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挑戦する研究者たち

為せば成る。研究者よ「長期的楽観主義者」であれ

経済・社会構造の歴史的なパラダイムシフトが起きています。こうした中、量子情報技術は将来の経済・社会に大変革をもたらす源泉、革新技術として注目を集め、日本のみならず米国、欧州、中国等、世界各国が量子技術の研究開発を国家戦略の1つに位置付けています。量子技術の発展に大きく貢献する齊藤志郎上席特別研究員に、研究活動の進捗と研究者としての姿勢を伺いました。

齊藤 志郎
上席特別研究員
NTT物性科学基礎研究所

量子技術の発展に資する新規デバイスの研究

現在手掛けている研究について教えてください。

半導体デバイスからレーザ、磁気共鳴診断装置(MRI)にいたるまで、さまざまな装置には量子力学が応用されていますが、その中で私が手掛けているのは超伝導量子回路を用いた量子情報技術の研究です。量子情報技術とは、外部からのノイズに弱く寿命の短い量子状態を上手に制御し、従来技術では到達し得ない高性能な機能を実現する技術です。
これまで、量子性を持つ超伝導素子によって構成される超伝導量子回路は、量子コンピュータ実現に向けて精力的に研究が進められてきた中で、量子状態制御技術が向上し、近年では、量子コンピュータ以外にも量子センサ等の量子デバイスへの応用も検討され始めています。
超伝導量子回路研究の原点は、「量子力学の世界で現れる非実在性が巨視的世界で現れるか」という疑問で、これを解明、実証することで、エネルギーを消費せずに超並列計算が可能となる量子コンピュータや、これまでの限界を超えた高感度のセンシングが可能な量子センサの実現につながっていきます。実在性・非実在性とは、例えばカップの中でサイコロを振ると、外からは見えなくてもサイコロの目は確定しています(実在性)が、量子の世界ではカップの中ではすべての目の重ね合わせ状態が実現されていて、カップを開けて確認した瞬間に初めて目が決まる現象(非実在性)が存在します(図1)。実例では、1個の電子を飛ばして2つのスリットを通過させる実験を繰り返し、ある位置にあるスクリーンで測定すると、縞模様を形成するように電子が集まります(干渉縞)。これは、1個の電子を飛ばした場合でも、それぞれのスリットを通過した電子の重ね合わせ状態が実現され、干渉効果により電子の集まる場所が決まるためです。ところが個々の電子がどちらのスリットを通過したかを測定すると、干渉縞が消えます。スリットの通過を測定した瞬間に電子の飛ぶ方向が確定し、干渉縞を形成する方向へは飛んでいかないという非実在性によるものです。こうした電子や原子などnmサイズのミクロな世界においては非実在性が確認されるのですが、マクロな世界において非実在性が現れるかということが超伝導量子回路研究の原点です。

先駆的かつ世界的な成果を上げていらっしゃると伺いました。最近の成果をご紹介ください。

2016年に米国イリノイ大学と共同で、超伝導磁束量子ビットを用いることによって超伝導電流における実在性の破れの実証に成功しました(図2)。巨視的世界も量子力学に従っているのであれば非実在性が現れると考えられます。巨視的世界でも非実在性が現れるのか、それとも量子力学に適用限界があり巨視的世界では非実在性が現れないのか、という問題(巨視的実在性問題)は量子力学の黎明期からある未解決問題の1つでした。超伝導磁束量子ビットには170 nA(毎秒10¹²個の電子の流れに相当)の電流が流れています。今回の成果はこの電流で非実在性が現れることを示したもので、量子力学が電流状態という巨視的なスケールまで適用できることを実証したことは基礎物理分野に大きく貢献すると考えられます。また、超伝導磁束量子ビットが真の量子性を用いる量子デバイスとして働き得ることを保証します。この成果は英国科学誌『Nature Communications』オンライン版で公開されました(1)。
そして、2019年には超伝導磁束量子ビットを用いて少数電子スピン(電子の粒が回転している状態)を含む微小体積の試料に対して分析を行える電子スピン共鳴の実証に成功しました(図3)。
これは戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「量子状態の高度な制御に基づく革新的量子技術基盤の創出」の支援を受けた研究(超伝導量子ビットを用いた極限量子センシング)です(2)。電子スピン共鳴は物質中の電子スピンの性質を調べるための分析手法の1つで、分子構造の解析等に広く使われています。しかしながら、通常の電子スピン共鳴装置で分析を行うには10¹³個程度の大量の電子スピンを含んだ試料が必要で、試料の体積も数ミリリットル必要となります。そのため、分析を行える試料には制限があります。超伝導磁束量子ビットは高感度な磁場センサとして機能します。私たちは、この磁場センサを用いて小さな磁石としての性質を持つ電子スピンを検出することで電子スピン共鳴が行えることを示しました。その結果0.05ピコリットルの試料中の400個程度の電子スピンの検出に成功しました。微小体積中に少数スピンを含む試料に対する新たな電子スピン共鳴法を開発したことは、材料分析の手法として基礎科学分野から材料評価・生体分析・医療応用まで、幅広い分野に貢献すると考えられます。この成果は2019年に英国科学誌『Communications Physics』オンライン版で公開されました(3)。その後、2020年には検出体積0.006ピコリットル、検出感度20電子スピンまで到達しています(4)。
また現在は、2020年12月に立ち上げたばかりの国家プロジェクト、ムーンショット型研究開発事業「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」において、「超伝導量子回路の集積化技術の開発」を進めています(5)、(6)。

原点は巨視的量子現象へのキュリオシティ

領域の広がりや充実度をどのような気持ちで眺めていらっしゃいますか。

先駆的に取り組んでいた立場から領域全体を眺めてみると、この分野の進化は急激に速まっていると感じています。はじめはこぢんまりと、ゆっくりとした活動でしたが、この分野の可能性が見出されると、アカデミアや企業の研究者、そして超伝導だけではなく、多岐にわたる分野の優れた研究者がこの分野に集まってきています。高温超伝導が流行した時期に、量子回路の研究者が一次的に高温超伝導を研究し、再び量子回路に戻って劇的に発展させるといったような、さまざまなパターンで非常に面白い流れを形成しています。
巨視的重ね合わせによる非実在性への疑問からスタートして2016年には現象論だけではなく、数学的にもこれを証明することができました。この間に量子技術が成熟して、量子分野は世間から注目を浴びる存在になりました。20年前は超伝導量子回路の研究者は数えるくらいでしたが、今ではものすごい数のグループが研究していて新しい論文が日々発表されています。ただ、論文を読んでいると欧米とのリソースの差を感じます。特に量子コンピュータ分野では米国が優勢でGoogleやIBM等が大きく投資しています。
こうした状況をかんがみると、量子分野の研究において日本はタッグを組んで世界に臨まなければならないと考えます。各拠点で独自に取り組んでいては世界に取り残されてしまいますから、特筆すべき研究テーマを各拠点が担い、こうした得意分野を集結させて世界に対抗していくことが必要になります。
そして、この分野の先駆的な役割を果たしてきた私は、さらに先を行く、将来的に役立つ研究をしようと考えています。ムーンショット型プロジェクトの量子誤り訂正への参画はその一例です。海外と比較して、資金面でも人材面でもリソースはおそらく1桁は少ないかもしれませんが、新しい取り組みを魅力的にアピールし、成果をも材料にして優秀な研究者に集まっていただく絵図を描くことが私の役割だと考えています。
このような絵図を描くにあたり、私は先に挙げたCRESTやムーンショットで新しいプロジェクトに参画できたことは非常に大きな意味があると感じています。量子分野が非常にホットで魅力的なのは分かると思いますが、中でもNTTならではの魅力を示していくことが重要だと考えているからです。
加えて、この領域は今、新しい発想でどんなことができるかを考えるフェーズにあるように感じています。領域全体の発展を考えたとき、実際に研究を進めていく研究者にはあまりプレッシャーをかけず、ある程度、自由度を持たせておく必要があると感じています。そうでなければ発想も脆弱になるうえ、それがこの領域全体の発展にも影響すると思っています。

NTTに入社されてから20年間、量子を追究し続ける支えとなったのは何でしょうか。

出発点は巨視的量子現象へのキュリオシティ(好奇心)です。大学時代は超伝導を研究していましたが、巨視的量子現象を追究する環境や技術がありませんでしたので、その環境や体制に憧れてNTTに入社しました。
私が好奇心に支えられてきたように、研究者にとって、その分野に何があるか分からない、こういうものが好きだから取り組むという動機は重要なのです。
例えば、私が量子分野に傾倒する一番の理由は、学生時代に、世界で初めて超伝導回路で量子重ね合わせを実証した中村泰信先生(現・東京大学)の研究に憧れたことです。巨視的な領域で重ね合わせをつくるという「不思議」に夢中でした。
現在、中村先生は日本の量子コンピュータ研究を取りまとめるお立場ですが、私も異なる角度から量子コンピュータ研究に取り組むことができるようになりました。ある時、中村先生が「特別講義で妙にいろいろ細かく聞いてくる学生がいるなと思っていたが、実はそれが齊藤君だった」とお話しされていましたが、それくらい中村先生の研究に憧れていました。こうした思いを胸に、NTTに実習で来てくれる学生に、研究は面白い世界だと伝えることを心掛けています。
そして、研究を支えるのは「為せば成る」という考え方かもしれません。研究者は「長期的楽観主義者」でなければやっていけないと思います。「為せば成る」と常に思い、必ず解決できると信じて研究を進めてきましたが、入社してからしばらく成果を出せなかった時期があります。量子ビットの寿命が短くて、重ね合わせにならない状態が続いていたころです。それでも「為せば成る」、改良を続ければ寿命が延びると信じて、コツコツとサンプルや測定系の改良を続けていたときに真夜中の実験室で重ね合わせを示す振動が見えました。初めてデータを確認できたときは本当に感動しました。誰もいない体育館のような広い実験室で飛び跳ねて喜びました。こういう成功体験をすると次もできるのではないかという期待がますます大きくなると思います。

テーマを設定する際は現状分析、新方式や新規性を見出せ

研究テーマを定める際に心掛けていることを教えていただけますでしょうか。

私はこれまでの経験を踏まえ、新たなテーマを設定する際にはまず現状分析、そして新方式や新規性を見出せるようなテーマを検討しています。例えば自らの強みや研究領域で他の研究者の動向を把握し、自らの強みと比較して新しいものが打ち出せる方向性を検討しながら、進むべきテーマを絞り込んでいくことが重要だと思います。
研究フェーズや研究分野にもよりますが、現在の超伝導回路分野はかなり広範囲ですから、その中の各領域がどこまで進んでいるかをサーベイする必要があります。論文数もかなりの量ですからすべてを把握することは難しいかもしれませんが、それでもきちんと把握しておかなければ無駄な方向へ進んでしまう、あるいは成果を出しても評価を得られないことがありますからないがしろにはできません。
私もはじめは巨視的重ね合わせに向けてとにかく手を動かして、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら追究していました。しかし、時間は無限にはありませんから効率的に把握するために、超伝導量子回路の分野で進んでいるグループが出している論文をレファレンスも含め読んで、おおむねの方向性をつかむようにしています。特にレファレンスにはその分野の関係論文がほとんど集約されているので、概要を把握するのには非常に便利です。
それから、自分が興味を持つことをテーマにすることです。私が興味を持っている巨視的重ね合わせにおいては量子ビットの寿命を延ばす必要があるのですが、量子ビットの寿命が最近また延び始めたのを見て興奮している自分に「やっぱり好きなんだ」と実感しました。
このエモーショナルに気付くと同時に、正しいことや新しいことへ興味を抱けることも重要です。例えば、私はボゾニックコードという新しい方向性を模索していますが、蓄積してきた量子ビットの知見を活かして新しいシステムを構築しています。築いてきた礎はしっかりと活かし、新しいものに目を向けられる姿勢を備えることも大切にしたいです。

若い研究者の皆さんに一言お願いいたします。

若い研究者の皆さん。人とのつながりを大切にしましょう。人とつながることで新しい知識が得られ、全く異なる分野の研究者とのコラボレーションは新しい方向性を見出せることがあるからです。例えば、ムーンショットのプロジェクトでボゾニックコードを実現しようと、私たちが保有している超伝導量子ビットを入れる容器(キャビティ)を開発している研究者とのコラボレーションを模索していたところ、別の研究会での立ち話をきっかけにコラボレーション先とつながることができました。
また、超伝導量子ビットのコヒーレンス時間(量子ビットに保存された量子情報が消失してしまう時間のスケール)の限界を改善するために、素材としてのダイヤモンドの利用を検討していたときに、当時の上長が会議の昼食で隣に座った研究者と何気なく始めた会話から、その方はダイヤモンドの専門家であることが分かり、その先生のアドバイスに従ったら素晴らしい成果につながったことがありました。これらの経験から、私は研究者の集まるところに顔を出すことや人とのつながりの重要性を感じています。NTTの内外を問わず、他者との交流を大切にしていただきたいと思います。
それから、研究活動においては目的に縛られる必要はありません。出口はさまざまですし、いろいろなスピンアウトがあって良いと思います。研究テーマに90%ぐらいを注ぎ込み、残りの10%は全然関係ないことを考えるスタンスで臨めば幅が広がるのではないでしょうか。
繰り返しになりますが、自分が何をしたいかを対象は関係なくアピールしましょう。日常の何気ない会話の中にもチャンスは転がっています。好奇心を胸に、自分の興味のある研究テーマを追究していきましょう。

■参考文献
(1) https://www.rd.ntt/brl/latesttopics/2016/11/latest_topics_201611042223.html
(2) https://www.jst.go.jp/kisoken/crest/research_area/ongoing/bunyah28-2.html
(3) https://www.rd.ntt/brl/latesttopics/2019/03/latest_topics_201903291915.html
(4) R. P. Budoyo, K. Kakuyanagi, H. Toida, Y. Matsuzaki, and S. Saito: “Electron spin resonance with up to 20 spin sensitivity measured using a superconducting flux qubit,”Appl. Phys. Lett., Vol. 116, No. 19, 194001, 2020.
(5) https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal6/index.html
(6) https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal6/67_yamamoto.html