NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

Focus on the News

世界で初めてエキゾチックな準粒子の量子的電気伝導を観測

NTTは、SrRuO3、〔Sr(ストロンチウム)、Ru(ルテニウム)、O(酸素)からなる化合物〕の極めて高品質な単結晶薄膜を作製し、東京大学(東大)の研究グループと共同で、その低温、磁場下での電気伝導を測定することにより、「磁性ワイル半金属状態」と呼ばれるエキゾチックな状態に特有の量子的な電気伝導特性を世界で初めて観測しました。実験に加えて、東京工業大学(東工大)の研究グループと共同の理論計算によっても、当該物質中に「磁性ワイル半金属状態」が実現することを実証しました。酸化物中に「磁性ワイル半金属状態」が存在することを理論・実験の両面で示した初めての研究成果です。
SrRuO3は、マイナス120 ℃程度以下まで冷やすと強磁性を示す金属です。一定サイズ(数mm角)以上のバルク単結晶の作製は困難なことが知られていますが、素子作製などに必要とされる比較的面積の大きい単結晶薄膜は、酸化物エレクトロニクスの分野で広く用いられています。今回作製したSrRuO3薄膜は、NTTが独自に培った高品質な酸化物薄膜作製技術と、機械学習を援用した作製条件の最適化(プロセスインフォマティクス)との組み合わせによって得られたもので、金属薄膜の品質の指標となる残留抵抗比の記録を20年ぶりに塗り替える高品質なものです。
本研究により、物質中に「磁性ワイル半金属状態」が実在することがより強固に示されるとともに、そのようなエキゾチックな状態が示す特異で量子的な電気伝導特性やその発現機構に関する基礎科学的な知見が得られました。物質中に「磁性ワイル半金属状態」が存在し得ることの最初の実験的検証からわずか3年が経過したばかりの現在、研究は黎明期にあり、成果の応用に関しては、素子の動作原理等に新たな可能性が加えられたという段階ですが、素子用の酸化物材料の研究に新機軸をもたらすとともに、将来的に新原理で動作する量子素子(デバイス)の設計等に資するものと期待されます。
本成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」10月9日号に掲載されました。

■研究の背景

近年、物質の量子的な状態の記述にトポロジ(位相幾何学)の概念が本質的な役割を果たすことが判明し、物質が示す性質がトポロジによって理解されるトポロジカル物質と、その中で発現する特異な状態に関する研究が盛んです。しかし、そのような特異な状態のうち、「磁性ワイル半金属状態」というエキゾチックな状態が示す物性は、理論的予測が大半で、実験的には未解明な点が多く残っていました。「磁性ワイル半金属状態」の観測に関するこれまでの代表的な報告には、2017年のMn3Sn、2019年のCo2MnGa、Co3SnS2等がありましたが、この状態に特有の量子的な電気伝導特性、中でも量子振動現象の観測は報告されていませんでした。また将来的な素子応用を視野に入れたとき、単結晶薄膜の作製が容易な汎用性の高い物質で「磁性ワイル半金属状態」を内包する物質の発見と、その探索指針の構築が待たれていました。

■研究の成果

NTT物性科学基礎研究所とNTTコミュニケーション科学基礎研究所は、長年にわたり開発・蓄積してきた独自の酸化物合成技術と、機械学習を援用した作製条件の最適化(プロセスインフォマティクス)との組み合わせによって、最高の残留抵抗比を持つ極めて高品質なSrRuO3薄膜の作製に成功しました。残留抵抗比は84を超え、これはSrRuO3薄膜における残留抵抗比の記録を20年ぶりに塗り替えるものです。
東大と共同で、このような高品質な薄膜試料を用いて、低温、磁場下での電気伝導特性を測定することにより、「磁性ワイル半金属状態」に特徴的な量子的な電気伝導特性を世界で初めて実証しました。この状態に特徴的な伝導特性は、高い残留抵抗比を持つ試料でのみ観測されたことから、試料の品質が本質的に重要であることが分かります。
一般に、物質中に「磁性ワイル半金属状態」が存在した場合、その状態が持つ、「線形な分散関係」「時間反転対称性の破れ」「トポロジカルな性質」に由来して、5つの特徴的な電気伝導特性が観測されると予想されていました(図1、2)。本研究では、この5つの特性すべての観測に世界で初めて成功しました。中でも、試料中での電子の散乱が抑制される超高品質試料でのみ発現する量子振動を観測できたことは特筆に値します。この量子振動の観測から、磁性ワイル状態を形成する準粒子(ワイル粒子)が、図に示した5つの特徴的な電気伝導のうち、②軽いサイクロトロン質量と③高い量子移動度を持つこと、また⑤ベリー位相シフトを示すことが実証されました。

■今後の展開

放射光施設などの利用で可能となる先進的な分光手法を用いて、SrRuO3中で実現した「磁性ワイル半金属状態」に関するさらに詳細な知見を得ることで、学理の構築への貢献をめざします。また素子化へ向けた検討の一環として、トランジスタの駆動方法の1つであるゲート構造を用いて、ワイル粒子の伝導特性の電気的制御の実証に取り組んでいきます。

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL 046-240-5157
E-mail science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL https://www.ntt.co.jp/news2020/2010/201009a.html