グローバルスタンダード最前線
3GPPにおけるリアルタイムコミュニケーション関連の標準化動向
3GPP(3rd Party Partnership Project)では、通信事業者IP電話網の国際標準であるIMS(IP Multi-media Subsystem)の機能拡張やIMSの機能拡張にとどまらないリアルタイムコミュニケーションのサポートに向けた検討が進められています。ここでは2022年6月に仕様検討が完了したリリース17におけるIMS機能拡張の概要、および現在検討が行われているリリース18におけるリアルタイムコミュニケーション仕様の検討状況について紹介します。
井上 芳洋(いのうえ よしひろ)†1/鈴木 璃人(すずき りひと)†2
NTTアドバンステクノロジ†1
NTTネットワークサービスシステム研究所†2
国内PSTNマイグレーション/通信事業者間IP相互接続と3GPP IMS
現在、日本国内において2025年1月の完了をめざして対応が進められているPSTN(Public Switched Telephone Network)マイグレーション/通信事業者間IP相互接続ですが、国内の通信事業者IP電話網間のインタフェース仕様(TTC JJ-90.30等)は、3GPP(3rd Party Partnership Project)が規定するIMS事業者網間インタフェース仕様であるTS 29.165をベースとしています(1)。3GPP IMSは国内と同様に海外のIP電話網においても広く適用されており、ITU-T(International Telecommunication Union Telecommunication Standardization Sector)等の国際標準化団体、米国のATIS(Alliance for Telecommunications Industry Solutions)や欧州のETSI(European Telecommunications Standards Institute)をはじめとした地域標準化団体、GSMA(GSM Association)等の業界団体、および参加企業からの要望や提案により、現在も5G(第5世代移動通信システム)との連携やサービス機能拡張の検討が続けられています。
3GPPにおけるIMSの標準化動向
3GPPでは装置ベンダや通信事業者が特定の時点における安定したプラットフォームを実装・利用可能とするため、仕様検討において「リリース」と呼ばれる仕組みを導入しています。2022年9月時点で実装可能な最新の3GPP仕様は2022年6月に検討が完了したリリース17仕様となり、現在は2024年3月の検討完了をめざしてリリース18仕様の検討に取り組んでいる状況です。
3GPP IMS仕様の検討について5Gの仕様策定が開始されたリリース15以降に着目すると、大きく分けて5Gとの連携に関する機能拡張と、IMSが提供するマルチメディアサービスの機能拡張の2種類の検討を実施しています。
5GとIMSの連携に関する機能拡張は、既存のIMS網をスムーズに5Gで利用可能とするために段階的に実施されました。リリース15では5Gコア網が既存IMS網との接続をサポートするために5Gコア網とIMS網間の接続について4G(第4世代移動通信システム)コア網(EPC:Evolved Packet Core)で利用していたDiameterがサポートされ、リリース16ではIMS網が5Gコア網機能を利用するために5Gコア網とIMS網間の接続について5Gコア網の適用プロトコルであるHTTPベースのSBI(Service Based Interface)がサポートされ、リリース17ではIMSが5Gで新たにサポートされた機能を活用するための仕様拡張の検討が実施されました(図1)。
一方、IMSが提供するサービス・機能拡張の観点では、署名情報を用いた発ID検証機能の仕様拡張や、新たなIMS付加サービスのサポート、MPS(Multimedia Priority Service)のサポートやData Channelのサポート等が検討されており(図2)、リリース16でサポートされたData Channelは、リリース18において検討が実施されているIMSでのAR(Augmented Reality)、VR(Virtual Reality)、MR(Mixed Reality)を利用したコミュニケーションサービスのサポートにおいて、映像データの送受信用に利用が検討されている機能となっています。
リリース17におけるIMS関連の機能拡張
2022年6月に検討完了となったリリース17では、5GとIMSの連携に関する機能拡張に着目すると、5GにおけるNPN(Non-Public Network)機能拡張の検討の中で、IMSにおけるNPNのサポートについて検討が実施されたほか、IMSによる5Gの活用に関する予備検討等が実施されました。NPNはその呼称のとおり5Gをプライベートなネットワークとして利用するための仕様となっており、通信事業者が提供する5GネットワークをNPNとして利用するPNI-NPN(Public Network Integrated Non-Public Network)と、企業等が独自に構築する通信事業者が提供する5Gネットワークから独立した5Gネットワークを利用するSNPN(Standalone Non-Public Network)の形態が定義されています。IMSにおけるNPNのサポートの検討では、SNPNに接続している端末からのIMS緊急呼・音声呼がサポートされました。IMSによる5Gの活用に関する予備検討では、検討対象をネットワークスライシングの活用に限定して検討が実施され、接続先IMS網ごとに異なるネットワークスライスを選択するシナリオをサポートするためにUDM(Unified Data Management:加入者データ管理・処理機能)に登録されるIMS DNN(Data Network Name)情報を拡張する方針となり、リリース18において仕様拡張が予定されています。
リリース18におけるリアルタイムコミュニケーション仕様の検討状況
リリース18においてもコミュニケーションサービスの機能拡張に向けた仕様検討が実施されており、その中でも特にメタバースに代表される仮想空間でのユーザコミュニケーションや、より没入感・臨場感のあるコミュニケーションの実現を目的としたイマーシブ(ARやVRによる没入型)リアルタイムコミュニケーション(イマーシブRTC)をサポートするための仕様について積極的に議論が実施されています。
3GPP SA2*1では、AR/VR/MRを含む高機能メディア通信をサポートするための5Gコア網の仕様拡張やIMSのさらなる機能拡張が検討されており、IMSのさらなる機能拡張の検討においても、AR電話通信のサポートが検討されています(図3)。このIMS機能拡張では、IMSがサポートするData Channelユースケースの拡張、AR電話通信のサポート、サードパーティユーザIDのサポート、IMSメディア制御インタフェースへのSBI適用が検討対象となっており、AR電話通信のサポートでは、並行して検討しているIMSにおけるData Channel向けアーキテクチャ拡張を活用することで、音声・映像メディアはこれまでどおりRTPで送受信し、ARメディア・データはData Channelで送受信する方式が検討されています。
3GPP SA4*2では、イマーシブRTCの実現方式の検討にあたり、IMSを拡張して実現する方式と、WebRTCを用いて実現する方式の2方式の検討が進められています。
IMSは通信事業者IP電話網向けの仕様として相互接続性の高い信号方式が規定され、機能拡張が続けられてきました。しかしその高い相互接続性を担保しながらつくり込まれてきた仕様によって、サードパーティによるサービス参入の障壁が高くなるとともに、新サービスの市場投入は遅くなる傾向にありました。こうした状況を受け、リリース18ではイマーシブRTCのメディアセッションの確立についてIMSを拡張して実現する方式に加えてWebRTCを用いる方法が提案され、IMS機能拡張の検討はワークアイテム「IBACS」で、WebRTCを用いた新方式は主にワークアイテム「iRTCW」で検討が実施されています(図4)。
iRTCWでは、主としてイマーシブRTCを実現するための端末のアーキテクチャや必要となる入出力のパラメータの仕様化に注力しつつ、メディアセッションを確立する仕組みやQoS(Quality of Service)制御を5Gに要求する仕組みについて、既存のメディアストリーミング・アーキテクチャ仕様である5GMS(TS 26.501)に規定されている機能を活用する方針で検討が進められています。これはOTT(Over The Top)などの外部サービスプロバイダがサービスの提供主体であり、各サービスプロバイダが提供するサービス間の相互接続をスコープから外すことで、シンプルなメディアパス確立手段を採用しようとするものです。
一方でキャリアサービスとしてのイマーシブRTCは、参入障壁を下げ、市場への迅速なサービス展開を可能とするという点に加えて、既存の電話通信が備えるような通信事業者間・サービスプロバイダ間の相互接続性の観点での検討が必要となります。IETF/W3Cの規定するWebRTCは、特定のサービスプロバイダが提供するクライアントアプリケーションの利用を想定し、そのアプリケーション実装がサービス内に閉じた接続性を担保するモデルとなっています。特定のサービスプロバイダに限定されず、各サービス間での相互接続性を担保するためには、今までサービス依存となっていたセッション確立等に関するシグナリングに共通の仕様が必要となります。
NTTでは今後導入が進むであろうWebRTCを用いたイマーシブRTC方式においても相互接続性を高めるための共通シグナリング仕様の検討が必要であると考え、2021年よりリリース17で実施されたAR通信に関する予備検討時点から寄書提案を行い、その必要性について議論を重ねてきました。その結果、リリース18においてiRTCW方式の機能拡張を実施するための予備検討アイテム「FS_eiRTCW」として共通シグナリング方式の検討実施が承認されました。FS_eiRTCWでは既存の3GPP規定やIETF、W3Cなど他標準化団体の規定を可能な限り準用し、相互接続性を担保しながら、拡張可能なシグナリング方式を検討しています。セッション確立のための主要な要件(シグナリングサーバの発見手順と登録の処理、クライアントの認証、QoSのネゴシエーションなど)を満たしつつ、新たなユースケースに柔軟に対応できること、Webベースの技術を用いることでクラウド親和性に優れることも期待されています。
*1 3GPP SA2:アーキテクチャやサービス仕様を検討するグループ。
*2 3GPP SA4:コーデックやメディア関連の仕様を検討するグループ。
今後の展開
これまで通信事業者が提供するIP電話サービスの中核を担ってきたIMSについて、今後も通信事業者が提供するライフラインとしての堅実な通信サービスの提供と機能拡張が期待される一方で、メタバースをはじめとした新しいイマーシブRTCサービスを実現するための方式についてはIMSにとらわれないWebRTCを利用した新たな方式の検討が始まっています。
NTTではこうしたリアルタイムコミュニケーションの標準化動向を注視しつつ、通信事業者としてユーザエクスペリエンスや相互接続性の向上に資する提案を行い、サービス実現に向けた仕様検討に寄与していきます。
■参考文献
(1) 永徳:“3GPPにおけるIP相互接続仕様の標準化動向,”NTT技術ジャーナル,Vol.32,No.9,pp.107-111,2020.