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特集 主役登場

NTT医療健康ビジョン──バイオデジタルツインの実現に向けて

バイオデジタルツインに向けた非侵襲生体センシング技術

田中 雄次郎
NTT物性科学基礎研究所
研究員

バイオデジタルツインの実現に向けて、コンピュータ上に私たち1人ひとりの体を再現し、健康状態や疾患を未来予測する取り組みにおいて、まずは私たちの体の状態を測ることがもっとも重要になります。そこで、私が注目したのは“代謝の状態”です。私たちは食べたものを化学変化させてエネルギーに変換して生きています。この変換過程が代謝です。癌、糖尿病、統合失調症をはじめとする心身の不具合の背景は、代謝異常が原因となります。代謝に異常が生じると血液等の成分や体の中枢の温度(深部体温)が上昇や下降、あるいは、その変化のパターンやリズムに異常が生じます。私は日常生活の中で、非侵襲でこうした成分や温度変化をモニタして代謝の異常を可視化できればさまざまな疾患の早期発見や、これまで未知であった疾患の原因解明ができるのではないかと思い、生体センシング技術の研究開発を始めました。
日常生活の中でモニタするには、時計型やTシャツ型のウェアラブルセンサのように、ユーザが負担なく簡便に測れることが最適ですが、一般に血液成分や深部体温を測るには注射器による採血や直腸などの体腔へセンサを挿入するためユーザの負担が大きくなります。この問題を解決するために私が着目したのが、非侵襲で計測できる光と音、そして熱です。光は体を傷つけることなく体内に侵入し、特定の成分(例えば、ブドウ糖)に吸収されると局所的な熱膨張を起こし音波を生じます(光音響効果)。この音波は体の中を伝わりやすいので体表面で測定でき、その音波の特性から成分濃度を調べることができます。さらに、体表面で温度と熱を測ることで深部体温を調べることができます。生体センシングの研究では、こうした測定原理やセンサデバイスの検討だけでなく、体を模擬したセンサ評価装置も試行錯誤を繰り返し検討しました。現在は試作したセンサデバイスを用いて、大学や医療機関との共同研究によりヒトを対象とする臨床実験を行っています。これまでに糖質成分を摂取した後の血糖値変化を可視化することに成功しています。また、深部温度の測定も同様に臨床実験により、その有意性を示すことができました。まだ技術的に改良が必要な点はありますが、これらの結果は対外的にも評価を受け、実用化に向けた検証を進めています。
生体センサの研究開発は、数学、物理、生化学、医学など幅広い専門分野を横断した検討が必要なところが難しい点であると感じています。しかし、こうした学際的な検討は、新しい発見につながる可能性が高いと思っています。このセンサの研究開発を通して、新たな治療、疾患の機序解明、物理現象の解明に貢献できるように、これからも精力的に研究開発を進めていきます。