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Focus on the News

世界初,モード多重光信号の太平洋横断級長距離伝送実験に成功

NTTは,光ファイバを伝搬する複数の空間モードを利用した,世界初の太平洋横断級長距離光伝送実験に成功しました.
近年,次世代光通信システムを実現する基盤技術として,空間分割多重技術の研究開発が進められています.その有望な一形態であるモード多重光伝送技術では,光ファイバ内の複数の空間モードに信号を多重して送ることができるため多重度の分だけ伝送容量の向上が期待できます.その一方,長距離伝送時には距離に応じて増加する信号波形の歪みが顕在化し,モード多重光伝送の長距離化を実現するうえでボトルネックとなっていました.
このたび,上記課題を解決しモード多重光信号の大幅な長距離伝送を可能にする伝送技術(巡回モード群置換)を新たに研究開発しました.本技術の適用により,既存のファイバの伝送容量を最大6倍に拡大可能な大容量長距離光通信システムの実現可能性を示すとともに,多重度を柔軟に制御することで,9000 kmを超える太平洋横断級の長距離伝送が可能であることを世界に先駆けて実証しました.今後,本技術の応用検討を進めると同時に,関連技術分野と連携し,NTTが提唱するIOWN構想を支える大容量光伝送基盤の実現に貢献していきます.
今回の成果は,米国カリフォルニア州サンディエゴで開催される光通信技術に関する国際会議(OFC2020)において,伝送部門の平均スコアがもっとも高かったトップスコア論文として採択され2020年3月12日(現地時間)に発表しました.

研究の背景

5G(第5世代移動通信システム)サービスの開始やIoT(Internet of Things)デバイスの普及に伴い,通信需要は継続して増えており,情報通信インフラを支える既存のシングルモード光ファイバ(SMF)を用いた光通信システムが提供できる伝送容量の限界が近年見えつつあります.キャパシティクランチと呼ばれるこの伝送容量の危機を回避するために,次世代の光通信システムを実現する基盤技術として,空間分割多重技術が注目を集めています.空間分割多重技術は,光の通り道となるコアや空間モードを複数利用できる新しい光ファイバを伝送媒体とすることで伝送容量を飛躍的に向上することができると期待されています.
空間分割多重技術の1つの形態として研究開発が進められているマルチモード光ファイバの空間モードを利用するモード多重光伝送技術では,ファイバ設計パラメータの調整によって空間チャネルの数を増やすことができ,その分だけ伝送容量を高めることができます.その一方で,情報を載せる信号パルスの伝わる速度が光ファイバ内を伝搬中に空間モードごとに異なる性質(この現象をモード分散と呼びます)を持ち信号歪みが発生するため,受信側で信号パルスから正しい情報を取り出す際に,信号処理によってこの歪みを取り除く必要があります.モード分散の総量は距離に比例して累積し,信号処理の負荷を増大させるため,モード多重光伝送の長距離化を困難にする主な要因となっていました.

研究の成果

図に,マルチモード光ファイバを用いた長距離伝送の動向と本成果の位置付けを示します.このたび,NTTは,モード多重光伝送におけるモード分散の累積を大幅に低減する巡回モード群置換技術の研究開発を行いました.本技術を用いることにより,これまで長距離化が困難であったモード多重光伝送において,3250 kmにわたる世界最長の6モード多重光伝送実験の実証に成功しました(図の本成果①).これは超長距離陸上伝送システムの距離に相当します.さらに,多重度を柔軟に制御可能な空間モードダイバーシティ光伝送と組み合わせ,9000 kmを超える太平洋横断級のモード多重光信号伝送の長距離化が可能であることを世界に先駆けて初めて実証しました(図の本成果②).
上記の両成果において,1空間モード当りの周波数利用効率は3.0 bit/s/Hzとなります.特に6モード多重伝送の場合,モード多重光信号としての周波数利用効率は18 bit/s/Hzに達し,光ファイバ1本当りの容量を既存のSMFと比較して6倍に拡大できる可能性を示しました.

 

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2020/2003/200309b.html

研究者紹介

光ファイバの空間モードを駆使して伝送容量限界のその先へ

芝原 光樹

NTT未来ねっと研究所
フォトニックトランスポートネットワーク研究部 光波処理基盤研究グループ
研究主任

SNSの流行や5Gサービスの開始などのニュースはよく目にしますが,それを支える情報通信インフラとしての光通信システムを意識する機会はそれほど多くないかもしれません.しかし,国内外を問わず通信の総量は毎年着実に増え続けており,既存のシングルモード光ファイバを用いたシステムが供することのできる伝送容量限界が近年見えつつあります.日常生活を豊かにし,経済活動を活発化し,あるいは災害時において命を守る通信サービスを支えるための研究開発を行うことはNTTとしての責務であると考えています.
新しい形態の光ファイバを用いる空間分割多重技術は,伝送容量限界の問題を克服し得る技術として2000年代後半にNTTをはじめとする日本勢によってその構想が提唱され,2010年代に入ってから世界中で研究開発が本格化しました.マルチモード光ファイバ自体は光伝送技術の黎明期から利用されていますが,その光ファイバ内の空間モードを活用して伝送容量を拡大するモード多重光伝送が研究室レベルで実証可能となったのはごく最近のことです.今回の成果では,モード多重光伝送の「大容量化」と「長距離化」という2つの特性を同時に達成できる可能性を示し,光通信システムへの適用可能性を検討するうえで重要なマイルストーンになったと考えています.今後も関連技術分野と連携して実用化へ向けた検討を推進し,将来の大容量光通信システム実現に貢献していきます.