from NTTファシリティーズ
SNSチャットアプリとAIチャットボットで実現する省エネルギーかつ快適なオフィス空調制御
オフィスにおいて、従来の一定・一律・一様な空調運用では快適性に限界があり、省エネルギーの観点からワーカーに我慢を強いる傾向にあります。NTTファシリティーズでは、個人のスマートフォンのSNSチャットアプリを通じてオフィスの空調を制御できるシステムを構築し、ユーザに空調温度を操作させることで、省エネルギー性を損なうことなく、ワーカーの快適性や満足感が高まることを確認しました。
オフィスにおける空調の課題
皆さんは、「空調」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。エアコンは動いているのに、夕方になると西日が当たって暑くて耐えられない会議室のクーチョーでしょうか。それとも、クールビズとかでちっとも涼しくないけど、隣の○○さんはいつも「寒い」とこぼしているし、我慢するしかないオフィスのクーチョーでしょうか。
空調とは、人間の快適性の向上等を目的に、ある場所の空気の温度や湿度、清浄度、気流などを調整することです。一般的にイメージされるのは、一定・一律・一様な温熱環境を維持するようエアコン等の建築設備を設置、運用することではないでしょうか。その善し悪しは、人体の熱収支モデルに基づく温冷感を指標化した、PMV(Predicted Mean Vote:予測平均温冷感申告)で評価されることが多いです。
PMVは、人間の温冷感が、温度、湿度、放射温度、風速、代謝量、着衣量の6要素で決定され、1500人もの被験者試験に基づき、PMV=0では不満足者率が最小値5%をとるとされています。つまり、PMV=0になる環境であれば95%の人は不満を訴えないので、それを目標に空調しましょう、というのが従来の空調の考え方です。
しかし、先の例のように、一律な空調温度設定では屋外環境の変化により快適性が大きく変化し、一様な温度環境であっても、暑いと感じる人と、寒いと感じる人が同時に存在します。不満を訴えるほどではないにせよ、必ずしも満足しているわけではありません。
地球環境保護VS知的生産性向上
近年は地球環境保護の観点から省エネルギーを図るために、夏期は不満足者が大幅に増えるギリギリの線であるPMV=+0.5程度をねらって、空調の設定温度を高めに設定する場合が多く、暑がりの人にはやや厳しめの環境になる傾向があります。一方、知的生産性向上の観点からは、一般的にいわれている「冷房28 ℃設定」よりも低めに設定したほうが良いとの知見が、学術界からも発表されています(1)。
空調にはエネルギーを要するので、一般に、快適性を追求することはエネルギー消費量を増加させます。また、落ち着いて仕事に集中できないような、暑すぎる、または、寒すぎる環境が知的生産性を高めるとは考えにくいので、知的生産性の向上には快適性の向上が必要であろうと考えられます。したがって、知的生産の場であるオフィスにおいては、省エネルギー性と快適性という、相反する条件の下で、快適性を高めるにはどのようにして個人の特性や状況へ対応するかが課題であるといえます。
個人の特性や状況にどのように対応するか
オフィスにおいてもIoT(Internet of Things)の波は訪れており、通信機能を備えたさまざまなセンサのコストが下がり、多数のセンサが用いられるようになってきています。これらのセンサによるデータは、客観情報として人の周囲環境を時間的、空間的にきめ細かく把握することを可能にしています。しかし、人がそれをどのように感じているかといった主観情報は、センサでは直接把握することはできないため、客観情報から間接的に推測するしかありません。
私たちは、もっと直接的な方法として、スマートデバイスを用いて人から主観情報を直接取得することを考えました。現時点において、時間的、空間的に人にもっとも近いデバイスはスマートフォンであり、そのアプリケーションであるSNSチャットアプリを用いて、現在の状況を把握しました。具体的には、SNSチャットアプリ上でAI(人工知能)チャットボットに対して、「暑い」「寒い」といった申告をさせ、申告者の場所の情報を加えることで、オフィス内のどの位置で誰がいつ、どのような温冷感であったかを把握することが可能になります。
さらに、それらの申告に応じて空調を制御し、個人のスマートフォンを空調のリモコンとして使用可能にしました。
温熱環境適応
ところで、人には温熱環境に積極的に適応しようとする性質があります。この温熱環境適応には、「体が慣れる」といった生理的適応と、ネクタイを外したり、日陰に入ったりといった行動的適応に加え、「寒がっている人もいるからこのくらいの涼しさが適当なのだ」と考えるといった心理的適応があります(表)。これらによって、温熱環境に適応できた状態は、積極的な評価としての「快適」とは限りませんが、不満ではない環境であると考えられます。
人には、自ら積極的に考えたことや行動したことをプラスに評価しようとする特性があります。また、自らの行動の効果に対しても、積極的に満足を感じる傾向があります。
スマートフォンからの「暑い」との申告に対し、そのエリアの空調設定温度を下げ、温度が下がったことを感じると、人は実際に下がった温度以上に、涼しくなったように感じます。
表 温熱環境適応
新大橋ビルでの実証試験
当社の研究開発オフィスがあるNTTファシリティーズ新大橋ビルに、SNSチャットアプリから実際の空調制御を行うシステムを構築し、実証試験を行っています(図1、2)。ユーザは、SNSチャットアプリ上で、「友だち」関係になったAIチャットボットを通じて、温冷感の申告や直接指定による空調設定温度の変更や、設定値の確認が可能になっています。システムとしては、個人のスマートフォンからアプリを通じてクラウド上のSNSチャットサービスに接続し、別のクラウドにあるAIチャットボットエンジンと会話を行います。ビル側には専用サーバを置き、AIチャットボットエンジンからの問い合わせや制御要求にこたえます。専用サーバは、ビルシステムとの通信を行うほか、ユーザの温冷感申告履歴の管理や、BASを通じた照明や空調の制御、設定値の管理を行います。
夏期に行った実証試験では、ユーザに自由に空調の温度設定を変更させました。ただし、それだけでは快適だけを追い求めることになり、省エネルギー性が犠牲になることが予想されたため、一定の制限と制御を行いました。具体的には、デフォルトの設定温度は28 ℃とすること、設定温度の設定可能範囲は24~30 ℃とすること、連続した制御要求を制限すること、一定時間経過後はデフォルトの設定温度に徐々に戻すよう制御すること、などを行いました。
これにより、過度に低い温度を設定することや、重複リクエストにより過度に温度が下がるのを回避することができます。ユーザが希望を出さない(または不在の)エリアはデフォルトの設定温度となり、緩やかな冷房状態で省エネルギーにも寄与することになります。
実証試験では、ユーザからの空調操作を許可せず、27 ℃一律設定であった前年夏期をベースとして、アンケートやユーザの設備操作履歴、BASによるエネルギー消費量データを用いて評価を行いました。
図1 SNSチャット画面イメージ
図2 システム概略図
実証試験で分かったこと
対象エリアの社員80名のうち、40名が実証に参加しました。アンケートの回答では、約9割が前年と比べて、自席温度が「涼しくて良かった」「ちょうど良かった」、または「どちらでもない」と回答(図3(a))し、前年以上の快適性が得られたようです。また、約8割が本システムについて「満足」、または「やや満足」と回答(図3(b))し、作業性を含めた満足度は高かったです。
短期的にも、本システム運用前と比べて運用後には、「どちらでもない」「涼しい」「寒い」といった回答が約3割から約8割に増加し(図4)、「快適」「やや快適」との回答者は約1割から約7割に増加しました(図5)。温冷感は涼しい側にシフトし、快適性が向上したと考えられます。
一方、エネルギー消費量の観点では、8月の営業日の平均値を比較すると、外気温は前年の28.1 ℃に対して当年は28.4 ℃とほぼ同等でしたが、当該エリアの空調の消費電力は前年に比べ19%低下しました(図6)。オフィス活動が同等かどうかは不明ですが、少なくとも消費エネルギーが大幅に増えることはなかったと思われます。
本実証試験では、ユーザが空調設定温度を低下させた際の実際の室温が、指定した設定温度まで低下していないケースが多数でした。これは、空調システムの性能上の限界として、仕切りがない広いオフィスにおいて一部の空調エリアの設定温度を低下させても、ねらったとおりには温度差がつかないことを表しています。
しかし、アンケートの結果からは、ユーザが自らの意思で空調の設定温度を低下させ、結果として涼しさを感じ、あるいは、満足感を得ており、心理的な温熱環境適応が寄与したと思われます。
図3 前年と比較した自席の温冷感と、本システムの満足感
図4 システム利用前後の温冷感
図5 システム利用前後の快適性
図6 前年との空調消費電力の比較
今後の展開
これからのオフィス空調は、省エネルギーを図りつつ、ワーカーの満足度を高めることが求められます。スマートフォンのSNSチャットアプリを通じて個人の主観情報を把握し、空調制御に反映することで、人の温熱環境適応をうまく活用できると考えられます。
なお、スマートフォンやAIチャットボットを使ったオフィス向けサービスは、空調制御だけにとどまらず、ABW(Activity Based Working)*オフィスでのコミュニケーションを活性化させる座席リコメンドや、スケジューラと連動した会議室予約管理、オフィス内での人探しなど、さまざまなサービスを提供できます。近未来オフィスにおける標準的なインフラとして、発展していくのではないでしょうか。
当社としては、このような仕組みを取り入れたオフィスビルを設計提供することで、お客さまの知的生産性向上と、地球温暖化防止に貢献していきます。
* ABW:仕事内容に合わせて働く場所や机などを選ぶ働き方。
■参考文献
(1) http://www.shasej.org/iinkai/gamanwoshinaisyouene/amanwoshinaisyouene.pdf
問い合わせ先
NTTファシリティーズ
研究開発部 ファシリティ部門 環境ソリューション担当
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