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特集

超レジリエントスマートシティの実現に向けたNTT宇宙環境エネルギー研究所の挑戦

持続可能かつ包摂的な社会の実現をめざしたESG経営科学技術

本稿では、昨今の気候変動や人権に関する問題等を念頭に、持続可能かつ包摂的な社会の実現をめざし、地球環境と社会・経済システムの関係について分析し未来を予測、さらに企業における長期的リスクマネジメントや新たな収益創出の機会を導出し、企業価値向上に資するESG経営科学技術について紹介します。

田中 百合子(たなか ゆりこ)/張 暁㬢(ちょう ぎょうぎ)
篠塚 真智子(しのづか まちこ)

NTT宇宙環境エネルギー研究所

ESG経営科学技術のあらまし

近年、国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)をはじめ、気候変動等の自然環境の変化に伴う問題や、貧困等の社会問題への対応が注目されています。そして現在、世界的なパンデミックの下、社会や経済のあり方の見直しがより問われる状況となっています。このような問題の解決には、環境的、社会的、経済的側面を統合し、それらの相関や因果を認識する必要があります(1)。図1に示すように、グローバルでとらえた地球と人間の関係では、気候変動問題や、資本主義社会を中心とした富の集中や自然資本*1の搾取による貧困等の社会問題が、それぞれ複雑に密接につながり、5~10年もしくはそれ以上の年月を経て大きな危機となって表出することも考えられます(2)。また、人口動態や経済成長の変化に加え、科学技術による社会の変革、人々の価値観・行動の変容等により、未来は現在の延長線上にあるとは限りません。そして、企業活動も環境や社会へ影響を与える一要素であり、持続のためには長期的な視点での経営戦略やアクションが重要となります。そのため、企業においては財務情報だけではなく、環境(Environ­ment)、社会(Social)、ガバナンス(Govern­ance)等の非財務情報がより重視されるようになっていますが、これらに配慮した戦略やアクションの与える影響の評価・検証には至っていません。
ESG経営科学技術の概要を図2に示します。環境・社会に関する情報をインプットデータとして、未来予測シミュレーションを行います。これらのデータは、企業を取り巻く各ステークホルダーの価値観、状況等を含み、ESG戦略を策定するうえで重要な要素となります。そして、未来予測シミュレーションでは、地球規模のデジタルツインコンピューティング(DTC)(3)の一環として、環境・社会の各事象(例えば、米大統領選や脱炭素政策、災害、企業業績等)の因果関係等をモデル化しシミュレーションを行い、既存の統合評価モデルや新規モデル等を組合せ連成させることで、未来を予測します。その予測結果をさらにDTC上で評価し、さらなる予測、そして未来変革につなげます。いくつもの未来を見通したうえで、企業のESG戦略につながる予報や未来シナリオを提示することをめざし、企業価値向上に資する未来評価手法について研究開発します。これまでの企業価値の考え方に、非財務情報や社会的価値、長期利益の観点をより強化し、企業アクションにおける「要因」と環境・社会への「効果」をつなぐ因果関係を明確化することで、企業のWell-being*2の評価を試みたいと考えています(図3)。
次に、未来予測シミュレーションを実現するための、ESGに着目した「未来予測技術」について、具体的に紹介します。

*1 自然資本:森林、土壌、水、大気、自然資源等、自然によって形成される資本。
*2 Well-being:身体的、心理的、社会的に良好な状態、または、人間の心の豊かさや満足に関する概念。

ESGに着目した未来予測技術

未来予測を実現するための1つのアプローチとして、国レベルにおける社会変化を予測し、それを踏まえて企業経営に影響する企業レベルの変化をさらに予測する方法が考えられます。国レベルの社会変化を予測するために、ESG経営科学技術グループは、2020年度から国立環境研究所等の研究組織と連携*3し、気候変動や日本が直面する少子高齢化等の社会課題を背景に、日本社会のさまざまな側面を考慮したいくつかの未来像を設定し、社会経済・環境側面の変化を定量的に予測する技術を開発しています。例えば、Society 5.0(4)にも掲げられている「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させた、経済発展と社会課題の解決を両立する社会」のような未来像は、重要な1つであると考えています。今後、経済・環境および人々の生活の変化を先んじて把握することにより、社会や地球環境にポジティブな効果を最大限に発揮させ、ネガティブな影響をできるだけ回避することをNTTのESG経営を通じて実現することをめざします。同時に、予測したマクロレベルの社会と経済・環境の変化をNTTの経営戦略にフィードバックし、よりプロアクティブな戦略立案を検討することができると考えています。
将来のIOWN(Innovative Opti­cal and Wireless Network)*4をはじめとする情報通信技術(ICT)により、どのような未来となるかを予測することをめざし、生産側面と消費側面に着目した予測技術について紹介します。

*3 本研究は(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費JPMEERF20201002により実施。
*4 IOWN:NTTが2030年ごろの実用化に向けて推進している次世代コミュニケーション基盤の構想。

社会全体の環境経済へのインパクト予測技術

まず、生産側面に着目した「社会全体の環境経済へのインパクト予測技術」を説明します。ICTは、生産効率の向上や労働力の代替等により、経済を押し上げる効果はいうまでもないのですが、環境側面においては、ICT機器の利用による環境負荷(電力消費による温室効果ガスの排出)が発生する影響を持っています。一方で、生産・消費効率の向上による原材料投入の減少や脱物質化等を通じ、環境負荷の削減への効果があります。そこで、本技術では日本の産業連関表(5)をベースに、応用一般均衡モデル(6)を用いて、ベースとなる未来社会におけるマクロ経済の状況(生産や消費等)およびエネルギー消費量・温室効果ガス排出量をシミュレーションします。それを踏まえて、さまざまなICTが各産業に普及する際に、普及による直接的な導入効果(原材料投入の削減、移動削減や生産効率向上等)をモデルに入力し、その際の社会のマクロ経済の状況、さらにエネルギー消費と温室効果ガス排出量をシミュレーションします。
例として、2050年までに農業におけるいくつかのICTを導入する際の効果を示します。表1では、今回対象とした技術とその技術の普及度合い、直接的な導入効果を示します。今回は4つのケースで試算しており、ベースとなるケース(BAU)では、ICT普及が現状のままと設定しています。また、ICTの導入効果を評価するために、ケース1~3では、農業用ロボット・自動トラクターや、植物工場、食品流通プラットフォームのそれぞれの技術の普及度合いが小、中、大の3つのレベルに分けて導入されることを想定します。図4、5では、これらのICTの導入効果(農業の生産量と温室効果ガス排出量の変化)をモデルでシミュレーションした結果を示します。ICT普及度合いが小さいケース1では、農業の生産額を保ちつつ、温室効果ガス排出量が少し減少する結果が示されました。ICT普及度合いが大きいケース2と3では、農業の生産を向上する効果があり、食料自給率を高める一方で、環境負荷も高くなる可能性が示唆されました。
今後は、このような分析・予測を各産業分野で横断的に行うとともに、温室効果ガスやGDPの評価にとどまらず、資源、土地利用や水利用等を含む統合的で地球規模での評価について、DTCによる実現をめざします。

人々のライフスタイル変化を通じた環境影響予測技術

次に、消費側面に着目した「人々のライフスタイル変化を通じた環境影響予測技術」について説明します。ICTは、人々のライフスタイルを変化させ、産業の生産活動、さらには地球環境にも影響をもたらします。例えばテレワークシステムを利用し、通勤せずに在宅勤務をする人が増えると、自家用車や公共交通機関の利用の減少による環境負荷の低減が期待できます。しかし、自宅の照明や家事・家電製品の利用に伴う電力消費の増加を通じた環境負荷の発生が見込まれます。また、通勤時間が節約されることで趣味等の新たな活動時間も増加します。このように、ICT利用を通じて移動等による環境負荷が低減される一方で、居場所の変更や時間節約に伴う活動変化により、環境負荷が増大することがままあります。
ライフスタイルの観点で社会の変化を予測するための一検討として、テレワークやオンラインショッピング、オンライン授業といったICTサービスが消費者の生活に広く浸透(ICT化)する際の環境影響の分析例を紹介します。人々の24時間の生活行動に着目し、統計データや調査資料を基にICT化による時間の使い方の変化を想定します。通勤し出社する業務から在宅勤務に切り替わり移動時間が減少すると、個々人での食事準備や余暇活動に割く時間が増加します。さらに、活動場所の変化や、読書や学習等の手段がICT化することを踏まえ、表2のように各行動について、ICT化による、活動時間や単位時間当りの温室効果ガス排出量の変化を整理します。各行動の内容や活動時間から必要なエネルギーやモノの消費を考慮し、Life-Cycle Assessment手法(7)により、環境負荷を温室効果ガス排出量として算定します。ICT化する前後で温室効果ガス排出量の変化の要因を分析し、減少をより促進するとともに増大を抑えるために重要な要素を特定します。生活行動に伴う環境負荷は、住まい方や電源構成といった社会状況にも影響を受けるため、そのような社会状況とICTの効果の関係性を反映することも必要になります。また、在宅疲れのようなICT化による負の影響にも着目し、社会課題を積極的に解決する企業のアクションにつなげる選択肢を創造できるようにし、より良い社会の実現に貢献したいと考えています。
DTCの取り組みの一環として、未来社会の姿を探索する技術、地球と社会・経済システムの包摂的な平衡解を導出する技術等により、個人の多様性や機会・可能性の拡大、社会構造の複雑化、地球規模の不確実性が増す未来において、Well-beingと表現されるような個人の生きがいや心の豊かさを増進しながら、地球・社会・個人の間で調和的な関係が築かれる未来の実現をめざしています(3)。

お わ り に

今後、これらの技術をベースに未来予測技術を確立するとともに、企業価値や企業のWell-beingの評価手法を構築します。社会構造の複雑化、地球規模の不確実性が増していく未来社会を予測し、気候変動問題等に対するICTのさまざまな影響・効果を先んじて把握し、それらを企業のESG戦略に反映、プロアクティブに対応することにより、地球環境と人間社会の持続可能性かつ包摂性の実現とともに、企業価値の向上をめざします。

■参考文献
(1) https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h29/pdf.html
(2) 斎藤:“人新世の「資本論」,”集英社,2020.
(3) https://www.ntt.co.jp/news2020/2011/ 201113c.html
(4) https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/
(5) https://www.soumu.go.jp/toukei_toukatsu/data/io/ichiran.htm
(6) http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/74/column4.html
(7) https://www.meti.go.jp/policy/recycle/main/3r_policy/policy/pdf/text_2_3_a.pdf

(左から)篠塚 真智子/田中 百合子/張 暁㬢

新しい研究テーマとして立ち上がったばかりです。今後、さまざまな社内外の連携を通じて、壮大なテーマにチャレンジしていきます。

問い合わせ先

NTT宇宙環境エネルギー研究所
企画担当
TEL 0422-59-7203
E-mail se-kensui-pb@hco.ntt.co.jp