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特集

超レジリエントスマートシティの実現に向けたNTT宇宙環境エネルギー研究所の挑戦

環境負荷ゼロの実現に向けた、エネルギー流通基盤技術

近年、再生可能エネルギーの普及が拡大していますが、さらなる導入に向けては、エネルギーの効果的な流通やレジリエンスが求められます。エネルギーネットワーク技術グループでは、再生可能エネルギーを余すことなく活用する仮想エネルギー需給制御と、商用電力からの供給が途絶えても安定した電力を地域に供給する直流グリッドをベースとした次世代エネルギー供給に関する研究開発を進めています。本稿では、これらの技術について紹介します。

田中 徹(たなか とおる)/ 南 裕也(みなみ ひろや)
田中 憲光(たなか としみつ)/中村 尚倫(なかむら なおみち)
林 俊宏(はやし としひろ)/香西 将樹(こうざい まさき)
樋口 裕二(ひぐち ゆうじ)/花岡 直樹(はなおか なおき)
岩本 美帆(いわもと みほ)

NTT宇宙環境エネルギー研究所

再生可能エネルギーの導入と災害時の対応

資源の枯渇や地球温暖化に対する危機感の高まりから、再生可能エネルギーの導入が進められている中、ESG投資*1や主力電源化といった観点も加わり、エネルギーを取り巻く状況が大きく変化しています。かつて、再生可能エネルギーは高コストなため普及が困難でしたが、各国による固定価格買取制度(FIT)等の施策により、メガソーラーや大型風力発電など大規模な再生可能エネルギーの導入が進んだことでコストが飛躍的に低減され、 価格面での障壁が下がってきています。最近では、ESG投資やTCFD*2など環境に対する投資や経営を進めていくことが、企業活動にも欠かせない要素となってきており、国レベルでも再生可能エネルギーの主力電源化など、再生可能エネルギーの普及に対する取り組みは、もはや当たり前の流れになっています。
しかし、再生可能エネルギーの発電量は天候によって大きく変動するため、普及が進むほど消費電力とのバランスを取ることが難しくなります。これまでさまざまな需要制御の取り組みが行われてきましたが、大規模かつ高速な変動吸収がますます求められてきています。
一方、2019年9月に千葉で台風直撃により起きた大規模停電に続いて2021年2月の福島県沖地震でも首都圏で大規模な停電が発生し、電力供給の重要性が改めて認識され、各避難所へのバックアップシステムの構築などの強靭化対策が国を中心に進められています。
しかし、商用電力が使用不能となった場合には、再生可能エネルギーの電力が送れないこともあり、 設置されたバックアップ設備の継続的な維持が困難になるといった懸念があります。さらに、今後の電子機器の普及に伴い、これまで経験した災害に加え、電磁パルスや宇宙線等新たなリスクにも対処していく必要があります。
本稿では、これらの問題を解決する仮想エネルギー需給制御技術と次世代エネルギー供給技術について紹介します。

*1 ESG投資:環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行う投資。
*2 TCFD:G20の要請を受け、金融安定理事会により設置された、Task Force on Climate-related Financial Disclosures(気候関連財務情報開示タスクフォース)の略称。気候変動に対する企業の取り組みにかかわる情報開示を促すフレームワーク。

仮想エネルギー需給制御技術

再生可能エネルギーの発電量が天候により大きく変動する問題に対しては、これまでにも、その発電量の予測、 商用電力の火力発電や揚水発電等での発電量の調整、需要家側の空調や照明等の消費電力量の制御、蓄電池等への余剰電力の貯蓄など、発電量の変動を吸収するさまざまな対策が講じられています。さらに最近では、新たな需給制御システムとして、多数の小規模な発電設備や、複数の需要家設備を1つの発電所のようにまとめて制御する仮想発電所(VPP)や、電気自動車(EV)用の蓄電池も活用するシステムの開発や導入が進んでいます。
しかし、それでも再生可能エネルギーが特定の地域で大量に導入されると電力が余剰もしくは不足したときに当該地域での電力変動制御が量的および時間的に困難になる可能性があります。したがって各地域の電力系統でどの瞬間にも電力が余剰となったり不足したりしないよう、消費電力量を大規模かつ高速に制御することが求められます。NTTグループでは、日本の消費電力の約1%を消費しており、また各地に通信ビルやデータセンタが点在していることから、地域間で消費電力を変化させるポテンシャルを有しています。この消費電力の変化を通信トラフィック量や計算データの情報処理量を制御することで実現していきます。例えば、降雨により太陽光発電(PV)の発電量が低下して電力が不足しそうな地域の通信ビルから、晴天で電力が余剰となりそうな地域の通信ビルへ、情報処理を移行させることで、降雨の地域では消費電力を下げ需給逼迫を回避し、晴天の地域では消費電力を上げPVの発電量を余すことなく使い切ることができます。このような地域をまたいだ情報処理量の移行を実現するために、再生可能エネルギーの発電量に応じて情報処理量を追従し、情報処理量とICT装置の消費電力量の追従性を高めることや、各地域の需給バランスに応じて情報処理を移行する量とタイミングを最適化することに取り組んでいます。この最適化の実現にあたり、通信サービスの品質や設備の安定性に悪影響を及ぼさないよう制御する研究開発も進めています(図1)。さらにNTTビルには大量の蓄電池が通信サービスのバックアップ電源として設置されており、この蓄電池に加えてEVの蓄電池も活用し運行情報と連携してダイナミックに運用することで、より大きな電力の充放電が可能となります。
前述の技術を確立するため、最初のステップとしてNTT武蔵野研究開発センタにコンテナ型のテストベッドを構築し、整流装置、PV模擬電源、蓄電池、情報処理を行うサーバ等を設置し、エネルギー需給制御の検証を開始しました(図2)。このテストベッドを活用し、遠方の通信ビルやデータセンタとの需給制御の実証を計画しています。

次世代エネルギー供給技術

近年、大規模地震等の災害による電力供給途絶を低減する強靭化対策が各地で進められており、NTTにおいてもビルの耐震強化や水防、バックアップシステムの強化等の取り組みを進めています。しかし、極端気象以外にも、例えば、高高度核爆発攻撃による電磁パルス照射や、太陽フレアによって放出される宇宙線によって、電子機器および電力供給機器の破損や停止、誤動作等のリスクが想定されます。これらの事象は稀であるともとらえられていますが、今後の半導体デバイスの微細化・高集積化とともに、電子機器のさらなる普及をかんがみると、電力供給にかかわるシステムの障害が社会に及ぼす影響は深刻です。この問題を解決するため、当グループでは、さまざまな事象に対しても安定した電力供給が可能なエネルギー供給システムの開発に着手しました。
これまで、NTTの通信ビルにおける給電システムは直流-48 Vによる直流給電システムを採用しており、最近ではICT装置の消費電力増加に伴い、電圧を直流380 Vに上げた高電圧直流(HVDC)給電システムを導入しています。このHVDC給電システムは、図3に示すように、直流で動作するICT装置に直接直流の電力を供給することから、 交流給電システムに比べて変換段数が少なく変換ロスが低減できるため高効率なシステムであり、またバックアップ用としての蓄電池は直流バスに直結していることから極めて高信頼なシステムです。この高効率・高信頼なシステムをベースに、図4に示すように、NTTの通信ビルと周辺地域の需要家を直流380 Vでネットワーク化する直流グリッドを構築することで、効率の良い電力融通と停電しない供給システムの実現が期待できます。通常時においては、周辺地域での再生可能エネルギーで発電した電力が余剰となった場合には、通信ビルの蓄電池に効率良く蓄え、災害時等においては電力会社からの電力供給が途絶えた場合でも定置や車載の蓄電池と、再生可能エネルギーとを組み合わせることで電力を融通することができます。この直流グリッドは複数の発電装置と複数の需要家を結ぶ構成であり、短絡・地絡や雷等の事象が発生すると影響範囲が大きくなるため、これら事象に対しても安定した電力供給が必要となります。
当グループでは、図5に示すように、3つのステップで検討を進めており、ステップ1では供給側と需要側を1対1で接続した形態、ステップ2では複数機器を接続し双方向で電力融通する形態、そしてステップ3では電力をネットワーク化した直流グリッドへと拡張した形態における電力供給の安定化について研究開発を進めていきます。現在進めているステップ1では、通信ビルと災害時に避難所となる小中学校を1対1(給電距離:〜400 m)で接続可能とする技術を検討しています。特に、図6に示すように、直流380 Vの電力を屋外に延長することから、システムの火災や作業者の感電による重大事故を防止するため、電気的な安全性にかかわる電力品質技術の確立を最優先で取り組んでいます。屋外への給電距離が長くなると、短絡が生じた際に、短絡電流が小さくなり、かつ直流のため、通信ビル側で事故の検出が困難となり、安全に遮断できない恐れがあります。これを、従来のヒューズに加え、直流給電装置内部の過電流保護機能(ゲートブロック)と組み合わせて、短絡時に高精度に検出・遮断する仕組みを確立しました。また、通信ビルは高い信頼性が特に必要であり、PV等で発電された電力を通信ビルに引き込むと、雷サージの侵入リスクが高まるため、電圧を抑制する技術が必要となります。これに対しては、避雷器(SPD)および接地線の配線条件の最適化により、雷サージの電圧を大幅に低減する手法を確立しました。ここで確立した技術はエネルギー事業を柱とするNTTアノードエナジー(1)を中心に提供し、千葉市におけるバックアップ電源事業の実証に展開しています(2)。
これらの技術をベースとして、電磁パルスや宇宙線等のさらなるリスクにも対応していきます。交流システムの場合、これらの事象が発生すると同期制御*3する制御系のソフトエラーにより、同期が外れ電力供給が途絶えるリスクがありますが、直流システムでは直流バスに蓄電池が直結されているため、リスクが低減されます。この直流システムのメリットを最大限活用して、さまざまなリスク事象に対しても電力供給が途絶えないシステムを確立していきます。

*3 同期制御:交流システムの電圧は周期的にプラスとマイナスを繰り返しており、この繰り返しのタイミングをシステム間で一致するように制御すること。

今後の展開

本稿で紹介した2つの技術をさらに発展させていき、NTTが掲げるIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想における、オールフォトニクス・ネットワークや用途に応じて多様なコンピューティングデバイスを地理的に分散協調させることで高速・高効率なデータ処理をねらうディスアグリゲーテッドコンピューティングと連携し、光活用型の高速遮断による、直流グリッドの電力ネットワーク品質の向上や、再生可能エネルギーとコンピューティングデバイスを一体化することで、情報ネットワークとエネルギーネットワークを融合した新たなネットワークシステムの研究開発に挑戦していきます。
これまでの集中管理型のエネルギーネットワークシステムから自律分散型の協調制御した新たなエネルギーネットワークシステムに移行することで、再生可能エネルギーを余すところなく効率的に活用した地産地消と、さまざまな事象が生じても電力供給が途絶しない超レジリエントなスマートシティの実現に貢献していきます。

■参考文献
(1) https://www.ntt-ae.co.jp/
(2) http://tncross.co.jp/information/detail20200423.html

(後列左から)花岡 直樹/田中 憲光/香西 将樹/林 俊宏/樋口 裕二
(前列左から)岩本 美帆/南 裕也/田中 徹/中村 尚倫

若いメンバを中心に、コロナ禍に負けず議論、実験を精力的に進めています。エネルギー流通のファンタジスタとなって、環境負荷ゼロに資する新たなエネルギーネットワークの実現をめざしていきます。

問い合わせ先

NTT宇宙環境エネルギー研究所
企画担当
TEL 0422-59-7203
E-mail se-kensui-pb@hco.ntt.co.jp