの技術に踏み込んで変えていく勇気はなかなか持てず、ベースにしている技術に乗っている部分に対してのみ研究開発を進めているような状況にあります。ここを打破するためにもベースとなっている技術に踏み込んだ研究開発に取り組むのがまさにIOWN構想です。これに伴い、生み出されたたくさんの研究テーマを推し進めていく予定です。
また、開催延期になったスポーツイベントへの対応についても同様に大きな変革が求められます。社会の本イベントに対する思いや期待等、観客のニーズも大きく変化するでしょう。例えば、遠隔地において現場の臨場感を味わうことができる超高臨場感通信技術Kirari!を考えた場合、そもそも競技会場に観客が集わなければその臨場感を伝えるという前提が崩れてしまいます。今はむしろ、人を集めるのではなくどちらかというと散らすことがカギになるわけですから、離れ離れになっていても楽しむことができるようにするにはどうしたら良いかを追究することで、新しい価値創造や技術開発ができるかもしれません。来年の開催時期に外国の方が多く訪れてくれたら良いですが、まだ新型コロナウイルスに対しての恐怖心が来日への抵抗につながるかもしれません。しかし、こうした中でも成功に導かなくてはなりませんから、何をもって成功とするかを間違えてはいけないと考えます。繰り返しますが、従来の価値観で臨むと大きく外してしまうことになるでしょうから十分に気を付けていきたいですね。

ビジネスにおいて、今は自らの価値観に変革をもたらす時期であることがよく分かりました。部門長ご自身は価値観に変革をもたらすようなご経験はおありですか。

もちろん、人生において価値観に大きな影響を与えるような出来事は数多くありました。例えば、幼いころに突然ニューヨークに住むことになり、周りはすべて外国人、というか現地では私が外国人なのですが、こういった全く文化の違う学校へ両親に送り込まれましたが、今振り返れば、全く未知の世界で異文化に触れ、多様性を学び、価値観が一変し、生き抜く術を身につけることができました。これは私の一番大きな価値観の変化をもたらした出来事ですが、直近でいえば、まさに今回の新型コロナウイルスのパンデミックです。危機的状況化において、トップのかじ取り1つでその企業や社員がさまざまな方向性を見出すことができたことです。もちろん、研究所にとってのチャンスを見出せたことは大きいと感じています。一方で、相当の覚悟も必要です。チャンスを活かすためには場合によっては今まで持っていたものをすべて捨てる覚悟も必要です。新しいこと始めるには大きなリスクが伴いますから、それに立ち向かう覚悟を持って進んでいかなくてはならないという大きな変革を今まさに経験しています。人は得てして現状に満足し、リスクを背負うことを好まなかったり、恐れたり、避けたりするものかもしれませんが、ひるまずにリスクをチャンスにつなげていくことで新しい変革に追随できるのだろうと考えます。

未来を描ければ、過去は書き換えられる

大きな決断を下す際に大切になるのはどんなことでしょうか。

富士山の8合目まで登り詰めたがその先に大きなリスクがあると予見したときに、8合目までの苦労を捨てるのか、リスクを承知で挑むのか、非常に難しい判断の分かれ道になるでしょう。多くの場合、このような事態に直面すると、過去を振り返り、過去から学び、対応策を考えて可能な限りリスクを避けることを考えるでしょう。しかし、こうした考え方だけでは収まらない時代がやってきたと思います。過去、現在、未来のストレートフォワード的な思考には限界があります。新しいインシデントにその都度対応していくという状況が断片的につながっていくので、完全なる未来予測のできていない状況が続いてしまいます。
富士登山の例でいえば、まさにベストな判断ができていない状況で8合目にとどまっているわけです。これを過去、現在、未来というストレートフォワードな対応策から、未来、現在、過去というフィードバックに変換していくのです。未来を想像して、現在を考えて、場合によっては過去を変えるのです。おそらく、人によっては苦労してたどり着いた8合目から登頂をあきらめて下山したら不幸だ、という想像が根底にあるかもしれません。しかし、下山したからこそ幸せだったかもしれないのです。フィードバックなら、過去への価値判断も変化し得るのです。こういう思考が人々の幸せを醸すかもしれないと私は考えています。
人は幸せを瞬間的なものであると考えがちですが、実は過去から未来へと積み重ねられていくものであって、幸福を実感する瞬間を積み重ねていくことが重要なのではないでしょうか。そして、私たちは私たちの研究や技術を提供して人々の幸福を醸成することをめざしていきたいと考えています。

NTTグループにおいて、研究企画部門には何が求められているとお考えですか。

私が所轄している研究開発は直接利益を生むものではなくて、明らかにコストにつながる部門です。ただ、研究開発をするからこそ次なる成長を迎えることができる部門でもあります。企業活動は費用対効果や効率が重視されるのが常です。例えば、Googleが何兆円もかけてAI(人工知能)の開発に挑んでいますが、ここにも費用対効果や効率が求められています。NTTグループも同様に、各社、各部署の事業ドメインは違っても、グループ全体で費用対効果を考え、無駄を省き、効率的に企業活動をしていくことが求められています。
そういう意味では、私たち研究企画部門はもっともそれを考え、コストをかけて研究開発した先への期待を背負う部署の1つだと考えます。繰り返しますが、新型コロナウイルスのパンデミックにより、思うように収益が上がらない状況にありながら、グループ全体を鑑みて研究開発を停止することなく挑ませていただいていることに大きな責任を感じています。私でさえ、社会全体の様子を鑑みたときに、今の研究テーマでよいのかと迷うことがあります。しかし、こうした社会的状況をしっかりと研究者が認識し、NTTグループ全体の価値観を踏まえて、真摯に研究を進めていくことが大切だと思うのです。ここをしっかりと理解し、実行すれば、事業会社を通じて社会に貢献できると確信しています。
研究者の皆さんにはこの機会に、なぜ研究者になったのかを思い出し、原点に立ち返ってほしいと考えます。研究者はある意味で特殊な職業です。駆け出しのころは、研究資本を与えてもらって社会貢献をするのだという覚悟を決めて研究者としての道を歩み始めたはずです。ここへ立ち返ってほしいのです。近くにあるお金儲けだけを考えている人がいると、もしかしたら誘惑されそうになるかもしれません。しかし、真の研究者であれば、当時の覚悟や志に変わりはないはずです。

濃厚接触80%減であるなら、「オンライン接触80%増!」をめざせ

どんなことでも部門長はプラスに書き換えてしまうのですね。在宅勤務を通じて見出したプラス面を教えてください。

外出の自粛要請をされている今だからこそ、できることもあると考えます。以前にもお話したとおり、私の趣味の1つは料理です。好きな市場に出向いて新鮮な魚を仕入れて料理するのが楽しみですが、なかなか外出もままならないので限られた条件下で工夫をしています。時間は今まで以上に効率良く使えますから、想像力を発揮して楽しんでいます。多くの人の心配はこの状況がいつまで続くか、家の中ではたいていのことはやりつくしてしまうのではないだろうか、ということでしょう。私の料理と同じように限界を感じ、行き詰ってしまうかもしれません。こうしたときには、次なるものをどうやって見つけるかというように、状況を味方につけ前向きにとらえることが大事です。そこで、濃厚接触80%減であるなら、「オンライン接触80%増!」をめざせば良いと考えたのです。今までなかなか会えなかった方々とこういう機会だからこそ、オンラインで会うことができるのではないかと考えました。会いたい人をたくさん見つけてどんどん会うことで情報交換ができ、つながりを深めていくことができます。これまでは、どうしても対面で会わなくてはならないということが条件化していたこともありましたが、その垣根が取り払われたのです。このチャンスを活かさない手はありませんよね。こんなふうに見方を少し変えていくだけで、可能性は大いに広がりを見せていくのだろうと考えています。(インタビュー:外川智恵)

インタビューを終えて

今回のインタビューは、全国に発出された緊急事態宣言の下、オンラインにて実施しました。トップインタビューは経営戦略やトップとしてのビジョンを語っていただくこともあり、衣装もスーツにネクタイでご登場いただくことが定例です。しかし、今回はご自宅にいるトップをオンラインで取材するという初めての試みとなりました。当然のことながら、垣間見ることのないトップの日常もスクリーンに映し出されます。中でも気になったのが背もたれだと思っていたハープです。川添部門長のお嬢様が演奏されると知りました。お嬢様のことを語られる部門長のお顔はいつもの穏やかさに、さらに父親としてのぬくもりが加わります。こうした一面をみることができるのもオンライン取材ならではです。未来から現在を紡ぎ、過去へのとらえ方を変化させるという川添部門長。オンラインにてお話を伺ったこの経験も、歴史に残るトップインタビューに立ち会わせていただいたというドラマとなって私たちスタッフに刻まれていくことでしょう。在宅勤務によって捻出した時間を執筆に充てていらっしゃるとのこと、発表を楽しみにしています。凝り固まった思考をほぐしていただき、混とんとした現状に希望を見出せたひとときでした。