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挑戦する研究者たち

あらゆる経験をポジティブにとらえて研究者のWell-beingを向上させつつ、無線技術と光と無線の連携技術を実用化してIOWNを実現

電波は、通信だけではなく、放送、レーダ、天体観測、家電等さまざまな分野で利用されていますが、干渉等電波独特の性質から利用できる周波数が用途別に決められている有限の資源です。通信においては急速に高速大容量化が進む中、電波の通信利用においても既存資源の有効活用や新たな資源開拓が必要になっており、光と無線を要素技術としたIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)実現に向けてこれは急務ともなっていると同時に、光と無線の2つの要素の連携についても重要な技術となっています。こうした、既存資源の有効活用と新たな資源開拓、そして光と無線の連携技術に挑む、NTTアクセスサービスシステム研究所 鷹取泰司上席特別研究員に、資源開拓のアプローチ、実用化研究の成果を世の中に出していくための要素、あらゆる経験をポジティブにとらえて強い研究を推進していくための思いを伺いました。

鷹取泰司
上席特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所

IOWNに向けた電波資源の有効活用と開拓、そして光と無線の連携

現在、手掛けていらっしゃる研究について教えていただけますでしょうか。

刻々と変化する無線環境下で、あらゆるものを連動させ、多様なユーザやサービスのエクストリームな要件(超大容量・超高信頼・超低遅延等)に対応するネットワークサービスを提供する「エクストリームNaaS(Network as a Service)」(図1)の実現に向けて、ポテンシャルをさらに拡大するための「無線アクセスの高度化技術」、ポテンシャルを最大活用するために環境に追従するネットワーク提供をめざす「マルチ無線プロアクティブ制御技術(Cradio®)」の2テーマに取り組んでいます。
「エクストリームNaaS」の背景として、あらゆるものが連動できるようにすることで、さまざまな協力により新たな価値創造が次々と生まれてくる世界をめざしており、そのためには、いつでも、どこでも、どんなものでも、適切につながっていくことが必要となります。その要素となる無線領域をどのように革新させていけばよいかということが、テーマの柱です。これまでは、光のネットワークと無線のネットワークとも別々に進化してきたため、品質も大きく異なるものとなっていました。これからは光と無線と両方を合わせて通信品質を考えていく必要があり、これをIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)で実現していくことをめざしています。これを実現する手段として、「エクストリームNaaS」があり、無線通信の信頼性、速度とも飛躍的な向上が必要になるため、この2つのテーマに取り組んでいます。

高周波数帯技術とはどのような技術でしょうか。

電波は、通信だけではなく、放送、レーダ、天体観測など多様な用途がありますが、その中で通信に活用できる周波数を拡大していくことが重要な課題となっています。これを実現するために、誰も使っていないより高い周波数の開拓・利用(高周波数帯技術)と、複数無線システムでの周波数共用の2つが重要なアプローチと考えています(図2)。
高周波数帯技術について、6G(第6世代移動通信システム)時代の「超高速・大容量」通信の実現に向け、飛躍的に広大な帯域幅の確保が可能となる100GHz以上の周波数の活用が注目されています。一方で、電波は周波数が高くなると反射や回折による損失が大きくなり、また壁面の微小な凹凸による散乱の影響等が発生し、伝搬特性がより複雑なものとなります。そのため、高周波数帯を利用するためには、実際の電波伝搬の測定実験を行いながら電波伝搬特性を見極めて、その活用形態を検討していく必要があります。そこで、世界に先駆けて屋外市街地環境において実際に電波を送出して、300GHzまでの電波伝搬特性のモデル化への検討を開始しました(図3)。こうした実験を1つひとつ積み重ねて、どのようなかたちで高周波数帯が使えるようになるかというところを解明しています。さらに、こうした結果を、ITU-R(International Telecommunication Union - Radiocommunication Sector)などの国際標準化機関や、Beyond 5G推進コンソーシアムのホワイトペーパーへ寄与、貢献しています。
周波数共用については、無線LAN関連で、これまでの2.4GHzと5GHzの2つの周波数帯に加えて、衛星通信や固定マイクロ波通信、TV放送用の無線中継等に用いられている6GHz帯を新たに使えるようにする制度改正に向けた検討に貢献しています。2022年からは5.925GHzから6.425GHzの周波数帯での無線LAN利用が開始されています。現在もこの周波数帯での無線LANの利用拡大に向けた検討に取り組んでいます。同様に、LPWA(Low Power Wide Area)で利用されている920MHz帯をはじめとする、いわゆるプラチナバンドと呼ばれる1GHz以下周波数帯においても、新しいIoT(Internet of Things)向け無線LANが利用できるように制度改正への貢献をしてきました(図2)。
さらなる周波数共用を進めていくために、現在注目されているのがAFC(Automated Frequency Coordination)と呼ばれる技術です。これは、無線LANを利用する場所に応じて、利用できる周波数を適切に選択できるようにし、同じ周波数帯で運用されている他の無線システムに対して有害な干渉影響が発生しないように周波数を運用する技術です。現在その導入に向けた検討を総務省等で進めているところであり、私たちも新たな周波数共用の仕組みを実現できるように貢献をしています。
新たな無線技術を世の中に出していくためには、無線機器の普及や無線のサービス化に加えて周波数割当て等の制度も深く関連してきます。周波数の割当てについては用途を含めて、ITU-RやWRC(World Radiocommunication Conference)において決められる国際ルールと、国内での運用に向けて総務省が設置する各種委員会等において検討される国内制度化の両方に取り組む必要があり、こういった取り組みに対して積極的に貢献を行っています。機器の普及については、3GPP(Third Generation Partnership Project)、Wi-Fi AllianceあるいはIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)等における標準化活動をとおして業界全体で普及のビジョンを描いていくということも必要です。そうした制度化や標準化をふまえ、NTTグループならではのサービスを創出していくことも大切です。私たちは、こうした研究開発、制度への対応、機器の普及、サービス化といった要素について、自動車の4輪を回すように調和しながら活動しています。

Cradio®×低遅延FDNはどのような技術でしょうか。

光無線連携制御技術です。マルチ無線プロアクティブ制御技術「Cradio®」と、ネットワークの伝送時間とエッジコンピューティングの処理時間をトータルで監視し、サービス要件に応じて遅延等の品質をエンド・ツー・エンドで常に低遅延・低ジッタな状態に保ち、サービスを持続的かつ安定的に提供する技術「低遅延FDN」による拡張連携インタフェース(Extended Cooperative Transport Interface:eCTI)を介した無線と光のリアルタイム制御技術で、低遅延かつ安定性の高いネットワークサービスの提供が可能となります(図4)。
この技術については、工場内無線環境を想定したWi-FiアクセスポイントとIOWN APN(All-Photonics Network)回線を接続し、Wi-Fiアクセスポイント配下の無線端末とクラウドサーバ間で通信する環境を構築し、無線利用状況を把握するCradio®機能を実装した無線コントローラと、IOWN APN回線のリアルタイム切り替えを行う光コントローラを、eCTIを介して連携させることで、以下の2つの実証実験を2024年5月に行いました(図5)。
① ユーザ指示に基づく、用途に応じた無線+光連携実証:工場において、各プロセスのビッグデータ収集作業から遠隔ロボット操作作業への切替を想定し、それぞれの作業における性能要件に合わせ、使用するWi-Fiアクセスポイントと接続先クラウドサーバへの光パスを同時に切り替える実験を行い、連携動作が完了することを実証しました。
② 無線利用状況に基づく、接続ユーザ端末数に応じた無線+光連携実証:工場において、接続されるユーザ端末数を検知し、その情報に基づき自動で接続先クラウドサーバへの光パスを切り替える実験を行い、100ms程度で連携動作が完了することを実証しました。
この技術はWi-Fiやローカル5Gなどの自営系無線に加え、Beyond 5G/6Gなどのセルラ系システムにも応用可能です。今後は、さまざまな無線システムとIOWN APNの連携動作、各種利用シーンを想定した実証実験を進め、IOWN APNと自営系無線を組み合わせたトータルネットワークソリューションビジネスの展開への貢献をめざします。

研究開発、制度への対応、機器の普及、サービス化を調和させながら成果を世の中に出す

研究者として心掛けていることを教えてください。

私たちの研究は実用化研究なので、成果が世の中に出ていくようにしていくにはどうしたらいいのかということを、常に全体で考えていくことが大事だと思っています。その意味で、前述のとおり、私たちは、研究開発、制度への対応、機器の普及、サービス化といった要素について、自動車の4輪を回すように調和しながら活動しています。
さて、以前、標準化の活動の中で、複数の無線LANのアクセスポイントが連携して干渉をうまく抑えて通信するような仕組みを検討し、それを実装していく提案をしたのですが、技術を商品の中で実装して世の中への展開を考えた場合に、多くのベンダから賛同が得られずに、残念ながら不採用になったという経験があります。一方、現在取り組んでいる次世代無線LANの標準化では、複数の無線LANのアクセスポイントが連携する、Multi-AP Coordinationという技術が1つの重要技術領域と設定されて議論が進んでいます。技術だけができた状態ではなく、装置開発のノウハウをはじめとする、商用化までたどり着くのに必要な各社の機運の高まりと合ったときに、本当に技術が展開できるタイミングが来て、世の中に出ていくということを実感しました。こうした経験もあり、現在、802.11ah推進協議会という、通信キャリア、メーカ・SIer、学術団体他168社・団体(2024年3月21日現在)から構成される団体で、副会長としてIEEE802.11ahの日本国内での利用実現に向けた業界横断での仲間づくりを行い、制度化や標準化を牽引し完了させることに成功しました。自分たちの見えている範囲だけで何かやろうとすると、新しいことはなかなかできないので、さまざまな人の知恵をお借りしながら、結び付きながら、より大きな枠組みで新しい価値をつくっていくことが大事だと感じています。
そして、実験室の中で技術検討をしているだけではこういった経験をすることはできませんし、特に電波の場合はアンテナの設置や実際の環境による影響もあり、現場でなければ分からないことも多々あるので、リアルなところに触れていかないと、突破口を見い出すことは困難になります。
こうした考え方や経験を踏まえて、私は研究開発のアプローチを次のように考えて、テーマ設定、研究開発活動に取り組んでいます。
1つは無線リソースの新たなフロンティアの設定です。無線技術は時間、空間、周波数といったリソースを活用するものとして研究開発が進められてきました。ただし、信頼性の高い無線システム設計においては、無線環境の変動や干渉等を避けるために、未確定な変動要素に対して各種のマージンを積み重ねています。もし無線環境の変動確率を適切に予測することができるようになれば、マージンを極限にまで削減していくことが可能となり、より多くの無線トラフィックを効率的に収容していくことができます。そこで、現在未確定な変動要素として設定されているマージンを新たな第4のリソースに変換する研究アプローチを提案しています。無線品質の予測精度を高め、予測結果を動的に無線制御に反映させていくリソースマネジメントができれば、飛躍的な周波数利用効率の向上が実現できると考えています。
もう1つは無線領域の研究開発と他領域の連携です。無線技術の専門の枠から一歩外に出て、外の人たちと一緒に新たな領域を組み合わせて、新しい技術をつくり出していけるかというところにもチャレンジしていくことが必要と考えます。さらに新たな技術領域だけでなく、無線システムの外側にあるさまざまなアプリケーションとの連動も、もう1つの新たなアプローチととらえています。無線の送信機と受信機の間だけを最適化するのでは、アプリケーションの要求品質をみたすことができません。IOWN時代ではさまざまなデータベースや、コンピューティングリソースがリアルタイムに連動していきます。そうした連動をも考慮したアプリケーションとのタイトな連動により、無線システムの価値を新たなステージに引き上げることができると考えています。

後進の研究者へのメッセージをお願いします。

最近研究者のWell-beingに関心があります。私はNTTの研究所に入所して約30年たちましたが、研究開発を行っていく中で、調子の良いとき・悪いときは必ずあります。うまくいかないときは、ずっとうまくいかないのではないかという気持ちになるときもありましたが、逆に、その経験が活かされてより大きな成功につながるようなこともたくさんありました。ポジティブに考えて、うまくいっていない状況に直面した場合でも、いつかは必ず大きな価値につながる経験だと受け止めながら、最終的により大きな成果を見い出せるように、研究開発を進めていくということが大事だと思います。すべての研究者があらゆる場面でそのように考えることは難しいと思いますが、こうしたポジティブな考え方でとらえていけるよう、一緒に研究開発するメンバー全員でフォローしていくことができれば、チャレンジ性の高い研究開発チームをつくっていくことができると思います。
話は変わりますが、海外における科学技術の大型プロジェクトのニュースを見ていたとき、大型プロジェクトがうまくいかなかったにもかかわらず、かかわったプロジェクトの責任者やメンバーが失敗を次のステップに向けた知見を得る機会になったと、ものすごくポジティブにとらえて発言していることに驚きました。国内の研究開発で、そのように反応することはなかなか難しいのではないかと思います。
うまくいかないことも含めたあらゆる経験をポジティブに受け止め、それをどのように次の成功につなげるか、担当者だけでなく周囲の研究者も一緒に考え、新たな道筋をつくっていくことが大切だと思います。そして、それが研究者のWell-being向上につながっていくのではないでしょうか。

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