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時間結晶が可能にする、量子の世界の複雑なネットワーク構造を発見

国立情報学研究所、NTT、東京理科大学、大阪大学、JFLI(Japan-France Laboratory of Informatics)は、時間結晶と呼ばれる時間的な結晶状態の中から複雑なネットワーク構造を発見しました。
さまざまな現象の背後にある巨大かつ複雑なネットワーク構造を解析することは、現象を理解する鍵を握っていると考えられますが、その解析には膨大な計算リソースが必要になります。そこで本研究では、「時間結晶」というものと、このネットワーク解明に与るグラフ理論的なアプローチを用いることで、量子系の中に潜むさまざまな複雑ネットワークとその性質をとらえることに成功しました。今回の研究で明らかになった時間結晶が持つ不思議な性質を用いることで、例えばインターネットのような、巨大で複雑なネットワークの解析を量子コンピュータ上で行うことが可能となり、さまざまな応用研究や実社会での利活用が期待されます。本研究成果は米国東部時間2020年10月16日にScience Ad­vances誌に発表されました。

■背 景

さまざまな現象は、ノードがエッジでつながったネットワークとしてグラフ的に表わすことができ、ネットワークを用いた解析は社会現象から経済、生物までさまざまな現象に広く応用されています。現実世界のネットワークではスケールフリー性を示すものが多く、数多くのノードからなるため、高い計算力が必要とされてきました。近年世界規模で研究開発が加速化する量子コンピュータや量子シミュレータは、このような問題の解明にも役立つことが期待されます。ところが、これまで量子コンピュータや量子シミュレータと複雑ネットワークの関係はあまり分かっていませんでした。
一方、時間結晶はその物理的な特異性から注目され、2017年に離散的な時間結晶が実証されました。とはいえ、現象の本質やその応用については多くが未解明なまま、現在に至っています。

■本研究成果

本研究では、量子の世界で複雑ネットワークを生み出す源として時間結晶を用い、まず、通常の結晶でみられる「結晶が融ける」(例えば氷が水になる)という現象が時間結晶でどのように起こるのかを初めて解析しました。時間結晶がゆっくりと融けていくにつれて、スケールフリー・ネットワークのような複雑なネットワーク構造が現れることを数値解析によって発見し、その変化の様子を視覚的にもとらえることに成功しました。
図は、この過程で出てくるスケールフリー・ネットワークの一例です。さらに時間結晶を溶かしていくと、相転移的な振る舞いを示すことも分かりました。
また時間結晶は、現在開発が進んでいる量子コンピュータや量子シミュレータでつくり出すことができるのも大きな特徴です。時間結晶が融ける際に示す、この性質を利用することで、巨大なネットワークを小さな量子コンピュータの中で解析できるようになります。どのくらいの大きさのネットワークを生成可能かをみると、例えば、これまでに20量子ビットから53量子ビットを持つ量子コンピュータが登場してきていますが、これらの量子ビット数で生成できるネットワークは、20量子ビットで約100万ノード、53量子ビットではノードの数は10の15乗となります。2020年時点での予想されている世界のIoTデバイス数400億(100億は10の10乗)と比較しても十分に大きなネットワークを生成できることが分かります。

■研究の詳細

本研究では離散的な周期性を持つ時間結晶に注目しました。実験的に実証されている時間結晶のモデルに、離散ダイナミクス解析に適するフロッケ理論を用いることで、時間結晶の周期ごとの離散的な構造を効率的にとらえることに成功しました。
次に、グラフ理論的なアプローチを用いて、この構造を量子状態がつくるネットワークとしてとらえます。さらに、ネットワーク視覚化技術を応用することによって、時間結晶の量子力学的な周期的構造をネットワークとして初めて可視化しました。離散的な時間結晶が完全なときは、量子的な状態が時間軸上に周期的に配列しており、これに対応するネットワークも、単純なネットワーク構造で特徴付けられます。
次に、時間結晶の周期的制御を少しずつ変化させることで、時間結晶をゆっくりと融かすことができることを明らかにしました。これは、時間結晶の融解の過程にグラフ理論的なアプローチを応用し、ネットワークの変化として融解現象をとらえることに成功した初めての試みです。その結果、時間結晶の融解という新しい現象の中から、スケールフリー・ネットワークや相転移的な振る舞いの出現など、さまざまな新しい性質が発見されました。
このように本研究は、時間結晶の融解の機序の解明という観点から、時間結晶の持つ本質的な性質の解明に貢献したものということができます。また時間結晶の融解のような複雑な現象に対するグラフ理論的なアプローチの有用性も示されました。

■将来の展望

量子コンピュータが小さくても大きな計算能力を持つのと同じように、時間結晶も、小さな時間結晶で大きなネットワークを包含することができます。時間結晶は量子コンピュータや量子シミュレータで生成できるので、この性質を応用することで、小さな量子コンピュータ上で巨大な複雑ネットワーク解析やデータの指数的圧縮などを通じて、さまざまな応用が期待されます。また基礎研究においても、複雑な量子の世界をネットワークとして解析することの有効性が示されたことは、量子複雑系や量子多体系、固体物理の量子的な性質の解明に新しい道筋がついたことになります。

問い合わせ先

NTT先端技術総合研究所
広報担当
TEL  046-240-5157
E-mail  science_coretech-pr-ml@hco.ntt.co.jp
URL  https://www.ntt.co.jp/news2020/2010/201017a.html

研究者紹介

最新の量子コンピュータデバイスの新たなアプリケーションを見出す

Marta P. Estarellas
国立情報学研究所
量子情報国際研究センター

量子力学はその誕生以来これまでに、科学のさまざまな分野に大きなインパクトを与えてきました。 量子力学の数学的な枠組みは、自然をより深く、正確に理解するうえで重要かつ大きな役割を果たしてきましたし、また今でもその役割はますます大きくなっているといえます。この物理の基本原理を記述する理論は、実はコンピュータ科学や情報技術においても大きな革新を起こすことが期待されています。最近の量子技術の急速な発展により、量子コンピュータの開発はすでにNISQデバイスと呼ばれる、小規模のノイズのある量子コンピュータデバイスの開発をもたらしました。このような新しい量子コンピュータデバイスを使って、量子ならではの優位性を示すことが、今まさに産学を巻き込んだ世界的な競争となっています。この競争においては、これら小規模のデバイスを汎用型の量子コンピュータとして用いてその優位性を示すことが主流になっていますが、実際には、現在可能なデバイスのサイズや誤り率から見て、 有用な優位性の実証は難しいと考えられています。
光・量子躍進フラッグシッププログラム(文部科学省)のもと、国立情報学研究所とNTT物性科学基礎研究所では、NISQデバイスを専用量子コンピュータデバイスととらえる全く異なった方向から、量子優位性の実現を追求しています。この共同研究では、アプリケーションが持つ技術要求に向いているハードウェアを選んで設計することで、現在のコンピュータ技術の限界を突破する専用型量子コンピュータを設計することをめざしています。今回は、離散的な時間結晶を用いて、Twitterや経済取引などにみられる従来コンピュータの計算力の及ばないような巨大なネットワークをシミュレートしたり、解析したりする可能性をNISQデバイスのアプリケーションとして示すことに初めて成功しました。

研究者紹介

時間結晶の融解を利用した小規模量子コンピュータ上でのネットワークシミュレーション

Victor M. Bastidas
NTT物性科学基礎研究所
量子科学イノベーション研究部 理論量子物理研究グループ

砂糖やダイヤモンドなどの結晶は、それを構成する原子が空間的に周期的に配列した固体であり、 日常生活にありふれて存在しています。近年では、物質は時間軸に関しても結晶化することが示され、 そのような物質の状態は離散時間結晶と呼ばれています。従来の結晶とは対照的に、離散時間結晶は、 離散的な時間並進対称性が破れており、外部の摂動に対して頑強で、通常の結晶のように長時間、安定に存在します。離散時間結晶は研究者だけでなく研究者以外にも人気な研究トピックですが、物質が持つ、この風変わりな状態の実用的応用は見出されていませんでした。2020年10月、私たちは離散時間結晶を利用し、大規模ネットワークをシミュレートする方法を提案しました。この提案は米国誌「Science Advances」から出版され、時間結晶の研究分野において新しい道を切り拓きました。私たちは小規模の量子デバイスを用いて、指数的に大きな数のノードを持つ大規模ネットワークのシミュレーションの可能性を示すことに成功しました。
この成果はQ-LEAPプログラムの支援の下で、国立情報学研究所(NII)のMarta P. Estarellasさんや根本香絵さん、東京理科大学の長田朋さんや佐中薫さん、大阪大学のBenjamin Renoustさん、そしてNTT物性科学基礎研究所のWilliam J. Munroさんとの共同研究によって得られました。私たちの研究は離散時間結晶の応用を示しただけでなく、研究の新しい方向性を見出すものです。私たちの研究で培われた方法や技術は、非平衡にある系全体の性質やネットワークとの詳細な関係についてのさらなる研究を促していくでしょう。