NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

2026年2月号

挑戦する研究開発者たち

情報処理技術の専門家として建物環境のIT化を牽引する

人がオフィス内で暑さ、寒さを感じる要因とは何でしょう。それはエアコンで制御される温度や湿度、風速だけではありません。人が身に付けている衣服の着衣量や人自身の活動量も重要な因子になります。NTTファシリティーズの中満達也氏は、AI(人工知能)に基づいた空調制御技術で建物の省エネルギー化に取り組むとともに、オフィス在室者が感じる快適性の定量化についても情報処理技術の切り口から挑んでいる、建物IT分野のスペシャリストです。今回、最新の検証状況に加え、建物の設計・維持管理を本業とする企業でのIT技術者としての思いや今後の研究ビジョンについて伺いました。

中満達也
環境ソリューション担当
NTTファシリティーズ サービスイノベーション部 研究開発部門

これまでにない、腕まくりの状態を反映した新たな空調制御手法を提案

現在手掛けているホットな研究テーマについて教えてください。

2050年の脱炭素社会の実現に向け、建物設備においても省エネルギーの推進が課題となっています。昨今の調査では、ビル内の熱源や熱搬送によるエネルギー消費はビル全体で高い割合(約40%)を占めており、省エネルギーを目的としたBuilding and Energy Management System(BEMS)のデータを用いた空調制御の最適化技術が盛んに研究されています。
一方、オフィスでは室内の省エネルギー化とともに、執務空間の快適性についても重要視されるようになってきました。その客観的な評価指標として予想平均温冷感申告(PMV:Predicted Mean Vote)*1、(1)が一般的に用いられています。PMVは「温度、湿度、放射温度、風速」の物理的要素および「着衣量(CLO)、活動量(MET)」の人間側の計6要素から算出され、人体の温冷感を3(寒い)~+3(暑い)の7段階で表します。この6要素のうち、着衣量は室内の温度と強い相関を持つ重要なパラメータであり、同じ室温でも着衣量が増えるほどPMVは高く(暖かく)なり、着衣量が少なければPMVは低く(寒く)なります。そのため、着衣量を正確に把握することは快適性評価において不可欠です。
これまで、PMVを空調制御へ直接利用する試みは行われてきましたが、実運用においては着衣量・活動量の取得が困難であったため、着衣量のパラメータには、季節に応じて長袖シャツ、半袖シャツなどの固定値を使用するのが一般的でした。しかし近年、カメラの性能向上や機械学習の進化により、これまでのカメラ画像からでは取得が困難であった執務者1人ひとりの着衣量を正確に把握できるようになってきました(2)
こういったイノベーションにより、人の着衣量や活動量のパラメータを、従来の固定値から現場の実態を反映する可変値に変換することが可能になります。具体的には半袖シャツ・長袖シャツの着用率や、デスクワーク・歩いている人の割合など、1人ひとりの着衣量や行動を加味し、より正確なPMVを算出できるようになるのです。
また、これまでの研究では着衣量の状態を「厚着・半袖シャツ・長袖シャツ」といった限定的なカテゴリーから選択する手法が一般的でした。しかし実際のオフィスでは長袖シャツを着ている人が暑さを感じると腕まくりするケースも多くみられ、私はこのような変化も考慮することで、在室者の着衣量を正確に反映することができると考えました。そこで、従来の衣類種検出に加え、長袖シャツの腕まくりの状態についても正確に検出する手法を考案していこうと研究に着手したのです。
腕まくりの検出方法について先行研究を調査してみたのですが、これを対象とする検討はこれまで実施されていませんでした。畳み込みニューラルネットワーク(CNN)等の深層学習を用いて画像分類モデルを作成する場合、腕まくりの人物が撮影された大量の画像データを必要としますが、半袖シャツや長袖シャツと比較してこの腕まくりのサンプルデータ数が非常に少なく、検討を進めるうえで大きな壁になっていました。また、各執務者により腕まくりの程度も異なるため、この度合いを解析するのに膨大な学習用データを必要とする点もネックです。
したがって、腕まくりを推定するためには教師データを必要としない解析手法でアプローチすべきであることは明白でした。そこで、私がかつて提案した人物の骨格情報と皮膚露出領域とを組み合わせた着衣量推定手法を、この「長袖シャツ腕まくり状態」の検出に拡張させていこうと考えるようになりました(図1)。
まず骨格推定モデルでは、画像中の人物を検出した後に、骨格情報を推定する一般的なTop-Down手法*2を採用しました。一方、皮膚露出領域推定モデルは、着衣量の推定精度向上をめざし、自らラベリングしていくことから始めるなど一から新しいモデルを構築することで、高精度に露出領域を判定できるようになりました(図2)。
本モデルにおける皮膚露出領域の判定には、一般に公開されているスキンセグメンテーションデータセットを学習に使用しています。これは世界各地、さまざまな環境下で撮影された膨大な数からなる人物肌部の写真データベースであるため、照射条件や撮影環境の変化に左右されず、さまざまな被写体の肌領域を高確度に識別することができます。
なおこれらの画像を検出するカメラについて、多くの研究では高価なサーモカメラを使用していますが、私はスマートフォンや監視カメラで通常使われている安価で実用的なRGBカメラを採用しています。
これまで検討してきた骨格推定モデルで検出できる手首と肘の座標に、今回検討した皮膚露出領域推定モデルを組み合わせたところ、肘の座標が皮膚露出領域内に含まれていれば半袖、手首と肘の中間点座標が皮膚露出領域内であれば腕まくりと高確度に判定することができるようになりました。また、この中間点と肌露出領域をさらに細かく分割することによって、少し暑い体感である狭い範囲の腕まくりや、かなり暑い体感とされる広い範囲にわたる腕まくりの違いなども、判別することが可能になりました。このように、既存の機械学習モデルでは困難であった人の腕まくりの状態を、本方法で初めて判定できるようになったことは世界的にみても大きな成果であったと思います。
本提案手法の評価結果を図3、4に示します。提案手法は正面から撮影した画像、横から撮影した画像ともに、半袖シャツ、長袖シャツ、そして長袖シャツ腕まくりをおよそ精度良く推定できています。しかし、横向きで撮影した場合では、一定量の画像において推定が難しいことも判明しています。正面からの画像では、どのような姿勢であれ少なくとも片腕は写っている可能性が高く、腕まわりにおいて何かしらの皮膚露出情報が得られやすい一方、横向き画像では片腕の情報だけしか得られない可能性が高く、多少腕を曲げただけでも全く皮膚露出の情報が得られない確率が高まり、皮膚露出領域の誤推定につながってしまうと考察しています。
この課題に対する解決策の1つにもなるのですが、現状では静止画像を対象に検証を進めているところを、今後は動画像でも進められるよう基礎的な検証を開始しているところです。つまり、静止画像の“ある瞬間”では横向きのため腕の情報を得づらかった人物も、動画像では時間の経過とともに姿勢を変化させていくことで腕の様子をクリアにとらえる瞬間が期待できます。また、遮蔽物によりカメラから見えない位置にいる人物やカメラから遠い場所にいる人物も、室内での移動を追っていくと着衣の情報をとらえる瞬間が訪れます。
また動画像を導入することで、寒さ・暑さを感じてジャケットなどをはおったり、脱いだりするなど上着を調整する人、暑さのあまり汗を拭いたり、うちわであおいだりする人などさまざまな動作をとらえることができるでしょう。さらにオフィス共用部などにおける在室者の動き方などの情報をとらえ、これをPMVの活動量変数へ反映させることなども可能になります。このように動画像を活用することで、オフィス内で人が寒さ、暑さを感じるパラメータを幅広く、しかも動的に取得できるようになることから、最終的にはこれらの動画像のデータを活かして、きめの細かいダイナミックな空調制御を実現していきたいと考えています。
動画像に関連したホットな話題として、2025年大阪・関西万博のNTTパビリオンにおいて、監視カメラ映像から来場者の着衣量をリアルタイムで推定し、快適性指標であるPMVを算出しました。これには、弊社のAI(人工知能)活用技術であるカメラ画像を用いた着衣量推定技術を提供しており、人物の骨格情報と皮膚露出量を組み合わせることにより、従来は推定困難で固定値を用いざるを得なかった着衣量を、より高精度な変数として推定し、快適性指標に反映しています。そして、これに基づき室内ユーザの温熱快適性を損なわずに、室内設定温度を自動で上下させるという、快適性と省エネルギー性を両立させた制御ロジックの確立に寄与しました。

*1 予想平均温冷感申告:人間の感覚量から温熱快適性を表示したもので、1967年にデンマーク工科大学のオレ・ファンガーが提唱。温度、湿度、気流、輻射、代謝、着衣量の6要素から導かれる温熱快適性を表現する環境指標。
*2 Top-Down手法:複雑な問題を「大きな問題」から始め、「より小さな部分問題」へと再帰的に分解して解いていくアルゴリズムによるアプローチ方法。

大学との共同研究で画像転送時のプライバシー保護についても取り組まれているようですね。

本手法では大容量のカメラ画像をAIで解析しているわけですが、プライバシーに関する懸念がよく持ち上げられます。現状では、カメラ画像を細工することなくAIに直接読み込ませていますので、とりわけパブリッククラウドを利用してのAI解析となると、プライバシー保護の観点から問題が生じると認識しています。この課題を突破していくことを目的に、現在大学と共同で研究しているところです。ここでは、その進捗について触れたいと思います。
現状、AWSなどパブリッククラウドのサーバ上で画像を処理する際には、原画像を送信する必要があるので、プライバシーを考慮すべき画像は一般的にオンプレミスサーバで処理する必要があります。そこで、クラウドサーバでも画像のプライバシーを保護しながら、画像の分類や認識などを深層学習できるよう、さまざまな画像暗号化法の研究が盛んになっています。ところが先行研究で使われた画像暗号化法(3)を用い、着衣量推定の精度を評価してみたところ、暗号化の際に分類精度が大幅に低下する課題が明らかになりました(4)。そこで私は、最先端のモデルであるVision Transformer(ViT)*3に適用できる画像暗号化法を用いた着衣量の推定方法を考案しました(5)
今回採用した画像暗号化法では先行研究と異なり分類精度は暗号化後も低下することなく、半袖シャツ、長袖シャツ、ジャケット着用等による厚着などすべての分類項目において先行研究の精度を上回っていることが分かりました(厚着の画像分類で正解率が先行研究で57.44%のところViTに適用できる画像暗号法では93.33%)(図5)。今後はこの方式をベースに、クラウド上でもプライバシーが保護された状態でAI画像解析を実現していければと考えています。
このように、大学との共同研究では最新技術に触れる機会が多くあり、この技術を題材とした研究を進めていくスピードも速く、質も高いため、企業で研究をしている私は常に刺激を受けています。例えば論文について、会社で研究を進めていると、ややもすれば執筆は後回しになりがちなところを、共同研究では原稿の締切りが厳しく、高い質も要求されるため、会社に勤める者にとっては通常業務との両立が難しい面があります。しかし、この営みはアカデミックに技術を仕上げていく価値を確認できる良い機会と前向きにとらえています。この共同研究の実施先は、私自身がかつて社会人ドクターを取得した研究室でもあり、現在も良好な関係が構築できています。この関係を今後も大切にしながらNTTファシリティーズでの研究開発を進化させていきたいと思います。

*3 Vision Transformer(ViT):自然言語処理で活用されたTransformerモデルを画像認識に応用した深層学習モデル。従来手法の畳み込み層を用いずに高い精度を実現するのが特徴。

オフィスにとどまらず建物トータルを最新のITで快適にしていきたい

今後の研究開発の方向性について教えてください。

現在、データセンターなど最先端マシンが高密度に配置されている建物では、最新のITが数々備わっている姿を見ることができます。私のように情報処理を専攻していた技術者からすると、このデータセンターとは対照的に一般的な建物の業界においては、生成AIはもちろんのこと、まだまだ通常のITの活用ですら十分でない状況にあるといえます。
NTTファシリティーズへ入社以降は、建築学会や空気調和・衛生工学会などへ参加していますが、電気・電子・情報系の学会や国際会議に比べると、利用しているソフトウェアや情報処理技術に差があることを実感しています。こうした現状を踏まえ、建物設備にもITの最新技術を少しずつ取り入れ、業界全体がより早く時代の流れに追いつけるよう取り組む必要性を感じています。
今回、オフィス空間の快適性をターゲットとした研究についてお話させていただきましたが、同時に私は、BEMSデータを使用した熱負荷予測技術の研究も行っています。近い将来においては、万博でもお見せしたとおり、この両者の技術をパッケージにしたソリューションを一般市場に展開していけないかと考えています。つまり、今回の手法で算出した着衣量や活動量を代入したPMV値と室内の熱負荷予測値とを組み合わせた高精度な空調制御技術をいち早く実用化させ、サービスとして販売できるようにしていきたいということです。
また、今後はより広い視野に立ち、建物全体にわたり利用者が気持ちよく過ごせる環境整備をめざした研究開発へと発展させていくビジョンも描いています。例えば、エントランスの温湿度環境の向上に向けては、人流の変化により変動する温湿度に応じたインテリジェントな空調制御もテーマになります。これを実現していくには、今回のようにカメラの画像や映像を活用し、人の密度や着衣量、活動度などを観測することで、快適性と省エネ性を賢く両立させる空調制御技術を検討していく必要があるでしょう。
同じくエントランスでは不特定多数の人物が入退出するため、防犯面において安心・安全を確保していく必要があります。そこで、人物の行動をカメラの映像情報から取り入れ、AIにより判定していく監視ソリューションについても考えていきたいと思います。
このように建物施設のようなITがいまだ未開拓である領域へ情報処理工学的な最新技術を適用していく試みは、NTTファシリティーズにとっても自分にとっても大きなチャレンジでありチャンスでもあることはいうまでもありません。

AIから最新情報を収集することは大切だが、鵜呑みにせず自らアルゴリズムをつくりデータを取得

日頃の研究活動で大切にされていることや後進へのメッセージをお聞かせください。

NTTファシリティーズは主に建物を専門とする人材で構成されていますが、前述のとおり私は学生時代、情報工学を専攻していました。そういった経歴もあり、私は現在、得意とする情報処理技術のスキルを活かして、オフィス空間の快適性を追求する研究に従事しています。NTTファシリティーズでは情報系の技術を所有している人材は少なく、今でもほぼ1人でこのテーマに取り組んでいますので、責任は重く、忙しい毎日で大変な面もありますが、一方で、私の裁量で自由に研究を組み立てられる環境に大きなやりがいを感じています。
日頃の研究活動では、常に新しい技術を積極的に取り入れ、自ら手足を動かすことを意識しています。かつては論文を印刷し、通勤電車内で集中的に読むなど、情報の収集にはかなりの手間や時間がかかっていましたが、昨今はWebで論文などの最新版を読めたり、生成AIを利用して要約文も作成できたりと、手軽に良質な情報を手に入れられる時代へと変わってきました。そういった恵まれた環境であるからこそ、これまで以上に新しい知識の積極的な習得が必要だと思っているのです。
Webコンテンツの中には信頼できない情報も混在している場合があり、100%信頼しているわけではありません。一見、高速で完璧な回答を返してくれそうなAIも補助的な手段として適切に使いこなし、得られた情報の真偽は専門家として自ら確かめながら研究を進めていく必要があります。自らの足でも地道に情報を拾い集め、自らの手で汗をかきながらアルゴリズムをつくり、自ら丹念に生のデータを取得し、自らの頭で考察し改善していく営みが技術力の向上、ひいてはハイレベルな研究成果へとつながると思います。

■参考文献
(1) P. O. Fanger: “Thermal comfort. Analysis and applications in environmental engineering,”Thermal comfort. Analysis and applications in environmental engineering, 1970.
(2) 中満:“令和6年技術動向 6.ICT利用 6.2カメラ画像解析による着衣量の推定手法,”空気調和・衛生工学,Vol.98,No.12, pp.77-82,2024.
(3) W. Sirichotedumrong, Y. Kinoshita, and H. Kiya:“Pixel-based imageencryption without key management for privacy-preserving deep neural networks,” IEEE Access, Vol. 7, pp. 177844-177855, 2019.
(4) 中満・東谷・海藤・二渡:“プライバシー保護を考慮した着衣量推定手法の検討,” 日本建築学会大会学術講演梗概集, pp.89-90,2024.
(5) H. Kiya, R. Iijima, A.P. Maungmaung, and Y. Kinoshita:“Image and model transformation with secret key for vision transformer,” IEICE Transactions on Information and Systems, Vol.E106-D, No.1, pp.2-11, 2023.

DOI
クリップボードにコピーしました