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少し未来の情報通信ネットワーク像を提示。 大規模計算基盤のための光パス設計技術の研究

現在の情報通信ネットワークの課題として、「柔軟性の欠如」があげられます。例えば拠点間で新たに光ファイバ回線を設定しようとする場合、かなりの手間が掛かるでしょう。今回は、自由に切り替え可能な柔軟なネットワークの構成をめざして「大規模計算基盤のための光パス設計技術」の研究に取り組む井上武特別研究員にお話を伺いました。

井上 武 特別研究員

NTT未来ねっと研究所

PROFILE

2000年日本電信電話株式会社入社。科学技術振興機構 ERATO湊離散構造処理系プロジェクトERATO研究員(2011年6月〜2013年6月)、NTT未来ねっと研究所(2013年7月〜現在)、早稲田大学 基幹理工学部 非常勤講師(2016年9月〜)、NTTコミュニケーション科学基礎研究所(2020年3月〜)。

5年先、10年先のネットワークを見据えた技術開発

◆NTT未来ねっと研究所ではどのような研究を行っているのでしょうか。

これまでNTTが構築・管理・運用してきた都市間を結ぶ中継伝送路は、トラフィック予測に応じた容量の光ケーブルと伝送装置により構成されています。このトラフィックについては、従来は、伝送路が構築される都市間単位でみると、例えば「朝から徐々にトラフィックが増えていき、夜寝る前にピークを迎え、深夜にはトラフィックが少なくなる」「大手検索サイト、有名動画配信サイトなどとの間の通信が多い」など特定の傾向があり、ある程度予測することが可能でした。ところが近年ではユーザの行動も多様化し、システムや端末も高機能化・高速化したため、トラフィックも年々数十%の勢いで増加傾向にあるとともに、トラフィックの変動も多様化することで予測しづらくなり、トラフィックが既設の中継伝送路の容量をオーバーする懸念が高まってきます。
こうした懸念に対してこれまでは、中継伝送路の新設・増設で対応することになりますが、そのために数カ月単位の時間が必要となるばかりか、トラフィックの予測精度に依存して早晩同様な容量不足が発生します。そこでこうしたトラフィックの変動に対して中継伝送路を柔軟に構成することで、新たなアプリケーション等による通信の可能性をさらに広げることができるのではないか、という考え方が出てきたのです。
柔軟なネットワーク構成を実現するため、NTT未来ねっと研究所では構成技術の研究を進めています。
研究所内で光の専門家が集結している「トランスポートイノベーション研究部」では、1本の光ファイバの中を通る光の数を増やしたり、光ファイバの中の光の通り道(コア)の数を増やしたりすることで広帯域の光信号を送る研究をしています。
そして私の所属する「フロンティアコミュニケーション研究部」では、光ファイバ内の光信号を別の光ファイバへ最適に切り替える技術や、中継伝送路網の中で光信号の経路を最適に切り替える技術の研究開発を行っています。本日はその中から、「通信ビルにおける光ファイバ配線切替装置群の効率的な網構成技術」および「光パス伝送モード自動最適化技術」の2つの技術について簡単に紹介します。

◆「光ファイバ配線切替装置群の構成技術」とはどのような技術なのでしょうか。

通信ビルから他のビルや他の事業者まで新たに光伝送路を通す場合を考えてみましょう。
例えば図1の左図では、左下から入ってきた赤色の光ファイバを右下の光ファイバにつなごうとしています。しかし、途中の配線切替装置は、3つのバツ印で表されるように右下へとつなげられません。これを「ブロック」、または日本語で「閉塞」と言いますが、そうした場合、従来のアプローチでは右図のように切替装置を追加して開通させることを考えていました。しかし、この方法では高価な配線切替装置を数多く設置する必要があり、経営上好ましいとはいえません。
そこで、最適な配線切替装置数とその配置を数学的な方法で決定する技術を開発しました。具体的にいうと、今まで階層構造を取ることが一般的であったネットワークの構成を見直し、下位から入ってきた光信号が上位を経由せずに折り返すことを許可したり、ブロックの発生を完全に防ぐのではなく、例えば100万分の1など運用している間には「ほぼ起こりえない」といえるくらい低い発生確率である場合には許容したりすることで、効率的な網構成を探索します。
これには数学の中でも、特にパズルを解くような分野の数学を活用しました。「離散数学」や「グラフ理論」といった言葉をお聞きになったことのある方もいらっしゃるかもしれません。
この技術により、実際に、光ファイバが2万本入っている状態で毎年数千件の接続要求が寄せられると想定したネットワークにおいて、5時間の計算により切替装置の台数を42%削減できることを証明しました。

◆「光パス伝送モード自動最適化技術」とはどのような技術なのでしょうか。

「光ファイバ配線切替装置群の構成技術」により接続先に常に空いているポートが1本以上存在することが保証されたとしても、すぐに光伝送路を開通することができるとは限りません。
まず、光信号を送受信する伝送装置のベンダが異なる場合、送受信の伝送装置が対で動作する前提であり、ベンダ間で標準以外の部分の規格が異なるため、従来は通信を行うことができません。しかし、送信先を切り替えることを考えた場合には、異なるベンダの装置であっても標準的なインタフェースを使用して制御する必要があります。また、要求する速度や伝送距離、通信品質に応じて通信を最適化する必要もあります。例えば、距離が近いにもかかわらず強力なレーザを発射すれば、受光器が壊れてしまうでしょう。また、隣接する信号との干渉を防ぐ必要もあります。
そこで、標準的なインタフェースのみを使用して通信に使用する伝送モードを自動で最適化できる技術を開発しました。
具体的には、図2に示すように、まず弱い信号である初期設定用光パスで伝送路の状態を把握します。その後、光協調制御コントローラに拠点Aおよび拠点Bから通信に関するパラメータ情報を収集し、最適なパラメータの組み合わせを計算し、エンドユーザの要求に応じた光パスを開通させるという流れです。
これらの制御はソフトウェアにより行われているのですが、ソフトウェアによりネットワークを定義するSDN(Software Defined Network)などの興隆に加え、各分野でのオープンソース化への動きもあり、現在はこうした技術の必要性がますます高まっています。
先ほどの技術が数学的なアプローチであったのに対し、こちらの技術はソフトウェア的なアプローチといえるでしょう。

さらに実用性の高い技術に取り組む

◆両技術により、今後どのようなことが可能となるのでしょうか。

これらの技術により、刻刻と変化するネットワークの状況に対して、常に最適にネットワークを構成することが可能になります。IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の3つの主要技術分野の1つである「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」もこのような考え方から立脚しているのではないかと思います。
例えば遠隔会議システムは、昔に比べれば画質は格段に向上したものの、実際に会うこととはやはり差があります。また、やり取りに多少の遅れがあるため、話始めるタイミングが重なってしまったりと、やはり「離れている感」はまだ残っていると個人的には思っています。その点、APNでは人間が処理できる情報量をすべて送受信することができるため、「リモートでもできる」から「リモートであることを意識させない」という時代になるのではと期待しています。また、現時点ではまだ難しい、例えば遠隔手術のような通信の遅れにシビアなアプリケーションも利用できるようになるのではないでしょうか。

◆今後の方向性についてはどのようにお考えでしょうか。

今回は2つの技術を紹介しましたが、実はどちらもまだ実用化には至っていません。むしろ「やっとスタート地点に立った」といったほうが近いでしょう。
例えば「光ファイバ配線切替装置群の構成技術」では、引き込む光ファイバの数が固定されている場合には有益ですが、ネットワークは絶えず大きくなるものです。大きくしようとしたときには設備を追加したり組み替えたりといった必要が生じますが、すでに配線切替装置には光信号が走っています。パケット通信と比較しても光通信を止めたり移動したりすることは難しいため、稼働したまま拡張するような方法を探りたいと思っています。難しい問題ですが。
また、「光パス伝送モード自動最適化技術」にも課題はあります。今回は伝送路の両端、送信側と受信側の設定のみに話を限定しましたが、実際の光通信は両端だけで実現できるものではありません。例えば20〜30キロメートルを超えると、光信号が弱まるため「アンプ」と呼ばれる装置で信号を増幅する必要があります。その他、「フィルタ」と呼ばれる装置など、一般的には、経路上のすべての機器を併せて制御しないと最適な通信は実現できません。
さらに日々の保守運用プロセスと合わせて考えると、かなりいろいろな条件が入り組んだ複雑な問題といえます。これはほぼすべての関係者が抱いている実感ではないでしょうか。

◆これから情報通信ネットワークの研究に取り組みたいと思っている方へメッセージがあればお願いします。

NTTの研究環境は非常に充実しています。特に情報通信ネットワークに関しては、必要な設備はほぼそろっているといって良いでしょう。例えば光伝送に関する装置、光信号を送信する装置などは、以前に比べてかなり安価になったとはいえ大学の1研究室でそろえることは難しいでしょう。
その点、NTTでは実際の装置を使用して研究や検証を実施することができます。これはNTTグループの大きな強みといえるでしょう。
「情報通信ネットワーク」と聞くと、電気信号を扱う電子工学的なイメージをお持ちの方もいらっしゃるかと思います。しかし、私の研究に数学や情報工学などの色合いがあることからも分かるように、非常に幅広い分野といえます。もちろん電子工学は重要な分野ですが、現在の情報通信ネットワークは「ただ信号を送るもの」ではないため、それを管理するソフトウェア・プログラミングの技術、数学的な裏付け、時には経済学的な観点などさまざまな知見が必要となります。
自分の知見を社会インフラの一部として実現する、自分の知見を活かして社会インフラを支える、ということに魅力を感じる方がいらっしゃれば、ぜひ挑戦してほしいと思っています。