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特集

新たなライフ・ワークスタイルを創造する音空間技術──パーソナライズドサウンドゾーン

NTTソノリティの挑戦――PSZ技術とMagic Focus Voiceをコアにした事業展開

NTTソノリティは、耳を塞がずに耳元だけに音を閉じ込める「パーソナライズドサウンドゾーン (PSZ)技術」や、周囲の音をカットして自分の声だけ届けるNTTの特許技術「Magic Focus Voice(旧インテリジェントマイク)」という2つの“音のテクノロジ”をコアとして、ライフスタイルにおける新たなスタンダードの創造をめざしています。本稿では、会社設立の経緯、自社ブランド「nwm(ヌーム)」およびプロダクトである「耳スピーカー」、急成長するオープンイヤー型イヤホン市場、2024年より開始した次世代音声DXサービス事業について紹介します。

佐々木 香理(ささき かおり)
NTTソノリティ

PSZ技術から会社設立へ

NTTソノリティは、耳を塞がずに耳元だけに音を閉じ込めるパーソナライズドサウンドゾーン(PSZ)技術による事業展開をめざして2021年9月に設立されました。PSZ技術とは、NTTコンピュータ&データサイエンス研究所で開発され、周囲への音漏れを抑えるために逆位相を活用するという斬新な発想から生まれました。ある音波(正相)に対し、180度位相を反転させた波形(逆相)を重ねると音が消える原理を応用しています。主に自動車メーカや航空機メーカからのニーズを受け、イヤホンやヘッドホンといったデバイスを使わずに自分だけに音が聴こえ、周囲と意思疎通もできる個別音響空間の実現をめざした研究が続いていました。2020年11月のNTT R&DフォーラムにおけるPSZ技術搭載の航空機シートのデモ展示を契機として、ビジネス化への機運が高まりました。
当初は、自動車、航空機業界をメインターゲットとした法人向けの事業計画でしたが、NTTの澤田純会長(当時:社長)より、PSZ技術の価値をよりスピーディに社会に還元する重要性を説かれ、コンシューマ事業も加わることとなり、デモ機展示からわずか1年弱で設立されました。企画開発から製造、品質保証、流通、販売まで一気通貫する音響メーカとして成立させるため、NTTグループ外からの人材を積極的に採用しました。音響や機構、電気などメーカのエキスパートだけでなく、広告・メディア、小売業界出身者らもおり、現在、社員の8割を占めています(図1)。

イヤホンへの技術搭載

2021年は新型コロナウイルス感染症の拡大が継続しており、リモートワークをはじめとする新しい生活様式が浸透していた時期でした。デジタルコンテンツを介したコミュニケーション機会が増え、イヤホンが生活必需品として台頭し始めた一方で、「長時間イヤホンを着けていると耳が蒸れたり、痛くなったりする」「耳が塞がっていると周囲の音に気付けない」といった新たなペインが生じていました。これをニーズととらえ、PSZ技術搭載のイヤホンの開発に取り組みました。
まずは音漏れを最小限に抑えた音響デバイスとして成立させるために、耳に入る音圧を稼ぎつつ、音質を保つという課題に挑みました。音漏れ抑制のために背面から放出される逆位相を活用するという前代未聞の発想ゆえに、製品化はチャレンジングでした。正相、逆相を放出するポート配置、サイズ、エンクロージャ内のキャビティ空間・容積など、音質に影響する各構造のバランスを定めるシミュレーションに加え、人種や性別にも影響されない形状とするハードウェア改良を何100回も実施してきました。NTTの研究技術と、高度な音響設計技術を有したNTTソノリティエンジニアたちのクラフトマンシップによって結実した製品といえます(図2)。

■音響ブランド「nwm」

体感してこそ、魅力を発揮するPSZ技術をコンシューマに広く認知させるべく、プロダクト開発と同時並行で自社音響ブランドも検討してきました。前述のとおり、コロナ禍によってデジタルコンテンツを介したコミュニケーションが浸透する中で、新たなコミュニケーション上の課題が生じているととらえました。PSZ技術自体が、コミュニケーションを継続できる個別音響空間の構築を理想としていることも踏まえ、自分の世界と周囲の世界を分断せずシームレスにつなげる、“共存”をコンセプトとしたブランドとなっています。
2022年11月に音響ブランド「nwm(ヌーム)」を発表しました。nwmは、「the New Wave Maker」の略で、ブランドタグライン「音で叶える、あなたと叶える。」の下、人と人の“今”をつないできたNTTグループ初の音響ブランドとして、ユーザのリアルな声を聴き入れた新たな働き方・暮らし方の共創を掲げています(図3)。ステートメントは以下のとおりです。
「リモート会議中のママ、電話をするパパ、動画を楽しむ子ども。それぞれが別々の作業をしていても、邪魔することなく、分断もすることなく、シームレスにみんなが快適につながることができたら。
私たち「nwm」は、そんなこれからの働き方・暮らし方をあなたと一緒に考え、それを「音のテクノロジ」で実現したいのです。追求したいのは没入感ではなく、周囲とつながる気持ちよさ。さあ、音で叶えよう、共に描いた未来を。」

■nwmの新体験、耳スピーカー「耳スピ」

2024年1月現在、nwmの耳スピーカー、「耳スピ」という親しみやすいラインアップ名とともに、有線モデル「nwm MWE001」、ワイヤレスモデル「nwm MBE001」2種(ダークブラウン・ホワイトベージュ)、ネックバンドワイヤレスモデル「nwm MBN001」2種(ダークブラウン、ホワイトベージュ)の5製品を展開しています。いわゆるオープンイヤー型イヤホンに属しますが、オープンイヤー型の課題であった“音漏れ”を、PSZ技術によって最小限に抑制させている点で競合製品と一線を画しています(図4)。
コンセプトも踏まえ、見た目としても「耳を塞いでいない=話しかけられる、コミュニケーションできる」ことが分かるデザインとなっています。耳の形状に沿ってクリップのように引っ掛けて装着をします。音漏れを抑えるPSZ技術搭載により、オフィスや静かな公共空間でも気兼ねなくコンテンツを楽しめます。直径12mmのドライバを採用し、BGMのようなバランスの取れた自然な聴き心地も実現しました。通話用マイク搭載で、耳を塞がないので自分の声がこもらずに自然に話せます。耳への圧迫感もなく、軽いフィット感に仕上がっているため、長時間続くリモートワークやオンライン会議でもストレスフリーに過ごすことが可能です。音楽や動画コンテンツ鑑賞中、インターホンの音やそばにいる家族の呼びかけ、ペットの鳴き声などにもすぐに気付け、着けたままでも自然に会話ができます。日常のあらゆるシーンで一緒に暮らせる“共存”を実現する製品となっています。
ワイヤレスイヤホン市場は拡大傾向にあり、2025年度には約4兆円の市場規模(世界)に成長するとの予測もあります。また、NTTソノリティが2023年6月に、全国の男女2165人を対象に実施した「イヤホン・ヘッドホンの長時間使用に関する調査」では、「イヤホンの使用時間が増えた」との回答が3割を超えており、イヤホン自体が生活必需品に変化しつつあることも裏付けています。さらなる自社調査では、ワイヤレスイヤホン市場においてユーザの約10%が、耳を塞ぐ形状のイヤホンにペインを感じており、潜在的なオープンイヤー型イヤホンのニーズがあると推察しています。

■nwmの展望

nwmの耳スピーカーによる新たな音響体験の提供をめざし、エンタテインメントやアート、新旧カルチャーとのコラボレーションも展開しています。2023年9月には筋萎縮性側索硬化症(ALS)当事者のクリエイターによる、最先端テクノロジを活用した拡張身体パフォーマンスの音響技術として、有線モデルのnwm MWE001が採用されました。パフォーマンスに不可欠な脳波検知の音漏れなしに、会場の音が聴けて観客と一体になれる近未来的DJパフォーマンスを実現しました。エンタテインメントにおいては、ミリ波による高速大容量通信を駆使したイベントにて、来場客が同時に体験できる参加型AR(Augmented Reality)ゲームの音響技術にも採用されました。ゲームコンテンツの音も周囲との会話も楽しめるプレイヤどうしの一体感の演出を大きくサポートしました。2023年12月には、伝統文化である歌舞伎と最先端のICTが融合した「超歌舞伎 Powered by NTT『今昔饗宴千本桜』」において、nwm MWE001が同時解説イヤホンガイドサービスデバイスとして採用されました。舞台上の生の音の臨場感と、ガイド解説をも同時に楽しめる新たな鑑賞体験を提供できました。
現在の活用事例からしても耳スピーカーは、現状のコミュニケーションのかたちを超えた、リアルとバーチャルが融合する新たなコミュニケーションに欠かせないデバイスになれると確信しています。今後、より進化した「耳スピ」を披露していきたいと思っています。
PSZ技術の原点である自動車メーカや航空機メーカを筆頭とした個別音響空間のニーズにもこたえるべく各業界とのパートナーシップも強化しており、事業化をめざしています。
一方、NTTコンピュータ&データサイエンス研究所のマイク技術であるMagic Focus Voice搭載製品もNTTソノリティ名義ブランドで展開しています。2023年10月、会議用高音質スピーカ「ビームマイクスピーカ『LinkShell』」の一般発売を開始しました。周囲の雑音をカットして必要な声だけを相手に届けることができるため、生活音が気になるリビングでのリモートワーク、雑音のするオフィス自席やワーケーション中のオンライン会議などでも、オンライン環境においてストレスフリーなコミュニケーションを提供しています(図5)。

ネクストステップとしての法人サービス事業

ネクストステップとして2024年、PSZ技術とMagic Focus Voiceを駆使した法人向けの次世代音声DXサービスを開始し、法人向けサービス市場に参入しました。NTTソノリティ初のサービス事業として、デスクワーク以外に従事するデスクレスワーカーを抱える業界をターゲットに、現場コミュニケーションのワンストップソリューション「BONX WORK」を提供する国内スタートアップの株式会社BONXとともに展開していきます。
デスクレスワーカーは、小売・宿泊・介護・建設業界などにおいて国内推定4000万人以上とされ、声によるコミュニケーションが主流となっています。トランシーバが必須アイテムですが、長時間に及ぶイヤホン利用による耳疲れ、トランシーバを複数携帯する辛さ、高騒音下によるコミュニケーションの断絶といった課題を抱えています。PSZ技術およびMagic Focus Voiceはこのニーズに最適な技術とみています。
BONXは、「一緒に滑っている仲間との一体感を高めて、もっとスノーボードを楽しみたい」という創業者の熱意から生まれ、どんな場所でもコミュニケーションを大切にするというビジョンは、人と人のコミュニケーションの進化をめざすNTTソノリティともマッチします。
2024年4月には耳スピーカーをはじめとするNTTソノリティの音のテクノロジとBONX WORKアプリを掛け合わせた次世代トランシーバサービス「ゼロからはじめる NTTの現場DX」を開始します。人の声とそれ以外を瞬時に判別する発話検知の技術が組み込まれたBONX WORKアプリは、シンプルな操作性で大人数でも限られた人数でも通話が可能です。文字起こし、テキストや写真の共有もできます。さらに、BONXとともに、各業界のユースケースを元にした有線耳スピーカーの片耳モデル「BONX intro knot 3.5M」も共同開発しました(図6)。アプリ、イヤホン、ネットワークだけで労働環境における劇的なコミュニケーション改善が期待されます。そして、2024年秋には、高騒音下でのクリアな通話を実現するMagic Focus Voice初搭載となるプッシュトゥトークデバイス(仮称)(図7)も発売する予定です。これらを「次世代トランシーバサービス」に取り入れることで、ユースケースのさらなる拡張が期待できます(図8)。
NTTグループ企業を窓口としたエントリーキャンペーンも企画しており、デスクレスワーク業界へのサービス拡大につなげます。AI(人工知能)の発展を踏まえ、音声データ分析などの現状の機能を拡充させ、同時翻訳やガイドといった新機能も開発していきます。サービスのオンプレミス化、他社システムサービスとも連携した業界別ソリューションの提供も検討しています。

おわりに

共存をコンセプトに人と人のコミュニケーションを大切にするnwm、個人のアイデンティティである声を大切にして、心の機微まで伝え合えるソリューションをめざす音声DXサービス、いずれもNTTの推進するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の世界観に通じるものがあります。設立から3年、音のテクノロジによってさらなる人と人のコミュニケーションの進化に貢献していきたいと考えています。

■参考文献
(1) https://ntt-sonority.pr-asy.com/release/84
(2) https://ntt-sonority.pr-asy.com/release/87
(3) https://ntt-sonority.pr-asy.com/release/10037
(4) https://ntt-sonority.pr-asy.com/release/10211
(5) https://ntt-sonority.pr-asy.com/release/10213
(6) https://ntt-sonority.pr-asy.com/release/10257
(7) https://ntt-sonority.pr-asy.com/release/10264
(8) https://ntt-sonority.pr-asy.com/release/10287
(9) https://ntt-sonority.pr-asy.com/release/10598

佐々木 香理

バックグラウンドの異なる人材が集まった組織ですが、社員1人ひとりに共通する技術への敬意と、失敗を恐れないチャレンジ精神、成功へのパッションをお伝えできれば幸いです。

問い合わせ先

NTTソノリティ
マーケティング&コミュニケーショングループ
E-mail sonority-pr@ntt.com

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