グローバルスタンダード最前線
FG-AI4EE会合報告──AIを活用したICTの気候変動対策への適用と標準化動向
張 暁曦(ちょう ぎょうぎ)/高谷 和宏(たかや かずひろ)
近藤 芳展(こんどう よしひろ)/杉本 元紀(すぎもと よしのり)
NTT宇宙環境エネルギー研究所†1
NTTアドバンステクノロジ†2
AI(人工知能)やブロックチェーンなどの新技術は,さまざまなサービスの利便性・効率性を向上させる一方で,多数のセンサを用いた情報収集や学習・データ解析の際に大量のエネルギーを消費するため,導入効果と同様に環境への影響を評価する必要があります.ITU-T(International Telecommunication Union - Telecommunication Standardization Sector)では,AIを含むさまざまな新技術の環境効率評価を検討するフォーカスグループFG-AI4EEが2019年5月に設置され,2019年12月に第1回会合が開催されました.ここでは,FG会合における検討状況について紹介します.
AIや新技術の環境への影響
内閣府が提唱するSociety 5.0(1)では,サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立することを目標にしています.AI(人工知能),IoT(Internet of Things),ビッグデータ等を活用した情報流通では,質の高い生活の実現をめざしています.その一方で,気候変動に起因すると考えられる自然災害の発生とその被害が世界中で深刻化しており,ICTを活用した効果的な環境保護手法の実現が求められています.特に,AIやそのほかの新技術は,近い将来の環境予測や気象現象の可視化等,環境問題を解決するツールとして期待されています.しかし,AIやそのほかの新技術も,既存のアプリケーションと同様に,規模や計算量が大きくなることによるエネルギー消費が環境負荷となります.さらにAIは,センサやシステムログなどから収集される大量のデータを解析する際だけでなく,事前学習やチューニングの際にも大量のエネルギーを消費します.そのため,ICTを活用して環境問題を解決しつつ,ICTの環境負荷を最小限にしていくためには,ICTのパフォーマンスと環境負荷の関係(環境効率)を評価・測定する手法が必要となりますが,これまでの環境分野における国際基準やガイドラインでは規定されておりません.
FG-AI4EE 設立の目的
国連傘下の国際電気通信連盟(ITU)の中では,電気通信標準化部門(ITU-T)の第5研究グループ(SG5)において,通信事業者やICTベンダがさまざまなICTの環境的側面における課題解決のガイダンスとなるITU-T勧告を作成しています.ICTセクタの環境への影響を評価する方法論を勧告L.1450として完成させており,2019年には, NTTが中心となってICTの利用による他セクタへの影響の評価方法も勧告L.1451として完成させています.このようにICTによる環境への貢献が定量的に評価できるようになってきたことから,2019年5月に「AI及びその他の新技術の環境効率」に関する標準化の事前検討を実施する時限検討組織であるフォーカスグループ(FG-AI4EE: Environmental Efficiency for Artificial Intelligence and other Emerging Technologies)を設置し,AI及びその他の新技術の環境効率に対するグローバルな対話を推進する活動を開始しました.
AIやブロックチェーンなどの新技術は,さまざまな分野の業務効率と可能性を拡大する一方で,導入・運用時に大量のエネルギーを消費し,環境負荷を増加させます.国連のSDGs(持続的開発目標)を達成するためには,新技術を活用したソリューションの環境負荷を評価・測定する手法と国際的な評価基準が不可欠です.本FGは,SDGsの実現のための標準化ニーズを明確にするためのプラットフォームとして機能することが期待されています.
第1回FG-AI4EE会合の概要
第1回のFG-AI4EE会合は,2019年12月11~13日にウィーン(オーストリア)で開催されました.また,FG会合に併設して関連するワークショップであるAI4EEフォーラム,およびU4SSC(United for Smart Sustainable City)指標テーマ別グループ会合が開催されました.FG会合はITU-T SG5会合とは異なり,通信関連の関係者だけではなく国連などの国際組織,政府系機関,大学やシンクタンクといった学術系機関などさまざまな分野の方も加わり,合わせて約30名(日本からは筆者である近藤,杉本の2名)が現地参加しました.また,世界各国からのリモート参加者は約15名でした.
AI4EEフォーラムでは,AIの環境的側面における可能性を探る議論を目的としたセッションと,環境的側面を評価するためのユースケースに関する議論を目的としたセッションが開催され,AIの必要性とFGのめざすべき方向性について課題認識が共有されました.FG会合では,①マネジメント体制,②ワーキンググループ構成,③付託事項(ToR),④今後作成予定の成果物,について議論がありました.
マネジメント体制
FG議長は,ITU-T SG5のWorking Party 2の議長も務めるDr. Paolo Gemma(Huawei)とIBMのWatsonグループを率いるDr. Neil Sahota (IBM & University of California)であり,副議長には,大学教授,金融・経済や環境・エネルギー部門のエキスパートが名を連ねております.今会合で合意された議長および副議長を表1に示します.
ワーキンググループ構成
表2に示す3つのワーキンググループ(WG)で具体的な検討が実施されることが合意されました.
(1) WG1:環境効率を向上させるための要求条件
WG1では,AIや新技術を導入する際の環境効率を向上させるための要求条件について検討します.さまざまなユースケースにおいて,導入する新技術が要求条件を満足することで,エネルギー消費量が削減され,結果として環境影響が軽減されることを期待します.例えば,Passive Optical Network(PON)における光加入者線終端装置(OLT)および光加入者線ネットワーク装置(ONT)から使用帯域等のUtilization KPI(Key Performance Indicator)をデータ収集し,AIを活用した根本原因解析(RCA)により,Service Level Agreement(SLA)を満足する必要最小限のリソースを導くことで,PONの電力消費やオンサイト呼出し回数を削減するというユースケースが提案されています(図).
(2) WG2:環境効率の評価・測定方法
WG2では,通信事業者及び関連する利害関係者がAIやその他の新技術を導入する際に役立つ環境効率の評価・測定方法が検討されます.この評価・測定方法に基づいて,導入する技術の運用効率と環境的側面も考慮した品質を改善することで,SDGsのビジョンに合致した成果が得られると期待されています.
(3) WG3:環境効率向上のための実装ガイドライン
WG3では,AI及びその他の新技術の環境効率を向上させるための実装ガイドラインについて検討される予定です.例えば,仮想通貨を支えるブロックチェーンに対しては,計算量の多いユーザのほうが有利に働く仕組み“Proof of Work”から競争しても無駄なエネルギーを消費しない仕組み“Proof of Stake”に移行することにより,環境効率を向上させる方法とその原理に関するガイドラインを提供します.
付託事項(ToR)
本FGは,SDGsを達成するためAIやブロックチェーン,クラウド・エッジコンピューティング,5Gなどの新技術の登場に伴う,環境効率や水・エネルギー消費の問題に対処する技術レポートおよび技術仕様書の作成をめざします.具体的には以下を目的とします.
・AIやブロックチェーンに代表される新技術を展開・実装するうえでの環境影響の評価
・AIを含めた新技術の環境影響に関する国際的な意見交流,認識の向上に向けた議論の場の提供
・利害関係者に対して,新技術を運用するうえでの環境影響を最小とするための支援
・環境側面における健全な方法で新技術を適用するためのフレームワークと標準化アプローチの開発
・環境影響に関する将来的な標準化作業に向けた戦略的な指針の提示
今後の成果物
第1回FG会合で,28件の成果物を作成することが合意されました.表3に抜粋を示します.政府系・学術系からは,気候変動対策について実効的に取り組むことを重要視し,AI・ブロックチェーンなどのエネルギー効率の評価指標などが提案されました.通信事業者として中国電信より,AI・ビッグデータ分析を活用した5G網のエネルギー効率の測定・評価方法,および実装ガイドなどが提案されました.そのほか,デジタルツインを活用したKPIなどの測定データの視覚化による環境影響評価方法の実装・設計要件,環境親和性の評価・測定の報告テンプレート,AI/ML(機械学習)を活用した網運用管理の実装ガイドが提案されました.
なお,表3に示す成果物を扱うWGについては合意されておらず,寄書での提案内容を基にしています.今後のFGでの議論結果により各成果物を扱うWGが決定される予定です.
第1回FG会合以降の社会的環境の変化
新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により,世界の社会システムが大きく変わろうとしています.例えば,テレワークや遠隔教育の増加,および遠隔医療の促進による通信トラフィックの増加,ネットショッピングや宅配の増加,外出制限による飲食店や学校給食休止に起因する食品フードロスの増加など,環境面では利益もある一方で不利益も少なからず増大しています.今後持続可能なスマートシティの実現に向け,ICTの活用による温室効果ガスの削減を達成しつつ経済活動を持続させる方策が必要となっています.
NTTグループでは2030年に向けて,IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を打ち出し,技術開発の柱の1つに「ICTインフラにおけるエネルギー効率の飛躍的向上」を挙げています(2),(3).IOWN構想を実現させることで環境影響を最小化し,今回の新型コロナウイルスによるものだけでなく,今後考えられる世界的危機にもICTの活用により回避もしくは被害最小化を図ることが必要となります.世界の企業が持続的に発展するため,環境と社会を考慮したESG経営*の観点からICTサービスの提供が環境に与える負荷を適切に評価し,IOWNの活用により社会課題を解決していくことがより一層求められます.
まとめと今後の取り組み
AIなどの新技術はさまざまな分野の業務効率と可能性を拡大する一方で,導入・運用時に大量のエネルギーを消費し環境負荷を増加させます.SDGsを達成するためには,環境負荷を評価・測定する手法と国際的な評価基準が不可欠となります.第1回FG-AI4EE会合では,エネルギー効率や気候変動に関して提案されました.ICTは生物圏から,社会,経済までの広い分野にわたるSDGsへの貢献に重要な役割を果たすため,企業が環境,社会を考慮したESG経営を意識し,世界でそのベストプラクティスを共有し,国際的なガイドラインを作成することも今後のFG活動に期待されます.NTTグループは,IOWNにより環境問題を始めさまざまな社会問題の解決に資するよう,今後も本FGの動向を把握しつつ,NTT研究所のICTと環境に関する研究開発成果をFG活動に寄与することにより,国際社会に貢献していきます.
脚注
*ESG経営:企業が長期的な成長を遂げるため「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」を重視する経営的考え方.
■参考文献
(1) https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/
(2) 岩科・荒金・南端・進藤・藤原:“IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想実現に向けた取り組み,”NTT技術ジャーナル,Vol. 32,No. 1,pp. 34-37,2020.
(3) https://www.ntt.co.jp/news2020/2004/200416a.html