2025年12月号
グループ企業探訪
“真のOpen RAN”を世界へ提供、OREX®のグローバル展開

モバイルネットワークのオープン化が世界各国で進む中、NTTドコモグループは新たな挑戦としてOREX SAIを2024年に設立、OREXブランドのもとOpen RANのグローバル展開を加速させています。NTTドコモの先進的なOpen RANのノウハウとNECのグローバルなシステムインテグレーションの実績を融合し、世界の通信事業者のニーズに合わせた、効率的でコスト競争力のあるイノベーティブなネットワークを提供しています。今回、小林宏代表取締役CEOに、設立の背景から事業の強み、注目のプロジェクト、そして将来展望について伺いました。
株式会社OREX SAI
小林宏代表取締役CEO
NTTドコモとNECの強みでOpen RANをグローバルに展開
■設立の背景と会社の概要について教えてください。
OREX SAIは、2024年にNTTドコモと日本電気(NEC)の合弁会社として設立されました。当社の沿革ですが、まずNTTドコモが世界各国の移動通信事業者とともに2018年2月にO-RAN Allianceを設立し、2020年3月に世界初の全国規模でのOpen RAN 5G(第5世代移動通信システム)サービスを商用化しました。また2023年2月にはサービスブランド「OREX®」を立ち上げ、海外通信事業者の実証実験を支援するなど、モバイルネットワークのオープン化に向けて取り組みを加速してきました。
一方、NECは国内外でOpen RANの納入実績が豊富であるほか、NTTドコモの5G仮想化基地局(vRAN)のベンダにも選定されるなど、世界50カ国・地域以上での事業基盤やグローバルでのケイパビリティがあり、高いSI力を保有しています。
両社はこれまでOREX PARTNERSとともにOpen RANの実現に向けて協業してきましたが、海外展開の本格化に伴い、現地での製品・サービス提供体制の強化が課題でした。そこで、NTTドコモのOpen RANのノウハウとNECのフットプリントを活用し、迅速な事業基盤の整備をめざしてOREX SAIを設立しました。NTTドコモグループの一員として、Open RANの関連機器やソフトウェアの販売、モバイルネットワークの企画、構築、保守、運用に加え、SMO(Service Management and Orchestration)やvRANの技術提供とSI支援を実施しています。
OREX®は、ドコモと多様なグローバルベンダが連携して提供する、Open RANサービスブランドです。世界で初めてOpen RANでの大規模5Gサーヒスを提供したドコモの通信技術を活かし、お客さま1人ひとりの課題に合わせ、最適なvRANからソフトウェア、カスタマーサービスまで一貫して提供します。
OREX SAIはOpen RAN構築をグローバルに展開していく中核企業として、私自身もNTTドコモのネットワーク本部長として培った知見をもとに、通信事業者のめざす未来を理解し、課題や困りごとに寄り添いながら、共に成長を実現していきます。
OREX Packagesの提供、インドネシアをはじめとした世界各地での挑戦
■主力サービスについてお聞かせください。
近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)や生成AI(人工知能)の進展で、モバイルネットワークは多様なサービスや膨大なデータ通信を支える基盤として不可欠な存在となりました。一方で、気候変動や災害リスクの増大により、ネットワークのレジリエンスと持続可能性が求められています。こうした中、通信事業者はネットワークの柔軟性向上、コスト削減、迅速なサービス展開といった課題に直面しています。
Open RANは、従来の携帯電話基地局のアーキテクチャをオープン化した無線アクセスネットワークのことで、具体的には、基地局の機能を分割し、それぞれのインタフェースをオープンな仕様にし、相互接続性を実現しています。従来の携帯電話基地局では、同じベンダの機器どうしでしか接続できない「クローズドな」システムが主流でしたが、Open RANでは、異なるベンダの機器やソフトウェアを自由に組み合わせることができるようになります。これにより、通信事業者は自社のニーズに合わせて最適な機器を選択できるため、ベンダ間の競争を促進させ、効率的でコスト競争力のあるモバイルネットワークを構築できるようになるとともに、調達リスクの軽減にもつながります(図1)。
OREX SAIの主力サービスである「OREX Packages」は、Open RANのエンド・ツー・エンドソリューションで以下の特長があります。まず汎用サーバ自体の調達コストを削減します。また装置を仮想化(vRAN)し集約することにより「TCO(Total Cost of Ownership)」を削減します。
また当社のSMOはAIを活用し、vRANの統合管理を高度に実現しています。基本機能に加え、特徴的な効果として、①ソフトウェア制御とデータ活用による消費電力50%削減、②構築段階でのワークフロー自動化による稼働60%削減、③運用段階での故障検知・自動復旧による復旧時間70%削減など、が挙げられます。今後は3rd Party連携を通じ、さらなる機能拡充と性能向上をめざしています。
現在、各社と実証実験等を行い、OREX SAIのOpen RANはもはや実験室内での技術にとどまらず、商用利用が可能なレベルにあることが証明され、各社と商用化に向けて具体的な協議を推進しているところです。
「OREX Packages」として、OREX PARTNERSからOpen RANの構築に必要なすべてのネットワーク機器・ソフトウェアを調達し、システムとしての動作検証を経て、通信事業者のニーズに応じた、最適なモバイルネットワークを企画から構築、運用、保守まで含めたフルスタックサービスで提供しています(図2)。


■直近のホットなプロジェクトを教えてください。
これまで、さまざまなフィールドトライアルの実績を活かし、Open RANソリューションをモバイル通信事業者向けに商用導入する協議を推進してきました。その派生形として、Open RANベースのFWA(Fixed Wireless Access)ソリューションの事業開発を固定通信事業者向けに実施しています。
2025年3月、インドネシアの通信事業者PT Solusi Sinergi Digital Tbk(SURGE社)との複数年にわたる商業契約を締結しました(写真1)。
SURGE社はネットワークライセンスを持つサービスプロバイダで、広範な光ファイバインフラと当地企業としての専門性を活かし、ブロードバンドサービスの展開と運用をリードしています。ここでは、Open RANを活用した5G固定無線アクセス(FWA)ソリューションを展開し、2030年までに最大2万サイトの構築をめざします。インドネシアは約9300万世帯を抱える島しょ国家で、その地理的制約が通信インフラ整備を困難にしています。これにより手頃な価格で信頼性の高いインターネット接続が普及せず、結果としてデジタル・デバイドが生じ、教育・医療・経済の不均衡を生んでいます。
OREX SAI とSURGE社は、この提携を通じて、十分なサービスが提供されていない地域での通信基盤を拡大し、最大4000万世帯に高速インターネットアクセスを提供することをめざしています。本パートナーシップのビジョンは以下のとおりです。
まず、各世帯までのラストワンマイルの通信を確保するため、OREX SAIのOpen RAN技術のノウハウを活用した5G FWAソリューションを提供します。次に、多くのユーザがインターネットにアクセス可能な低価格(月額10万インドネシアルピア程度、約1000円)のサービスについて、販売・構築・保守・運用を支援していきます。また最大100Mbit/sの高速インターネットや無制限のデータ通信、無料のモデムレンタルも検討するなど、低所得層にも配慮したサービスを提案し、インドネシア政府のビジョンでもあるデジタルインクルージョンを技術的に支援していきます。さらに、OREX SAIは先進的な5G FWA RANシステムや保守サービスを提供し、SURGE社は電柱、駅舎、光ファイバ網などのインフラを提供するなど、両社でインフラ開発に向けた体制の検討を実施します。

■世界各地での実証実験と商用展開について教えてください。
OREX SAIは設立以来、世界各地で精力的にフィールドトライアルを実施し、着実に商用化への道筋をつけています。
■カンボジア:4G Open RANと人材育成
2024年10月、総務省の「令和6年度カンボジアにおける4G Open RAN展開に向けた実証の請負」に選定され、カンボジアで4G Open RANの実証実験を開始しました。OREX SAIは大型商業施設に4G Open RANを構築し、通話やデータ通信について検証するとともに、NTT DATA Malaysia提供の商用施設向けAIソリューションも合わせて検証した結果、安定的に実現可能であることが実証されました。
またCADT(Cambodia Academy of Digital Technology)においてOpen RANに関するワークショップを開催し、現地人材育成にも貢献しています。
■フィリピン:Globe TelecomとのOpen RAN実証実験
フィリピンでは、OREX SAIと現地通信事業者Globe TelecomがOpen RANの実証実験を共同で実施することを検討しています。両社は、Open RAN技術の性能評価や導入の可能性に向け必要な検証を行い、フィリピンの通信インフラ発展に向けて協力していきます。
■シンガポール:商用展開に向けた戦略的提携
2024年8月、シンガポールのStarHub社とOpen RANの商用化に向けたトライアルを実施しました。このトライアルでは、商用5GコアとOpen RANの接続検証を実施したほか、スピードテストにおいては非常に高いスループットと低遅延等が観測され、Open RANソリューションが商用レベルの性能を備えていることを確認しました。
この成果を背景に、2025年3月、同社と戦略的パートナーシップを締結しました。StarHub社の「Cloud Infinity」と4G/5Gマクロネットワークの両方にOpen RANソリューションを共同で商用展開する計画で、StarHubの法人向けプライベート5Gネットワークとコンシューマ向けサービスの両面で協力しています。シンガポールという先進的な通信市場におけるOpen RANの商用化は、アジア太平洋地域全体への展開において重要なマイルストーンとなります。
■カタール:5G SA Open RAN
カタールでは、中東・北アフリカ・アジアなどグローバルに展開する通信事業者OoredooグループのOoredooカタール本社において、5G Open RAN SAのフィールドトライアルに成功しました。このトライアルは、本社内の屋内環境においてOpen RANソリューションを実証する、カタール初の画期的な試みでした。
■ペルー:スタジアムで映像配信
ペルーでは、OREX SAIが現地通信事業者Entelペルーと連携し、日本とペルーの官民協力の枠組みのもとOpen RAN実証を実施しました。今回の取り組みでは、スタジアムにおいてドコモビジネスのライブ配信プラットフォームを活用し、Open RAN技術に加え、5Gにおいては低遅延で高品質な映像配信サービスを提供できることを実証しました。海外展開に向けては、ネットワークだけでなくユースケースを示していくことも重要だと考えています。
■今後の展望についてお聞かせください。
OREX SAIは、Open RANのグローバル展開をさらに加速し、世界中の通信事業者に最適なネットワークソリューションを提供することで、通信インフラの進化と社会課題の解決に貢献します。モバイルネットワークの進化に不可欠な技術としてOpen RANを位置付け、世界中の通信事業者に向けて導入支援を展開します。またNTTドコモの技術力とNECのグローバル実績を融合し、高品質かつ柔軟なネットワークの構築を実現します。さらに、OREX PARTNERSとは密に連携し、新技術の導入を通じて、顧客ニーズに応じたOpen RAN構成を柔軟に設計し提供していきます。そして、技術革新と運用効率の両立を図り、導入後の安定運用まで一貫して支援し続けることにより、通信の常識を変える新たなエコシステムを構築します。また、より多くの人々が快適につながる社会をめざし、イノベーションを通じて、教育・医療・経済の機会均等に貢献し、人々が自分の能力を最大限発揮できる世界をつくっていきたいと考えています。
担当者に聞く
インドネシアプロジェクトで安定したサービスの提供をめざす
プロダクトデベロップメント部
Senior Manager
大竹 健司さん

■担当されている業務についてお聞かせください。
私はOpen RAN製品の開発管理やインテグレーション管理を担当しています。その中で現在は特に、インドネシアのSURGE社向けのFWAプロジェクトに注力しており、NTTドコモのvRAN技術を現地で展開中です。目標は、OREX SAIとSURGE社にとって初のFWAプロジェクトを1年以内に立ち上げサービスを開始することです。かなりタイトなスケジュールであるため、さまざまな課題を迅速に解決し、工事や試験をスムーズに進める必要があり、毎日が挑戦の日々となっています。
まずビジネス面での課題ですが、FWAの価格帯は非常に安価である中、固定回線ゆえに高いスループットが要求されており、コストとネットワーク品質とのバランスがシビアとなります。短期スケジュールの中で、各種要求を協議し解決を図っているところです。また技術的な課題は、FWAの方式ならではのハードルとなります。例えば、FWAはモバイル事業の携帯電話と異なり、端末が固定されハンドオーバーが発生しないなど特殊な技術的要件に対する検討が必要になります。さらに1.4GHz帯のn50という世界初の周波数を使用し当該周波数は上りと下りで通信の仕様が異なり、現在、接続に苦労しているところです。そして、SURGE社はFTTHの経験はあるものの、モバイルネットワークの知識が少ないため、仮想化されたOpen RANという最新技術を提案する際にその内容を丁寧に説明し、理解していただくのに時間を要しています。
そういった中でも、チーム全体でコストの調整や周波数利用の最適化、お客さまとの対話を重ね、課題を1つずつクリアしています。
■今後の展開についてもお聞かせください。
今後は、このインドネシアプロジェクトで安定したサービスの提供に成功し、技術力の高いOREX SAIの名前を世界に広めていきたいですね。そして、インドネシアをはじめ世界各国でのフィールドトライアルで得た知見を他国のプロジェクトへも展開し、FWAの需要拡大にこたえていきたいです。さらに将来的には、OREX SAIの製品を使った一般のモバイルネットワークの提案にも挑戦し、FWAとモバイルネットワークの両輪でビジネスを成長させたいと考えています。
密接なコミュニケーションでSURGEプロジェクトをスムーズに進める
PT OREX SAI Indonesia
Sales Manager
フェルナンドパンジャイタンさん

■担当されている業務についてお聞かせください。
私はインドネシア現地法人のPT OREX SAI Indonesiaで営業を担当しており、親会社であるOREX SAIとの連携のもと、インドネシア国内でのSURGEプロジェクトを進めています。主にSURGE社との期待値のすり合わせや、自社とSURGE社との橋渡し、さらにプロジェクトで発生するさまざまな課題への対応を実施しています。
現在の課題としては、SURGE社との議論の中でさまざまな修正点が見い出され、それを1つひとつ丁寧にクリアしていくことです。課題に対応するためにも、お客さまとの直接的かつ詳細なコミュニケーションを重視しています。具体的には、お客さまとは密なコンタクトを保ち、修正点の背景をまず理解し、関連情報の収集と分析に努めます。これはSURGE社だけに限らず、関連する政府機関、さらには現地のニュースソースからも情報を集め、インドネシアの最新状況を把握し、顧客からの真の要求や現実的な計画の見通しを、日本の本社へ正確に伝え、これが日本側の期待値と乖離せぬようにコミュニケーションを図っています。
■今後の展開についてもお聞かせください。
このプロジェクトはOREX SAIにとって初のインドネシアでのFWAプロジェクトです。成功すれば、デジタル・デバイドを埋める大きな一歩となります。そのためにお客さまや関係者との間で情報の齟齬が生じぬよう、直接的で密接なコミュニケーションを取りながらプロジェクトをスムーズに進めていくのが成功の鍵です。特に、日本の同僚や上司に対して、インドネシアの文化的、社会的な違いを説明し、現地の状況への理解を深めていただくことは、プロジェクトの円滑な運営に不可欠です。今後も現地のリアルな情報を本社と共有し、SURGE社との信頼を築いていきたいと思います。
ア・ラ・カルト
■多様な視点が織りなすOREX SAIのチーム力
OREX SAIは、NTTドコモとNECの両社をはじめさまざまな企業から参画している社員で構成されており、国籍も日本だけでなく米国、中国、インド、トルコ、インドネシア出身のメンバなど多数在籍しています。異なる企業文化や業務スタイルを持つメンバが一緒に働くことで、日々の業務の中に多様な視点が生まれています。例えば、同じ課題に向き合う中でも、アプローチの仕方や優先順位の付け方に違いがあり、「そんな考え方もあるのか」と気付かされることが少なくないとのこと。自分たちの“当たり前”を見直すきっかけにもなり、チーム全体の思考の幅が広がっていくことを実感されているようです。また議論の中で互いの強みや得意分野が自然と浮き彫りになり、それぞれを補い合いながら、より良いアウトプットをめざす姿勢が生まれているとのこと。異なるバックグラウンドを持つメンバどうしが、互いに刺激を受けながら高め合っていく─そんな関係性が、チーム全体の成長を後押ししているようです。この多様性が、OREX SAIのイノベーションを加速させる原動力となっているのではないでしょうか(写真2、3)。


