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特集

人と社会を支えるヘルスケアデバイス・インフラメンテナンス技術

ハイパワーレーザデバイスを用いた錆取り技術の実現に向けて

通信サービスを支えている鉄塔など通信インフラ設備の長寿命化に欠かせない錆取り作業において、人の手や電動工具では届きにくい、狭い場所の錆取りが課題となっています。私たちはこれまで培ってきたハイパワーレーザデバイスを用いて錆取り作業を効率化する技術を開発しています。本稿では、回折素子と呼ばれるハイパワーレーザデバイスを組み込んだ、小型で軽い錆取り技術の概要を紹介します。

川村 宗範(かわむら そうはん)/坂本  尊(さかもと たかし)
赤毛 勇一(あかげ ゆういち)/上野 雅浩(うえの まさひろ)
岡  宗一(おか そういち)
NTTデバイスイノベーションセンタ

通信インフラ設備における錆取り技術の課題

現代の生活に欠かせない通信サービスを安心・安全に提供するためには、鉄塔をはじめとするさまざまな通信インフラ設備が必要です。これらの設備は日光や風雨にさらされることで劣化することにより強度が低下しますが、建て替えが困難であることから、長期にわたって利用する必要があり、定期的な点検と補修を実施してきました。ところで、NTTグループが保有する鉄塔は小型のものも含めると国内に約2万基あり、これらの多くは高度経済成長期に建設されたものであることから老朽化が進んでおり、点検・補修に必要なコストや人的リソースは年々増加しています。このコストや人的リソースの削減が、今後の点検・補修を持続可能とするうえで重要となります。現在、NTTでは錆の発生を抑制する塗料や、塗料の劣化試験技術、鋼材の腐食予測技術、錆を除去する技術を開発しています。
鉄塔の長寿命化には、錆の発生を抑制する技術とともに除去する技術が重要です。錆の除去には電動工具や金属ブラシを使っていますが、狭い場所やボルト周りの錆が除去しにくいという問題があります。狭い部分の錆を除去する技術として、砂を高速に打ち込むサンドブラスト法が挙げられますが、砂を回収する手間がかかるため利用が困難です。そこで近年、高出力レーザ光を用いた錆取り工具(除錆レーザ)が注目されていますが、市販されている除錆レーザは、手で保持するレーザ光出射ヘッドが大きいうえに重いため、作業員が登って錆取り作業を行う鉄塔では使いにくいという課題があります。
私たちは現場で使いやすい小型で軽い除錆レーザを開発するために、後述する回折素子と呼ばれるデバイスを使用する方法を考案しました。

ハイパワーレーザ用回折素子技術

回折素子は基板上の微細構造で入射光の位相を変調するホログラム技術を応用したデバイスであり、図1に示したとおり、入射するレーザ光の形状を所望の形状に変換できます。この特長を活かして、金属や樹脂の加工に使用されています。
図2は、私たちが開発したハイパワーレーザ加工用回折素子の概略図です。レーザ光の吸収による温度上昇と、それに起因する破損を防ぐため、熱伝導率が大きなシリコンカーバイド基板を用い、冷却が容易な反射型にすることで、10 kWのレーザ加工を可能にしました(1)。回折素子の重量は数gと軽いうえに、装置の構成をシンプルにできる特長があります。
私たちは、この回折素子技術を使い、後述する除錆レーザの小型軽量化技術を考案しました。

NTTがめざす除錆レーザ

図3に示したように、現在市販されている除錆レーザは、作業者が手を動かさずに一定の面積の錆を除去できるよう、レーザ光をミラーとモータで1次元または2次元に走査しています。この方式では、作業者が手で保持するレーザ光出射ヘッドが大型かつ数kgと重いため、作業者の負担が大きくなり、鉄塔での利用は容易ではないと考えられます。これに対し、私たちは図4に示すアイデアを考案しました。これにより、数gの回折素子で細長い直線のレーザ光を形成し、作業者が手で走査することにより、モータが不要となるため、小型軽量でありながら従来技術と同等の作業効率を実現できます。

回折素子を低価格に

前述したように、これまで私たちは、ハイパワーレーザの回折素子にシリコンカーバイドを使用していましたが、これは高価な材料です。錆取り作業では回折素子に汚れや破損が生じる可能性が高いことから、安価に回折素子を交換できることが望まれます。そこで私たちは、回折素子を用いた除錆レーザを普及させるために、より安価な材料に置き換えることを考えました。
ご存じのようにシリコンは、半導体産業において微細加工技術が確立されている材料であり、比較的安価であるうえに、手に入りやすいという特長を併せ持つため、回折素子の低価格化に適しています。一方で、錆取りに使用する波長1.06μmの光を吸収するため、温度が上昇して破損するおそれがあります。金属膜を付けることによって反射率を高くし、光吸収を抑制できますが、膜が厚くなるとDOE(回折光学素子)表面の微細構造の角が丸くなるため、レーザ光の形状に誤差が生じます。つまり、十分な反射率とレーザ光形状の誤差の低減を両立する金属と、その膜厚が重要なポイントです。
私たちは、高い反射率と高い熱伝導率を示す金(Au)について、膜厚と反射率を計算し、実測しました。図5に示すように、反射率は厚さ50nm以上で最高となり、その範囲内で、レーザ光の形状の誤差が十分小さい膜厚を検討した結果、錆取りに必要なパワーをはるかに超える10 kWのレーザ加工を可能にしました。これにより、回折素子にシリコンを使用することで、低価格化できることを実証しました(2)。

コンパクトで使いやすい除錆レーザの実現

図6は、つくばフォーラム2020で展示した除錆レーザのレーザ光出射ヘッドの試作機です。回折素子を使うことにより、市販されている装置では困難な500 gのレーザ光出射ヘッドの可能性を実証しました。このヘッドは電動工具と同程度に小型であり、かつ、軽量であるため使いやすく、作業現場での普及が期待できます。図7は電動工具が届きにくい、狭い場所の錆を除去した実験結果です。レーザ光を使用するため、電動工具のような振動や対象への押し付けがないので、作業者の負担を小さくできます。
このように、回折素子を使うことで、市販されている装置のサイズと重量の制約要素であったモータを不要にし、鉄塔でも使いやすい、小型で軽い除錆レーザが実現可能性であることを実証しました。

今後の展望

冒頭で触れたように、鉄塔をはじめとする通信インフラ設備の長寿命化には、錆を除去する技術と併せて、塗料が剥がれにくい表面状態にする技術が重要です。
レーザ光を照射する条件は表面状態に影響を与え、塗料の付着力の強弱につながります。レーザ光で錆を除去した後の表面状態と塗装付着力の研究は通信インフラの長寿命化に欠かせない取り組みです。私たちはこれを進め、現場で使いやすく、塗料が剥がれにくい、新たな価値を創出する除錆レーザを実現します。

まとめ

持続可能な社会に貢献するために、私たちが開発している除錆レーザ技術を紹介しました。NTTが培ってきた回折素子の材料をシリコンに置き換え、低価格化を実現しました。加えて、市販されている装置の大きさと重さの課題を解決し、低価格で小型で軽くて使いやすい除錆レーザの可能性を実証しました。今後は、塗料が剥がれにくい表面状態を研究し、インフラメンテナンスにおける新たな価値の創出をめざします。

■参考文献
(1) 赤毛・今井・川村・岡・藤谷・奥田:“10 kW級レーザ過去加工用ビーム成形デバイスの開発,”第94回レーザ加工学会,2020.
(2) S. Kawamura, S. Toyota,and S. Oka:“Reflection-type diffractive optical element employing SiC and Si for application to high power laser material processing,”Proc. of SPIE,Vol. 11273,San Francisco, U.S.A.,2020.

(上段左から)川村 宗範/坂本 尊/赤毛 勇一
(下段左から)上野 雅浩/岡 宗一

通信に欠かせないインフラ設備のメンテナンス技術開発を進め、快適な通信サービスの提供に貢献します。

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TEL 046-240-2403
E-mail dic-kensui-p@hco.ntt.co.jp