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挑戦する研究者たち

光デバイス・光電融合デバイスで世界をリード。自分たちの技術を宣伝して、仲間を増やしていく

2023年3月にオールフォトニクス・ネットワーク(APN)IOWN1.0がサービスを開始し、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想実現に向けた、記念すべき商用サービス第一歩となりました。IOWNではラック間・ボード間・ボード内・パッケージ内・チップ内を順次光インターコネクションにしていくのですが、これを実現するには光デバイス・光電融合デバイスがキーエレメントとなります。そして商用のネットワークに実装していくためには、半導体における「ムーアの法則」を光デバイス・光電デバイスで実現することが重要になります。NTT先端集積デバイス研究所 松尾慎治フェローに、シリコンフォトニクス回路上に化合物半導体を異種材料集積した「メンブレン光デバイス」の開発と、若手・中堅の育成に向けた思いについて伺いました。

松尾慎治
フェロー
NTT先端集積デバイス研究所/NTT物性科学基礎研究所

光版ムーアの法則を実現する「メンブレン光デバイス」

現在、手掛けていらっしゃる研究について教えていただけますでしょうか。

1988年のNTT入社以来、異種材料集積技術を中心とした、光電融合デバイスの研究に取り組んできました。
2019年にNTTがIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を発表しましたが、光電融合デバイスは、その構成要素の1つであるオールフォトニクス・ネットワーク(APN)を実現するための重要な技術であり、さらに、消費電力低減にも大きく貢献します。IOWNにおける光電融合については、2024年段階ではラック間、ボード間の電気をベースとした接続を光によるインターコネクションとするまで実現されており(第1世代、第2世代)、この先第3世代、第4世代、第5世代と呼ばれているボード内、パッケージ内、チップ内の光インターコネクションの実現・実用化に向けて研究開発を進めています。実用化に向けては、デバイス数の爆発的増加への対応と、コスト低廉化、低消費電力化を実現する集積回路(ICチップ)の開発が課題となってきます。この課題解決は、半導体において、1つのICチップに実装されるトランジスタ等のデバイスの数が18カ月ごとに倍増するという経験則である「ムーアの法則」を、光インターコネクションに必須なレーザダイオード(LD)のような発光デバイスをはじめとする、光デバイスの世界で実現することそのものです。
半導体のムーアの法則は、シリコンCMOS等の大面積・微細加工技術を利用して実現されています。これを光デバイスの世界において実現するためには、シリコン(Si)を用いて光導波路等を利用したシリコンフォトニクス技術の利用が重要になりますが、Siではレーザや高効率な光変調器のような光デバイスが作製できないため、化合物半導体であるInP(インジウムリン)系化合物半導体を用いて作製し、その大規模集積化に向けては異種材料集積により実現します。一方、Siと化合物半導体の集積は、結晶格子の単位格子の大きさを表す定数である格子定数や、温度変化による長さや体積の変化の関係を示す係数である熱膨張係数が異なるため困難です。
そこで、NTT独自の薄膜化技術を直接接合技術と組み合わせて、シリコンフォトニクス技術により、ボード内光インターコネクション用の光源として、Si基板上に作製した薄膜(メンブレン)直接変調LDを開発しました。これについては、前回のインタビュー(2021年7月号)の中で紹介しました。

メンブレン光デバイスの研究はどのように進んでいるのでしょうか。

メンブレン直接変調LDについては、チャネル数の増大、安定性・信頼性向上等実用化に向けた研究開発を継続的に進めています。これとは別に、レーザを直接変調するわけではなく、レーザは単なるバイアス光源として使い、光源とは別の変調器で、より高速に、より高温度範囲で使えるようにするメンブレン光変調器の研究開発も進めています。
光変調器は、屈折率を主に変調する位相変調器と吸収係数を変調する強度変調器の2種類に分類できます。位相変調器は、1つの光源から分けた2つの平行光の間の位相差を測定する、マッハツェンダ干渉計と組み合わせたマッハツェンダ(MZ)変調器として用いられ、複数のMZ変調器を組み合わせて、位相、強度、偏波を変調することにより一波長に対して1Tbit/sを超えるような大容量化と長距離伝送が可能です。代表的な使用材料はLiNbO3(ニオブ酸リチウム)、Si、InP系化合物半導体が挙げられます。トラフィックの増大から将来的にはデータセンタ内のような2km以下の短距離においても利用が必要になってくると考えられますが、その際には、素子サイズを小さくして大規模集積した低コスト化が重要となります。そのためにはLiNbO3、Siと比較して一桁程度効率の良いInP系化合物半導体がキーデバイスと考えられます。
一方、強度変調器として代表的な材料はInP系化合物半導体とGeSi(ゲルマニウムシリコン)が用いられています。強度変調器は強度変化のみを信号として用いるためMZ変調器と比較すると一般的には伝送容量は小さくなりますが、構成がシンプルかつコンパクトであるため、より短い距離で大量の送信素子が必要となるときには重要となります。データセンタで用いられる1.3μ帯のレーザ光での利用を考えると、現状ではGeSiは製造工程における結晶の成長に課題があり、InP系化合物半導体が有利となります。
図1(a)は、私たちが作製したSiマッハツェンダ干渉計とInP位相変調器を用いたMZ変調器とメンブレンレーザを異種材料集積した光集積回路の構成を示しています。Siフォトニクス技術の特長である、光のスポットの大きさをSi導波路からSiOx導波路の大きさに変換する素子であるSSC(スポットサイズ変換器)を集積し、レンズを用いることなくデバイスを光ファイバと直接密着させることにより高効率にファイバとのアセンブリが可能となります。図1(b)および(c)は、メンブレンレーザ、メンブレン位相変調器の断面構造です。変調器のバイアス用のレーザは連続光で高出力と安定したシングルモード性が求められるため、レーザコア層への光閉じ込めを小さくすることが重要となります。そのため、レーザコア層の下にSi導波路を配置しています。
また、私たちは、InP系半導体を用いた強度変調器も作製しました。強度変調器としては電界吸収型変調器(EAM)が用いられますが、これは動作波長付近にバンドギャップを持つ半導体に電界を印加することにより、バンドギャップが長波長側にシフトして吸収係数が変化する現象を用いています。吸収量を直接変化させるためMZ変調器のように干渉計を用いる必要がなく非常にシンプルな構成となります。これらのデバイスは、第3世代以降の短距離・高スループットの光インターコネクションのキーデバイスとなります。
こうした成果が認められ、2022年には“For pioneering contributions to ultra-high-speed and low power consumption membrane lasers”として、「Optica Fellow」に推挙され、2023年には、“For contributions to ultra-high speed,low power consumption membrane lasers and their heterogeneous integration”として「IEEE Photonics Society William Streifer Scientific Achievement Award」をいただきました。
私たちのチームでは実用化も手掛けており、今後の技術展開としては、IOWNステップ3〜5に向け、低消費電力・低コストをめざして、古河電気工業等のパートナーとの共同研究を加速しています。また、世界最高性能の実現をめざして、「SiC基板上超高速直接変調レーザ」の共同研究を東京工業大学、東京大学、慶應義塾大学と進めており、NTT物性基礎科学研究所と協力して「超低消費電力PhCレーザ」の開発を引き続き進めています。さらに、これらとは別に、コンピューティング分野や安価で高性能なセンシング分野等へのマーケットの拡大をめざし、エコシステムを構築していきたいと考えています(図2)。

何事にもバランス感覚が必要

研究者として心掛けていることを教えてください。

前回のインタビューで「情報収集と自分の研究を理解していただくこと」を心掛けているとお話しましたが、基本的にこれは変わっていません。そのうえで、2023年4月にフェローになり、IOWNへの貢献が期待されているのでそれにこたえること、そして、若手・中堅の育成に関する意識が強くなりました。
育成面について、基礎研究と応用研究・実用化では少し考え方が異なります。基礎研究では、長期的視点を持つこととそれに向けた積極的チャレンジを促すことを意識しています。企業の中で自身の評価を気にしだすと、どうしても短期的な成果を追い求める傾向になり、そのため、どうしても視野が短期的なものとなります。特に若手はこの傾向が強いように思えます。私自身の経験も含め、基礎研究は成果が出るまでにどうしても時間がかかり、場合によっては20年、30年かかるものがあります。このような中で、短期的な成果を求めていては、そこに研究としての大きな発展は望めませんし、基礎研究としての真の成果も出ません。だからこそ、長期的視点が必要なのです。とはいえ、長期的に考えると逆に最初の構想どおりの決められたレールを歩くようなことにもなりかねません。ところが、周囲の環境変化もあり、そのレールが常に正しい方向を向いているわけではないので、軌道修正をしなければならず、場合によっては大きく軌道修正をする必要もあります。その局面において、積極的なチャレンジをすることで、新たな発見や大きな進展が期待できるのです。
一方、応用研究・実用化では、スケジュールを意識しながら目の前にある課題を1つずつ、チームで解決していく必要があり、スケジュールと、チーム内の自身の役割認識と相互補完のチームワーク、そして実行力が重要になります。
私のチームでは基礎研究から応用研究・実用化まですべてのプロセスを行っているので、長期的視野、スケジュール感どちらも必要なのです。それぞれのメンバーの役割に応じて、この2つの観点を意識していくように育成していきたいと思います。

国際会議・学会の役員を数多く歴任されていますね。こうした経験は人材育成につながっていくのでしょうか。

IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)では、“Si Photonics Conference 2024”の運営委員長と2023〜2025年の任期で“Photonic Society”の Board of Governorを、OFC (Optical Fiber Conference)では2020年にProgram Chairと2022年にGeneral Chairを、CSW Compound Semiconductor Week 2019では運営委員長を歴任しました。
特にOFCでは、会議の運営に携わる中で、外国の方々の考え方・行動が、日本人の意識していることとは異なることに気付きました。例えばジェンダーバランスにおける女性に対するサポートの仕方が、日本と比べて欧米のほうが積極的かつ明示的に行っています。そのうえで、南アメリカ、アフリカ、アジアといった地域ごとのバランス等を非常に気にかけて運営しています。日本では、男女比ぐらいは考えますが、そのほかのことは、それほどバランスを意識する必要がありません。これは、日本にいては味わうことのできない感覚です。
若い人には、日本だけではなく世界中の人が何を大切に思っているかを知ることは、非常に大切なことであると話をしています。そのためにも、若いころから海外の国際会議運営の手伝い等をしていくことが非常に役に立つので、それに積極的に参加していくように話しています。これらを通して、技術だけではなく、海外の人の考え方や文化的な側面も理解できます。
さて、光デバイスや光電融合デバイスの分野は世界的に先端的な分野です。研究者の数もまだ少ないのですが、逆に世界をリードしていくことができるチャンスでもあります。それをめざして学会発表に積極的に参加して、自分たちの技術を宣伝して、仲間を増やすことを心掛けています。これにより、私たちの分野に近いことをやっている人が徐々に増えてきて、技術の流れをつくることができます。あまりに先端すぎて他の人がついてくることができなければ、仲間づくりはできず孤立してしまうし、相手に寄りすぎても抜かれる可能性が高くなります。つまり、ほどよいバランスでやっていかなければならないのですが、このときに海外の人の考え方や文化的な側面を知っていることで、このバランスをうまくとっていくことができると思っています。

後進の研究者へのメッセージをお願いします。

基礎研究に関してはとにかく、長期的視点で研究してください。
NTTの研究所は企業の研究所でありながら基礎研究も行っている、非常に特異な研究所です。その強みでもある基礎研究は、10年以上の単位のサイクルにおける成果になります。もちろん、その途中段階の成果もありますが、長期的視点でゴールを見据えたうえで、マイルストーンとして中期・短期的な成果になります。評価につながる成果は、この中期・短期的なマイルストーンとしての成果でいいのです。中期・短期的な視点を積み重ねていると、ゴールを見失うことにもつながります。
逆に応用研究、実用化研究の場合は、目先のゴールに向けて成果を出していくことが必要になります。したがって、自分がおかれている立場により、これら視点を使い分けていくことになります。人によってはこの両者を異動するパターンもあります。また、私たちのチームのように、両者が直接接点を持っている場合もあります。このような場合は、それぞれの視点、立場を理解して、バランスをとった対応が必要になってきますので、それぞれの立場を理解することが大切だと思います。

■参考文献
(1) 開・相原・藤井・武田・瀬川・松尾:“IOWNの実現に向けたメンブレン光変調器の開発,”NTT技術ジャーナル,Vol.34,No.8,pp.15-19,2022.

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