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挑戦する研究者たち

「実験室」を飛び出して、実社会で研究成果の「実力」を確かめる

将来のネットワークにはこれまでのインフラの限界を超えた高速大容量通信や膨大な計算リソース等の提供が期待されています。この期待にこたえるべく、NTTは端末を含むネットワーク情報処理基盤IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想を掲げて研究開発を展開しています。IOWNの構成要素である6G時代の無線アクセスに向け、システム、デバイス、そしてサービスの多様化が進むと予想される無線アクセスの革新に挑む鷹取泰司上席特別研究員に、研究活動の実際と研究者としての姿勢を伺いました。

鷹取 泰司
上席特別研究員
NTTアクセスサービスシステム研究所

ユーザに意識させないナチュラルな通信環境を提供し続ける

現在手掛けている研究から教えてください。

私が研究しているのはIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)における6G(第6世代移動通信システム)時代の無線アクセスにおける複数無線アクセスの活用です。
無線通信領域においてはスマートフォンの通信量は増加し、IoT(Internet of Things)の発展によりさまざまなモノが接続され、さらには、自動運転車やドローンの遠隔制御、超高精細映像のやり取りなど、無線端末や利用形態が多様化しており、無線通信の果たす役割が生活のあらゆる場面で格段に高まり、通信量も今後ますます増大していくと予想されます。このような端末や利用形態の多様化は、人口の集中する都市部だけではなく、郊外地や田園地帯など、さまざまな場所に対しても無線ネットワークでカバーしていくことが必要になります。同時に、多様な利用形態に応じて無線通信品質に対する要件もさまざまなものとなるため、それらへの対応も必要です。
このような背景を受けて、私は「つながり続ける」の実現、体験の共有、未踏領域への展開をキーワードに新たな価値創造に向けたネットワークの発展に挑んでいます。
5G(第5世代移動通信システム)は、高速・大容量、低遅延、多数端末同時接続といった特長がありますが、IOWNや6Gに向けては、性能向上だけでなく、これらを高度に組み合わせた要求条件が求められるようになると考えられます。先鋭化した個々のサービス要件に適した無線アクセスを、必要な場所に柔軟に届けるサービスをエクストリームNaaS(Network as a Service)と名付け、必要な技術開発を推進しています。その要素技術として、さまざまな無線の状態を把握し、無線アクセスをプロアクティブに制御するCradio®技術群の研究開発を進めています(図1)。

無線ネットワークを意識しない通信環境の実現に取り組んでいらっしゃるのですね。具体的にはどのようなことを追究しているのですか。

Cradio®はIOWNの構成要素の1つで、ユーザに無線ネットワークを意識させないナチュラルな通信環境を提供し続けるための無線技術群です。Cradio®は①把握(無線センシング・可視化技術):無線状態収集・可視化、無線センシング等による実世界状態の可視化、②予測(無線ネットワーク品質予測・推定技術):刻々と変化する無線通信品質の予測・推定、③制御(無線ネットワーク動的設計・制御技術):環境や要件に応じた物理位置設計、無線パラメータの最適値導出、ネットワークのパラメータやリソース等の動的制御、の3つの無線技術群で構成されています。これらを高度化して、リアルタイムに連携させることで、ユーザ要求と時々刻々と変化する電波状況に追従し、ユーザに無線ネットワークを意識させないナチュラルな通信環境を提供し続けることが目標です。
また、無線通信のポテンシャルを最大化するため、電波が伝搬する空間そのものを制御する「インテリジェント空間形成技術」も追究しています(図2)。これは必要に合わせて伝搬路を制御することによって「快適につながる」を実現し、「与えられた伝搬路」から「つくる伝搬路」へのパラダイムシフトをねらっています。
これまで私たちは、環境は与えられるものだと考えて、与えられた環境に最適化した通信システムを実現することを考えていましたが、環境自体も自分たちでつくってしまうというように視点を変える研究開発を始め、さまざまな技術に取り組んでいます。例えば、通常の反射板はある方向から光、あるいは電波を受けるとそれに対して反射する方向が決まりますが、最近、開発されている反射する方向を任意に変化させられる反射板を利用して、反射する環境自体を変化させる実験に臨みました。
さらに、Cradio®を用いて、北海道岩見沢市の農道で実際に農機を自動走行させました。5Gなどの複数の無線ネットワークをまたがって農機が自動走行する中で、通信品質の変動をAIが予測して通信品質が劣化する前に適切なネットワークに自動で切り替えることで、農機の遠隔監視を中断させることのない、安定的な自動走行を実証しました。協調型インフラ基盤技術と連携することで、IPアドレスや通信方式の違いを隠蔽し、アクセスネットワークに依存しない接続性を提供することで、アプリケーションにネットワークを意識させないナチュラルな利用が可能となります。

「リアル」な影響を確認しながら実験、測定、評価を積み重ねる

従来の視点やアプローチを変えることで成果を得られたのですね。

これはチーム内のちょっとした雑談から生まれた発想なのです。ある技術は特定の環境下では良い成果が得られるけれど、別の環境では同様の結果が得られないことがあるように、技術は環境に依存することがあります。こうした観念に縛られて、勝手に限界点を設定してしまっていたのではないかと考えました。もっと自由にさまざまな発想を持って限界点を突破する、自ら環境をコントロールして世界観を変えていこうと思ったのです。
この発想の転換と挑戦には技術の進展も影響しています。かつて1つのエリアには同じ種類の無線通信は1つという環境でしたが、今では複数の無線通信が存在するようになりました。将来的に技術がさらに進展すれば、もっと多くの無線が折り重なる環境が生まれるでしょう。この状況を見据えたときにシステム単位の最適化を検討するよりは、複数の無線が折り重なる「環境」を想定した研究開発が求められると考えたのです。
おかげさまで、私たちの無線の研究開発にはさまざまな期待が寄せられています。この社会からの期待の高まりが私たち研究者のモチベーションにも響いています。意見交換の場でもさまざまな業界の方々が興味を持って議論に臨んでくださいます。こういう刺激は新たな発想を生むきっかけになりますし、研究開発を良い方向へ導いてくれます。ただ、議論が活発になればその分だけ課題が次々と出てきます。出てきた課題は順次解決していますが、新たな課題が出てくることもあり、すべてを解決するのは少し時間がかかりそうです。とにかく辛抱強く実験を繰り返し、少しずつ知見を蓄積していこうと考えています。こうした実験は地味で体力も要するものですが、世界中の誰も観たことのない唯一無二のデータを手にすることができるのです。そして、そのデータを基に新しい技術を創れるというというのはやりがいにつながります。

実験は実験室ばかりではなく、岩見沢市の例のように実際に現場に出向いて行うこともあるのですね。

実際に現場に行って実験や測定をするのは研究活動の面白さの1つです。いわゆる「リアル」な影響を確認しながら実験、測定、評価を積み重ねることは重要です。実生活において、より良いサービスを利用する際、どういう無線環境であるかを考えたとき、研究活動の場はやはり「実験室」ではありません。「私たちは実験室でさまざまな結果を出しました」というだけでは、やはり本物の成果とはならないのです。実社会で役に立ち、ユーザの期待にこたえるためには「実験室」を飛び出して、実社会で私たちの研究成果の「実力」を確かめることが大切だと思います。
こうした実験は現実に課題を抱えていらっしゃる方々等のご協力がなくては成り立ちませんから、実験の場を提供していただける機会を得ることは非常に重要です。岩見沢市の実験のほか、最近では鳥獣害の検知でお困りの方にご協力いただきました。野生鳥獣による農作物への被害は年間200億円前後で、特にイノシシとシカによる被害額は全体の約80%を占めています。加えて、これらの被害は営農意欲の減退や耕作放棄といった二次被害も引き起こし、深刻な社会問題となっています。このような鳥獣被害の対策として侵入検知に向けた電波を活用したセンシング技術の研究を展開していました。
ご協力いただいた方の要望は、檻に仕掛けたセンサが何を検知したかを遠隔で確認する技術でした。センサが何かを検知すると管理者等が確認に行くのですが、確認に行く担当者はイノシシやシカなど檻に捕獲されたものによって違うのだそうです。現状のシステムではそれが分からないため、現場に確認に行ったが担当ではない鳥獣が捕獲されており、別の担当者が改めて現場に向かうことがしばしば発生していました。檻を設置している山の中から画像を無線で送るのは、障害物が多く意外と難しい技術なのですが、私たちが研究開発していた技術とうまくマッチしたこともあり実験に至りました。
ほかにも、水産業の方々の沖に設置した網にかかった魚の種類や網の状態を知りたいという要望におこたえして水中ドローンで撮影した映像を沿岸に届ける実験もしました。こうした「リアル」な環境でどれだけ私たちの技術が実力を発揮できるかを確認できるのは貴重な体験です。また、実際に課題を抱えていらっしゃる方々に実験を持ちかけた際、「やってみましょう」とご協力くださること自体が私たちの研究、技術にご期待いただいているとも受け取れます。このように実社会でご評価いただけることが私たちのやりがいにもつながります。

限界を設定せず、突破することをねらう

課題や研究テーマを探す際にはどのようなことを心掛けていらっしゃいますか。

やはり、限界を設定しないことですね。これが最大の特性だという話が出てきたら、「何かおかしいぞ」と思い、打開するアプローチを模索します。この考えに至ったのは2004年から1年間研修したデンマークのオールボー大学での経験です。指導教官がグリエルモ・マルコーニの「It is dangerous to limits on wireless」という言葉を引用して、将来の無線に向けてどのような限界突破を考えていますかと投げかけました。これをきっかけに限界を突破することをねらっていこうと強く思い、自分が設定した課題の高さや発想の自由さをさらに検討するようになりました。
IOWN構想が実現されると、あらゆるものが連動する世界がやってきます。こうした時代の研究開発においては、無線だけではなくさまざまな要素を取り込んで研究開発に臨む必要があります。他分野の研究開発や視点を取り込むというこの考えは昔から重要であるといわれていますが、これから先はそれがより重要になりますし、そこをねらっていかなくてはいけないと考えます。
無線のみを検討すると通信品質や速度の評価をして、それをどう改善するか等の研究開発になる傾向にありますが、そうではなくてユーザの体感やサービスをどう改革できるかを念頭に置いて実際の環境で検証し、「リアル」な社会と連動していく技術をつくり上げていくことが重要だと思います。加えて、ユーザだけではなく、サービスを開発する人たちにとっても使いやすく、開発しやすいものを考えていく必要も感じます。
私は研究開発の世界に対して「球」のようなイメージを持っていて、球の表面を全般的にみるアプローチと球の真ん中に突き進んでいく専門性を磨いていくというアプローチがあると思っています。球の中心は1つであり、専門性を突き詰めて中心に近づけば近づくほど、どの分野から追究しても共通する感覚を持てる、本質的なところで理解し合えるのではないかと思うのです。私はこの球の真ん中に向かって突き進んで研究開発をしてきたいと思っています。

後輩の研究者に向けてエールを送っていただけますか。

研究活動においては年齢で先輩後輩が決まるものではないと思っていますから、研究者どうし、お互いに切磋琢磨していきたいと思っています。若い研究者と話をするときに、少しもったいないなと思うのは、皆さんとてもセンスが良くて、きれいな解答をスッと出してくるのだけれど、逆に少し変なことやうまくいかなかったものを切り捨ててしまっている傾向にあることです。
私はうまくいかなかったことがその先の大きなプラスにつながるという思いを持って、「ダメかもしれない」ことにもチャレンジしていくことも大切だと思うのです。あなたが何かを考えた時間はあなただけのもので、それ自体があなたの財産であり、次の研究開発に活かすことができるものです。
そして、せっかく考えたものをしまい込まずに、いろいろな考え方とぶつけ合って新しい技術を創りましょう。こうした営みを一緒にしていきたいと考えています。確かに行き詰ることもありますし、うまくいかなかった研究の何を取捨選択するか、継続の可否、是非についての意思決定は難しいこともあるでしょう。そのようなときは論理で考えて判断する部分とは別に「好きだ」「面白い」と感じ取れることがあるなら捨てなくて良いと思います。
私はNTTに入社して26年余りが過ぎましたが、入社したばかりのころは無線の研究開発が花開かないこともありました。しかし、多くの研究者が端末とネットワークの将来像を描く中では最後のアクセスは必ず無線となっていましたし、私もいつかそういう時代が来ると信じて研究を行ってきました。今になって無線への注目が高まっていることをかんがみると無線を研究してきて良かったと思っています。
研究開発は1年、2年で成果が得られるものではありませんから、長期的な視野を持って粘り強く続けていきましょう。いつか「やっていて良かった」という展開が必ず来ると思います。