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特集

つくばフォーラム2020 ONLINE 基調講演

スマートな地域社会の実現に向けて~ソーシャルICTパイオニアを目指して~

本稿では、「スマートな地域社会」を実現するため、NTT西日本グループがソーシャルICTパイオニアとして、地域社会の課題解決や人と社会のつながり強化をめざし取り組んでいる事例を紹介します。本記事は2020年10月29〜30日に開催された「つくばフォーラム2020 ONLINE」での上原一郎NTT西日本代表取締役副社長の講演を基に構成したものです。

上原 一郎(うえはら いちろう)
NTT西日本代表取締役副社長

スマートな社会とは

スマートな社会Society 5.0(図1)では、テクノロジ中心の世界ではなく、人が中心となり経済の発展と社会課題の解決を両立していくことが重要になってきています。一方、今の社会システムは、自然や環境への配慮や、持続可能な世界という視点では時代遅れになっているともいえます。これからは1人ひとりの幸福を中心にした新しい社会システムを考えていくべきであるということです。
世界的な幸福度の調査に持続可能な開発ソリューション・ネットワークが発行する「World Happiness Report 2020」があり、日本は156カ国のうち62位です。健康寿命やGDPといった数値は上位国と大差ありませんが、他者への寛容度や、国に対する信頼度が低い状況です。別の調査レポートであるレガタム研究所が発行する「LEGATUM PROSPERITY INDEX 2019」の結果では、Social Capitalの順位が低く、社会との関係性、市民参加など社会とのつながりが低い傾向がみられています。一方で約80年間にわたり700名を超える方の人生を調査したハーバード大学のレポートにおいて、幸福と健康には「良好な人間関係をつくっていくことが重要である」という結果が出ています。このことから人や社会とのつながりが希薄な日本において、個人や社会のコミュニティとのつながりを高めていくことが、幸福度向上につながるのではないのかと考えます。

デジタルとリアルを融合した地域課題の解決とつながりの強化

これまでの世の中を人間の消費行動という視点でとらえたとき、Society 1.0-2.0時代の狩猟や農耕の社会では物を、Society 3.0時代の工業社会ではエネルギーを、Society 4.0の情報社会では情報そのものを消費する時代であったといわれています。次世代では、新たにデジタルな空間という概念が加わり、リアル・デジタルの両方の空間における時間の消費、つまり自分自身の幸せな時間をどう確保し、過ごしていくのかということが重要な視点になってきます(図2)。
また地域インフラの老朽化や担い手不足等の社会課題、人と社会の関係性の低下などの課題解決を考えるうえでも、リアルとデジタルを組み合わせながら、新しいヒトとヒト、ヒトと社会のつながりをつくり上げることが重要になります。
私たちの強みでもあるデジタルとリアルの高度な融合は、デジタルデータを活用した「生活基盤の維持・向上」やデジタル空間を介した「つながり」を強化していくこと、また融合により付加価値をどうつくっていくかということが、ポイントになってくると思います。

地域社会の現状とソーシャルICTパイオニアをめざした取り組み

コロナ禍の影響もあり、東京都の人口が転出超過になる変化はみられましたが、地域では少子高齢化が進み働き手や後継者不足という問題を抱えています。この問題が続くことで産業の衰退、税収の減少が進み、老朽化したインフラの維持・更新が難しくなった結果、行政サービスの質の低下を招き、さらに人の流出が増えていきます。この「負のスパイラル」を断ち切って、「正のスパイラル」へ持っていくアプローチをしていかなければなりません。
NTT西日本グループは、ICTを活用して社会課題を解決するソーシャルICTパイオニアとして、地域のビタミンの役割を担い社会の発展、持続的成長(SDGs)の貢献に向けて取り組んでいます(図3)。現在、30支店の支店長がプロジェクトリーダーとなり、「Smart10x」という10分野のサービスやNTT西日本や地域が有するノウハウやリソース等を使い、地域のパートナーの方々と協力しながら、地域の課題解決に向けて取り組んでいます。次に具体的な事例について紹介します。

地域の特長やつながりを活かした地域パートナーとの地域活性化事例

■持続可能な社会インフラの実現

社会インフラについては、老朽化に伴う更改費やメンテナンス費の増大、インフラを維持する技術者の減少といった課題の解決に向けて、デジタルトランスフォーメーション(DX)を通じてレジリエントで持続可能なインフラの提供や、通信インフラ運用のノウハウを活かした地域のインフラのトータルマネジメントをめざします(図4)。
•NTT西日本グループの持つ設備管理ノウハウを活かしたドローンインフラ設備点検
2019年4月にジャパン・インフラ・ウェイマークというドローンを使ってインフラ点検サービス等を担う会社を立ち上げました。
電気通信設備だけでなく電気・ガス・太陽光といったさまざまな社会インフラの点検やレポート作成、サポートサービスまでワンストップで提供しています。インフラのサビ腐食の検知では、ドローンが撮影した大量の現場画像を教師データとして学習させることにより、調査対象となる金属を判別し、金属からサビ腐食を特定することが可能です。現時点でサビ腐食の個所を約99.2%の精度で検出することができ、この技術を活用することで、橋梁などのサビ腐食の点検の自動化・効率化を進めています。また、インフラ点検のみならず、室内警備へのドローン活用を推進するため、GPSが届かない商業施設内をドローンで自動巡回させ、AI(人工知能)により人間判別を行う実証実験にも参加するなど、活用の幅を広げています。

■人生100年時代・コロナ禍における生涯学習の実現

少子高齢化、人生100年時代の地域の「ヒト」の課題解決においては、リモートワールド実現による学びの提供、1人ひとりにカスタマイズされたライフデザインと学びの実現をめざします(図5)。
•教育のデジタル化とリカレント教育の推進
現在DNP様と一緒に大学の教材や教科書をすべて電子化していく取り組みを進めています。通常の書籍は電子化が進んでいますが、専門書や大学で使われている教材等は、電子化が遅れているといわれています。教材等の電子化と合わせ、個人の習熟度を視える化し、出欠や成績データと組み合わせ1人ひとりに合った学習プログラムを提供するような、教育DXを推進したいと考えています。
リカレント教育の取り組みは、大学と連携した共同利用型の遠隔授業、学習進捗の把握、スキルの可視化などのリカレント教育環境の整備に加え、復職を希望するリカレント生に対するAIを活用したカウンセリングの仕組みを検討しています。最終的には地域の地銀等のパートナーと協力し、働き手と企業のマッチングなどお手伝いをさせていただきたいと考えています。
また、24時間365日、コンビニで卒業証明書や成績証明書などが取り出せる証明書発行サービスを提供しています。今までは大学へ行き手続きが必要でしたが、近くのコンビニで発行ができ、就活や転職などの多様な用途にすぐに対応できると好評で、現在40程度の大学様からお申込みをいただいています。
これからは、人生100年時代における生涯学習のニーズの高まりの中で、一貫したIDで学習を管理記録していくことが、重要なポイントになっていくと考えています。
•AIカメラによるアマチュアスポーツの映像配信がコロナ禍で活躍
地域活性化の一環として、アマチュアスポーツの活性化をめざし「NTTSportict」という会社を2020年4月1日に設立しました。Pixellot社が開発した無人撮影カメラで撮影し、競技の特性に応じてAIがカメラワークや編集を自動で行い、配信します。
これまでと比べて手軽な映像配信を実現することで、より多くの方々にアマチュアスポーツを観戦いただける環境を提供します。特にコロナ禍では、スポーツ観戦や応援を集合して行えなかったため、学生スポーツを100試合無償で配信するという取り組みを行ったところ、700試合以上の応募をいただき、順次配信をしています。

■地域密着による地域視点に立った一次産業のDX

「スマートアグリs」という、農業・林業・水産業等を含めた一次産業の活性化に対する取り組みです。地域密着を活かし、実際に地域で一次産業に携わられている方々と連携し、リアルとデジタルを融合しながら、バリューチェーンの最適化や、付加価値の提供をめざします(図6)。
•ICTを活用した森林経営管理
宮崎県では29年間、杉の生産量が全国1位と豊かな森林資源があります。林業は主力の産業ですが、一次産業の中でも相対的に高い死亡率の抑制に向けた安全確保、森林管理の義務化への対応、伐採した木材の流通拡大等の課題を抱えています。サプライチェーンの上流といわれる森林の経営管理モデルとして、ドローンなどを使い対象エリアの「本数」や「高さ」を効率的に計測・データ化し、クラウドへデータ蓄積する仕組みを整え、さらに下流では製材所やハウスメーカーと需要のマッチング等サプライチェーンを確立して流通の活性化へつなげる取り組みを進めています。併せて、未利用のまま林地に残置されている間伐材や枝条をバイオマス発電等で有効活用できるように検討しています。
•地域特有の廃棄物を有機肥料として循環
日本の食品廃棄物は年間約2800万トンあるとも言われており、滋賀では琵琶湖のブラックバス等の外来魚や水草などの焼却費用も課題になっています。廃棄物の分解装置を提供し、廃棄物を有機肥料に変えて生産者の方へお配りし、そこから有機野菜をつくっていただき、流通・販売に乗せていくという食品循環をめざし、取り組んでいます。有機肥料の土壌データ、堆肥成分データ等をAI分析することで、最適な野菜や果物とマッチングさせ、生産側に循環していくことを考えています。
•データを活用した新たな観光体験・移動体験と地域MaaS(Mobility as a Ser­vice)の実現
交通、観光に関するデータ流通による快適な移動、魅力ある観光の提供を通じて、持続可能な地域社会・まちづくりの実現をめざします。
最初のステップとして、ドライバーの安全運転教育におけるデータ活用に取り組んでいます。急発信、急停止、急ハンドルなど個人の癖、交通違反の有無、渋滞・事故情報、天候等の情報を掛け合わせて、1人ひとりに最適な教育支援に取り組んでいます。次のステップでは、顧客のニーズや趣味嗜好をデータ化し、円滑な移動の提供だけでなく、周辺観光地への誘因や購買意欲を向上させることを考えています。現在観光業界は、コロナ禍で旅行客が減少していますが、旅行前フェーズでいろいろな情報を発信し、興味を持ってもらい、たくさんの方に来ていただくといった仕組みづくりにも取り組んでいきます。

お客さまのDXを推進する共創ラボLINKSPARK

地域の新たな取り組みを後押しするための場として、共創ラボがあります。LINKSPARKと呼んでいますが、お客さまのDXをサポートするための場として、デジタルデータを活用して、デザインシンキングで課題を解決するとともに、新しい価値を創るため活動しています。2019年の8月に大阪につくり、2020年10月に名古屋に2番目をオープンさせました。名古屋では製造業のお客さまがたくさんいらっしゃいますので、生産・製造の分野のDXをサポートし、新しいものをつくり出していくということに取り組んでいきたいと考えています。2021年には福岡に3番目の共創ラボをつくる予定です(図7)。

未来の社会に向けて

2025年の大阪・関西万博に向けた取り組みがスタートしています。「いのち輝く未来の社会デザイン」をテーマに「未来社会を実現する」ための場、SDGsの達成やSoci­ety 5.0実現に貢献する共創の場となることを推し進めています。いろいろな検証を行いながら未来社会のデザインを考えていく、命に対する向き合い方、社会のつくりというものを新しく考えていく、そういうタイミングなのだと思います。

■1970~2020年(直近50年の変化)

2020年からちょうど50年前が1970年で、前回の大阪万博があった年です。そのときのテーマが「人類の進歩と調和」になります。高度成長時代真っ只中ということ、流行語が「光化学スモッグ」という時代でした。そういった時代背景の中で、テクノロジを前面に押し出しながら、経済の発展を志向した前回の万博から、今回は「いのち輝く未来社会のデザイン」がテーマの万博に取り組んでいきます。また、2019年の流行語は「ワンチーム」ですので、いかに皆がつながっていくのか、しっかり協調していくのか、共創していくのかということがポイントかと思います。そして、ちょうど50年の中間となる1995年が阪神・淡路大震災が起きた年であります。こういった震災はその後もずっと起こっていますし、台風の被害も酷くなる、今回のようなパンデミックですとか、大規模な災害が起きるということを踏まえ、テクノロジがどんどん進展はしているが、自然のコントロールはできない、そういったところにどうやって向き合っていくのかということを、しっかり考えながら取り組んでいかなければいけないと思います。

■時空を超えたナチュラルな万博の実現

万博開催に向けて、リアルとバーチャルの会場を組み合わせて、この2つをどのようにつなぐ、あるいはそれがどのように融合すると皆様に楽しんでいただけるのかということが、万博協会の中で真剣に議論されています。そういった意味で私たちNTTグループに対する期待感が非常に高いということです。
リアルとバーチャルをいかに境目なくナチュラルにつなぐのかということ、あるいはデジタルのところでのさまざまなデータ、デジタルツインコンピューティングによって得られた知見というものを、リアルな領域に持ってきて、それをどのように活用していくのかを実証していくことになると思います。NTTグループとして全体でしっかり取り組んでいき、未来の社会の実験場として、高臨場システムや未来予測によるMaaS(Mobili­ty as a Service)等の具体的なサービスなどを試す、あるいは世の中に提案できればと思っています。

■500年の変化(スマート社会の昔と今)

50年前の万博まで振り返りましたが、500年ほど戻るとトマス・モアというイギリスの思想家が話をしたユートピアという概念があります。その都市や人の生活について、都市は54ほどありますが、1日あれば行き着く距離であること、あるいは勤労の時間を決めているが、それ以外の空いた時間については、それぞれの芸術や科学の研究など好きなことを研究しても良いということ、あるいは旅行についても、何も持たずにいろいろな所に行き、何も不自由なく生活することができること、というようなコンセプトを掲げています。冒頭にてSociety 5.0の話をさせていただきましたが、人間が求める理想社会の本質のようなところは、いかに人や街が密接につながるのかということでありますし、個人個人がいかに豊かな時間を共有できるのかといっているのかもしれません。そのような意味で500年の間にいろいろ技術が変わり、生活も向上してきましたが、500年経っても人間が求める本質的なところは変わらないと思います。

■IOWN構想

最後に、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想にあるようにICTを活用しながらナチュラルなつながり、幸福感を高めることによって、未来のスマートな社会をつくっていく、地域社会をスマートにしていくことに取り組んでいきたいと考えています。

問い合わせ先

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