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特集

つくばフォーラム2019 基調講演

地域発イノベーションで豊かな未来を拓く

本稿では、地域の中小企業や一次産業の活性化を通じて「豊かな日本」を実現するため、NTT東日本グループの農業分野での最新の取り組み事例や、さまざまな関係者との新たな価値を創り出すCollective Impactの重要性、それを実現するためのオープンな社会プラットフォームの実現に向けた構想を紹介します。本記事は2019年10月31日~11月1日に開催された「つくばフォーラム2019」での澁谷直樹NTT東日本代表取締役副社長の講演を基に構成したものです。

NTT東日本代表取締役副社長  澁谷 直樹

日本にイノベーションは起こらないのか

日本にイノベーションは起こらないのでしょうか。日本は世界経済フォーラムの世界競争力ランキングにおいて6位にランキングされていますが、イノベーティブなビジネスに適しているかという指標でみると、先進国の中では14位とかなり低い結果になっています。また、過去30年の世界のGDP(国内総生産)の伸びをみると、日本は1.2倍ですが、一方でEU各国は最低でも倍程度、米国は3.3倍、中国に至っては10何倍も成長しており、日本は本当に成長しない国になってしまっています。
では、成長しなくても幸せなら良いではないか、とも思いますが、世界幸福度ランキングでも日本は58位と、国民からみても少子高齢化や年金問題など、安心して子どもを産んで次世代につなげるというような幸福感を感じにくい状況になっているのではないでしょうか。幸福度ランキング上位の国は北欧などの小さい国が多いのですが、これらの国も1人当りのGDPが伸びている一方で日本は、今日より明日、明日より20年後が良くなるかたちがみえていません。

GAFA発のイノベーションによって人は幸せになっているのか

日本はどのようなイノベーションを起こしていけば良いのでしょうか。今世界を席巻してイノベーションを起こしているGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)の売上は確かに右肩上がりで急速に伸びていますが、一方で『アマゾンの倉庫で絶望し、ウーバーの車で発狂した』という本が売れているのはご存じでしょうか。先日シアトルに行き、アマゾンの倉庫を視察しましたが、もっとも効率的になるようにAIが人とシステムをコントロールし、その結果、人々は低い賃金で高負荷な労働に従事しているとメディアから批判を受けている状況です。労働分配率をみても米国は右肩下がりとなっており、その原因としてはGAFAなどの大企業が儲けた利益を自社のために留保し、労働者に還元していないのではないかという説もいわれています。

オープンな社会プラットフォーム

GAFAは収集したデータを独占するモデルを取っています。SNSや広告モデルなどのさまざまな手法で世の中のデータを吸い上げて、自社の商品やコンテンツをより良くするためにそれらのデータを使うモデルであるとして、その状況を危惧する声が世界中で上がっています。
私たちとしてはデータを独占するモデルではなく、あらゆるところからデータが集まるデータレイクをつくり、しっかりと社会全体で共有しながら、皆様とより豊かになれる社会をともにつくり上げていきたいと考えています。データを社会全体で活用するモデルをつくれれば、日本は世界からもう一度注目されるようになるのではないでしょうか。

人がよりクリエイティブな仕事をできるようにAIを活用する

AIに人が使われるのではなく、AIと人がいかに共生するかという倫理を、どう築いていくのかの議論が行われています。AIが人を使うのではなく、人が困っていて何とか助けてほしいという重労働に対して、AIが支える姿を実現できれば、世界が注目できるような社会イノベーションを起こせるのではないかと思っています(図1)。

図1 人を支えるAIへ

地域の活性化なくして日本の再生は難しい

それでは、今NTT東日本のお客さまがどのような状況なのかを踏まえ、日本を再生するために必要な取り組みについて説明します。日本の労働人口は少子高齢化に伴い右肩下がりで減り続けており、そのような中でどうやって国を発展させるかを考えなければいけません。
一方で、1人当りの生産性については、日本はOECD加盟国の中で20位となっており、非常に低い状況です。しかし、東京都だけの生産性をみると6位の米国を上回る生産性といわれており、このことから地方をどのように活性化させるかを考えないと、日本がもう一度成長していくのは難しいと考えています。

中小企業の生産性向上によるイノベーション

もう1つの問題が中小企業と大企業の格差です。大企業の生産性は高い一方で、中小企業はここ10数年で全く伸びておらず、全企業数の99.7%を占める中小企業においてデジタル革新を起こして、彼らの生産性をいかに上げていくかを考える必要があります。
実際に中小企業においては半数以上の会社経営者の年齢が70歳以上となっており、事業が行き詰まって倒産するのではなく、利益がまだ出ているのに後継者がいないためやむにやまれず廃業しているケースが増えているのが実態です。
地域の中小企業におけるもう1つの課題は、事業を楽にするためや生産性を上げるために技術を活用するIT人材がいないことです。重労働の部分をAIが分担してくれるならば、何とか事業を継続できるかもしれないという農家や製造業の方がたくさんいますが、そのような中小企業の方々に手を差し伸べることができていないのが現状です。

一次産業活性化による地域の雇用創出

国全体で起きている事象にも触れたいと思います。日本の人口減少に伴い2065年には1.3人で1人の高齢者を支えなければならないとされています。日本を成長させ、1人当りの給料を2倍に持っていけるような道筋をつくるため、今から取り組みをしていかなければなりません。
産業分野ごとの従事者数(図2)をみると、近年、国内や地域で消費するようなサービス産業ばかりに若手が就職している一方で、一次産業が年々減少しています。地方は一次産業の依存率が高いものの、これまで日本は、農作物や畜産、水産を強くしていくことについてあまり目を向けてきませんでした。この領域をどのようにして強い産業に再生させていくかが地方活性化のキーになってくると考えています。
農業だけをとってもこの50年で従事者数が80%も減っています。なおかつ、80%の方が60歳以上となっており耕作放棄地もどんどん増える一方です。もっと地方の土地を有効活用して生産性を上げることができれば、製造業だけではなく、一次産業を輸出産業化し、国家のもう1つの柱にすることができるのではないかと考えています。そこで私たちは中小企業の生産性向上と一次産業の再生を通じて地方の活性化を実現していきたいと考えています。

図2 産業構造バランスと食料自給率

日本がめざす地域循環型共生圏

このような取り組みでめざしたい社会ですが、地域をベースに循環型の共生社会をつくるためにNTT東日本が支えになりたいと考えています。例えば、牛の糞尿や林業から排出されるチップなどを集めて、それらをバイオマスプラントで熱などの地産地消できるエネルギーに変換します。そのエネルギーを使って水産業でチョウザメ(キャビア)を養殖したりもできますし、最後に残った残滓を堆肥として使って農業に活用することもできます。このような領域こそ、地域にお世話になっている私たちがデジタル技術をしっかりと活用して取り組んでいきたいと考えています。

農業分野における取り組み事例

以上のような課題認識を踏まえて、NTT東日本では農業分野に本格的に取り組み始めました。農業は担い手問題・鳥獣害・自然災害などのさまざまな課題がありますが、イノベーションに成功している国があります。オランダは日本の10分の1の面積で人口も1600万人しかいないのに、戦後、農業分野を飛躍的に伸ばしており、世界第2位の農業輸出国になりました。彼らは次世代施設園芸をつくり、面積当りの収穫量は日本の5倍を実現できた背景として、米国のシリコンバレーのようにオランダはフードバレーというものをつくりました(図3)。農業分野で世界最先端であるワーヘニンゲン大学が核となって、公的機関や研究施設、メーカーや農家などのさまざまな分野のステークホルダをつなぐ仕組みをつくっています。バイオテクノロジでいかに良い種をつくるか、いかに収穫量・生産効率を上げるか、マーケットにどう最適に流通させるかなど、さまざまな角度で研究して全体的に解決していくことでフードバレーを実現しています。

図3 次世代施設園芸を実現するために(オランダ)

Collective Impact

今注目されている言葉にCollective Impactという考えがあり、ぜひ私たちはCollective Impactを日本の地域社会で実現していきたいと思っています。
Collective Impactとは、個々の企業の取り組みだけでは限界があり、企業・官公庁・研究機関などがフードバレーのように高い目標を共有しながら、それぞれの強みを持ち寄って産業全体をつくり上げていくことであり、つまりはCollectiveに力を合わせていくことで、社会にImpactを及ぼすような変革を成し遂げようという考え方です。世界をみると、オランダのようにこのような取り組みで成功している国々もあり、日本でも同じようにできるのではないかと考えています。

農業高度化の2つのデジタルトランスフォーメーションアプローチ

これまで説明してきたように、 NTT東日本は日頃からお世話になっている中小企業の方々や一次産業の活性化をデジタル技術を活用して実現することをめざして取り組みを始めたのですが、その実例として私たちが農業分野において進めている取り組み事例を2つ紹介します。デジタルトランスフォーメーションにはModeⅠとModeⅡという2つのアプローチがあります(図4)。ModeⅠは現状のやり方をベースとしながら、デジタル技術で改善して生産性を上げていくフォワードキャストなアプローチです。一方、ModeⅡは全く新しい、例えばオランダのような次世代施設園芸を日本に最適化して導入し、既存の農業を完全に変えてしまおうという、未来を起点に今何をすべきかを考えるバックキャストなアプローチとなります。この両方の側面から取り組むことで、地域に産業を呼び込み若い人が従事する地方創生の流れができるのではないかと考えています。

図4 農業高度化の2つのDXアプローチ

ModeⅠ 山梨モデル

ModeⅠとして山梨で取り組んでいる事例を紹介します。山梨のシャインマスカット農家で、JA山梨フルーツと連携しながら積極的に取り組んでいる農家の方です。この農家では、70歳を超えるご夫婦が10個のビニールハウスを運用しているのですが、夏の山梨は非常に暑く、35 ℃を超えた際に空調が動いていないとシャインマスカットが全部だめになってしまうので、毎日奥さんが空調管理のために10カ所を回り本当に苦しい思いをしています。このような所だけでも楽にできたら、農家を続けていきたいと考えておられ、何とか私たちがお手伝いできないかということで始めました。
この取り組みでは、既存の設備に外付けでIoT機器を設置することで遠隔監視やデータ収集を実現しています。さらに、JA山梨フルーツが中心となり、たくさんの農家の生育データを集めたり、山梨大学発のベンチャー企業が参画し、より高い品質のシャインマスカット品種改良や出荷タイミングの判定などに温度やCO2のデータと生育状況のデータを活用することで、結果的にデータ駆動型で農産物の改良や営農指導ができています(図5)。

図5 山梨市様、JAフルーツ山梨様との取り組み

ModeⅡ 次世代施設園芸モデル

ModeⅡのアプローチとして、私たちも本格的に農業をやるために2019年7月1日にNTTアグリテクノロジーという会社をつくりました。NTTアグリテクノロジー遠藤大己取締役の思いと具体的な取り組みについて紹介します。

【NTTアグリテクノロジー遠藤大己取締役】
実家が米農家で親戚も含めて高齢化が進む中で担い手が不足している現状を見て、将来自分が農業経営をできるのか、儲かる農業や最先端の農業とはどのようなものかを現場で勉強したいという思いからNTT東日本からサラダボウルへのトレーニーを希望しました。
サラダボウルは最先端の農業をリードしている生産法人であり、特徴的なのはオランダ式の大規模園芸施設を日本で複数経営しています。具体的にはハウスの構造や設備に特徴があり、採光性の高いハウス設計がなされ、作業効率の高いさまざまなオランダの技術、ノウハウを活かした創意工夫が日本式で実現されています。
オランダでは日光やCO2など多くの足りないものを補填するのが中心となりますが、日本は高温多湿など、足し算(補填)だけではなく引き算(除去)もしなければいけません。このような難しさを複数の圃場を経営しながら多数のノウハウを日本式に活かすことに成功しているのがサラダボウルという会社です。
それでは、そこに対してNTT東日本が何を提供できるのかというと、1つのキーが生産性向上やエネルギーコストの効率化です。環境制御をするためにLPガスや電気を利用しており、このようなコストを可視化して、いかに効率化するかを実現するために私たちのIoT(Internet of Things)、ICTの出番があると考えています。
実際に、NTT東日本はサラダボウルから圃場を借りて実証実験をしています。そこでは、作物を撮影した画像を分析して翌日の収穫量を推定しています。収穫量が分かれば適切な人員配置ができますし、市場に対して事前に情報を流すことでトマトを余すことなく売ることができます。このようなところでIoT、ICTに可能性があると感じています。
また、サラダボウルだけではなく地域の方々、自治体の方々からもご要望をいただいています。自ら実際に農業に取り組み、フィールドで実証されたソリューションを提供するべくNTTアグリテクノロジーという会社を設立しました。そして、サラダボウルとこれまで以上に連携を強めたパートナーシップを組み、これから全国で大規模施設園芸の構築に貢献して、温室づくりを通じた街づくりを実現していきたいです。

「農業×ICT」による地域活性化・街づくりをめざして

ModeⅠ、ModeⅡをまとめますと、デジタル技術を活用したい農家と、農業を知らない私たちNTT東日本がしっかりと連携しお互いの良いところを発揮していきながら、オランダでの農業の成功などを参考に、地域の大学やコンサルタントなどとともに地域の産業を盛り上げていきたいと思っています。そこでは併せて地産地消のエネルギーを活用する循環型の社会を地域のステークホルダと協力しながら支えていきたいと考えています。

地域発の社会イノベーションを支えるネットワーク

私たちはネットワーク会社なので、地方創生を支えるネットワークをつくらないといけません。NTT R&D、メーカーの方とも一緒につくり上げていきたいと思っています。今はデータサイエンティストによるデータの活用に目が向けられていますが、AIで分析できるレベルの整形済みデータは集めにくいのが現状です。私たちは、しっかりと信頼できるデータが集まるようなデータレイクの仕組みをつくっていきたいと考えています。そのためには、IoTの400億個のデバイスやドローン・衛星などのありとあらゆるところからデータを集めて、そのデータをオープンに社会イノベーションのために活かせるように地域のエッジをつくることを私たちの使命として取り組みたいと考えています。
センサデバイス・ドローン・衛星から得られるデータにはそれぞれ、取得範囲・解像度・情報鮮度などに特徴があり、これらをどう組み合わせてデータを集めるかという観点も重要です。実際に、これまで衛星は光学レンズでしたので、天候が悪いと地表の画像は得られなかったのですが、現在ではマイクロ波などのレーダを使えば天候にかかわらずに地表の情報を得られます。また、急激に低コスト化が進む近距離衛星を何百個も打ち上げて定時でマイクロ波を飛ばして画像を得ることで、かなりの短い周期で情報を得られるようになっています。私たちも2019年10月24日にxData Allianceに加盟して宇宙事業に本格的に参入することを発表しました。
また、ローカル5Gについても、単純にローカル5Gだけをやりたいわけではありません。地域のお困りごとを解決するために、光回線、Wi-Fi、LPWA、ローカル5Gなどすべてをベストミックスでつなげられるネットワークを構築して支えることが必要です。

セキュアなIoT実現に向けて

IoTの課題としてセキュリティの問題があります。IoT端末というのはプロセッサやメモリが低スペックで設置したままアップデートがなされないことも多く、そのような端末にはセキュリティホールがたくさんあるため、データに信頼性がありません。そのため命を扱う医療や自動運転などのミッションクリティカルな用途で使うことはできませんので、それらを信頼できるデータにしていくことが私たちのミッションだと思っています。いろいろな端末がつながる状態でも入口でしっかりと防御し、エッジで適切に処理しながら、きれいなデータに整形し、上位レイヤのデータサイエンティストの方々がそのデータを使用できる環境が重要です。さまざまな利用者に知恵を出してもらって、AIなどで社会イノベーションのために活用してもらえる次世代のエッジネットワークをつくり上げたいと思っています(図6)。
具体的にはIoTゲートウェイなどを通じて、私たちがデバイスをしっかりと死活監視したり、おかしな挙動をした際にはデータも怪しいと判断して収集から除外したりするような推測技術も活用しながら、地域エッジをIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)とセットで私たちがつくり上げたいと考えています。ぜひこれらについてR&Dの方やメーカーの方々にお力添えをいただきたいと思います。

図6 データの信頼性を担保する社会基盤

地域発社会イノベーションを起こすために

最後になりますが、NTT東日本ではデジタル技術を活用した地方創生や循環型社会の実現をめざすパートナーと組むために地域の自治体や農家、大学などをまわろうと思っています。おかげさまでこの取り組みは好評をいただいており、多くの自治体やJA様などから、今まで大きな企業がこのような領域に取り組んでもらえていなかったので、ぜひ一緒にやりたいと言ってもらえています。ただし、世の中には良いところだけ取って、すぐ去ってしまう企業はたくさんいるので、ぜひ根を張って取り組んでほしいといわれています。地域の皆様に支えていただきながら地域活性化や産業育成に取り組みますと自信を持ってこたえていきたいと思っています(図7)。日本を強くするためには地方・中小企業の問題を解決することが必須だと考えていますので、ぜひこのようなテーマについて研究所、関連企業よりご支援をよろしくお願いします。

図7 地域発社会イノベーションを起こすために

問い合わせ先

NTT東日本
経営企画部 中期経営戦略推進室
TEL 03-5359-2240
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