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2025年12月号

特集1

IOWN/6Gに向けた光・無線の融合による伝送技術・高付加価値化技術

光ネットワークサービスのオンデマンド提供を実現する光ネットワークデジタルツイン技術の研究開発

IOWN APN(Innovative Optical and Wireless Network All-Photonics Network)は、光信号を電気に変換せずに伝送することで、大容量・低遅延・低消費電力な通信をオンデマンドに提供することを目標としています。その実現には運用の自律化が不可欠であり、NTTは光ネットワークデジタルツインを活用し、実ネットワークを仮想空間に再現し、設計・分析・制御の自動化をめざしています。本稿では、伝送モードの自動最適化技術を中心に、オンデマンド光サービスを支える取り組みを紹介します。

間野 暢(まの とおる)/西沢 秀樹(にしざわ ひでき)
穴澤 和也(あなざわ かずや)/石原 裕之(いしはら ひろゆき)
山本 淳(やまもと あつし)/曽根 由明(そね よしあき)
NTT未来ねっと研究所

IOWN APN と光ネットワークデジタルツイン

■IOWN APN によるオンデマンドな光ネットワークサービス

IOWN APN(Innovative Optical and Wireless Network All-Photonics Network)では、顧客拠点や端末までを光波長パス*1で直接接続し、信号を途中で電気信号に変換せず光のまま伝送することで、大容量・低遅延・低消費電力な通信サービスの提供をめざしています。さらに、ユーザの要求に応じて多様な地点間で迅速に光波長パスを確立し、「必要なときに、必要な場所へ、必要な帯域を即座に提供する」オンデマンド型の光ネットワークサービスの実現をめざしています。代表的なユースケースは分散データセンタです。地理的に離れた複数のデータセンタを大容量・低遅延なAPNで接続することで、あたかも1つの巨大なデータセンタのように扱うことができます。こうしたサービスの提供にはネットワーク資源だけでなく計算資源も必要となるため、APNは単なるネットワークサービスにとどまらず、計算基盤との連携も視野に研究開発を進めています。

*1 光波長パス:トランシーバ間で特定の波長を用いて接続されたコネクション。トランシーバ間で波長を占有することで低遅延・大容量の通信が可能。

■光ネットワークデジタルツインによる運用自律化

APNによるオンデマンドな光サービスを実現するには、ネットワーク運用の自律化が不可欠です。現在は、人的作業中心に光ネットワークを監視し、設計・分析や制御を行っています。しかし、多くが手作業であるため、サービス提供までの時間短縮や提供頻度の向上には限界があり、オンデマンドなサービスを実現するのは困難です。
そこで私たちは、光ネットワークデジタルツインを活用した運用の自律化をめざしています。光ネットワークデジタルツインでは、実際のネットワーク装置からデータを収集し、仮想空間に精密なネットワークモデルを再構築します。この仮想ネットワーク上で設計・分析を行い、最適な制御を算出して実ネットワークに反映します。
この仕組みは、①データ収集、②設計・分析、③制御、という3つのステップで構成され、これを絶えず繰り返すことで運用の自律化を実現します(図1)。
本稿では、3つのステップのうち②設計・分析に関連する技術として、光波長パスの伝送モード最適化技術を紹介します。

光波長パスの伝送モード自動最適化技術

■光波長パスの伝送モード

伝送モードとは、光伝送装置が「どのように光信号を送るか」を決める設定の組み合わせです。具体的には、変調方式*2(信号変化の方法)、ボーレート*3(信号変化の速さ)、FEC*4(誤り訂正方式)、その他の伝送条件などで構成されます。これらの伝送モードごとに、データレートや伝送可能な条件が異なります。表は、Open ROADM(Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexer)MSA (Multi-Source Agreement) で規定・検討されている伝送モードの一部を抜粋したものです(1)。これだけでも多数のモードが存在することが分かります。なお、Open ROADMMSA*5以外にも Open ZR+MSA*6などの他の標準化団体が規定するモードやベンダ独自のモードも存在します。光伝送装置は複数の伝送モードを実装しているため、光ネットワークの状態に応じて適切な伝送モードを選択することが重要です。

*2 変調方式:信号伝送の方式で搬送波の振幅、周波数、位相などを変化(変調)することで通信する方式のこと。デジタルコヒーレント伝送方式では光の振幅と位相を用いる変調方式が使用されます。
*3 ボーレート:信号伝送において、何回信号の状態(シンボル)が変化するかを表す指標のこと。単位はボー(baud)であり、100ボーは1秒間に100回の信号変化を意味します。
*4 FEC:通信中に発生する誤りを、送信側で元のデータに冗長データを付与して送信し、受信側で冗長データを使い誤り検出、可能なら訂正する技術。
*5 Open ROADMMSA:メトロ・ロングホールの光ネットワークのオープン化とマルチベンダ化をめざす標準化団体。http://openroadm.org/
*6 OpenZR+MSA:小型プラガブルトランシーバ(QSFP-DDやOSFP)でのデジタルコヒーレント伝送方式を標準化し、マルチベンダ間の相互運用性を確保することをめざす標準化団体。https://openzrplus.org/

■伝送モード選択の難しさ

ある伝送モードでエラーなく信号を送れるか(伝送可否)を判断するのは簡単ではありません。なぜなら、次の2つを同時に考慮する必要があるからです。
・システム全体で発生する雑音(信号劣化)の総量
・伝送モードが持つ雑音への耐性
光アンプを使わない単純な回線では、信号劣化の主な要因は光パワーの減衰であり、距離でおおよそ判断できます。しかし、実際の大容量のネットワークでは光アンプで信号を増幅中継して伝送するため、単純に光パワーを見るだけでは不十分です(図2上)。アンプで信号は増幅されるものの、そのたびに雑音が加わり、信号が少しずつ劣化していくためです(図2下左)。この信号の劣化量(雑音量)を考慮する必要があります。さらに、雑音の原因はアンプだけではありません。送受信機(トランシーバ)内部の回路や、波長多重伝送時の隣接チャネル干渉(図2下右)など、さまざまな要素が信号を劣化させます。つまり、伝送システム全体で発生する雑音の総量を正しく把握することが不可欠です(図2上)。
また、伝送モードごとに雑音に対する耐力が異なるため、同じ雑音量であったとしても伝送可能なモードとそうでないモードが存在します。例えば、変調方式は多値度*7が増加するごとに、シンボルどうしの距離が小さくなるため、雑音耐力が低くなります。多値度が増加するとデータレートが増加するため、データレートと伝送距離の間にトレードオフがあります。このように伝送モードを選択する際は、伝送システムから発生する雑音の総量の把握と伝送モードごとの雑音耐力の把握の2つの課題があります。
本稿では伝送モードの最適選択に必須となる伝送システムの雑音量を把握する方法を解説します。

*7 変調方式の多値度:変調方式の1つのシンボルで表現できるビット数のこと。QPSKでは2ビット、16QAMでは4ビット。

■主要な雑音源との雑音量の求め方

データセンタ間通信からメトロ領域をカバーする約数100km程度までの伝送システムでは、支配的な雑音が
・ASE(Amplified Spontaneous Emission)雑音: 光アンプからの自然放射増幅光による雑音
・NLI(Non-Linear Interference)雑音: 波長多重した信号間の非線形効果による干渉雑音
・TRx (Transceiver)雑音: トランシーバ由来の雑音
の3つであることが知られています。
また、これら3つの雑音は独立したガウス雑音として扱えるため、それぞれ独立に求めて、加算することで伝送システム全体の雑音量を得ることができます。
ここでは3つの雑音量の把握方法を説明します。特にNTTが考案したTRx雑音の定量化方法とその簡易な取得手法についても紹介します。
(1) 光アンプ雑音(ASE雑音)
光アンプから発生するASE雑音は光スペクトラムアナライザを用いて直接測定する方法や、アンプの性能パラメータから計算する方法があります。ASE雑音は光アンプ内で自然放出された光が増幅され、信号品質を劣化させるため発生します(図2下左)。ASE雑音量は光スペクトラムアナライザで光増幅前後の光スペクトルを測定することで直接計測することができます。また、光アンプの性能指標である雑音指数と光アンプに入力される信号の光パワーや周波数から計算する方法もあります。
(2) 非線形干渉雑音(NLI雑音)
NLI雑音は、信号間の非線形効果による干渉で発生します。この雑音は直接測定できないため、信号伝搬の物理モデルを使って計算します。
光ファイバで複数の波長を同時に伝送すると、非線形光学効果(Kerr効果)によって信号どうしが相互作用し、信号品質が低下します(図2下右)。この現象は非線形シュレディンガー方程式で記述されており、厳密なNLI雑音量を求めるには、この方程式を解く必要があります。
非線形シュレディンガー方程式には解析解が存在しないため次の2つのアプローチが採用されています。
・厳密解法:数値計算で方程式を解く方法。ただし、計算時間が非常に長いという課題があります。
・近似解法:ファイバ伝搬の物理モデルを近似した方程式を解く方法(2)。短時間で計算が完了します。
近似解法は、メトロから長距離(数100km以上)の領域で十分な精度を達成できることが、シミュレーションと実機評価で確認されています(3)
さらに、NTTは、データセンタ間通信への適用を想定し、100km前後の領域でも、この近似手法が実用上十分な精度でNLI雑音量を求められることを、フィールド設備を用いて確認しています(4)
(3) トランシーバ雑音(TRx雑音)
NTTは、トランシーバの性能試験データを活用してTRx雑音量を抽出する手法(5)と、より簡単に推定する手法(6)を考案しました。
トランシーバは、電気信号を光信号に変換して長距離伝送する装置で、電子回路と光回路で構成されています。商用トランシーバは、コスト・性能・消費電力のバランスを重視して設計されており、どの程度の雑音が発生するかは従来明確ではありませんでした。通常、トランシーバは出荷前などに性能試験を行います。この試験では、送信信号に外部からASE雑音を加え、その量を変えながら受信側で誤り率を測定します(図3左)。この試験データはトランシーバの性能を表すデータとして扱われます。例えば、同じ雑音量でより誤り率が低いトランシーバのほうが、性能が高いなどとトランシーバ間の性能を比較できます。このデータを解析することで、NTTはTRx雑音を抽出する手法を考案し、商用トランシーバでも有効であることを確認しました(5)
しかし、この試験には光アンプ、光フィルタ、光スペクトラムアナライザ、可変光減衰器*8など、多数の測定器が必要で(図3左)、コストや設備面で負担が大きいという課題があります。そこでNTTは、トランシーバと可変減衰器だけを使う簡易手法を考案しました(図3右)。この方法では、可変減衰器で入力光パワーを変化させながら誤り率を測定し、そのデータを解析してTRx雑音を推定します。この簡易手法も商用トランシーバで有効性が確認されています(6)
このようにして、ASE雑音・NLI雑音・TRx雑音の3種類を独立に求めて合算することで、システム全体の雑音量を把握できます。さらに、これを各伝送モードの雑音耐力と比較することで、伝送可否を判定できます。そして、伝送可能なモードの中から、データレート最大や占有波長帯域最小などの条件に応じて最適なモードを自動選択し、機器に設定することで、光波長パスの伝送モード自動最適化が完了します。

*8 可変光減衰器:光パワーを指定の値だけ減衰させる機器。強すぎる光によって光学装置が故障することを防ぎます。

■雑音量最小の経路の効率的な選び方

ここでは、多数の経路候補から雑音量が最小の経路を効率的に選ぶNTTの技術(7)を紹介します。
データセンタ間通信で想定されるメッシュ型ネットワークでは、始点と終点を結ぶ経路候補が非常に多く存在します(図4左)。前述したように、伝送可否は単純な距離ではなく、経路上で発生する雑音量で決まります。雑音量がもっとも少ない経路ほど、伝送できる可能性が高くなります。しかし、すべての経路について雑音量を計算するのは現実的ではありません。なぜなら、経路数はノード数(ROADM数)に対して指数的に増加するためです。
そこでNTTは、リンク単位(ROADM間)で雑音量を求め、その結果を使って最小雑音経路を算出する手法を考案しました。この方法では、リンクごとに発生する雑音(ASE雑音とNLI雑音)を独立したガウス雑音として扱い、経路全体の雑音量はリンク雑音の和とみなします(図4右)。こうすることで、リンクごとの雑音量を求めた後は、最短経路アルゴリズム*9を使って雑音量が最小の経路を効率的に選べます。
この手法は、NECや複数の海外大学(コロンビア大学、デューク大学、ダブリン大学)と協力し、ニューヨークの学術テストベッド網で検証されました。その結果、リンク単位の雑音量から経路全体の雑音量を高精度に推定できることが確認されています(7)

*9 最短経路アルゴリズム:グラフ上の2点間でもっともコスト(距離、時間、重みなど)が小さい経路を求めるアルゴリズム。ダイクストラ法やベルマンフォード法が代表例。カーナビや乗り換え検索で利用されています。

まとめ

IOWN APNは、大容量・低遅延・低消費電力な光波長パスサービスを、必要なときに、必要な場所へ、必要なだけオンデマンドに提供することをめざしています。その実現に向けて、光ネットワークデジタルツインを活用した運用の自律化に取り組んでいます。
本稿では、デジタルツインを構成する3つの要素のうち、①データ収集、②設計・分析、③制御の中から、②設計・分析に関するNTTの取り組みとして、光波長パスの伝送モード自動最適化を紹介しました。①データ収集については、光伝送路の状態を効率的に可視化する技術(8)を開発中です。また、③制御についても、複数ベンダの装置を統一的に扱うためのオープンなインタフェースに関する議論を、IOWN Global Forum、Open ROADM、TIP(Telecom Infra Project)*10などの場で進めています(9)
今後も、①データ収集、②設計・分析、③制御の研究開発を進め、デジタルツインのループを絶えず回し続けることで、運用の自律化とオンデマンドな光サービスの実現をめざしていきます。

*10 TIP:世界で必要とされる高品質な接続性を提供するために数百社を含む多様なメンバーが参画し、オープン化・ディスアグリゲーション化・標準化に基づくソリューションを開発・試験・展開するグローバルコミュニティ。https://telecominfraproject.com/

■参考文献
(1) https://github.com/OpenROADM/OpenROADM_MSA_Public/wiki/files/20250327_open-roadm_msa_specification_ver8.0.1.xlsx
(2) https://opg.optica.org/jocn/fulltext.cfm?uri=jocn-14-6-C92&id=472581
(3) https://opg.optica.org/jocn/fulltext.cfm?uri=jocn-12-6-C31&id=429003
(4) https://opg.optica.org/abstract.cfm?URI=ECEOC-2022-We3B.1
(5) https://doi.org/10.23919/ONDM57372.2023.10144894
(6) https://ieeexplore.ieee.org/document/10926060
(7) https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/10/13/231013a.html
(8) https://group.ntt/jp/newsrelease/2024/08/20/240820a.html
(9) https://group.ntt/jp/newsrelease/2025/03/31/250331a.html

(上段左から)間野 暢/西沢 秀樹/穴澤 和也
(下段左から)石原 裕之/山本 淳/曽根 由明

NTT未来ねっと研究所は、大容量・低遅延・低消費電力な通信をオンデマンドな光ネットワークサービス提供するIOWN APN実現のために必要不可欠となる運用自律化の研究開発を推進しています。

NTT未来ねっと研究所
フロンティアコミュニケーション研究部

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