挑戦する研究開発者たち
光ファイバセンシング技術で設備エンジニアリングにDXを
光ファイバの中を通るレーザ光は、無中継で20〜30km以上の距離においても、通信に支障を及ぼさないレベルで伝搬します。その途中には光ファイバの材料であるSiO2(二酸化ケイ素)分子等により、レーザ光が反射・散乱しています。この散乱光を測定することで光ファイバをセンサとして活用し、離れた場所のケーブルの状態を推定する、光ファイバ環境モニタリングを開発している、NTT西日本 仲宗根慎氏とNTTフィールドテクノ 古谷陽平氏に、光ファイバセンシング技術と光ファイバ環境モニタリングのPoC(Proof of Concept)、そしてフィールドへの導入を通してDXをめざす思いを伺いました。
仲宗根慎
技術革新部 IOWN推進室
NTT西日本
古谷陽平
サービスエンジニアリング部 アクセス設備部門
NTTフィールドテクノ
光ファイバセンシング技術を活用して、光ファイバケーブル等の遠隔モニタリング環境を開発
現在、手掛けている技術の概要をお聞かせいただけますか。
光ファイバセンシング技術を活用した、光ファイバ環境モニタリングに関する開発からフィールド実証に取り組んでいます。光ファイバセンシングとは、光ファイバをセンサとして活用し、温度・歪・振動などを測定する技術です。レーザ光を光ファイバに入射すると、光ファイバを構成するSiO2(二酸化ケイ素)分子等に光が衝突・反射することで、光が散乱します。この光ファイバにおける散乱は、大きく3種類あります。
まず、SiO2の分子はレーザ光の波長より十分に小さく、この分子や分子の組成揺らぎにより発生するのが「レイリー散乱」と呼ばれるもので、光ファイバ中で発生する散乱光の中でもっとも強い散乱光であり、入射光と反射光は同じ周波数です。光ファイバの光損失測定や振動・破断点検出に利用されています。
次に、SiO2分子の振動に起因して散乱される光で、「ラマン散乱」と呼ばれています。光のエネルギーが、分子の振動に対して補給・放出されることにより発生し、エネルギー補給の場合は反射光の周波数が低くなり、エネルギー放出の場合は反射光の周波数が高くなります。この現象は温度の影響を敏感に受けるため、温度計測に利用されます。
そして、ラマン散乱同様SiO2分子振動に起因して散乱される光ですが、ラマン散乱と異なり、分子の振動による疎密波である音響波(媒質中を伝搬する圧力波)により発生する屈折率の濃淡に起因する散乱で、「ブリルアン散乱」と呼ばれています。この濃淡の周期と光の半波長が一致すると、光は進行方向とは逆方向に反射されますが、音響波は移動しているので、そのスピードに応じて、反射光はドップラー効果を受け散乱光の周波数は上方あるいは下方にシフトします。このシフト量は光ファイバの温度や歪に依存して変化するので、歪や温度の計測に利用されます。
こうした散乱光のうち、試験光の入射方向に戻ってくるもの(後方散乱光)を受光し、光の強度や周波数の変化等から、温度、歪、振動などを測定します(図1)。
さて、NTT西日本は膨大な通信設備を保有しており、特に所外設備系では日々の設備パトロールをはじめ、個々の保守・点検作業も人手に頼る部分もあります。これらに多くの稼働を要しており、そのコスト削減が課題となっているほか、設備メンテナンスを中心とした設備関連業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進も急務となっています。そこで、既設のアセットである光ファイバをセンサとして活用する光ファイバセンシング技術に着目し、これにより課題解決に貢献できるのではないかと考え、光ファイバ環境モニタリングの開発に着手しました。もちろん光ファイバセンシング技術のビジネス展開やIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)普及への寄与も視野に入れて開発を進めています。
光ファイバ環境モニタリングは、光ファイバセンシングから得られる、損失、振動、歪、温度等の測定データをAI(人工知能)により解析し、設備の腐食、ひび割れ、摩耗、漏水、破断等の故障予兆データとして検知することをめざすものです。通常のセンサを利用した測定では、センサ等への給電、屋外環境におけるセンサの耐久性・安定性等の課題がありますが、光ファイバセンシングでは、センサ側は無給電、光ファイバは耐久性・耐食性に優れている、過酷な環境下(電磁両立性・防爆性が高い)でも高信頼で計測可能、既設の光ケーブル網の活用による面的計測可能といった特長から、導入も容易になるというメリットがあります。
一方、「特定の測定データの特性と設備状況との合致性の明確化」「取得した測定データの特性から、光ファイバの変化状態の推定および明確化」「状態検知の精度向上につながるAI解析手法とそれを実現するデータ蓄積環境・方法の明確化」といった課題があり、現在これらを現場における設備の故障・予兆をユースケースとしてPoC(Proof of Concept)等により1つひとつクリアしているところです。
どのようなユースケースでPoCを行ってきたのでしょうか。
まず、電柱に添架されたケーブルに取り付けられた箱であるクロージャが、気候条件による劣化で割れが発生すると、カラス等がそこに巣づくり・産卵をし、そのときに中の光ファイバを切ってしまうような事象が頻発していることから、蓋割れ検知をユースケースにしました。
過去の検証では、ひび割れの有無を周波数や振動強度の違いを発見できず、特徴量を一般化して分析に活用する精度までには至りませんでした。これについては2023年度で、さまざまな架渉形態や設置環境での再現性を確認するため、自然環境に近いモデル実験設備を構築することでサンプル数を増やして検証しました。蓋割れによる微小な振動特性を統計処理によって明らかにすることができ、過去検証で課題であった蓋のひび割れ検知の可能性を見出しました。
また、電柱にケーブルを添架する際に、電柱間でケーブルを支持するワイヤ(支持線)の、台風による破断や倒木等で樹木がケーブルに接触することで発生するケーブル損傷への対応のために、ケーブル支持線破断・倒木接触の検知をユースケースとしました(図2)。過去の検証では実環境において、振動強度分布と、破断した個所における支持線修繕前後、および倒木個所における倒木伐採前後の振動強度の変化を測定し、ケーブルの架渉形態・気候条件に応じた振動応答特性を確認することで、ケーブル支持線破断・倒木接触の検知の可能性を評価しました。
当時の検証結果としては、支持線破断については、支持線が切れた個所においては低周波数帯の振動強度が強く出ていることが確認できました。倒木がケーブルにもたれている個所については、想定外なことに振動強度として微小な変化をとらえましたが、架渉形態・気候条件に応じた振動応答特性による可能性が高く、特徴量の明確化・定量化が課題でした。2023年度は自然環境に近いモデル実験設備を構築することで、架渉形態による振動応答特性を固定化し、気候条件も一定となるようにデータを取得・分析を行いました。その結果、異なる系の2スパン(合計4ケーブル)において、同様の結果が得られ、当初想定していた仮説のとおり、倒木接触では光ケーブルと支持線を含めて圧迫することで振動を抑制し、振動強度では変化をとらえられないことを確認しました。支持線破断については過去の実験で破断が確認された個所の振動強度変化が見られたものの、再現性が得られませんでした。これは、環境雑音(交通量、風雨)により精度が劣化すると想定されることから雑音耐性の確認が課題となります。2023年度は、自然環境に近いモデル実験設備にて支持線破断を再現してデータを取得・分析したところ、異なる系の2スパン(合計4ケーブル)において、同様の結果が得られました。支持線が破断した個所での振動強度をピークとして、遠端に近づくにつれて振動強度が減衰していくことを確認し、過去検証で課題であった再現性をクリアしました。今後はフィールドでの検証サンプルを増やすとともに、各種特徴量の定量化により精度向上をめざします(図3)。
今後は、ユースケースを増やす中で検知精度を向上させながら、1つでも成功事例を増やして事業導入に結び付けていきたいと思います。また、単に光ファイバセンシングだけではなく、ユースケースにより得られた知見やパトロールで得られたデータ等を組み合わせて活用しながらビジネス展開につなげていきたいと思います。
双方向のコミュニケーションで、いいアイデアが次々と出てくる
技術者としてスキルの維持、スキルアップはどうしていますか。
仲宗根:2015年のNTT西日本入社以来、法人関係のビジネス開発・事業開発を中心とした業務を行う中で、一時期研究開発センタで、サーバ・ネットワーク系のエンジニアをしていました。そのため、スキルセットとしてはセキュリティ、データ分析、プログラム言語Pythonによるプログラミングがメインです。光ファイバセンシング技術の中では特にデータ分析に関するスキルが必要となってきます。そのため光ファイバ環境モニタリングの開発にあたっては、光ファイバセンシングとその測定データの分析、AIへの学習とチューニングを担当しています。
スキルの中で、データ分析はセキュリティにおいても、法人関係のビジネスにおいても重要であり、各種ツールを使いながらデータ分析を行い、それを可視化していくプロセスの中でスキルをブラッシュアップしてきました。可視化を実現していくうえでは、Pythonによるプログラミングを意識してきました。光ファイバセンシング技術については、現職になって初めて触れたものであり、業務をとおして少しずつ勉強してきました。
開発を進める中では成果報告を行う場合がありますが、そこでまとまった知見やデータをサーバに蓄積して、それを活用してチーム内で、光ファイバセンシングでどのような現象が確認でき、それに対してどのような処理をしたらいいのかといったポイントや、蓄積されたデータをPythonによるプログラミングの中で活用していく等を図ることで、チームや社内の技術者育成等のスキル向上施策につなげていきたいと考えています。
古谷:2011年のNTT西日本グループ入社以来、アクセス系の設備に関する業務を担当してきました。その意味では、基礎的なアクセス系設備に関するスキルはこれまで習得してきましたし、現在の業務の中でもそれが活かされています。昨今は、事業環境の変化もあり、効率化やDXといった点が注目されており、これらに関するスキルを常に磨いていく必要があると考えています。そのためにも、しっかりと業務実態を把握したうえで、現場と対話していくことが重要であり、現在それに注力しています。また、新たなタイプの設備不具合事象が発生すると、研究所やNTT東日本 技術協力センタがそのメカニズムや要因分析を行うので、その対処も含めて情報収集を行い、自分の知識として蓄えることを意識しています。
こうしたスキルのバックグラウンドを活かして、光ファイバ環境モニタリングの開発においては、光ファイバセンシング技術のアクセス系設備への適用に関する部分とPoCを担当しています。
設備系のスキル一般については、NTTとしてほとんどの設備建設・保守業務が委託されている中で、スキル継承が大きな課題となっています。NTT西日本では、一部の工事で設計・施工・検査・保守を直営業務として行い、西日本各地域のメンバをそのチームに派遣して、さまざまな経験を積ませることでスキル継承を図る仕組みがあり、私もそこに参加したことがあります。
開発において大切にしていることは何でしょうか。
仲宗根:現在開発中の技術が、事業導入されて人の役に立てるように仕上げていくことが、一番意識しているところです。幸いにも光ファイバ環境モニタリングは、NTTフィールドテクノにおける事業導入が視野に入っているので、高いモチベーションで取り組むことができ、うれしく思います。
これに限らず実際に開発を進めていくためには、技術者目線として、出口をしっかり見定めたうえで、楽しく知的好奇心の赴くままに、というのが重要と考えています。私は2023年7月に現職に異動し、このテーマはそこからのスタートですが、目の前のことに対して知的好奇心がなければ長続きしないし、ゴールも見定めることができないと思います。新しいところに取り組んでいるので、分からないことが多いのは当然です。それに対して、しっかり仮説を立てたうえで、最後までとことん手を動かす、ということを私の中では大切にしています。
さて、ユースケースのPoCにおいて、沖縄本島、石垣島、京都の3カ所に装置を取り付けに行きました。現場の方々の協力をいただく中で多くの気付きがありました。これを通して、現場の人のスキルセット、彼らが大事にしているモットー、信条を知ることも大事ですし、それらを踏まえて、意識をしっかりと合わせて取り組まなければいけない、という思いを強く持ちました。
古谷:NTT西日本グループは、固定回線収入の減少が続いており、それを補うために新しいビジネスの開拓を積極的に進めています。こうした背景のもと、設備部門に所属する私としては、既存業務を抜本的に見直して、効率化を図るとともにそれをDXにつなげて推進し、新ビジネスにつなげていくことで貢献していきたいと思っています。光ファイバセンシング技術は、その流れにうまく乗ることができる可能性が高いので、現場にも喜ばれる技術をなんとしても導入にこぎつけたい、という思いで開発に取り組んでいます。そのためにも、研究所・技術部門と運用部門・現場との意識の分断を招かないよう、技術部門の方に現場への適用方法をお伝えしながら、検証の観点も一緒に整理しながら取り組んでいくことが重要だと考えています。
さて、2023年11月に「マイスターズカップ」というNTT西日本主催の展示イベントがあり、そこに光ファイバセンシングを展示しました。その中で私たちが思い描いていなかった、活用方法に関するアイデアが現場の意見としていくつかありました。現場との間で、一方通行ではない、双方向のコミュニケーションにより、いいアイデアにつながることを実感し、今後の活動の中でこのコミュニケーションをどのように展開していこうかと考えています。
尖った技術で強みをアピール。アピールで理解を深め、仲間を増やす
将来的に何をめざして開発を続けるのでしょうか。
仲宗根:私は、事業開発・サービス開発に取り組んできており、現在のNTT西日本の経営環境を考えると、事業やサービスの種をつくっていくことが大切であり、その思いが強いほど新しい種が出てくるのではないかと思います。現在私は、IOWN推進室に所属していますが、そこの業務としてこれに精力的に取り組んでいきたいと思います。
まず、IOWNは、2023年3月にオールフォトニクス・ネットワーク(APN) IOWN 1.0というサービスをリリースしましたが、これに適するユースケースをつくっていきたいと思います。これと同様にデジタルツインコンピューティング(DTC)のユースケース・アプリケーションもつくっていきたいと思います。この2つが普及してくると、高性能な分散データセンタも普及し、「tsuzumi」のようなLLM(大規模言語モデル)やAI環境も整ってきます。ここまで来ると、私のスキルの軸であるデータ分析もハイスペックで超高速な環境で行うことが可能となります。そこをにらんでデータ分析サービスとそのユースケースを考えていきたいと思います。
古谷:短期的には、光ファイバ環境モニタリングを現場へ導入できるよう仕上げ、導入後はこれを現場のオペレーションに落とし込む中でDXにつなげ、インフラビジネスとして自治体等への展開を図っていきたいと思っています。
その先の話として、アクセス系の光ファイバケーブルを遠隔自動で試験・監視することを可能にするシステムである「AURORA」への光ファイバセンシング技術のビルトインをはじめとした、光アクセス系設備業務の高度化をめざしたいと思います。これと並行してインフラビジネスの観点から、ビジネスの種を増やしていくために、ファイバセンシングの技術に限らず、新たな技術探索にチャレンジしていきたいと思います。
社内外の技術者、パートナーへのメッセージをお願いします。
仲宗根:これから新しいビジネスをつくっていくうえでは、技術力でさらに尖っていく必要があると考えています。特にITやAIのように、流行っている技術や誰もができるような技術だと、早い段階でコモディティ化してしまい、ビジネスとしても拡大性がないものとなるのではないでしょうか。これを考えると、これからは尖った技術をもって、他社には真似できないようなスキルとしてNTTの強みにしていくことと、その良さを活かせるユースケースの開拓を行ってほしいと思います。そして何よりも大切なことが、そのアピールです。ぜひ尖った技術を社内外にアピールしてください。
また、この研究施策ではNTTアクセスサービスシステム研究所・NTTフィールドテクノの皆様には多大なご支援をいただきました。モデル実験設備の設計から構築、実フィールドでの局舎への測定装置の設置・キャリブレーションなど、私だけではスムーズに進めることができなかったと思います。この場を借りて感謝申し上げます。
古谷:今回の取り組みの経験から、新たな技術を導入するのにあたり、技術シーズ目線と運用側のニーズ目線両方のバランスが非常に大事であると思いました。これをメッセージとしてぜひ伝えたいと思います。
また、新しいものを導入していく際には、導入先や周囲からさまざまな抵抗にあうことがあります。新しいものに対しては、それに関する知識がほとんどないので身構えてしまい、それが抵抗につながるのだと思います。このハードルがいったん取り除かれれば、逆により良い使い方や新たなニーズや課題等が出てくるとともに、抵抗していた人たちが仲間にもなります。新しいこと・ものに取り組むときには、うまくアピールとコミュニケーションをしていくことで、それに対する好奇心を持ってもらい、仲間を増やすような努力をしていくことが大切だと思います。