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トップインタビュー

戦略や戦術は情熱の上にある データ活用で健康経営を促進し、医療分野の社会課題を解決する

日本の平均寿命と健康寿命の間には9から12歳の差があります。寿命と健康寿命の乖離は社会課題であると同時に個人のウェルビーイングにも影響するため、国民の健康意識を高め、予防や早期診断・治療を促進することが求められています。こうした社会課題の解決に健康・医療ビッグデータの活用で臨むNTTグループが2つの戦略的ヘルスケア会社を立ち上げました。是川幸士NTTライフサイエンス、新医療リアルワールドデータ研究機構代表取締役社長にトップの心構えと社会課題解決に臨む事業展開について伺いました。

NTTライフサイエンス
新医療リアルワールドデータ研究機構
代表取締役社長
是川 幸士

PROFILE

1994年日本電信電話株式会社に入社、2001年NTT西日本人事部人事第二部門、2004年NTT第一部門、2007年NTT西日本法人営業本部企画部、2010年NTT西日本中国事業本部担当部長、2011年NTTビジネスソリューションズMCS代表取締役社長、2014年NTT研究企画部門医療健康チーフプロデューサー、2019年NTT総務部門メディカル事業推進室長、NTTライフサイエンス代表取締役社長、2020年新医療リアルワールドデータ研究機構代表取締役社長。

2つの戦略的ヘルスケア会社のトップに就任

NTTライフサイエンス、そして新医療リアルワールドデータ研究機構と2つの会社の代表取締役となられました。設立の背景やミッション等を教えていただけますでしょうか。

2つの会社ではライフサイエンスやヘルスケア分野においてビッグデータを活用したプラットフォーム事業を展開します。NTTライフサイエンスは100%NTTの出資会社、そして新医療リアルワールドデータ研究機構株式会社(PRiME-R)は京都大学との合弁会社です。
2021年度(令和3年度)の国の一般会計歳出予算において社会保障は3割を占めています。少子高齢化が進み、生産年齢人口の予測や医療給付費の予測からも社会保障給付は社会の高齢化とともに上昇すると考えられます。また医科診療費の内訳(2016年度)は30.2兆円で、うち生活習慣病が10.4兆円と35%を占めています。さらに平均寿命は男性80.98歳、女性は87.14歳ですが、健康寿命はそれよりも9から12歳も低いのです。
こうした状況にかんがみると、少子高齢化、医療費の増大、生産年齢人口の減少、生活習慣病、そして寿命と健康寿命の乖離は日本の社会課題であることは明らかです。解決には個々の健康意識を高め、予防や早期診断・治療に取り組んで健康寿命を延ばすこと、医療費や介護費など老後の心配を減らすことが大切です。また、企業には従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する「健康経営」を推進して生産性を向上するとともに、医療費を適正化することが求められています。
ところが、自身の健康上のリスクを十分に理解し、自分事としてとらえる方は多いとはいえませんし、健康診断や人間ドックは受けていても、その結果を受けて継続的に健康管理をしている人は少ないことが前述の数字からも推測できます。企業側も健康経営の重要性は分かっているものの具体的な方策が見出せておらず、定期健診データの活用も十分にできていないというのが現状です。こうした現状を打破するため、NTTグループのICTと健康・医療関連のビッグデータを活用したソリューションを提供します。

NTTグループが参入する意義や価値、展望等を詳しく教えてください。

NTTグループの強みはICTであり、さまざまなデータを活用して新たな価値創造をできるのがNTTグループです。例えば、NTTはグループのビジョンとして“Your Value Partner”を掲げ、事業活動を通じてパートナーの皆様とともに社会課題の解決をめざしています。ICTを駆使して多種多様なデータを蓄積し、それらを利活用して既存の仕組みを改善したり、新たなシステムや技術、サービスを構築したり導入したりすることで、社会が直面しているさまざまな課題を解決し、より良い環境をつくり出していくSmart Worldの実現をめざしています。さらに、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想では従来のインフラの限界を克服する革新的なネットワーク・情報処理基盤の構築をめざしています。
その中でヘルスケアに関連する分野において、2020年11月にはIOWN構想の構成要素であるデジタルツインコンピューティングによって人それぞれの身体および心理の精緻な写像(バイオデジタルツイン: BDT)を実現し、これを通じて心身の状態の未来を予測し、人間が健康で将来に希望を持ち続けられる医療の未来へ貢献していくとする『医療健康ビジョン』を公表しました。
このようなビジョンや取り組みに呼応して、医療・ヘルスケア関連の取り組みを具体的に展開していくために、この2つの戦略的な子会社が設立されました。

新しいマーケットを創造するという熱い思いや期待にこたえたい

2つの会社の具体的な取り組みを教えてください。

NTTライフサイエンスは予防医療の観点から病気になる前の方々を対象に、そして、PRiME-Rは治療フェーズに入った通院されている方々を対象にサービスを展開していきます。NTTライフサイエンスが取り組むのは、企業等の健康診断データ(検査値・問診結果)に加えて遺伝子検査による遺伝子データを掛け合わせて予防や健康行動の提案を行う健康経営サポートサービス『Genovision(ゲノビジョン)』です。多くの病気には「遺伝的要因」よりも生活習慣などの「環境要因」が大きく影響するといわれているため、人体の設計図といわれる遺伝子情報を基に「体質」や「将来の疾患発症リスク」を理解することで、日々の生活習慣を見直す取り組みにつなげたいと考えています。
一方、PRiME-Rは電子カルテなどの臨床現場におけるさまざまな情報(リアルワールドデータ:RWD)の活用を目的とした入力支援システムCyberOncologyⓇによるサービスを提供します。サービスの背景には日本において電子カルテ等の臨床情報を十分に活かせていないという現状があります。電子カルテ等を中心としたRWDは、日常的な医師の診断支援に加えて、医学研究、医薬品・医療機器等の臨床研究や開発に利活用することが注目されているにもかかわらず、電子カルテは単なる電子的な記録媒体としてつくられており、多くのデータが構造化されずに医師による自由記述で記載・記録されるため、データ解析に利用することが困難な状況にあるのです。そこで私たちは電子カルテ等への入力を支援するシステムを構築しました。システムはプルダウンメニュー形式で、リストから標準化された医療情報を選択して入力でき、データを構造化して蓄積することができます。また、本システムの導入によりがんゲノム情報管理センター(C-CAT)への臨床情報登録などの各種作業の省力化にもつながります。さらに、本システムへ蓄積したデータを統計処理するなど、患者個人を特定できない状態により個人情報保護に配慮して、他の医療機関や製薬企業等へ統計データを提供するサービスを開始する予定です。
いずれもこれまでにない発想による取り組みで、提供する医療の格差縮小や新薬など医療系開発費の低減、医療崩壊の抑止、新しい治療法の開発といった価値創造につながると考えています。

滑り出しは順調ですか。

NTTライフサイエンスのGenovisionは2020年4月からサービスをスタート、PRiME-Rも同時期に本格的な事業をスタートさせ、1年の節目を迎えました。おかげさまで、Genovisionは2万人の方々に同意、受検いただきました。取り組みへのご賛同をいただけたことに感謝し、2021年は飛躍の年としていきたいです。PRiME-Rは製薬会社等との共同研究もいくつか開始しており、新たなデータを収集する仕組みを確立していきたいと考えています。
また、2つの事業のスタートと新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが重なり、両社とも社員が一堂に会することは1年を通してありませんでした。両社とも営業はまだまだの状況にはありますが、ありがたいことに多くの方々から、この両社の取り組みに高いご関心をお寄せいただいています。また、電子カルテを扱うPRiME-Rの営業先である医療機関にはCOVID-19の拡大防止のためにお訪ねすることができませんので、オンラインでお話をさせていただいています。電子カルテをお使いいただきたい医師の方々は非常に時間の調整が難しいのですが、オンラインの特性を活かして全国各地の先生方とタイムリーにつながることができました。オンラインでの営業が容認される社会の風潮が味方となり、苦しい状況ではありましたが私たちにとって良いこともありました。

トップに求められるのは情熱と責任

新しい会社でさまざまな新しい取り組みに臨むトップとしての心境を教えてください。

私の前職はNTT研究企画部門で、医療健康プロデュースに携わっていました。当時、職務を通じて感じた医療領域における課題意識をNTTグループ各社の幹部と共有することができ、それが出発点となってNTTライフサイエンス、PRiME-Rという会社により、医療分野における社会課題の解決に向けて歩み始めることができたことに大変感謝しています。
設立から1年が経過し会社としての輪郭が整ってきたところではありますが、新しい分野であるだけに毎日さまざまなドラマと対峙しています。こうしたドラマの展開に対して決断し、ルールをつくり上げることで、会社のめざすところに向けて着実に歩を進めているところで、その責任の重さをひしひしと感じています。
両社とも小規模ですから社員と課題、意識を共有することもきめ細かくでき、一体感を持って仕事に臨むことができています。とはいえ、企業の大きさ、キャリアにかかわらずトップには決断する責任が伴いますし、事業を成功させるためにはビジョンが必要だと考えます。私はこの2つの会社をこれからの医療、ヘルスケア分野の土台となる企業へ成長させたいと考えています。新しいマーケットを創造するというNTTグループ内外の熱い思いや期待にこたえられるよう、日々精進しているところです。

日々の判断、決断の基準や指針はどんなものでしょうか。

基本的にはビジョンやめざすゴールがどんな効果をもたらし、影響を及ぼすのかを検討することです。また、何事にも失敗はつきもので、新しい分野なので何が成功で何が失敗かさえも分からないことも多々あります。会社が小さいからこそ、日々の出来事や世の中や会社の変化に対して感性鋭く、スピーディに対応していくことを心掛けています。そのために、私はぶれない姿勢をつくることやビジョンを明確にするための会話を大切にしています。会話の相手としては、まず医療分野の専門家です。私たちはICTのプロであっても医療分野ではアマチュアですから、最先端の医療、トップランナーの先生方との触れ合いや、その道のプロの方々とのコミュニケーションは欠かせません。共同研究をしている東京大学、京都大学の先生方との対話を通じて知識を得ることや業界の流儀や文化の理解に常に努めています。医療の現場にはさまざまな規制もありますし、専門外の人間には理解できていない価値観もあります。ハードルも壁も高ければ高いほど面白いし、だからこそやりがいがあるところでもあります。
私は事業を展開するだけではなく、何事においても情熱、強い思いがないと前進できないし、戦略や戦術は情熱の上にあると考えています。NTT入社以来27年間、見習いや下積みをしながら自立することや責任の重さを学んできました。こうした経験の中で、医療、ヘルスケア分野の社会課題の解決に臨もうと強く思いを抱いたのは、NTT研究企画部門でプロデューサになったころで、この分野における自分なりのビジョンを持つことができ、挑戦を始め、この2つの会社の設立によってその道が拓けてきました。
今は共同研究をしてくださっている先生方との打ち合わせは新鮮で常にドキドキしていますし、お話をするための準備も非常に楽しいです。営業先である一般企業の幹部、医療機関の先生方やコンサルティング会社の方々と社会課題の解決について議論することも価値ある時間で、支えていただいている感謝と働く喜びを実感しています。両社ともようやくスタートラインから歩き出したという状況ですが、これからさらに知見、経験、サービス、そして人材といったリソースを充実させていきながらゴールをめざしていこうと考えています。まだ実績がないので偉そうなことをいえる立場ではありませんが、とにかく決断のスピード感と責任を心掛け、感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思います。

技術者の皆さんに一言お願いいたします。

社会のためになる研究・開発を手掛けていただきたいですね。私たちの事業にはデータ解析、活用、収集とトレンド分野であるセキュリティ、AI(人工知能)、データサイエンスのテーマが非常に多くあります。
1つずつの研究や技術が強くなければグローバル市場で勝ち抜くことはできません。情熱を持って先端的な技術を極めることにチャレンジしてください。そして、自分自身の研究テーマに自信を持ってください。私たちの事業において皆さんの成果をいち早く社会実装していきたいと考えています。ぜひ一緒に頑張りましょう。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

※インタビューは距離を取りながら、アクリル板越しに行いました。

インタビューを終えて

一度に2つの新規事業の立ち上げを成し得た是川社長。PRiME-Rの本社があり共同研究をしている京都大学、自宅のある大阪、そしてNTTライフサイエンスの本社がある東京と、休む間もなく駆け回る生活を送っていらっしゃるといいます。24時間、仕事への情熱を傾けていると聞き、お疲れにならないのだろうかと伺うと「仕事がリフレッシュにつながりますし、モチベーションは事業への責任感です。今はプレッシャーもモチベーションにできていますよ」と笑顔でこたえられました。実はこの情熱は今に始まったことではなかったようです。仕事への姿勢として大切にしていらっしゃるのは誠意と誠実さで、これまでお世話になった、また、お世話になっている上司や仲間の皆さんへの感謝の気持ちがそうさせているのだといいます。「ここまで引っ張っていただいたのもすべて上司だった方々のお力添えあってですし、今になって思うと、陰でいろいろな支え(働きかけ)をしていただいていたんだなと、つくづく思います」とこれまでの歩みを振り返っておられました。今はトップとして諸先輩方に倣い、部下を思い、支える是川社長。ペイフォワードのスピリット、NTTグループのDNAを実感するひと時でした。