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特集

人と社会を支えるヘルスケアデバイス・インフラメンテナンス技術

持続可能な社会に向けたデバイス技術が切り拓く未来

本稿では、人の健康やインフラの老朽化に配慮した持続可能な社会の実現に向けて、NTTが取り組む研究開発について概説します。国内外の社会課題の解決に向けた潮流について簡単に触れ、NTT研究所が培ってきたデバイス技術を活用したスマートヘルスケア技術やインフラメンテナンス技術の方向性について述べます。具体的な研究事例として、人やインフラの状態を把握・推定し、予防・保全に役立てることが可能な実用化間近の研究成果や最先端技術を紹介します。

富澤 将人(とみざわ まさひと)†1/岡田 顕(おかだ あきら)†2
NTTデバイスイノベーションセンタ 所長†1
NTT先端集積デバイス研究所 所長†2

持続可能な社会実現に向けた課題

少子高齢化、地球温暖化、エネルギー問題、食糧危機など世界中でさまざまな問題が顕在化してきており、文明の発展に伴い人類が享受してきた経済成長を今後継続的に発展していくためのターニングポイントが2030年ともいわれています。世界では持続可能な社会の実現に向けてSDGs(持続可能な開発目標)が制定され、日本においてもSociety 5.0に向けた取り組みが重要課題として位置付けられています(1)、(2)。そのような状況で経済や地政学的な世界秩序の再編時代に入り、情報化社会をどのように見直していくのかが大きな課題となっています。このような課題を解決していくためには、社会システム全体に視野を広げながら世の中のニーズをとらえ、産業として継続的な事業が実現できるような技術開発が必要になってきます。すなわち、社会課題の解決と事業の継続性を両立させることが、真に持続可能な社会を実現することになります。
このような取り組みに挑戦しようとする場合、人を中心とした取り組みが1つの大きな糸口になると考えます。人を中心ととらえた場合、人そのものの健康やヘルスケアと、人を取り巻く環境という2つの側面があり、人と環境に配慮した技術開発を行うことで事業の継続性を実現しながら社会課題の解決に大きく貢献できると考えます。人の健康に着目した場合、生涯現役社会の実現による経済効果は33兆円、Health Tech市場は500億円以上ともいわれており(図1)、日常的なモニタリングによる早期介入と個別指導による未病ケア・予防など、主体的に自分の健康を管理していく時代がくると考えられます。このような課題認識は以前から指摘されていましたが、昨今の感染症拡大により健康のDX(デジタルトランスフォーメーション)化の必要性が一気に高まっているといえます。環境に配慮した技術については、情報化社会のもっともベースとなるインフラ設備のメンテナンスをいかに効率良く維持していくかという問題があります。国内のインフラ維持管理・更新の費用は5~7兆円規模が必要と推定され、その費用は莫大です(図2)。インフラメンテナンスは、設備がさまざまな環境下で長期間使用されるため、10年単位の物理現象を評価・解明する必要があるなど、極めて難しい技術領域になります。現在は人手による作業が多くなっていますが、技術の力でDX化ならびに点検の自動化を実現することが求められています。
このような背景のもと、持続可能な社会の実現のため、NTTではスマートヘルスケア技術およびインフラメンテナンス技術の研究開発に注力しています(図3)。

スマートヘルスケア技術・インフラメンテナンス技術の方向性

■スマートヘルスケア技術

人の健康やヘルスケアを日常的にサポートしていくためには、日々の生活の中で存在を意識せずに必要な情報を取得したり、また状況に相応しい情報を提示したり、自然なかたちで生活に溶け込み暮らしを豊かにするデバイス技術の創出が求められます。今までも携帯型の心拍や脈拍を計測するバイタルセンサ端末やスマートウォッチなどが商用化されてきており、さまざまな場面でその有用性が認められ始めていますが、社会課題の解決と市場の立ち上がりという観点ではまさにこれからという状況です。大きなトレンドとしては、今までのフィットネスレベルの活用から医療グレードに踏み込んだメディカル応用ともいうべき真のヘルスケアへと展開していく潮流が始まっています。NTTでは、低電力マルチセンサデータ処理技術や高精度センシング技術を新たに開発し、従来の心電計測や加速度センサだけでなく、ウェアラブルデバイスとしては初めて温湿度センサも内蔵したウェア型の小型低電力トランスミッタを実用化しました(3)。本デバイスを活用することで、体内温度の変動や身体負荷の推定が可能となり、今まで分からなかった身体情報がリアルタイムで把握できることにより付加価値の高いサービスが展開できます。その先の技術としては、非侵襲の高選択・高感度モニタリングを可能とする光音響センシング技術や分子標識技術を研究開発しています。患者数が年々増加している生活習慣病・慢性疾患において従来では測れていなかったバイタル情報やバイオマーカを対象として、唾液・血液などの検体採取が不要でより簡便なバイオセンサデバイスの実現をめざしています。

■インフラメンテナンス技術

さまざまな過酷な環境下で数十年という長期間使用されるインフラ設備は、多くの人手と経験に支えられているのが実情で、効率的な作業に寄与する技術開発はまだまだ不十分であり、さらにはインフラ設備を構成する材料等の10年単位での劣化進行度など不明なことも多い状況です。今後は安全性と経済性を両立した持続可能なインフラ保全を実現していくことが極めて重要になります。インフラ保守は主に、①保守計画、②点検、③診断、④補修・補強・改修というステップで構成されます。より効率的で安全なインフラ保守を実現するには、事前の計画をできるだけ正確に立てること、人手で支えられている補修作業等を効率化することがポイントになります。インフラ設備は主に鉄鋼とコンクリートでできており、インフラメンテナンスは鉄鋼とコンクリートの保守といっても過言ではありません。そこで、NTTとしては、インフラ保守を予防保全という観点で、鉄鋼やコンクリート電柱にフォーカスし、既存技術では極めて解決困難な「錆除去作業の効率化」と「劣化推定」に資する技術を研究開発しています。通信鉄塔をはじめとする鉄鋼製のインフラ設備は、錆の発生によって老朽化が進行するため、それを除去することが重要です。NTTで培った光回折素子技術を活用しハイパワーレーザと組み合わせることで市中製品と比較して数倍軽量化が可能になり大幅な作業効率の向上が期待されます。また、コンクリート電柱については、電柱内鉄筋の劣化現象は水素脆化が起因していることが知られていますが、その詳細は未解明なところが多いです。NTTでは、電気化学、材料などのコア技術を駆使し、水素脆化予測技術を確立すべく研究開発を推進しています。

本特集のトピックスと構成

本特集では、スマートヘルスケア技術とインフラメンテナンス技術において、それぞれ実用化に近いテーマと中長期的テーマについて取り上げ、最新の研究成果として以下の4つの技術を紹介します(図4)。

■ウェアラブル生体・環境センサ技術を活用した体調管理技術

NTTでは、機能素材「hitoe®」*を電極として縫製したウェアに装着して、心拍数・心電波形などの生体情報に加えて、ウェア内の温度や湿度といった環境情報を取得・送信するウェアラブル生体・環境センサ技術を実用化しています。この技術は、3つのセンサ(心電、加速度、温度・湿度)のデータを効率良く信号処理が可能な技術で、低電力小型のウェアラブル端末を実現しています。この技術を活用することで、生活のさまざまなシーンにおいて生体情報と個人の環境情報を快適かつ簡単に取得できるようになり、暑さ対策などのスマートヘルスケア応用が可能になります。本技術をベースに、暑熱環境下の作業者が着るだけで体調管理できる手法を新たに確立しました。これにより今まで分からなかったリアルタイムの身体情報が把握できるようになり、ネットワーク工事の作業現場で検証し、その有効性と実用性を確認しました。

* hitoe®:東レとNTTが開発した機能素材で、最先端繊維素材であるナノファイバ生地に高導電性樹脂を特殊コーティングすることで、耐久性に優れ、非金属素材でありながら生体信号を高感度に検出できます。体表面にhitoe®を密着させることで、心拍数や心電波形、R波の間隔から推定される睡眠データなどの生体情報が取得できます。また、ナノファイバを使用することで、家庭洗濯への耐久性があり、さらに肌への密着性も上がるため衣服や帽子など人の体に密着したかたちで生体信号が取得でき、より高感度な測定が可能となります。

■光音響計測技術を活用した非侵襲生体情報センシング

体内の生体成分に特定の光を照射した際に発生する超音波を計測する光音響法を用いることで、採血等により体を傷つけることなく非侵襲で生体情報をセンシングする技術について紹介します。光音響法は、OCT(Optical Coherence Tomography: 光干渉断層撮影)や超音波法等の他の手段に比べ、計測深度や空間分解能に優れ、さまざまな生体成分に対応できるポテンシャルを有しているため、生活習慣病等に関連するさまざまな生体成分のモニタリングの実現が期待される技術です。非侵襲化により連続的に生体情報を計測することが可能となるため、医療やヘルスケアでの活用が期待され、日々さまざまに変化する生体情報のモニタリングの実現が期待できます。このような生体情報センシングデバイスの技術確立に向け、皮膚へのプローブの浸透度、生体機序の影響などの生体物理モデルを構築し、皮膚表面から内部にかかわる電気的・光学的パラメータと生体機序との相関から生体成分を計測する研究開発に取り組んでいます。

■光回折素子を活用した小型・軽量ハイパワーレーザ除錆技術

通信鉄塔をはじめとする鉄鋼製のインフラ設備は、錆の発生によって老朽化が進行します。鉄塔の維持管理をするうえでは、まずは錆を除去し、その後に塗装することで表面を保護していきます。塗装の性能を発揮・維持し、鉄塔の耐久性を高めるためには、下地である鉄鋼の表面状態が重要であり、いかにきれいに錆を除去するかがポイントになります。ハイパワ-レーザを鉄鋼表面に照射することで錆を除去しますが、NTTの光デバイス技術である小型軽量な光回折素子を組み合わせることで、レーザのプロファイルを制御することが可能になり、効率的に錆の除去を行うことができるようになります。この結果として、市中製品と比較して数倍軽量という特長を達成することができます。現状の作業現場では、狭隘部など入り組んだ個所の錆取りに金属ブラシを用いていますが、本技術を活用することで作業負担の軽減と時間短縮を図ることが期待されます。

■コンクリート電柱内鉄筋の水素脆化予測技術

通信サービスを支えるインフラ設備の1つであるコンクリート電柱のより安全かつ経済的な維持管理を可能とする、コンクリート電柱内鉄筋の劣化現象である水素脆化を予測する技術を紹介します。コンクリートは圧縮には強いのですが引張に弱いため、コンクリートに圧縮応力がかかるよう内部鉄筋に引張応力を付加した状態で製造されます。コンクリート電柱は内部鉄筋により強度を担保していますが、張力が印加された状態の鉄筋では水素脆化と呼ばれる劣化が進行することが知られており、水素脆化の進展により折損事故につながる危険もあります。しかし、内部の鉄筋は目視で確認できないため、コンクリート電柱の劣化状況を把握することが難しく、保守上での課題となっています。予防保全という観点に立ち、水素脆化加速試験、水素量評価方法などの評価手法を構築し、統計学的データ解析などの分析手法を活用し、水素脆化メカニズムを解明してモデルを構築することで「水素脆化推定式」の定式化に取り組んでいます。

今後の展開

今回紹介したようなスマートヘルスケア技術やインフラメンテナンス技術について、できるだけ早く皆様のお手元に届くように実用化開発を加速しつつ中長期視点で挑戦的テーマの研究開発も推進していきます。それにより、人と環境に配慮した持続可能な社会の実現に貢献し、人々が豊かで幸せを享受できるような未来を切り拓いていきたいと考えています。

■参考文献
(1) https://www.env.go.jp/earth/sdgs/index.html
(2) https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html
(3) https://www.ntt.co.jp/news2019/1911/191108a.html

(左から)富澤 将人/岡田 顕

NTT研究所が培ってきたデバイス技術を活用し、人やインフラの状態を把握・推定し、予防・保全に役立てる「スマートヘルスケア技術やインフラメンテナンス技術」の研究開発を推進することで、持続可能な社会の実現に貢献していきます。

問い合わせ先

NTTデバイスイノベーションセンタ
NTT先端集積デバイス研究所
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