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挑戦する研究開発者たち

めざすサービス像を営業と研究開発の観点から多角的に検討する

「ソーシャルICTパイオニア」としてあらゆる産業や社会のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、社会課題の解決を図るNTT西日本。IoT(Internet of Things)のデータ収集・装置の遠隔制御において、LPWA(Low Power Wide Area)とドライブバイ方式(移動型ゲートウェイによるデータ収集技術)でお客さまをサポートしています。最前線で研究開発に臨むNTT西日本 金城皓羽氏に研究開発の概要と仕事に向き合う姿勢について伺いました。

金城皓羽
ビジネス営業本部 バリューデザイン部
コミュニケーション基盤部門
テックデザイン担当
NTT西日本

LPWA不感地エリア解消技術に挑む

現在手掛けている研究開発の概要を教えていただけますか。

昨今、通信機器に限らず、身近なモノであれば冷蔵庫などの家電等もインターネットでつながって通信できる、いわゆるIoT(Internet of Things)が急速に普及してきました。日本政府も第5期科学技術基本計画においてSociety 5.0を提唱し、IoTやデータ利活用による製造業、農業、交通、サービス業などの広範囲にわたる課題解決に言及しています。政府も言及するように多岐にわたる分野において、IoT機器の導入、あるいは導入の検討が進んでいて、IoT向けのアプリケーションは多様な要件の通信ニーズに対応することが求められています。
一般的にデータ収集におけるIoTデバイスとの通信は、頻度が低く、1回の通信当りのデータ量も少ない一方で、多くのIoTデバイスとの通信が発生します。このような通信要件に特化してIoT向けの新しい無線通信技術として開発されたのがLPWA(Low Power Wide Area)で、長距離のデータ通信と低消費電力の2つの条件をカバーする無線通信技術です。
LPWAは使用電波の周波数帯により、大きく免許帯(携帯電話用周波数帯等)と免許不要帯(920MHz帯等)に分けることができます。NTT西日本では免許不要帯であるLoRaWAN®に着目し、事業を提供しています。LoRaWAN®はSemtech社やAmazon社、Microsoft社などの企業を中心に世界400社以上が参加するLoRa Allianceによって仕様策定され、パブリックに公開されている方式です。オープンな仕様であることから、対応デバイスの開発が盛んに行われ、すでに北欧をはじめ世界100カ国以上の国で利用されています。
LoRaWAN®はデバイス、GW(ゲートウェイ)と呼ばれる基地局、ネットワークサーバ、アプリケーションサーバで構成されています(図1)。LoRaWAN®の規格では、消費電力や下り通信の応答性が異なる3つの通信クラス(クラスA〜C)が用意されています。クラスAはLoRaWAN®の3つの通信クラスの中でもっとも低消費電力ですが、下り通信の応答性が低い通信方式です。クラスBは消費電力を抑えながら、下り通信の応答性を向上した方式です。クラスCは、デバイスが常時アクティブ状態であるため、もっとも下り通信の応答性が高い方式となっていますが、その分もっとも消費電力の高い方式です(図2)。このうち、NTT西日本ではクラスB通信をすでに実装しており、世界で初めて商用提供を行っています。
しかしながら、LPWAの運用にあたって、特に屋内(工場や地下)では建物による遮蔽や屋内等電波が届かない不感地エリアや圏外エリアが点在的に発生し、データの収集や制御が困難になります。これにより、計器の値の確認や、機器の稼働状況の自動確認が困難となり、作業員を確保・派遣しなければならないといった課題に直結します。また、社会インフラや製造設備は一般に立ち入りが難しく、計器や機器は長期にわたり利用されるため、既存環境へ大掛かりな手を入れずに「後付け」できることも重要なポイントになります。
そこで私たちは、電波の届かないエリアに対するデータ収集課題に関して取り組み、LoRaWAN®をベースとしたデバイスとGWの通信方式の開発、データの見える化と制御を行うアプリケーションの開発、加えてそれらのフィールド検証を進めてきました。

めざすは「電波の届かない場所」でのデータ収集・制御の実現

お客さまからはどのようなご要望があるのですか。

一例ではありますが、設備の保安点検や環境のモニタリングを実施している業界では、計器の値の読み取りや、扉の開閉状態の確認など、センタ側から端末に遠隔かつ省電力で状態確認したいというご要望をいただいています。
このご要望にこたえるため、NTT西日本では2016年から国内におけるLoRaWAN®の有効性の確認や、事例創出のためフィールドトライアルを実施しています。
トライアルではNTT西日本がネットワークの提供だけではなく、センサやクラウドとの接続性の検証を行っています。また、実証のフィールドについてはパートナーとともに準備し、さまざまなユースケースを探索しています。
2016年には、積水化学工業株式会社とともに、滋賀県野洲市の水田にてLoRaWAN®の給水栓装置の遠隔制御のトライアルを行い、電波伝搬試験や季節、稲穂などの周辺環境の電波への影響を確認したところ、従来の無線規格では天候の影響や、稲穂が伸びることにより電波環境が悪化するなど課題がありましたが、LoRaWAN®を用いたことにより夏から秋までの季節を通じ、問題なく通信可能であることが分かりました。2022年現在では、農業分野でのLoRaWAN®の導入実証や活用検討が進んでいます。
また、同じく2016年には、LoRaWAN®クラスBの事業化に向けた検証を実施しました。スマートメータなどへの導入を想定し、テスト用ガスメータの遠隔制御、検針データの収集を行う実証実験で、システム遅延や通信成功率を検証し、実用化できるレベルであることを確認しました。さらに、2017年11月には前述のとおり双方向通信を実現する「クラスB」通信の商用提供を世界で初めて開始し、現在も商用提供中です。クラスB通信を用いることで、トラフィック量の削減によるコスト削減や電波の有効利用による通信状況の改善を実現しています。

着実に実装が進んでいるようですが、実際の運用における課題はまだ残されているのでしょうか。

私たちはLoRaWAN®を利用しているデバイスに対して屋内外問わずデータ収集・制御可能となる将来をめざしていますが、工場や港湾、山間部、地下などでは、携帯電話サービスのエリア外や、屋内等遮蔽物により電波が届かない不感地エリアが点在しています。このような場所ではデータ収集や遠隔制御を行うのが難しい状況です。
LPWAを用いてデータ収集や制御をする際に生じる、「電波が届かない」という課題の解消には、GWを追加設置する、ビルの屋上等の見通しの良い場所に設置する等の対応が一般的です。しかし、不感地が数多く点在するエリアにおいては、GWの設置・運用コストの増大に懸念があります。さらに、デバイスとの位置関係や遮蔽物の形状、材質によっては、どれだけGWを設置しても電波の減衰が大きく、通信状況が安定しないこともあります。この課題に対する1つのアプローチがドライブバイ方式(移動型GWによるデータ収集技術)です。この方式はGWを固定設置するのではなく、携帯移動基地局車のようにGWを移動させるとイメージしてみてください。私たちは、街中を巡回するごみ収集車等の車両にGWを搭載し、点在する不感地エリア付近を走行したタイミングでデータ収集や制御することを考えています。このように車(Vehicle)が走行しながらデータを集めて回る様子を、蜂(Bee)が蜜を集める際に、花粉を無意識に運び、花を咲かせていることに重ねて、このドライブバイ方式に「Beecle®」と名前をつけています。
これまで、私たちは3つのGW機能開発を手掛けました。まず、Sub-GHz帯である920 MHz帯にてデバイスを起動させるための起動ビーコンを出力する機能、デバイスを特定せず起動させるブロードキャスト通信の機能、特定のデバイスのみ起動させることができるユニキャスト通信の機能です。そして、デバイス機能開発については、GWから送出されるブロードキャスト通信、またはユニキャスト通信によりデバイスが起動する機能と、起動ビーコンを受信した場合、起動してデータ送信し、通信が完了したら省電力モードとなる間欠受信機能を開発しました。
それから、アプリケーションサーバの機能については、GWから送出する起動信号方式(ブロードキャスト通信・ユニキャスト通信)を選択する機能と、ユニキャスト通信の場合は起動信号の送信先となるデバイスを選択する機能、そして、起動信号の送信回数やSF値等のパラメータ設定ができる機能を開発しました。ドライブバイ方式はこれらの技術を結合したものです。
ただ、車両にGWを搭載して不感地エリアを解消することはそう簡単ではありません。通常の屋外GWでデータを取得できないデバイスだけを対象に、GWを搭載した車両が近づいたタイミングでデバイスを起動させてデータ収集する必要があるからです。
ドライブバイ方式では、車両に搭載したGWからデバイスに対して起動信号(起動ビーコン)を送信して、省電力モードで待機しているデバイスを起動、その後デバイスからGWに対してデータを送信させてデータを収集します。言葉にすると簡単そうに聞こえてしまう仕組みなのですが、電波は壁等で反射する性質があるため、ちょっとした壁の凸凹や建物の金属の含有量等によって反射が異なります。開発や実証にあたっては、反射波が原因で発生するトラブル1つひとつに対応し、パラメータやアンテナを調整するというとても地道な作業が必要になりました。例えば、滑走路跡地で行った検証では、地面による反射が影響し、電波が届かなかった等の意外なトラブルもありました。GWは信号を送れているか、デバイスは信号を受信できているかログを確認することはもちろん、アンテナの向きは影響していないか、デバイスの配置は問題ないかなどさまざまな要因を想定しながら、パラメータの調整を進めてきました。
今後、ドライブバイ方式の普及が進めば、デバイスの省電力化を図りつつ、屋外GWの電波環境の悪い場所でのデータ収集が実現できるだけでなく、例えばバスやごみ収集車のような住宅街を巡回する車両に搭載することで従来の業務に支障なく、ドライバーがGWやデバイスを意識することなく、移動しながらデータ収集が可能となります。また、ドローンやロボットへの搭載など今後の技術動向に応じたユースケースの広がりも期待されます。計画は順調に運んでおり、現段階までの検証においては実用に耐え得ることが確認できており、2025年の大阪・関西万博を見据え、2023年あるいは2024年までには社会実装ができるだろうと見込んでいます。加えて、集積情報を可視化できるアプリも開発していますので、今後はさらに特定の商用を想定した検証等を実施して、お客さまのニーズに即した実装のあり方を検討する段階へと進みます。

疑問が残るものに対してとことん議論をする

研究開発者にはどんなスキルや姿勢を求められているとお感じですか。

めざすサービス像を具体的に持ち、技術の信頼性と可用性を地道に高めることが大切だと考えています。現在の業務で携わっているドライブバイ方式は、インターネットに接続するすべてのモノを対象とするIoT技術であり、大量のデバイスを扱うユースケースが想定されます。設置環境も必ずしもデバイスにとって良好な場所とは限りません。したがって、システムの不具合や障害発生のリスクを最小化するために、開発段階でさまざまな条件を考慮し、検証することが必要と考えています。ドライブバイ方式の検証にあたっては、大量のデバイスがどのように設置されるのか、データ収集はどのような環境で行われるのかを想定し、パラメータを設計しました。また、性能評価においては、結果の再現性に注意を払って、否定的な結果を見落としたり、比較パラメータや検証データが不足したりしないよう慎重に検討を進めてきました。このような地道な検討やデータの集積が技術としての信頼性、可用性を高め、お客さまへの提案活動につながり、さらには、NTT西日本グループに任せていただき、お客さまの環境に合ったシステムを提供することへつながると感じています。
また、積極的にコミュニケーションをとる姿勢も大切だと考えています。私はNTTセキュアプラットフォーム研究所(当時)で暗号技術の研究に携わってきましたが、サービス化に近いところで業務をしたいという思いがあり、2020年からはNTT西日本で事業化に直結する研究開発に従事しています。研究所とはプロジェクトのフェーズも分野も異なることもあり、現在の業務に携わった当初はプロジェクトの進め方にギャップを強く感じていました。そのような中で、私が恵まれていると思うのは、プロジェクトにかかわる皆様に親身に接していただき、疑問が残るものに対してとことん議論ができたことです。事業会社の研究開発では、めざすサービス像を営業観点・研究開発観点で多角的に検討する必要がありますが、それぞれの専門の方々に助言や議論をいただきながら、実用化に向けた取り組みを進めてきました。相互コミュニケーションを図りやすい環境があることが、事業開発にとって、研究開発にとって大事であると改めて感じています。
最後に、少し先に社会人になった立場から、大学院生等のこれから研究開発者をめざす方々に私の経験をお話しします。何か分からないことがあったり、間違っているかもしれないと思うと先輩方との議論になかなか参加しづらいことがあります。しかし、先輩の研究開発者や上司は私が突拍子のないことを言っても、「それ、なんだか面白いね」などと言って受け入れてくださいます。皆さんも面白いアイデアをお持ちだと思いますので、どうぞ臆することなく議論に臨んでください。一緒に議論する機会を持てるのを楽しみにしています。