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挑戦する研究者たち

研究者どうしの何気ない会話から共同研究の機会が生まれ、研究活動は広がる

日本のデータセンタの消費電力は2015年時点で日本の年間消費電力の1%という試算があります。データの処理や伝送の高速・大容量化に伴い、消費電力は増加傾向にあるため、この低減は重要な課題となっています。この課題解消に向け、シリコン基板上に化合物半導体を高密度集積する革新的な技術の研究開発により、光・電子融合集積回路の実現をめざす松尾慎治上席特別研究員に研究活動の進捗と研究者としての姿勢を伺いました。

松尾 慎治 上席特別研究員
NTT先端集積デバイス研究所
NTT物性科学基礎研究所

IOWN構想の1つ、超低消費電力の実現をめざす

現在の研究内容を教えていただけますでしょうか。

インタビューしていただいた2015年は、ちょうど半導体レーザをシリコン(Si)基板上に作製する技術の基本ができたころでした。その後、チームの努力が実り、リサーチというフェーズからディベロップメントへ移行してきたと実感しています。当時は新技術であるがゆえに懐疑的な意見も聞かれましたが、今では好意的に変化しているという手ごたえもあります。基礎的な研究から応用研究、そして実用化・開発までを一貫して取り組んでいるNTT先端集積デバイス研究所の特徴そのものを体現しており、社会的に受け入れられ、より使われるデバイスに仕上げるための検討を進めています。
こうした流れの中、現在大きく2つのテーマに取り組んでいます。1つは高密度・低消費電力な短距離光インターコネクションに向けたデバイス技術開発です(1)(図1)。IoT(Internet of Things)の進展やAI(人工知能)の利用拡大等により、データの処理や伝送の高速・大容量化が加速していく中、消費電力は増加傾向にあるため、この低減は重要な課題となっています。そして、この課題はIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想において超低消費電力としてテーマとなっています。これを実現するために、これまで電気配線が利用されてきたデータセンタ等に設置された機器のボード(回路基板)内の短距離通信に光技術を適用することで、データの処理や伝送にかかる電子機器の高速化と低消費電力化をめざす光インターコネクションの研究開発を進めています。
ボード内光インターコネクション用の光源として、Si基板上に作製した薄膜(メンブレン)直接変調レーザダイオード(LD)を開発しています。Si基板上にLDを作製することで、波長多重回路や受光素子といった光デバイスを高密度かつ低コストに作製可能な、Siフォトニクスの技術が適用できます。さらに屈折率の低い二酸化ケイ素(SiO₂)層の上にLDを形成することで、LDの小型化と低消費電力化を実現することができるのです。また、現在、さらに消費エネルギーを小さくするLDを実現するために、フォトニック結晶を用いたLDを開発しています。今後は、大容量化と高密度集積化に挑戦し、さらにはCPUやGPUといった演算処理回路との融合を進め、将来の情報処理基盤の発展に寄与したいと考えています。
もう1つは、世界最高速の帯域100 GHzを超える直接変調レーザの開発です(図2)。東京工業大学(東工大)と共同で、高熱伝導率を持つ炭化ケイ素(SiC)基板上にインジウムリン系化合物半導体を用いたメンブレンレーザを開発しました。直接変調レーザとして世界で初めて3 dB帯域(周波数が高いほど低下するレーザの出力が70.7%まで減衰する周波数帯域)が100 GHzを超え、毎秒256ギガビット(2560億ビット)の信号を2km伝送できることを確認しました。この成果は2020年、英国科学雑誌 『Nature Photonics』のオンライン速報版で公開されました(2)。
直接変調レーザは、現在、データセンタで広く使用されていますが変調速度に限界があることが課題とされてきました。この技術を用いれば予想されるトラフィックの増大に低コスト・低消費電力に対応でき、研究開発を進展させればIOWN構想を支える大容量光伝送基盤の実現に貢献できると考えています。将来的には光を中心とした革新的技術を活用し、これまでのインフラの限界を超えた高速大容量通信の実現をめざします。

課題やテーマを探すときに大切にしていらっしゃることはありますか。

研究者にとって情報収集はとても重要だと思います。積極的に学会へ参加し、社内外の研究者と直接話して、NTTの技術やコンペティタの方々が注目する技術の動向を注意深く見守っています。
経験の浅いころは学会へ参加しても、発表された内容を理解しているか、目上や高名な研究者にどう声をかけようかと物怖じしたこともありましたが、経験を積んだことでそうした悩みは減りました。また高名な研究者や発表者と世代が近くなり、講演をさせていただくようになりました。かつては話すことも難しいと思っていた方からもお声がけいただけるようになったことを考えると、焦らずに積み重ねていく大切さを実感するとともに、こうした積み重ねや努力があってこそ築けるのが周囲の評価だと思います。
振り返ってみると、若いころは特に英語に慣れていないこともあり、学会で声をかけるよりも論文で勉強していたほうが気分的には楽でした。しかし、研究所にこもって勉強しているだけでは新しい刺激を得ることは難しいと気付き、学会のような「場」に臨み、集中的に情報収集して取捨選択することの有用さを実感しました。
また、研究の継続のために、自らの研究を理解していただくことが重要になってきます。概して日本人は自分の主張が弱い傾向にありますが、外国籍の研究者との交流が盛んになり、彼らが自分の考えを端的に、魅力的に表現するのを目の当たりにし、その重要性が分かるようになりました。研究は明るい未来を創造するためにあると考えれば、目の前の人にいかに自分の構想が明るい将来を描いているかを伝えられなければ理解してもらえないのも当然です。さらに、研究者は地道にコツコツというイメージもあるし、自負もあると思いますが、企業の研究者であることを踏まえて、自社のため、社会のために何ができるかと考えて研究を続けられるように働きかけることも大切ではないでしょうか。そのためにも自社が何に注目し、何が課題なのか等の動向を踏まえておくことも必要だと思います。
NTTの研究所には、年に一度、研究企画の見直しや所属グループでの検討等、自らの企画のアピールをし、自分に向けられている要望を知る機会があります。対外的に大々的にアピールすることも大事ですが、こうした機会を利用して身近な存在に自らの価値を理解してもらう活動にも努めていきたいです。

研究者の役割は経験の深さによって変化する

研究者には研究以外にもさまざまなスキルや役割が求められているのですね。

情報収集やネットワークの構築に加え、研究テーマの見極めも重要な研究者の仕事です。
研究テーマを見極める際に、私は人員や設備、装置をかんがみて、自分たちでその財産を担えるのかという自問自答をしています。装置等を購入するとなったら億単位の金額が動きますから、テーマの追究は社会にとって重要なものとなるかを基準にし、慎重に選択しています。
それから、研究成果には常に責任が伴います。私たちのような性能勝負の研究では、自分たちでつくってその正しさを示すことが重要ですし、ディベロップメントの段階においてはどれだけ簡単につくれるかということも重要になります。ただし、この原則に縛られすぎてもいけません。自分たちでつくれることは大前提ではありますが、これは面白そうだとか、役に立ちそうだという、研究者としての感覚も大切にしています。加えて、「つくれる」という見通しも人それぞれであることも踏まえておきたいことです。
ところで、研究者という概念は経験の深さによって変化するものだという実感があります。例えば、最初の10年程度は自分で考えて自分の力で実現していけるのが研究者だと考えていましたが、その後は周囲の影響の大きさを知りました。現在は学会や国際会議における役員・委員、NTTの研究所においては上席特別研究員としての役割を担っています。これらを通じて、いかに後輩をはじめその分野の研究者にとって有意義な研究環境を整えることができるか等、研究分野や研究者のコミュニティまで考えるのが研究者であり、役割であると考えるようになりました。

国際会議の招待講演を依頼されることもあるそうですが、それは研究者として名誉なことだと思います。招待講演のエピソードについてお聞かせください。

招待講演を受けるのは研究者にとって大変名誉なことです。そして、招待講演はモチベーションをアップするのだけではなく、自らを振り返り、研究分野の立ち位置を再認識して、未来への展望ともつながっていると実感しています。
初めての招待講演は1993年ごろ、NTTに入社して5年目でした。これは現在の研究にも関連することで、CMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)にLDを作製する方法について講演させていただきました。当時は作製方法が斬新であると評価され、ブームだったこともあって3、4の学会等にご招待いただきました。せっかくお招きいただいたのだから恥ずかしいことはできないと必死でした。英語による発表の経験も浅く、通常の倍の持ち時間ですから、暗記するほど一生懸命に練習して発表したことを覚えています。
とてもうれしかった講演は、2015年にヨーロッパで開催された会議でその分野の第一人者が担うチュートリアル講演をさせていただいたことです。たまたまそういう雰囲気だったのか、習慣なのかは分かりませんが、登壇すると同時に拍手が沸き起こりました。何ともいえない高揚感がありました。チュートリアル講演などでは、経験豊富な講師がその分野の歴史と自分の研究の位置付けやビジョンを冒頭で語ることが多いのです。このように過去・現在・未来を自分なりに語ることで自分の考えを整理でき、研究分野の歴史のどこに自分が位置し、担っているかを確認できることがモチベーションアップにつながります。また、講演内容を推敲するのに過去の論文を読み返すことも結構勉強になるのです。
それから若い方へのレクチャーもうれしいですね。2019年にIEEE Photonics SocietyのDistinguished Lectureの講師5名のうちの1人に選出され、米国やカナダを回りました。電子工学科の大学院生に向けて研究に関して講演するのもさることながら、学生と触れ合う機会を持てることも楽しみです。今何をすべきかといった自分なりの考えを語るとき、彼らが素直に耳を傾けてくれるのがうれしいです。インドやブラジルも訪問する予定でしたが、残念ながら新型コロナウイルスのパンデミックによって実現していません。

重要な資質は「しつこさ」

若い研究者の皆さんに一言お願いします。

最近は研究者も時間がなかなか取れない中で活動していますから、焦る気持ちも十分に分かります。しかし、私の場合は中堅になってから新しく立ち上げたテーマで今の実績を残せていますから、時間がない、自分に蓄積された知見などがないと、心配しなくても大丈夫だと伝えたいです。
私は、うまくいくことを信じて活動していますが、もしかしたらこれがこの結果につながったのかもしれません。うまくいくことを信じられるかどうか、モチベーションには大きくかかわると思います。当然、信じていてもうまくいかない研究も山ほどありますし、偶然や運による部分も大きいと思います。どんなに優秀な方でもうまくいかないこともあれば、たまたまうまくいってしまうこともあります。何がどう作用しているかは分かりませんが、ネガティブに考えても仕方がないので、うまくいくことを信じて研究しています。偶然うまくいったとはいえ、そこには目の前のチャンスを逃さない感覚も大切になってきます。そのためにも情報収集は欠かせません。学会への参加はもちろん、積極的に学会の委員・役員になることで、情報収集の場が大きく広がります。
そして、研究者にとって重要な資質は「しつこさ」です。当然、研究はうまくいくときばかりではありません。周囲からの重圧を感じるときもありますが、コアな技術や考え方をしっかりと持ちつつ、時代や環境に合わせられる柔軟性を持って、しつこく続けることでこうした重圧をはねのけることができます。
さらに、研究者とはいえ、私たちは社会の一員であることを忘れないようにしましょう。すぐ上の先輩や周囲の方々に自分のしたいこと、研究の意義をアピールし、納得していただきましょう。理解を得られないと研究は続けられません。そのうえで周囲の意見に耳を傾け、取り入れながら研究を進めていきましょう。私たちの研究にとっては周囲との協力関係の構築はとても重要ですから、主張と受容のバランス感覚が大切なのです。
最後にもう一言、国際的な活動を通じて得た教訓から、英語力は若いうちから磨いたほうが良いです。外国籍の研究者と気軽に話せるオープンなマインドも養っておけば将来の研究活動もより楽しくなると思います。学会の準備や発表後の何気ない研究者どうしの会話から共同研究の機会が生まれ、研究活動が広がると思います。学会の友人は大事にしましょう。

■参考文献
(1)https://journal.ntt.co.jp/article/6173
(2)https://journal.ntt.co.jp/wp-content/uploads/2021/02/JN20210283.pdf