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トップインタビュー

利他的であれ!リターンは結果が答えてくれる

NTTサービスイノベーション総合研究所は、すべての“ひと”が幸福であり、安心・安全・健康に自分らしく暮らせる社会の実現に向け、サイバー・フィジカルを融合させたシステムにより、地球・社会・個人の間で調和的な関係が築かれる世界の実現を3つの研究所によりめざしています。社会課題の解決や新たな価値創造に、既成概念を捨てつつチャレンジする大野友義所長に新たなミッションやトップに求められる資質について伺いました。

NTTサービスイノベーション総合研究所
所長
大野 友義

PROFILE

1989年日本電信電話株式会社入社。1999年NTTドコモ 次期PHS位置情報システム開発、FOMA導入推進担当、2017年執行役員、2018年NTTドコモ・ベンチャーズ取締役兼務、2020年みらい翻訳社長兼務を経て、2021年7月より現職。

すべての“ひと”が幸せになれる未来を創り出していきたい

NTTサービスイノベーション総合研究所の所長就任おめでとうございます。まずは同総合研究所について教えていただけますでしょうか。

NTTサービスイノベーション総合研究所(SV総研)では、社会課題の多様化や、サイバー・フィジカル融合といったテクノロジも進展していく今後の社会において、すべての“ひと”が、身体的な健康(wellness)と心・精神の健康(mindfulness)の両面が満たされたWell-being な状態となることを大きな目標とした研究開発に取り組んでいます。
例えば、身体的な健康(wellness)を充実させるために、日常の食のアドバイス、長期の体調管理のための行動変容を促す研究開発、また、サイバー世界上に自分と同じ人格を持ったもう1人の自分(Another Me)をつくり出し、その経験や得た知識を自分自身にフィードバックすることで、精神的にも充実した人生を送れるような世界の実現をめざした研究開発に取り組んでいます。さらには、従来のAIに比べ、人間の脳と同様に、少ない学習処理で、汎用的に多数のタスクが実行可能な次世代のAI研究にも取り組んでいます。そして、このような“ひと”に関する研究開発の成果が倫理的な面も含め世の中に取り入れられるようにする社会システム基盤、また、AI機能が実世界のさまざまな場所に偏在し、自律的に連動するAIコンピューティング基盤などのWell-beingを支える基盤研究に取り組んでいます。これらWell-beingを指向するチャレンジングな研究テーマに対して、従来のやり方、既成の概念にとらわれない姿勢でトライしています。
こうした未来創造に向けて、SV総研は3研究所体制で取り組んでいます。ヒューマンセントリックに基づき、サイバー世界発展の急加速に伴う実世界とサイバー世界の新たな共生に関する革新的研究開発を行う「人間情報研究所」、ICTにより高度化する社会システムや人間社会の変革と発展に向けた、広範な社会価値、セキュリティ、プライバシ、倫理、法律・制度などの融合的な研究開発を行う「社会情報研究所」、そして、規模や複雑さの観点から扱うことが困難であったデータを処理可能とし、人や社会に有用な価値を創出する、革新的な計算機科学とデータサイエンスの研究開発を行う「コンピュータ&データサイエンス研究所」です。

所長として研究所をご覧になってお感じになったことをお聞かせいただけますか。

私は現職に着任する前は、NTTドコモで次期PHS位置情報システム開発、FOMA導入推進、お便りフォト、しゃべってコンシェル、フォトコレクションをはじめとする技術開発、サービス開発を中心にかかわってきました。2021年7月にSV総研所長に着任してとても驚いたのは、NTTドコモ時代にめざしていた世界と研究所のめざしている世界は同じであったことです。それは「Well-being、すべての“ひと”が幸福であり、安心・安全に自分らしく暮らせる社会」です。ただ、事業会社も研究所もWell-beingの創造という目的は同じなのですが、ビジネスを手掛ける事業会社では直近の課題をどう解決するかということを中心に議論し、一方の研究所は先を見据えています。これは、事業会社はビジネスのために今できることを検討しますが、研究所は世界を大きく変えるために今はできていないことに挑戦するという、スタンスの違いによるものです。

VUCAの時代だからこそ現場へ行き、試行錯誤を繰り返す

NTTドコモ時代のご経験が研究所の仕事に活きていると実感されることはありますか。

スタッフや研究者とはダイレクトコミュニケーションを心掛けているのですが、その際に「サービスってどうやってつくったら良いのでしょうか」と聞かれることがあり、このときにNTTドコモで長年サービス開発に携わってきた経験が活きています。
サービス開発にはいくつかのフェーズがあります。顧客が持つ課題の質を上げるためのプロセスであるカスタマプロブレムフィット(Customer Problem Fit)が最初のフェーズです。続いて顧客の課題を特定して解決し得るソリューションを見出した後に最小限の製品をつくって、実際に役立つかを検証するため試行錯誤をするプロセスを経て、顧客が抱える問題や課題を解決する製品(プロダクト、サービス)を提供している状態、プロブレムソリューションフィット(Problem/Solution Fit)のフェーズへ進みます。そして最後は、自社のプロダクトやサービスがマーケットにフィットしている状態、プロダクトマーケットフィット(Product Market Fit)へと展開させるのです。
ただ、現代は「VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)の時代」と呼ばれ、あらゆるものを取り巻く環境が目まぐるしく変化し、将来の予測が困難な状況です。これまではある程度の見通しを立てやすかった市場も今では予測不可能になっています。だからこそ試行錯誤を繰り返すしかないと私は考えています。
また、私はサービスをつくるとき、現場へ赴くことを大事にしてきました。あるとき、島根県の雲南市に伺って高齢者のヒアリングをしたことがあります。オンラインツールを使うことや高齢者の皆さんに東京まで来ていただいてお話を伺うこともできるのですが、やはり現地へ赴いてお話を伺うと、言葉や表情だけでは分からない当事者を取り巻く環境を五感で感じることができました。お話を伺って驚いたのが当事者である高齢者の皆さんは、日本としては超少子高齢化が社会問題となっているにもかかわらず、何にも困っていらっしゃらなかったことです。この経験から社会課題と叫ばれている超高齢化社会においても、生活者、自治体、国家、それぞれの立場によって観点は異なり、取り組むべきことや必要性が変化することを改めて実感しました。
このように実社会をつぶさに見ることは大切です。研究者の皆さんの活動を支援していく中で、自分の研究成果の実社会における反応を見ることを意識付けしていくつもりですし、実際にダイレクトコミュニケーションではサービスをつくって世の中に出し、反応を見てみたいという方もいました。コロナ禍にあって難しいとは思いますが、私は研究者の実社会を意識する姿勢も大切にしていきたいと考えています。

現場主義の所長はトップとしてどんなことを大切にしていらっしゃるのですか。

失敗することが怖くて躊躇するという話はよく聞くと思いますが、まずは「やってみる」ということです。以前、携帯電話で写真を送る「お便りフォト」というサービスを開発していたときのことです。日本初のサービスをNTTドコモが開発し、開発完了の社内手続きを行っているときに、他社が類似サービスを先に報道発表してしまったのです。当時は、報道発表するためには開発完了の社内手続きが終了していることが社内ルールで決められていたため、他社に先を越されてしまったのです。私たちはこれをきっかけに見直しを図り、発売予定の段階でも報道発表ができるようにルールを変革しました。他社が先んじて報道発表をした時点では失敗でありましたが、まず日本初のサービスを「やってみた」ことで、プロセスの課題があぶりだされ事態の改善を図ることができた、つまり見方を変えると成功へとつながったということではないでしょうか。この例に代表されると思いますが、組織にルールはあるけれど、そのルールに研究者は縛られすぎないでいただきたいと思っています。かつての私の上司も(いい意味で)「まずルールは破るためにあるのだ」「ルールは自分でつくれば良い」等と話していましたが、私もこの姿勢を歓迎します。
また、トップという存在は部下が心地良く仕事をするためにあるというのが私の信念です。例えば、ルールのために良い仕事ができないのなら、ルールを変更する権限のある私が変更すればよいと考えます。リスクも含めて総合的にトップが判断し、プラスに動きそうならリスクを引き受けることも私の役目です。
それから、私が大切にしているのは、部下の成長のために「細部まで仕事をせずに任せる」ことです。過去に、自分たちの企画を実行に移すための会議等の資料は、A3用紙1枚に左上の背景から右下の結論まで、起承転結をまとめて作成するスタイルをとっていた時期がありました。上司は、冒頭の背景と最後の結論だけを指示して、資料づくりを部下に任せるパターンが多くありました。部下は背景をかんがみ、他社の動向や自社の強み等を考慮しながら、自由な発想で自分の考えた企画案を結論にマッチするように導いていくことができるのです。このように明確なゴールを示してやり、自由度を高めれば部下は成長できると思います。

大切なのは未来を予測するのではなく創る姿勢

とても心強いです。部下の皆さんを信頼していらっしゃるのですね。これからの時代、研究者の皆さんに求められる資質や姿勢を教えてください。

まず、お話ししたとおり挑戦することと試行錯誤を繰り返すことに加えてバックキャスト的な思考で取り組むことも大切ではないでしょうか。そして、早稲田大学の入山章栄教授が提唱しているイントラパーソナル・ダイバーシティ、つまり「1人の中に幅広い多様性を持つ」ことも重要です。強い専門性(縦軸)に加えて、他の人の専門分野とつながる横軸を持ってHの形をつくれる人材がイノベーションを実現する鍵になります。
それから欧米でよくいわれるノブレス・オブリージュ、NTTの場合で考えると社会的使命をかんがみていただきたいです。私は、IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想のようにNTTには日本を変える力があると思っています。NTTの研究者は日本から世界を変えていけるポジションにいると思います。ぜひその役割を果たしていただきたいと思います。
そして“熱い想い”、これがビジネスを成功へ導くと信じています。アラン・ケイは「The best way to predict the future is to invent it。(未来を予測するもっとも確実な方法は、それを発明することだ)」と話しています。VUCAの時代だからこそ、アラン・ケイの言葉どおり、あるべき未来の姿や熱い想いを実現する姿勢で研究活動に臨んでいただきたいです。
最後に、一番大事なことは自分を大切にすることです。ヘレン・ケラーと同じ病を抱えている東京大学の福島智先生は「この世に生を受けた人で不要な人は誰1人としていない」とおっしゃいます。人生は短いですから自分を大切に悔いのない生き方をしていただきたいと思っています。ただし、利己的ではなく利他的な姿勢で臨んでください。Give and Give!リターンは結果が教えてくれます。
(インタビュー:外川智恵/撮影:大野真也)

※インタビューは距離を取りながら、アクリル板越しに行いました。

インタビューを終えて

SV総研のテーマであるWell-beingにもつながるお話ですが、大野所長はクロスフィールズ社が提供するプログラムに参加して、ルワンダに赴かれたことがあるそうです。ジェノサイドの被害を受けた方からの話を聞いた帰りの飛行機で、人の幸せについて考えたと言います。銀河鉄道999のストーリーのごとく、有限であるから懸命に生きることができるのではないか、制約があるからこそ幸せを模索し、幸せを感じるのではないかと思ったと言います。
日々の仕事に加え、こうした経験を背景に自分を大切に生き、家族との思い出をできる限りつくることを大切にしていらっしゃる大野所長。当時11歳だったご長男へのお手紙を見せてくださいました。「人間社会の自分」というタイトルのお手紙には愛情たっぷりに他者への思いやり、努力をする喜びや生きる姿勢がTVゲームを例にして分かりやすく示されていました。大野所長の「トップの存在は部下が仕事をしやすくするためにある」という言葉は、家族ばかりではなくかかわる人すべてに愛情を注いでいるようにも感じます。所長の家族や部下に対する思い、そして、社会に対する熱い想いや使命感を伺った今回、ノブレス・オブリージュについて改めて考えさせられました。