特集 主役登場
光で計算機を再考する
中島 光雅
NTT先端集積デバイス研究所
主任研究員
中国のSF小説『三体』を読んだことのある方はいらっしゃいますでしょうか。三体文明と呼ばれる異種文明との邂逅、対立を描くヒューゴー賞も受賞した名著ですが、その中に三体文明における最初のコンピュータを描く描写があります。彼らのコンピュータは何と人力です。ゲート操作と呼ばれる演算ユニットを個人が担い、マスゲームよろしく次々と人から人へと情報を展開していき演算するわけです。ただし、三体星人のコミュニケーションは私たちのように音声言語でなく、光通信で行われるため、私たちの思った以上に高速に計算できるとされています。
ここで興味深い点は、私たちが電子トランジスタや電子配線でやるのが当たり前と考えているコンピュータのゲート操作や情報転送は、実はいろいろな選択肢があるだろうという点です。極端な話、三体星人のように人力でもいいわけです。しかし、実用上では、計算効率や速度、サイズ、量産性などといった指標があり、20世紀の技術発展の中で選択、淘汰され電子回路によるコンピュータが生き残ってきました。
では、21世紀もそのトレンドは続くのかというと、必ずしもそうではないと私たちは考えています。例えば、IBMでは将来のコンピュータの単位として、bits/neurons/qbitsが重要になるだろうと位置付けています。bitsは従来のノイマン型コンピュータの単位、neuronsは人工知能のためのニューラルネット演算の単位、qbitsは量子コンピュータの単位です。bitsの取り扱いには、現状ではデジタル電子回路が適していたことが歴史によって証明されていますが、他の単位はどの回路がもっとも適しているかは分かりません。また、bitsの操作に関しても、すべてを同一回路(つまり電子ならすべて電子回路)でやろうというのが従来の考え方でしたが、ゲート操作には電子回路を、情報伝達には光回路を利用する等のように異なる技術を使ってもいいわけです。
このように、従来の計算機で当たり前であるとされていた枠組みを外したときに、本特集で記述した光コンピューティングというのは魅力的な候補となります。neuronsに対しては、光の波長・空間・時間に対する並列性を利用した高速・低電力な人工知能向けのコンピューティングを、qbitsに対しては光子の性質を利用した常温での高速量子演算を提供可能です。とはいえ、光を計算に利用しようというのは現時点ではやはり突飛な発想に思えるかもしれません。しかし、研究者目線では、これだけ光技術が成熟し、また電子回路と光回路が融合しつつある現代では、自然な発想かとも考えています。電子計算機の技術が成熟した今、私たちが現在製造可能な光コンピュータは、三体文明のコンピュータのような滑稽さがどこかにあるかもしれません。しかし、5年、10年と時を経るにつれて、私たちのめざした方向が間違いではなかったと考えていただけるよう、これからも日々研究に邁進していきたいと思います。