NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

トップインタビュー

「つなぐ使命」を遂行するIOWN構想を軸にNTTの研究開発を伝承し、第一線を光り輝かせよう

技術革新や市場の変化が一層加速する現代社会において、100年を超える電話事業の歴史を通じて培った地域とのつながりを大切に、地域社会の課題解決に臨むNTT東日本。お客さまの安全、従業員などの健康を第一に考え通信インフラの維持に努める田辺博NTT東日本代表取締役副社長にトップの心構えと社会課題解決に臨む事業展開について伺いました。

NTT東日本
代表取締役副社長
デジタル革新本部長
田辺 博

PROFILE

1987年日本電信電話株式会社入社。2008年NTT東日本 岩手支店長、2011年ネットワーク事業推進本部設備部担当部長、2013年ネットワーク事業推進本部エンジニアリング部長、2015年取締役、2018年常務取締役、2020年代表取締役副社長 デジタル革新本部長、NTTイーアジア 代表取締役社長、NTT e-Drone Technology 代表取締役社長兼務。

大きく変化した情報通信の使い方を踏まえ地域社会の期待にこたえたい

副社長にご就任されて1年余りが過ぎましたが、未曾有の事態にどのようなお気持ちを抱かれましたか。

新型コロナウイルスのパンデミックという大変な時期をともにし、支えていただいた社員やパートナーの皆様に、まずはお礼を述べさせてください。ありがとうございます。
さて、この未曾有の事態を技術的な側面から振り返ると、新型コロナウイルスが確認されて約1カ月で原因となるウイルスを特定し、ゲノム配列が解析されました。その後、PCR等の検査方法が確立され、1年も経たないうちにワクチンの製造が始まるなど、医療技術はすさまじい成果を上げました。飛沫が他者に与える影響はスーパーコンピュータによってシミュレーションされる等、極めて高い技術力も示されています。「ペスト」や「レッドゾーン」等の書籍の知識ではありますが、過去のパンデミック時には、医療の第一線が戦い方も分からず、その終息を待つしかなかったという状況にかんがみると、今日の医療技術の進歩を実感します。そして、新型コロナの変異ウイルスが確認される等、混乱の中にいらっしゃる医療従事者の方々の奮闘には頭の下がる思いです。
こうした環境の中、この1年はテレワークが普及する等、情報通信の使い方が大きく変化しました。これをサポートするよう、私たちは筑波大学と独立行政法人情報処理推進機構等に所属する研究者に、当社に入社していただき、テレワークの支援ツールとして、VPNを活用した「シン・テレワークシステム」を開発・提供し、ご好評をいただいています。
そして、Society 5.0時代に、子どもたちの創造性を育む教育やICT環境の実現に取り組む文部科学省のGIGAスクール構想においては、多くの自治体にパートナーとしてお選びいただきました。新型コロナウイルスのパンデミックという大変な時期に、こうして社会の役に立てたこと、非常にうれしく思います。

第一線の社員の皆様の感染対策は大変ではありませんでしたか。

2020年3月ごろまでは具体的なお客さまへの影響が分からないまま、現場では修理やテレワークのための工事をさせていただいていました。先ほども申し上げたとおり、その後、新型コロナウイルスの実態が徐々に明らかになり、お客さまをはじめ関係者や私たちの安全性を確保した対応もできるようになりました。
また、世界的にコールセンタでのクラスター発生が報告されました。私たちも電話サービスの故障に対応する113番、各種商品・サービスに関する総合受付窓口の116番に対応するコールセンタは多くの方に支えられていますが、これまでの知見を活かしてセンタ勤務者の感染を最小限にとどめ、現時点ではクラスター発生を抑えることができています。
ところで、台湾ではデジタル技術によってパンデミックの封じ込めに成功したと報じられています。日本でも医療現場等と連携して私たちの技術をさらに活用すれば、将来、感染防止に貢献できることがあるのではないかと考えます。例えば、実世界とサイバー空間とを結びつけるデジタルツイン技術の活用です。この技術を使って感染ルートのシミュレーションやクラスターの発生源を特定する等の計算をして実世界にフィードバックすれば感染拡大を防ぐこともできると考えます。このように私たちの強みである技術には大きな可能性があり、これによって社会貢献をしていきたいと考えています。

新領域でも地域にしっかりと根付いていきたい

コロナ禍にあってもNTT東日本はチャレンジを続けていらっしゃいますね。

私たちは新領域で地域にしっかりと根付いていきたいと、3年ほど前から支店長やエリア事業部長をアンテナ役としてお客さまのお困りごとやご要望をお聞きする取り組みを始めました。いただいた多くのご意見のうち一次産業に関する問題が大半を占めていました。
そのため、地域の一大産業である農業において、先進技術を活用し、農業分野における新たな可能性や価値を見出し、地域経済の活性化や街づくりの実現をめざして、2019年7月にNTTアグリテクノロジー、畜産・酪農分野における持続可能な地域循環型エコシステムの構築をめざして、2020年7月にビオストック、さらに2021年2月には農業用を手始めに産業用ドローンを開発するNTTe-Drone Technologyの事業を開始するなど、私たちの強みであるICTを駆使して地域の企業や自治体等が抱える課題解決に貢献できるよう努めています。

DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉も定着しつつあり、ICTによる社会課題解決には期待が高まりますね。

これらのほかにも、私たちのICTを活用してお客さまの課題解決に貢献する会社をいくつか立ち上げています。
コロナ禍のテレワークを含め、クラウド技術を活用した働き方は、一過性のものではなく今後のスタンダードになると想定されます。パブリッククラウド導入による業務改善やDX推進等のニーズが顕在化している一方、お客さまは「クラウドについてよく分からないので導入に躊躇している」等、クラウドサービス導入へ障壁を感じています。この課題解決のため私たちのネットワーク力とクラウド活用力でお客さまのサステナブルな成長をサポートするネクストモードを2020年7月に立ち上げました。
そして、2022年には国内市場が約100億円に達するといわれているeスポーツを通じて、「新たなつながりや体験」の創出・新しい文化や社会の創造・地域活性への貢献を目的に2020年1月にはNTTe-Sportsを、さらに、デジタル化を通じて地域の価値ある文化や芸術を発信し、地域と地域・地域と世界をつなぐことで地域活性化・経済循環への貢献をめざして、2020年12月にはNTT ArtTechnologyを設立しました。
ほかにも私たちの強みが活かせる分野があると考えています。特に大学との連携においては、これまでは工学部との連携が比較的多かったのですが、大学のさまざまな分野の研究者との連携も進めており、今後これをさらに強化していきたいと考えています。大学は地域に根差していますし、そこの先生方は専門家であるばかりではなくその地域の課題解決のハブとしてご活躍されている方も多数いらっしゃいます。なかには、ICTを必要とされる分野もあるでしょうから、お互いの強みを掛け合わせて課題解決に臨みたいと思います。

引き継がれてきた技術と情熱

副社長はNTTに入社されて34年ですね。どのような道のりを歩まれてきましたか。

実は、NTT技術ジャーナルには非常に思い入れがあります。入社1年後に技術開発部に配属され、そこで「(NTT技術ジャーナルの前身である)「通研月報」と「施設」のバックナンバーをそろえて、さまざまな通信技術についての詳細やそこに込められた担当者の考え方をまとめて年表をつくるように」と命じられました。当時、NTT日比谷ビルの図書館で埃をかぶっていたこれらの雑誌を掘り起こし、年表を作成しました。今回インタビューを受けるにあたり、真っ先に思い出したのが当時の記事を集めたファイルです。
また、その後ケーブル回りの構造物や光関連システムの開発をしていたときのことですが、そのころは研究所で基本的な研究をして技術開発部で事業導入するための仕様書を書き、メーカや導入する現場の責任者らと日々議論して形あるものにしていました。あるとき、打ち合わせの前に書庫にある膨大な資料を読むようにと先輩に言われたのです。それは過去何年にもわたってコストや技術について議論された内容が書き記された資料でした。これを読んでから会議に出席すると議論の経緯や背景を理解できるので、議論されていることの肝が分かるのです。そして、お客さまに品質の高いサービスを提供するという使命の下、先輩たちが徹底的に追究した証を書き残した資料を読むたびに自分の甘さを思い知らされたものです。この習慣は先輩から後輩へ技術の伝承や開発にまつわる背景、情熱を引き継ぐ仕組みが確立されていたとも言い換えられます。
ただ、今はスピードが求められる時代であり、当時とは違ってNTT主導型の技術が少なくなり、必ずしも私たちが技術の中心にいるわけではありません。世界中の技術やサービスをいかに早くお客さまの使いやすい形に整えるかを求められる中、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想はNTTが中心となって仲間づくりをしていることもあり、これを軸に新たな時代における、NTTの研究開発の文化、情熱が伝承されていくものと考えています。

技術と情熱を引き継ぐ中で大切にされてきたことはどんなことでしょうか。

こうして技術屋として歩んできた道のりを振り返ると、この10年は現場の力をもっと磨き、光り輝かせていこうとしていたのだと思います。13年前、支店長として岩手に赴任しました。当時は、なかなか現場に光が当たらず、新しい社員も配属されず、社員は日々必死で目の前の仕事をしているという状況でした。この状況を打破しようと本社へ戻っても現場を支える、育成する仕組みを考えていました。
東日本大震災から10年の月日が経ちますが、思い起こすと岩手支店の社員は災害発生時も「このエリアの通信は自分たちが守る」という気概を持って働いていました。災害現場は人の手で対応しなければならないことが非常に多いので、こうした気概を持つことはとても重要なのですが、実は、災害時だけでなく平時においてもプライドと極めて高い生産性を持ってお客さまに接していることを、現場の底力として注目されるようにしたいと思っていました。
そこで、生産性に着目して現場の仕事のやり方や、風土を変え、DXによって仕事を高度化することに注力してきました。こうした活動を通して、現場の第一線で活躍している人が輝けるよう、第一線にも変化を求められていることを理解してもらうよう努めてきました。現在は、デジタル革新本部のトップという立場ですが、こういった努力は現場、本社関係なく必要なものだと思っています。そして、私たちが持つ多種多様な技術・ノウハウと日本中のさまざまなお客さまのご要望を結び付け解決していく力を、DXによってさらに強化していきたいと考えています。

熱い現場を渡り歩いて来られたのですね。忘れられないお仕事はありますか。

今でも胸が痛むのは東日本大震災のときのことです。震災当日、私は出張でNTT東日本本社のある初台におり、地震発生直後、現場へ戻りたくても戻る手段がありませんでした。あれこれと手配する中で、秋田空港から現場へ戻れるとなった日の早朝に一本の電話が入りました。「NTTの作業服を着ていると被災した方々から“私が無事であることを家族に伝えてほしい”とメモを渡されるがその橋渡しをしても良いか」という現場からの相談でした。私が「まずは施設の復旧だ」と返答したところ、「現場がどうなっているか分かっているのか。いつも地域のために働けと言っているじゃないか!」と電話をガチャリと切られました。現場へ戻った私は、メモの橋渡しをした社員はもちろん、他の社員も総出で、復旧やお客さまのサポートに向けて現場で懸命に働いている姿を見て、彼らをものすごく誇らしく思ったことを今でも覚えています。また、2011年3月末に、定年退職される方々は「こんなときに仕事を辞めて申し訳ない。最後まで働かせてほしい」と涙を流していました。
私は今でも、必死になって地域のため、そして社会インフラとして、通信をつなぐ使命のために、復旧に取り組んでくれた社員に、「頑張ってくれてありがとう」と声をかけることしかできなかった自分の力の至らなさに心が痛みます。
こうした経験から、現場に光を当てること、現場の社員に輝いてもらうことに軸足を置いてきましたが、今のままが良いという思いが強くなるとお客さまからのご期待に沿えなくなってしまいます。例えば、固定電話から携帯電話に通信手段が変化したように、お客さまの期待も時代とともに変化しています。これらを支えてきた職人気質の思いを新しい方向へ広げていくことも大切だと考えています。新しい分野と通信の掛け算をして現場を輝かせていきたいのです。

最後に研究開発に取り組む方々へ一言お願いいたします。

NTTの研究所はIOWN構想によって軸ができてきたと思います。そこにはゴールへ向かっていく研究開発者の熱意や勢いを感じています。研究開発には1つも無駄なものはないと、自信と誇りを持って、NTTグループ、そして社会を牽引していただきたいと考えています。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

※インタビューは距離を取りながら、アクリル板越しに行いました。

インタビューを終えて

今から34年前、学生時代に都市計画を専攻していた田辺副社長は、公共性の高い仕事に就きたい、これからは情報通信が生活基盤に大きな影響を与えるだろうと見込んで、NTTの門をたたいたとおっしゃっていました。先輩の残した資料や被災地で懸命に働く方々を前にして自分1人では無力であると感じてきたとおっしゃる田辺副社長。ご持参くださった古いファイルやたくさんの資料から、志の高さや謙虚なお人柄がひしひしと伝わってきます。「仕事とは多くの方に喜んでいただけることをすることではないでしょうか」というお言葉には「公共性の高い仕事に就きたい」という初心がいまだご健在であることがうかがえます。
最近はオープンカーに乗って、風を受けながら朝焼けや夕焼けを楽しみ、コロナが終息したのちには、岩手支店勤務のときに魅せられて以来の趣味である、ジャズ喫茶巡りの再開を心待ちにしているそうです。全国150店は巡られ「昭和だなぁ」と目を細める田辺副社長。
震災のご経験に涙されるお姿や社員に向ける笑顔、そしてご趣味を照れながら話されるご様子にあたたかさを感じ、「ICTる?」と聞かれるまでもなく、仕事に大切な愛情と人情を教えていただいたひと時でした。