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トップインタビュー

技術目線、社会目線、そしてひらめきを鍛えよ

あらゆるモノに「寄り添い」「しなやか」な情報ネットワーク社会基盤の実現をめざすNTT情報ネットワーク総合研究所。来るべき新しい社会を自らの手で切り拓く責任を自覚し、社会実装される技術を創出する誇りと喜び、研究開発者としての大きな夢を持ちながら、日々の業務に取り組んでいます。立元慎也所長に研究者のトップに求められる力、研究開発における備えておくべき力について伺いました。

NTT情報ネットワーク総合研究所
所長
立元 慎也

PROFILE

1990年日本電信電話株式会社交換システム研究所入社。2000年NTT持株会社第二部門担当課長、2003年NTTネットワークサービスシステム研究所主幹研究員、2009年NTTドコモネットワーク開発部担当部長、2014年NTTネットワークサービスシステム研究所プロジェクトマネージャ、2018年NTTネットワークサービスシステム研究所所長を経て、2020年7月より現職。

研究と開発の連続性

NTT情報ネットワーク総合研究所について教えていただけますでしょうか。

NTT情報ネットワーク総合研究所(NW総研)は、あらゆるものを「つなぐ」情報ネットワーク社会基盤の発展に貢献するため、「Simple」「Smart」「Sustainable」なネットワークを実現する技術の研究開発を推進しています。
さらに、未来のコミュニケーション基盤であるIOWN(Innovative Opti­cal and Wireless Network)構想の実現に向け、トランスポートネットワークのオールフォトニクス化を進めてポテンシャルを最大化すると同時に、迅速なサービス提供とバリューチェーン最適化を図る「コグニティブ・ファウンデーション」による柔軟なネットワークの研究開発、および環境負荷ゼロに資する革新的な環境エネルギー技術の研究開発という新たな取り組みに注力しています。
NW総研では3つの研究所にてこうした研究開発に取り組んでいます。1つは、将来の情報ネットワーク基盤、およびその上で提供されるネットワークサービスの研究開発を行うネットワークサービスシステム研究所、2番目は、光と無線の連携によってエリアをカバーするアクセスネットワーク、およびその上で提供されるアクセスサービスの研究開発を行うアクセスサービスシステム研究所、3番目は、環境負荷ゼロに向けた次世代エネルギー技術、サステナブル技術、および地球規模の危機に対する環境適応技術やレジリエントな社会の実現をめざした研究開発を行う宇宙環境エネルギー研究所です。この3つの研究所におよそ500人の研究者が在籍し、日本の情報通信技術の研究開発の中核として、エネルギーを含む要素技術の研究をはじめ、ネットワーク全体のアーキテクチャからオペレーションにいたる、幅広い研究成果によって世の中に貢献していきたいと考えています。
さて、NW総研のある武蔵野地区は、逓信省の電気通信研究所に端を発して、電電公社、そしてNTTへと、日本における通信ネットワークの研究開発拠点として脈々とつながっています。当初は電話を中心とした研究開発で、研究成果によりネットワークを構築し、ネットワーク内の装置やシステムの多くは研究所にて考案された仕様により構成されていました。ネットワークが電話からインターネットの時代を迎え、ネットワークを構成する装置やシステムも世の中の汎用製品やオープンプラットフォーム等が使われるようになり、それを利用したさまざまなネットワーク機能やサービス、オペレーションへと研究開発を拡大してきました。今後IOWNに向けては電気から光へと通信や情報処理の主軸が変化していきます。これを機に、再び私たちの研究成果をネットワークやシステムに活かし、今度はそれを世界にも展開していきたいと考えています。まさに、電気通信の研究開発発祥から現在、そして未来に向けて、過去の成果やノウハウを継承しつつ、研究開発や世の中への貢献のスタイルを時代に柔軟に適応させながら新しい技術にチャレンジしてきています。

時代の変化を踏まえて、研究活動における重要なポイントを教えていただけますでしょうか。

私は研究開発には次の3つの形態、アプローチがあると考えています。
1番目はまさに研究者として技術目線で技術そのものを極めていく手法です。昨日の技術よりも今日の技術は、例えば、性能が10%上がったとかコストが下がるといった着実に技術を積み上げていくという技術評価による研究開発です。
2番目は社会目線の研究開発です。将来、社会をこう変化させたい、なってほしい、もしくは社会のこんな課題を解決したい・貢献したいという思いを基に自分の研究開発のテーマを設定するという目線で研究開発を進めるものです。
3番目は、ひらめきです。ある日、ふと思いついたことが世の中に非常に大きな役に立つ、もしくは全く異なる分野のAという仕組みとBという仕組みをなぜか組み合わせたら全く新しいCという仕組みが出来上がったというひらめき型です。
技術目線と社会目線は、ある程度は学習的な方法で養えると考えています。例えば、技術目線については大学時代から続けてきている研究開発のスタイルだと思いますから、論文を読んで、もしくは、自らの実験結果から明示された欠点や課題を改良する手段を繰り返し検討して次の新しい技術を生み出していけます。社会目線は日ごろの生活や世の中の情報から自分の技術の活かし方を検討することです。全く違う分野の課題であっても、自分の技術はここで使えるのではないかといった発想につながることがあります。ただ、3番目のひらめきについては、ふとしたきっかけによることが多く、学習によって確実に身に着けていくようなものでもないと思います。ひらめきに備えて知識の引き出しを増やすとともに、常に「もしも~だったら」の問いかけを自らし続けることでしょうか。
これまでのネットワークやそれを構成するシステムは、特定のサービスに向けて一度構築すると長期にわたっての運用が前提となることから、研究成果をタイムリーに導入することが難しいケースも多くありました。しかし、これから世の中の変化はますます速く激しくなっていくので、研究の初期段階からそれをどう使っていくかといったビジョンをもって研究を進め、開発につなげていくことが重要だと考えています。まさにIOWN構想がそれにあたるもので、オールフォトニクス・ネットワークをはじめとするビジョンの実現に向けて、さまざまな研究を連携させて、ネットワークの開発につなげていくことが重要になっています。また、これからはネットワークも仮想化をベースとしたシステムに変わっていきます。その柔軟性を活かし、研究成果を部分的・一時的に組み込んで、運用しながらタイムリーに磨き上げていくといったこれまでは難しかった導入方法も可能になると考えます。

しっかり議論して、ステークホルダが納得する判断、決断を下す

開発者としてのご経験を踏まえて、研究者のマネジメントについてお聞かせください。

私は開発畑を結構長く歩いてきました。大学では機械工学を専攻し、ロボットの研究開発をしてきましたが、NTT入社後は電話やシステム開発を中心に1990年代にはATM(Asyn­chro­nous Transfer Mode)、2000年代にNGN(Next Generation Net­­work)の開発を担当してきました。
開発者だったころ、自分が研究開発した成果が世に出て皆様に使っていただけることに、大きな喜びとやりがいを感じました。また、研究所長として社会貢献の意識・姿勢は変わらないまま、私たちの技術の活かし方を多くの研究者とともに考え、今までよりは広い視野に立って、将来を描きながら検討できることはありがたいと感じています。
研究者の皆さんと議論できるのは本当に楽しいことです。特に、私たちの研究開発を良い方向へ導いていくプロセスをドライブできることには大いにやりがいを感じます。もちろん、それに伴う責任はあるので、自分が言ったことが本当に正しいのかと自問自答することもあれば、情報や反応、議論等を通して必要であれば自分の方向性を変えることもあります。こうした方向性を定めるプロセスすべてが私の仕事だと考えています。
私はこうした決断・判断をするポイントは3つあると考えています。1つは情報の正確性です。次は議論が十分にできたか、特定の意見だけではなく、さまざまな視点による見解を踏まえて議論ができたか。そして最後はそれが実際に実現し、成果につながる見通しがあるかどうか。中には即座に白黒つけてくれといわることもありますが、常にこれらを踏まえて判断、決断をしています。研究開発を取り巻く環境は刻刻と変化しているので、その時々の状況に合った最適解についてしっかり議論して、ステークホルダが納得した判断、決断を下すことを心掛けています。

忙しい中でも議論の場を頻繁に設けられているのですね。

議論といっても、大きな会議の場ばかりでなく、案件ごとに個別のかたちでの議論もしています。ニュアンスを理解して、視点を変えた検討を促すことはよくあります。先ほどお話したひらめき型のような議論もしています。全く予想もしてないところから、こんなことも考えられるんじゃないとかと話したことが発展につながることもありますし、逆に首を傾げられることもあります。こうした日常を顧みると、研究者としては、思いつきであっても互いの意見やアイデアを言ってみて議論すること、その意見を受けて異なる視点で考えてみることが大事であると感じます。
新型コロナウイルスの感染拡大防止でリモートワークが中心となり、なかなか対面でのディスカッションの機会が持てない状況の中、多くはWeb会議等での議論となっていますが、ひらめき的な会話はPCを通して聞こえてくるのと目の前で言われるのとでは異なる伝わり方をします。ましてや目の前でお互いの目を見つつホワイトボード等を使って絵を描きながら、「じゃあこれはどうなんだ」等と議論するのとは、だいぶ伝わり方、共鳴の仕方が変わります。見方を変えれば、これも1つの検討課題です。実感としての伝わり方の違いやフラストレーションの解消法など、リモート社会での円滑なコミュニケーション促進はこれからの大きなテーマです。

その技術が実現する世の中を語る

納得したうえでの判断、決断を下す、つまり、研究成果だけでなく、情熱も大切にしているのですね。

しっかり議論し、判断、決断する中で、一番辛いのは自らの判断の結果として悲しい結論を研究者に伝えることです。例えば、これまで進めてきた研究やテーマを環境の変化などによって中断せざるを得なくなった場合などです。物事の大小はあっても、それを担当してきた人はこれまで一生懸命に取り組んできたテーマだからです。ただ、特定の研究テーマに一生懸命に取り組んできたからこそ、そこから伸びる枝葉は必ずあります。手掛けてきた技術や検討してきた材料は新しい分野でも何らかのかたちで活きてくるので、ぜひそこへつなげてほしいと激励しています。
基本的に、個性が強く、さまざまな意思・意義を持つ研究者を上から強制的に押し付けるとか、特定の方向を無理に向かせるとか、そういうことは絶対にしたくないです。むしろ、さまざまな方向を向いて、それぞれに尖っていくというか、これからの時代はそれが大事だと思いますし、それなりに将来に向けたレールは敷きますが、そのレールから外れることがダメではないのです。外れたほうが将来的にそれが正しい方向になるかもしれないからです。だからこそ、それぞれをしっかり伸ばして、温めていきたいですし、研究者の皆さんには今すべきことはしっかりやりつつ、そこから将来に向けた枝葉を大切にしていただきたいと思います。

社内外の研究者・技術者の皆さんにメッセージをお願いいたします。

自分のスタイルを大切にしつつも、世の中の変化やその時々の環境に合わせて、さまざまなスタイルや情報を取り入れて自分の研究の先に次々と枝葉をつけていくことで、研究の幅を広げていただきたいと思います。それが将来的には自分の人生の幅をも広げることにつながると思います。
私はインターネットにあふれているニュースに対するさまざまなコメントに学ぶことがあります。かつてはマスメディアによって整理された模範解答以外にはあまり触れる機会がありませんでしたが、今は良くも悪くも多くの人がネット上で自由に発言することができるようになり、模範的な共通解に収まることは少なくなりました。膨大かつ多方面に好き勝手に向いているコメントからどこに自分が位置しているかを理解することが、先行き不透明な世の中では重要ではないかと思います。真偽が定かではない情報が発散したり、混在したりする中で、精査や見極めをすることは非常に難しいと思いますが、ここから学ぶことはたくさんあります。私たちが情報通信キャリア・プロバイダとして解決すべき課題もみえてくるのではないでしょうか。
さらに、自分の成果が技術的に優れていることは研究者として世界に認められる大きな条件の1つですが、自分の手掛けている技術のすばらしさを学会や論文でアピールしていくという研究者の基本スタイルに加え、常に社会への貢献についても意識していきましょう。専門家には技術で認められつつ、一般の人にはその技術が実現する世の中を語るのです。「私の技術は将来こんな世の中をつくれるんですよ」と。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

※インタビューは距離を取りながら、アクリル板越しに行いました。

インタビューを終えて

緑豊かな武蔵野の地に立つ研究所の長として、連日、ミーティングに参加して議論を交わす日々を過ごされているという立元所長。息抜きといえばお茶を飲む程度で、ご趣味のドライブにも昨今の状況から出かけられていないとおっしゃいます。しかし、その面持ちはとても穏やかです。聞けば立元所長の座右の銘はメリハリと柔軟性で、学生時代からのご趣味のバンド活動からの教訓だというのです。「音楽も抑揚で活きてくるように、OFFモードのときにしっかり充電してタメをつくり、ONモードへの切り替えで一気に集中して盛り上げるのです。また、この先のことは誰も分からないからこそ、環境の変化に柔軟に対応しつつも流されることなく自らの道を見極める力が大事なのではないでしょうか」とまたニッコリ。残念ながらバンド活動のお写真は拝見できませんでしたが、紡がれた言葉や笑顔にギターを情熱的に弾き、全力で開発に臨まれる若かりし頃のお姿を想像したひと時でした。