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トップインタビュー

而今の姿勢で「三方よし」をめざす

あらゆるモノを「つなぐ」情報通信ネットワークを構成する基盤技術、および持続可能で豊かな社会を創るための革新的な環境エネルギー技術の研究開発を推進するNTT情報ネットワーク総合研究所。IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)、ロバストネットワーク、環境エネルギーを三本柱として、サステナブルな情報社会基盤の実現に貢献し、新たな価値提供をめざす、NTT情報ネットワーク総合研究所の辻ゆかり所長に、研究開発戦略とトップとしての心構えを伺いました。

NTT研究開発担当役員
情報ネットワーク総合研究所
所長
辻 ゆかり

PROFILE

1989年日本電信電話株式会社入社。2014年NTT西日本研究開発センタ所長、2016年NTTネットワーク基盤技術研究所長、2019年NTTアドバンステクノロジ取締役、ネットワークイノベーション事業本部副本部長、IOWN推進室室長、2022年同社IOWNイノベーション事業本部長を経て、2023年6月より現職。

サステナブルな情報社会基盤を創る

情報ネットワーク総合研究所のミッションについて教えてください。

私たちNTT情報ネットワーク総合研究所(NW総研)は、あらゆるものをつなぐサステナブルな情報社会基盤の実現を通じて、新たな価値を提供することをミッションに掲げています。サステナブルと聞くと、脱炭素などの環境に関する施策を思い浮かべる方が多いかと思いますが、サステナブルにはそれ以外にも非常に深い意味があると考えています。
研究開発の三本柱である、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)、ロバストネットワーク、環境エネルギーにおいて、私たちがめざす持続可能なポイントについてお話しします。
1番目のIOWNでは超高速、低遅延、低消費電力なネットワークの実現をめざしています。データドリブン社会の進展や生成AI(人工知能)に代表されるAIの進歩・普及に伴い、今後、ますます通信トラフィックやデータセンタでの情報処理量が増大することは自明です。そうなりますと消費電力が大きな社会問題となってきます。IOWNは通信そのものに要する消費電力を抑えるだけでなく、オールフォトニクス・ネットワーク(APN)でデータセンタ間やエッジ間を超高速・低遅延でつなぐことにより、データや電力の地産地消を可能とします。また、多くのユーザが多様なサービスやソリューションをIOWN上で同時に利用できれば、ユースケースやユーザ数が増加しても、社会的なアディショナルコストをできる限り抑えることができるでしょう。
2番目のロバストなネットワークはどんな状況でも使い続けられるという意味で、サステナブルの実現には非常に重要な要素です。災害や故障に対するネットワークの強靭性を高め、被害や影響を最低限に抑えるとともに、迅速に復旧することが求められます。そのため、ネットワークの状況やサービス影響範囲の可視化や、ネットワーク運用におけるオペレータの関与を最小化するゼロタッチオペレーションの研究開発を着々と進めています。これらの技術は、将来的な労働者人口減少への対策としても大変重要です。
そして、3番目の環境エネルギーについては想像に難くないでしょう。私たちは、経済成長と環境負荷ゼロの両立をめざし、創エネや炭素吸収等の攻めのサステナビリティの推進と、環境に適応するための地球環境観測・予測技術の確立に取り組んでいます。例えば、台風や線状降水帯などの極端気象の早期高精度予測ができれば、プロアクティブに対策を打てますので、ロバストネットワークの実現にも大きく役立ちます。
このように、私たちは「サステナブル」を多角的にとらえ、これらの研究開発をとおして、真に持続可能な情報社会基盤の実現をめざしているのです。

サステナブルな情報社会基盤の実現にはさまざまな角度からの研究開発が必要なのですね。それらの研究を担うNW総研はどのような布陣なのですか。

NW総研はミッション遂行のために、3つの研究所、「ネットワークサービスシステム研究所」「アクセスサービスシステム研究所」「宇宙環境エネルギー研究所」から構成されています。
ネットワークサービスシステム研究所は、将来のネットワークサービスを実現するネットワークアーキテクチャやネットワークシステムを支える基盤技術、通信トラフィック制御・品質管理・ネットワークオペレーション技術に関する研究開発を手掛けています。
アクセスサービスシステム研究所は、スマートな社会を実現するための、ワイヤレスアクセス技術、オプティカルファイバアクセス技術、インフラストラクチャ技術、そしてこれらのオペレーション技術の研究開発を展開しています。
最後に、圧倒的にクリーンな次世代エネルギーや環境負荷低減技術、地球環境と社会の未来を予測し環境に適応する技術等を研究開発しているのが宇宙環境エネルギー研究所です。
私はこの3研究所がNW総研に属していることが非常に重要であると考えています。前述のとおり、サステナブルな情報社会基盤を構築し、世の中の役に立つものにしていくためには、常にネットワークと環境エネルギーの両面から検討し、相乗効果を得ることが必要であるからです。さらに、従来技術の限界を打破して豊かな社会を創るため、国内外の研究者やビジネスパートナーとも連携しながら、実際に社会実装される道筋を描けるよう、日々の研究開発業務に誇りを持って取り組んでいます。

さまざまな違う味を持つ研究者が相互に呼応する環境づくり

特に重点的に取り組まれている研究開発を伺わせてください。

当面はIOWNをより多くのユーザに使い勝手よく使っていただくための技術確立と事業化が大きな目標になっています。NW総研は、IOWNの構成要素のうち、特にAPNに大きくかかわっています。めざしているのは、さまざまなユースケースに対して、ユーザが使いたいときに必要な分だけ、使い方に適した品質で、光パスを利用できる環境の提供です。そのため、多様なユーザ装置を低遅延で集線するPh-GW(Photonic Gateway)や、ファイバ種別の異なるネットワーク間を結ぶことが可能なPh-EX(Photonic Exchange)を実現するとともに、ユーザ要件に基づいてAPNを制御するコントローラの研究開発を推進し、エンド・ツー・エンドで光パスを提供するための技術開発に挑んでいます。さらに、ネットワークアーキテクチャ検討やオペレーションに関する研究開発にも取り組んでいます。例えば、端末とクラウドの情報処理をいつでもどこでもネットワークが協調させ高速化する技術により、ユーザ環境や端末、サービスに制限されないフレキシブルなサービス体験の創出につなげていこうとしています。
また、無線通信においては、大容量化・低遅延化に加えて、無線環境の変化に追従したプロアクティブな無線制御技術や、NTN(Non-Terrestrial Network)の活用等による未踏領域へとカバレッジを拡張する技術の研究開発等に取り組んでいます。

研究開発は順調でしょうか。研究開発を促進するための創意工夫を教えていただけますでしょうか。

おかげさまで苦労しながらも順調に進んでいると思います。当初、IOWN構想は2030年をターゲットにしていたのですが、専用線タイプのIOWN APN1.0はすでに2023年3月よりサービス開始されました。今後は2025年の大阪・関西万博で最新技術を披露した後、順次、本格的なIOWNのサービスが展開されることになるでしょう。2019年にIOWN構想が発表されてからこれまで、NW総研としては、構想の具体化検討と各種技術の仕込みをしてきましたが、2024年はそれらの技術の事業導入に向けた道筋をつくる重要な年ととらえています。あるべき姿とそこに向けたロードマップとして、各々の技術が、いつ、どのようなかたちで導入されるかを明確化していくためには、さまざまなプレイヤーが持つ知見を持ち寄り、総力を結集する必要があります。
そこで、関係する複数の部署や研究所の主要メンバに声をかけて集め、技術や分野を横断して検討する場を設けて、私も自ら参加しています。そこでは、報告に応答するだけではなく、幅広い参加メンバの多角的な意見を聞くことにより、検討に厚みが出て、リアリティも増します。こうした営みにより、組織またがりで、皆で協力して検討を進めていこうという意識の変化がみられ、研究の速度と深度が増してきたという実感を持っています。
このようなオープンマインドで協力し合う風土を醸成するため、私は所長として研究者が各自の持ち味を活かせる職場環境づくりにしっかりと取り組んでいきたいと考えています。NW総研には尖った技術で“世界初”や“トップデータ”を出すような研究者もいれば、アーキテクチャを考える研究者、エンジニアリング的な創意工夫が非常に得意な研究者もいます。こうしたさまざまな得意技を持つ研究者が在籍していることが非常に重要な財産だととらえています。1人ひとりが自分の特徴を活かし、自信を持って力を発揮してもらうためには、風通しのいい職場環境が大切です。そこで、まずは私自身を所員に分かってもらうことから始めようと、社内の情報共有ツールに「ゆかりの部屋」というチャットルームを開設しました。日々、感じたこと、思ったことを短い言葉で発信していますが、今回のインタビューについても共有したところ、所員から応援マークが次々と送られてきました。こんな感じで、相互に呼応し合える雰囲気ができつつあります。

「失敗っぽく」みえることは、その方法ではうまくいかないと確認できた「成功への過程」

ところで、NW総研の所長に就任されて1年余りが経とうとしていますが、どのような心境でいらっしゃいますか。

想像していたよりもはるかに毎日が楽しいですね。私自身の物事のとらえ方もあると思いますが、おそらく、所員が非常に多岐にわたる技術に対して魂を込めて取り組んでくれていて、日々、さまざまな課題について所員たちとキャッチボールできているからだと思います。正直なところ、着任前は「久々に戻る研究所は活気にあふれているか、私に対して所員が気さくに接してくれるだろうか」、と少々心配していたのですが、まるで杞憂でした。
ただ、一方で、非常に優秀な研究者の集まりであるがゆえに、自分自身と自チームの責任を果たしたり、他者や他チームの活動を尊重するがあまり、所掌範囲を真面目に守りすぎているのではないかと思うことがあります。この感覚を払拭するために、繰り返しになりますが、お互いが少しずつ踏み込んで議論できるように、オープンな雰囲気づくりを行い、組織横断の検討体制で取り組めるように働きかけています。所内のみならず、他研究所や事業会社との間もしっかり埋めていけるように進めており、この1年で良い方向に回り始めたのではないかと思います。
次の1年は、まさにIOWN構想の実現フェーズで大きなギアチェンジの年となりますので、IOWNがより多くのお客さまに使っていただけるよう、しっかり検討を進めていきたいと考えています。

最後に技術者や研究者の皆さん、そしてお客さまやパートナーの皆さんへのメッセージをいただけますか。

まず、研究所の皆さん。研究を進めていく中で「失敗っぽい」ことはたくさんあります。もちろん私もそうでした。しかし、それを「失敗」だと思っているのは、自分でそう決めつけているだけではないでしょうか。「失敗っぽく」みえることは、その方法ではうまくいかないと確認できた結果で、別の方法でトライすればうまくいくかもしれません。それはもはや「失敗」ではなく「成功への過程」なのです。そう考えて、チャレンジを怖がらないでください。「ダメなら次の方法でやればいいや」、というくらい、軽くトライする気持ちで研究開発に臨んでほしいですね。
そして、お客さまやパートナーの皆さん。私たちはサステナブルな情報社会基盤をつくりたいと考えています。そのためには私たちの研究開発成果が組み込まれたエコシステムを確立し、お客さま、私たち、社会の「三方よし」となるよう努めていきたいのです。ともに素敵な未来をつくっていきましょう。
さて、トップである私の仕事は方向性を示すことと、都度、的確な判断をすることだと考えます。そのために日頃から自らの心と体をフラットに保てるように努めています。このような姿勢の背景には、幼少期から取り組んできたチームスポーツを通して得た教訓があります。私は幼いころからバスケットボールを続けてきており、お互い得意技を持つ者どうしが、個々の技を磨いたうえで、力を合わせてさらにパワーを発揮するという経験を重ねました。加えて、大学時代に始めた熱気球では、天候や他の気球のように、自分ではどうにもコントロールできないものがあるということを、身をもって学びました。自分でコントロールできないことを深く悩んでも仕方がありません。それならば、コントロールできないことで悩むのはやめて、自分自身がどうできるかに注力すればよいではないか、と思うようになりました。
こうしてたどり着いたのが「而今」という言葉です。「而今」は仏教用語です。変えられるのは「今だけ」、「自分だけ」であり、過去を変えることはできないので、今を一生懸命生きようという意味だと解釈しています。「而今」は私の座右の銘でもあります。「今」を精一杯楽しみながら過ごしつつ、社会の役に立てたら最高ですよね!

(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

インタビューを終えて

パッと周囲が照らされるような明るさと温かさ。辻所長にお目にかかった瞬間に抱いた印象です。お話を伺う間も終始笑みを絶やされず、語られる話はすべて、前向きに締めくくられます。「スーツを纏ってスイッチオン」と表現されたトップとしてのお姿は、凛としているのにとてもしなやかな印象です。そんな辻所長が就任以来、毎日のように発信されている「ゆかりの部屋」をのぞかせていただきましたところ、短く簡潔につづられた文章に、フランクに反応する所員の皆さんのご様子にNW総研の一体感を感じました。
研究者の道に入られたのは理系のご兄弟の影響だとか。「4人兄弟の3番目で自由に育てられたせいでしょうか。自分で物事を決めるのに慣れていて、しかも、割と楽観的なんですよね。同じ物事を見ていても、考え方1つで、とらえ方は大きく変わってくると思っています」、と辻所長。スポーツから芸術鑑賞、お酒まで(「而今」という地酒もあるそうです)非常に幅広いご趣味をお持ちとのことで、どうやって時間のやりくりをしていらっしゃるのかと伺いましたら、「その時、やりたいことをしているだけです」、と微笑まれました。とかく大人が陥りがちな「〇〇すべき」という結論から解き放たれるような、オーセンティックなあり方の大切さを感じたひと時でした。

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