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挑戦する研究者たち

研究は楽しんでするのが基本 長期的研究でも世の中の役に立つ

政府の掲げるSociety 5.0では日本の未来の姿が描かれています。未来社会では膨大なビッグデータを人間の能力を超えたAIが解析し、その結果がロボットなどを通して人間にフィードバックされることで、これまでにはできなかった新たな価値が産業や社会にもたらされるといいます。こうした未来を支える基盤となるネットワーク技術を研究開発する可児淳一NTTアクセスサービスシステム研究所上席特別研究員に、現在手掛けている研究や研究者のあるべき姿を伺いました。

可児 淳一 上席特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所

共通語は「技術」世界中の仲間と足並みをそろえる

現在手掛けている研究から教えていただけますでしょうか。

情報通信サービスの進化を加速する、新たな光アクセスネットワークの研究をチームで進めています。
システムの性能や柔軟性を抜本的に高める要素技術、アーキテクチャの研究、そして、グローバル連携の活動を通じて、新たな光アクセスネットワークの実現・普及をめざしています。現在の光アクセスネットワークでは、バスの乗客が駅で電車に乗り換えるように、通信ビルで中継ネットワークにトラフィックの乗せ換えをしています。将来的にアクセスネットワークと中継ネットワークを融合させることで、トラフィックを乗せ換えることなく、必要な場所まで光信号のまま伝送できるようなネットワークをめざしています(図1)。
光アクセスネットワークは、これまで、FTTH(Fiber To The Home)と呼ばれるブロードバンドサービスの発展を支えてきました。モバイルインターネットの時代になり、「有線の光ネットワークはもういらない」と思われるかもしれませんが、通信ビル内の設備と、5G(第5世代移動通信システム)のアンテナや次世代の無線LANのアンテナ等はすべて光ファイバのネットワークでつながっていきます。また、工場の機械や各種のセンサ、交通システムや電力システムなど、あらゆるものがネットワークでつながっていくことを考えると、帯域や遅延などの要件はこれまでよりも一層幅広いものになっていくでしょう。このような背景から、光アクセスネットワークは、FTTHの基盤から、多様なサービスやシステムに共通のアクセス基盤になるとの考えのもとに、将来に向けて光アクセスネットワークを進化させるべく研究開発をしています。
具体的な取り組みとして、まず、これまでよりも、広帯域、低遅延といった幅広い要件にこたえていくために、光アクセスネットワークの伝送性能の抜本的な向上にチャレンジしています(図2)。一例として、我々のチームでは、世界初となる光アクセスネットワーク向けのリアルタイムデジタルコヒーレント光送受信回路を実現しました。デジタルコヒーレント受信方式は、バックボーンネットワークの大容量伝送で用いられていますが、アクセスに適用する際には、別々のONU(Optical Network Unit)から送信されたパワー差の大きい間欠的な信号(バースト信号)を受信する必要があります。バースト対応のコヒーレント受信回路に加え、リアルタイム信号処理回路を考案・開発することで、パワー差20 dB(100倍)以上の20 Gbit/sの信号を誤りなく伝送することができました。光通信関連では世界最大級の国際会議ECOC2016において、アクセスネットワーク分野でトップスコアの評価を得ています。
さらに、ネットワークの柔軟性を抜本的に向上させるために、伝送機能のソフトウェア化に取り組んでいます(図2)。伝送機能をソフトウェア化して汎用サーバやPCといった汎用機器上で動作させることができれば、帯域や距離のニーズに合わせて伝送機能の入替、組合せ、チューニングといったことが圧倒的にやりやすくなり、最初にお話ししたような、好きなところまで光でアクセスできる新しいネットワークの実現のキーになると考えて、研究を進めています。東京大学と共同研究を行い、画像処理や機械学習で使われるGPUを活用するとともに、新しいアルゴリズムの検討も進め、現行のアクセスシステムではもっとも処理が重い誤り訂正に関して、処理速度10 Gbit/sを達成して、通信関連の基幹国際会議であるGlobecom2016にて伝送/アクセス/光委員会ベストペーパ賞の評価を得ました。さらに、デジタル信号処理(DSP)の高速ソフトウェア処理を実現することで、世界で初めてソフトウェアでデジタルコヒーレント光伝送を実現し、光通信で世界最大の国際会議OFC2018で、アクセスネットワーク分野においてトップスコアの評価を得ています。

図1 光アクセスネットワークの将来像

図2 新たな光アクセスネットワークの実現に向けた研究

まさにトップランナーとして世界をけん引していらっしゃるのですね。

チームメンバの頑張りで良い成果が出せています。光アクセスネットワークの性能向上に関しては、現在のFTTHシステムが導入された2004年ごろから、どうやってアップグレードしていくべきかという議論がありました。私もそのあたりから検討を始めて、10年以上研究しています。この間にモバイルネットワークが台頭しましたが、こうした時代の流れに先んじて、2010年前半には光アクセスネットワークの柔軟性向上に関する研究を開始しました。この間、常に良いチームで研究開発を進めてくることができました。
こうした研究活動の一方で、成果を広く普及させていくことも重要なポイントです。技術は世界の仲間と足並みをそろえて同じ方向へ向かっていかないと普及していきません。そのために、光アクセスネットワークの主要オペレータやベンダが技術についてディスカッションするフォーラムFSAN(Full Service Access Network)で、いろいろと議論して方向性を合わせています。私はそこで2003年から2010年に次世代PON(Passive Optical Network)タスクグループの共同議長(Co-Chair)、2015年からは議長として技術のグローバル連携を推進しています。
足並みをそろえるといっても、実のところ議論を始めたころはノウハウがなくて困っていた時期もありました。参加者からいろいろな技術検討が出てくるのに、進め方をうまくまとめられない時期があったのです。そこで、2008年に技術の進化のロードマップをつくろうという話になり、タスクグループの議長どうしで相談してロードマップを作成しました。皆で作成して合意したという過程は大きな意味があり、これにより議論の方向性の足並みがそろい、次世代PONの研究開発が進みました。2016年にはFSANロードマップ2.0を公開しています(図3)。
ただ、議論の足並みがそろい方向性を共有できたとはいえ、やはり時々、意見の衝突はあります。そういうときは、衝突の理由をできるだけ技術面から理解しようと努め、また、新しい技術提案をして一緒にできないだろうかと考えるようにしています。技術的に議論を深めていけば答えがみえてくる。皆さんプロフェッショナルですから、技術という共通語で議論ができるのです。さまざまな苦労はあっても最終的には解決の糸口となるのは技術です。

図3 FSANの技術ロードマップ

国内外、価値観の違う人との交流で未来を拓く

研究者としての道を歩んだきっかけと、思い描く研究者像を教えていただけますでしょうか。

小・中学生のころはパソコン少年で、ゲームのプログラムを組んだりしていました。当時は、バイオテクノロジなどの分野がどんどん進化していて、PCやバイオテクノロジに限らず、興味のあることが周囲にたくさんありました。大学では応用物理学科に入ったのですが、たくさんの興味を1つに絞り込めなかったので、とりあえずいろいろなことを勉強してみようと門を叩きました。こうした中で特に興味を引いたのが光の物性で、レーザを使って何かを調べるという研究をしていました。同時期に、インターネットのブラウザが登場し、研究室でそれを見たときにすごいと驚きました。当時は光とインターネットは全く別の存在でしたが、両方に関係があって面白そうだと思い、NTTに入社しました。それ以来、光とインターネットが組み合わさってどんどん発展してきましたが、明確にこれを予測できていたわけではなく、単に両方に興味があった、というのがきっかけでした。このように、きっかけというかめぐり合わせというのはとても大切だと思います。興味があることに首を突っ込んでおくとさまざまなきっかけやめぐり合わせが訪れて未来が拓けると思います。特に意識しているわけではないですが、知的好奇心に正直に従っていることが功を奏しているのかな、と思います。
現在行っている研究はシステムの研究ですが、どうしても大きな目標に向かっての分担作業になってしまうこともあります。チームとして成果を出していくためには、知的好奇心等のモチベーションは必要ですから、動機付けを大切にしたいのです。そのため、意識的ではなく、本心から面白いことは面白いと伝えています。実際、私たちの仕事は本当に面白いのですよ。実験でも新しいアイデアを考えるときでも、それに実験結果を議論するときでも本心から面白いことを共有し、話を進めていくことが重要だと思っています。年齢や立場にかかわらず純粋に認め合えるいいチームで仕事をさせていただいています。
さて、私が新入社員のころ、配属された研究所は開発センタと一体だったこともあり、NTTでの研究とは実用化研究のイメージが強かったのです。実用化研究で社会に役立つことを皆でつくり上げていくというイメージがありました。ですから、私もアイデアを出すことから始めて、新しい技術を立ち上げて社会とつなげていきたいと思っていました。それが研究者の姿かなと思っていましたし、今でも変わらずそれに向けてチャレンジし続けています。しかし、ここで言う「役に立つ」というのが意外に難しく、一時期は、短期間で結果が出るような研究開発のほうが「役に立つ」研究開発だと思っていました。実際には、遠い未来の社会のための研究だからといって、今の社会では役に立たないということはないのです。具体的な例でいえば、ノーベル賞を受賞された中村修二さんらの青色LED・青色レーザはものすごく実用的な研究ですよね。青色ができればディスクの記憶容量が倍になるとか、白のLEDができるといったものすごい実用的でありながらものすごい長期のチャレンジです。手に届くことほど役に立ちそうな気がしてしまいがちですが、そうとも限らないなと実感しています。

仕事をする際に大切にしていることはありますか。

アマラの法則はご存じでしょうか? 新技術のインパクトは、しばしば、短期間では過大評価され、長期的には過小評価されるというものです。短期的には「技術トレンド」と称していろいろな技術に期待が寄せられる一方、長期の話になると大胆な予測は避けがちになる。しかし実際には、例えば10年、20年のスパンでみると、予想していたよりいろいろなことが大きく変わっているものです。FSANのロードマップを作成しているときに仲間のドイツ人研究者から聞いて、そのときも大事なことと思いましたが、仕事をしていくとその大事さが身に沁みました。先ほどお話ししたように、一時期は、短期的な検討のほうが役に立つと思っていたことがありましたが、今はそう思っていません。長期的な視点で世界がどう変化していくかを想像することは楽しいことですから、いろいろな技術のインパクトを過小評価せずにワクワクしながら研究しようと心掛けています。仕事は楽しくてナンボというのが基本だと思いますが、実際、20年以上研究開発を行ってきて、それが一番楽しい部分だと思っています。それから、いろいろな人と話をしたいです。研究は自分で考える時間も大切ですが、人と話すことですごく刺激をいただけます。研究所内でもそうですが、グローバルなステージでは価値観の違う人からの刺激も得られます。

研究プラスαのスタンス。首を突っ込んだことはいつかつながる

若い研究者の皆さんに一言お願いします。

皆さん、いい意味で尖ったところがあるし、やりたいことがある。そして、チャレンジしたいことがあるでしょう。なるべくその志を伸ばしてもらいたいと思っています。興味のあることを何でもやってみるのは大事だと思います。スティーブジョブスの有名な演説に「Connecting The Dots。」があります。大学の図書館で偶然見つけて興味を持ったカリグラフィー(アートな文字)が、Macの多様なフォント群につながっている。点と点がどうつながるかは分からない、という話ですが、研究にもつながる話で、私も経験した光とインターネットも同様です。興味のあることでも、今の研究につながらないからやめておこうというのはもったいない。後からつながってくることがあると思うので、今の研究プラスαでいろいろなことにチャレンジしていただきたいです。そして、グローバルステージに立ってください。世界の研究者、技術者は純粋にすごいし、考え方のアプローチが全く違う人がいますから刺激の幅は非常に大きいです。言葉の壁は確かにありますが、共通項として技術があります。難しいですが技術でこの壁は乗り越えられると思います。そして、モチベーションも支えになります。技術について語りたいという熱意があれば、どこか通じるし、理解してほしいから英語を勉強するという良い循環が生まれます。

今後はどのように進んでいかれますか。

科学技術基本計画によって日本がめざすべき未来の姿が示されています。いわゆるSociety 5.0と呼ばれているものです。簡単にいえばサイバー空間とフィジカル空間の融合とでも表現しましょうか。これらの実現には、一般的にはAI(人工知能)やVR(仮想現実)などに注目が集まりますが、基本的にはこれらを支えるインフラ部分で光通信により情報がスムーズに伝送されることがとても重要になります。光通信は土台の部分を支える技術という意味では裏方ではありますが、情報通信サービスの進化を加速させて社会の役に立つ重要な技術だと思います。私たちはその中でも光アクセスの先端技術を引き続き担っていきたいと思います。
支える立場で世の中の役に立ちたいという気持ちがありますし、純粋に知的好奇心に突き動かされているという部分もあります。NTTは、光ベースの革新的なネットワーク・情報処理基盤の将来像として、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を発表しました。この実現に向けて、我々のチームも、もっと新しい世界、新しいネットワーキングにチャレンジし、新しいICT世界を、2030年あたりを目標に実現したいと考えています。