グローバルスタンダード最前線
IEEE 802.11作業班における次世代無線LAN標準化の最新動向
無線LANのマーケットは、PCやスマートフォンのみならず、家電や自動車、IoT機器などさまざまな分野に広がっていますが、このような中で、無線LANの標準化を行うIEEE 802.11作業班では新たな規格の策定を続けています。ここでは、IEEE 802.11作業班における、無線LAN標準化の最新動向を紹介するとともに、今後数年間の主流となるIEEE 802.11ax規格とその次の世代の無線LANであるIEEE 802.11beのポイントを紹介します。また、IEEE 802.11無線LAN機器の相互接続認証試験やマーケティング活動を行っているWi-Fiアライアンスの状況についても解説します。
井上 保彦(いのうえ やすひこ)/岸田 朗(きしだ あきら)
NTTアクセスサービスシステム研究所
IEEE 802.11作業班による 無線LANの標準化
IEEE 802.11作業班(WG: Working Group)(1)は、さまざまな標準規格を策定しているIEEE Standards Association(IEEE-SA)の中でLAN(Local Area Network)やMAN(Metropolitan Area Network)などのネットワーキング技術に関する標準化を行っているIEEE 802 LAN/MAN Standards Committee(2) (LAN/MAN標準化委員会)の中の作業班の1つであり、無線LANの物理層とMAC層ならびに関連するマネジメント機能の標準化を行っています。
■IEEE 802.11作業班内部のサブグループ
IEEE 802.11作業班の内部には、実際の標準規格の策定を行うタスク・グループ(TG)、TGを立ち上げるための活動を行うスタディー・グループ(SG)、特定のテーマに関して標準化の可能性を検討するためのトピック・インタレスト・グループ(TIG)、その他いくつかの常設委員会(Standing Committee)や標準化活動に関連する課題の検討を行うアドホック・グループが存在します。表に、2020年10月時点でのIEEE 802.11作業班内部のサブグループと各グループの検討課題をまとめます。
IEEE 802.11axの標準化
最近、家電量販店に行くと、「Wi-Fi 6」という無線LAN機器を見かけるようになりましたが、これらの機器が準拠している無線LANの規格がIEEE 802.11axです。802.11ax規格では、最大で9.6 Gbit/sの伝送速度までが規定されていますが、現在製品化されているものは2〜5 Gbit/s程度のものが多いようです。IEEE 802.11axの標準化はまもなく完了する見込みですが、技術的な仕様はすでにほぼ完成しています。Wi-Fiアライアンスはドラフト版の標準規格を基に相互接続試験プランを策定し、2019年9月から認証サービスを開始しています。
■IEEE 802.11axの新技術
IEEE 802.11axでは、周波数資源を効率的に使うことができるよう、マルチユーザ伝送技術が強化されています。802.11axで採用されているマルチユーザ伝送技術には、LTEやWiMAXなどのシステムで実績があるOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)があります。802.11axでは、無線LANの基本的なチャネル幅である20 MHzの中に、最大9ユーザを収容して同時に送受信することが可能になっています。これによりTCP ACKなどの短いパケットを効率良く伝送することができるようになりました。また802.11axでは、既存のIEEE 802.11ac規格が規定した下り方向のマルチユーザMIMO伝送が、上下方向で使用できるように拡張されました。これにより、複数のユーザがチャネルを共有しながらデータの送受信を行うことができるようになりました。802.11axでは、上り方向のマルチユーザ伝送を実現するための仕組みとして、トリガーフレームを使ったプロトコルシーケンスが規定されています(図1)。トリガーフレームにより端末装置がデータを送信するタイミングや送信電力等を調整することで、上りのマルチユーザ伝送が実現されています。さらに、空間的な周波数の再利用を促進するためのSpatial Reuseと呼ばれる技術も採用されています。
■6GHz帯の利用
2020年の春、米国では6GHz帯(5.925〜7.125 GHz)が免許不要の周波数帯として無線LAN等の機器に対して開放されました(図2)。これにより、これまで5GHz帯で割り当てられていた周波数帯域の倍近くの周波数帯域が6GHz帯で利用可能になるため、これまで干渉により性能が十分に発揮できなかったような環境でも快適に無線LANを使うことができるようになる、あるいは、より広い帯域を必要とするAR(Augmented Reality)やVR(Virtual Reality)といった用途に無線LANが使えるようになるということが期待されます。しかし、6GHz帯にも既存の無線システムは存在しますので、新たにこの周波数を使う無線LAN等には満足すべき技術条件が存在します。米国の例では、6GHz帯を4つの周波数帯(サブバンド)に分割し、サブバンドごとに技術条件が決められています。また、装置の種別とし、屋内で使用する低出力機器(Low Power Indoor)という条件を満足する機器については、これまでの無線LANと同様の使い方ができます。一方で、高出力(Standard Power)機器については、AFC(Automatic Frequency Coordination)という周波数(チャネル)利用の可否を調整する機能と連携して、既存のシステムやサービスを保護することが必要とされており、また利用可能なサブバンドも決められています。さらに、利用場所の制限を受けない超低出力(Very Low Power)という種別も、現在検討されています。日本における6GHz帯のアンライセンス機器への開放に関する議論はこれからですが、産業界からの要望と世界的な状況をかんがみ、近い将来議論が開始されることが予想されます。
次世代超高スループット無線LAN IEEE 802.11be
2019年5月に発足したタスク・グループBE (TGbe) では、IEEE 802.11axの次のメインストリーム規格として、MAC SAP(Service Access Point)*1における30 Gbit/s以上の最高スループットの実現、低遅延・低ジッタ通信の実現をターゲットとするIEEE 802.11beの標準規格化を2024年5月の完了をめざして活動しています。TGbeにおいては2020年10月現在、個別の技術議論に加え、規格仕様の概要となるSpecification Framework Document(SFD)の作成と規格仕様の骨格となるドラフト0.1版の策定が主な議論トピックとなっており、2021年5月に規格仕様の初版となるドラフト1.0版の成立をめざしています。TGbeで現在議論されている主な技術は以下のとおりです。
* 1 MAC SAP:MAC層が上位層との間でデータの受け渡しを行うインタフェース。
■周波数利用効率向上・広帯域化技術
TGbeでは最大1024QAM(Quadrature Amplitude Modulation)であった信号変調多値数を4096QAMに拡張、Multiple Input Multiple Output(MIMO)の最大ストリーム多重数を8から16へ拡張する検討がされています。これにより、これまでのIEEE 802.11axよりさらなる高速化を見込むことが可能です。同時にLong Term Evolution(LTE)等で利用されている、再送時に破損したデータのみを送信する Hybrid Automatic Repeat Request(HARQ)機能を採用し、データ再送の効率化も図っています。また、最大利用帯域幅を従来の160 MHzから320 MHzに拡張することも検討されています。
■マルチリンク伝送技術
TGbeではこれまでにはなかった新しい機構としてマルチリンク伝送を規定予定です。従来のIEEE 802.11無線LAN規格では、単一のアクセスポイント(AP*2)または端末(STA*3)はそれぞれが独立して動作を行っていましたが、マルチリンク伝送ではマルチリンクデバイス(MLD)と呼ばれる1つの筐体に実装された複数の無線機能を連携・協調させ、MLD間(複数のAPを搭載するAP MLDと複数のSTAを搭載するSTA MLD間)で伝送路(リンク)を複数確立し用いることで、高速・高信頼な伝送を可能にします(図3)。マルチリンク伝送では異なるデータを並列伝送し伝送速度を向上させる、同一のデータを並列伝送しデータ受信の信頼性を向上させる、制御情報や高優先データを送信する際、もっとも品質の良いリンクを選択する等の伝送形態が考えられます。
* 2 AP(Access Point):無線LAN端末を収容する基地局装置。
* 3 STA(station):スマートフォンなどの端末に実装される無線LANの装置(子機)。
■マルチAP協調・連携技術
TGbeでは複数のAPが協調し、複数の端末と同時送受信を行うマルチAP協調・連携技術を規定予定です。マルチAP協調・連携技術として、複数のAPが協調し、各APの送信電力等のパラメータを最適化する Coordinated Spatial Reuse(Co-SR)、各APが同一の時間、周波数で送信対象となるそれぞれのSTAに干渉が生じないように同時送信を行うCoordinated Beamforming(Co-BF)、送信対象のSTAが複数のAPから送信されるデータを合成受信可能となるような協調伝送を行うJoint Transmission(JT)、複数のAP間でOFDMAのリソース割当を柔軟に行う Coordinated Orthogonal Frequency Division Multiple Access(Co-OFDMA)等が議論されています。
■低遅延・低ジッタ化技術
TGbeでは競合する端末数が多い場合やシステム内外の干渉が多い場合においても低遅延・低ジッタ通信が可能となるような技術を規定予定です。具体的には、各リンクの遅延特性を通知可能な機能や、低遅延を要するトラフィックの送信機会を定期的に確保する技術、IEEE 802.1イーサネット規格の低遅延化機能であるTime Sensitive Network(TSN)のIEEE 802.11との連結技術が議論されています。
■その他の機能
ほかにも、緊急通報を実現する機構〔National Security and Emergency Preparedness(NS/EP)〕や、APがSTA間の直接通信をサポートする機能等が議論されています。
Wi-Fiアライアンスにおける無線LAN機器の認証
Wi-Fiアライアンス(3)は、IEEE 802.11作業班が策定した標準規格に基づいてつくられた機器に対する相互接続試験サービスを提供しつつ、無線LAN機器のマーケティング活動を行う団体です。先ほども述べましたが、IEEE 802.11ax規格に基づいてつくられた機器は、Wi-Fiアライアンスの試験を通ると「Wi-Fi 6」に対応した製品ということで販売することができるようになります。現在のWi-Fi 6認証は、IEEE 802.11axのドラフト版を基に策定されたテストプランにより試験が行われており、Wi-Fi 6 R1(リリース1)と呼ばれています。2020年内には、Wi-Fi 6 R1認証に、6 GHz帯対応機能が追加されたWi-Fi 6E認証が始まる予定です。またこれと並行して、IEEE 802.11axの正式な標準規格に対応したWi-Fi 6 R2(リリース2)認証のテストプラン作成も進められています.
■参考文献
(1) https://www.IEEE802.org/11/
(2) https://www.IEEE802.org/
(3) https://www.wi-fi.org/