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挑戦する研究開発者たち

研究と開発のちょうど良いバランスを意識。ステークホルダの立場と仕事を「ある程度知っている」のがベター

製造業ではIoT/AI技術で効率化を実現する第4次産業革命への期待が高まっています。こうした中、NTTコミュニケーションズは製造業のお客さまと連携し、AIによる製造現場の課題解決に取り組み、複雑な処理や分析の難しさを解消する「Node-AI」を開発しました。プログラミングの知識がなくてもIoTデータの分析が可能になり、お客さまが自ら試行錯誤することをも可能にするNode-AIの開発者、切通恵介氏に事業と研究の両立を図るための心構えを伺いました。

切通 恵介
NTTコミュニケーションズ
イノベーションセンター
テクノロジー部門 AIリサーチャー

データ分析ツール「Node-AI」のサービス開発

現在手掛けている研究開発について教えていただけますでしょうか。

私は技術開発系の部署(イノベーションセンター)に所属し、2つの役割を担っています。1つはデータ分析ツール「Node-AI」のサービス開発です(図1)。開発には、アジャイル開発手法の1つであるスクラム開発を適用していて、スクラムの中でプロダクトオーナーという、プロジェクトの立ち上げから継続したシステム開発のプロダクトマネジメントを行う立場にあり、その中ではもちろん機能の方向性決定に関する役割もあります。
もう1つは、時系列データに対してのニューラルネットワークの判断根拠抽出(要因分析)と統計的因果推論の研究です(図2)。例えばプラントに異常が発生したときに知らせてくれるような異常検知・分析、もしくは1時間後の温度を予測するようなAIモデルにおいて、その分析や予測の判断根拠を抽出する研究です。研究者として大学との共同研究のほか、特許執筆、CVPR(Computer Vision and Pattern Recognition)やIJCAI(International Joint Conference on Artificial Intelligence)、KDD(Knowledge Discovery and Data Mining)のワークショップなどで論文を発表しています。
Node-AIのサービス開発と時系列データに対してのニューラルネットワークの判断根拠抽出と統計的因果推論の研究は、一見するとそれぞれ独立したテーマのようにみえますが、世の中でこの研究成果を役立てるようにするためにNode-AIのサービス開発というかたちでつながっています。世の中で利用されているAIの多くに機械学習が適用されていますが、そこに私の研究テーマである判断根拠抽出と統計的因果推論が活用されます。一方、AIはさまざまな分野で利用されるため、その分野ごとに学習モデルが異なり、必要となる知識も多様で専門性が高いものとなります。そこで、私たちはAI活用における各産業特有の課題に対応するためのGUIツール、Node-AIを開発しました。Node-AIを使えばプログラミングに関する専門知識がなくても機械学習によるIoTデータの分析が可能になります。これにより、産業界へのデータサイエンスの普及が見込めるばかりではなく、お客さまが自ら試行錯誤する「AIの普及」にもつながっていると考えています。

こうした研究開発は世界的に注目を集めているのですか。

最近ではExplainable AI(説明可能なAI)等の単語が流行していますからご存じかもしれませんが、要因分析はここ数年の間に注目を集めるホットな領域になりました。私たちはその少し前から研究開発を始めています。
NTTコミュニケーションズは事業会社で、提供サービスの中にはAIソリューションもあります。そして、私たちのチームは事業と連携しながら研究をしているチームですから、事業につながる研究をすることを大切にしています。担当している案件のお客さまから「AIが予測した意味、予測した原因が分からないのであれば導入するのは難しい」等のご意見をいただくことが多くありました。こうした声におこたえしようと研究開発を始めたのです。当初は誰も手掛けていない領域でしたが、お客さまとの日頃の会話の中で、ニーズはあると確信していましたし、また、学術的にも未開の領域であれば評価されやすいのではないかと考え、研究と事業の両面で展開し、Node-AIを導入していただく等、成果を上げつつあります。
さて、お客さまとお話をしていると多岐にわたるニーズがみえてきますが、1人のお客さまの強いご要望が、他の多数のお客さまの課題を解決することにつながるかというと、必ずしもそうではありません。事業化を視野に入れた場合、収益性はもちろん、お客さまへ訴求する効用、導入後の保守・運用等、意識しなければならないことが多方面にわたり、どのようなニーズ・技術に対応した研究開発を優先するのか悩ましいところです。
一方、研究の側面ではまだ大きな成果を上げられていないと感じています。抽出するデータによって要因は全く異なりますから、そのデータに詳しくなければその要因の確かさを判断するのが難しいのです。実験においては正解のデータセットが用意されているのですが、要因分析では扱うデータによって正解が異なり、場合によっては正解すらもありません。このため、著名な学会に論文を投稿しても、参照すべき正解がないことから正当性を問われて受理されないこともあります。今後は学術的な成果を残せるように努めたいと考えています。
事業と研究と両方の側面から1つの成果に挑むとき、事業(サービス)と研究のスパンの違いを踏まえておく必要があります。事業の開発スパンは研究ほど長くありません。お客さまからのフィードバックを受けてすぐに開発します。特に、競合他社との競争がある場合にはさらに短くなります。一方の研究は1年、2年と長いスパンで取り組まなくてはなりません。現在、取り組んでいることが数年後の成果を得られる段階に至ったときに果たして事業に取り入れられるのか、そこまで検証する必要があります。私はこの観点をとても大切にしています。

何を話しても許される環境が真のニーズを引き出す

研究と開発の2つの視点からチャレンジする対象を見極めていらっしゃるのですね。

成果を上げるには実験と改善の繰り返しが必要です。何度も繰り返してようやく形になるものです。ニーズを軸に考えれば、お客さまのご要望を技術的に実現できるかを問われます。技術的に実現するために研究開発を進めるにしても、要因分析の分野においては理論的に積み上げられたものは少なく、技術もまだ確立されていません。だから実験してみないと分からないことが多いのです。
また、世の中の多くの研究者が悩んでいるとおり、研究開発を継続するには技術的や論理的に妥当か、あるいはお客さまが実際にお使いになれるか等の判断基準があります。一方で成果を定量的に測ることができない部分もありますし、急に思い浮かんだアイデアからブレークスルーして成果につながることもあります。
こうした背景もあって、私は研究開発をするときに「辞める」という判断をあまりしません。既存手法を改善して高い精度を出す手法はいったん中断し、問題設定を刷新して新しいものにチャレンジする手法をとることが比較的多いこともあります。この手法であれば新規性の評価は得られます。
加えて、問題設定の妥当性は重要ですから、経験やお客さまとの会話などからひらめきをいただく機会も大切にしています。例えば、私たち通信業と製造業のお客さまは業種が違いますし、会社の構造や置かれている環境も違います。データ分析においても私たちとは違う視点や使い方、課題があります。さらに、お客さまの抱えている課題も技術面だけではなく、かかわる人に依存するケースもあります。こうしたディテールをしっかりと把握することでより妥当な問題設定ができると考えています。私が要因分析をテーマとしたのはまさにこうしたお客さまとの会話がきっかけです。だからこそ、お客さまとは何でも話せる関係や環境を築くことを大切にしていて、仕事によってさまざまですがメールのやり取りも含めて月に10時間程度はお客さまとお話ししています。

お客さまとの会話以外にも研究開発をするうえで大切にしていることはありますか。

まずやってみることを信条としています。例えば、当該研究分野の論文を読んでサーベイし、先行研究から自分の立ち位置を確認することや、当該手法の改善点や精度を検証するのは王道だと思います。しかし、私は学生時代の指導教員の影響もあって、やってみたいことがあったらまず始めます。一般的には良しとはされない手法ですが、好奇心のほうが勝ってしまいますし、楽しいと感じる手を動かすことを優先してしまいます。
また、事業会社では研究に接する機会が少ないのですが、事業会社の研究者という存在にも価値があると考えています。私は入社当時から、サービス開発を軸にしていても、心情は研究者であることを自分に課していて、どんなに忙しくても論文は必ず読みますし、必ず年に1本以上は論文を投稿すると決めています。論文を読まないと時流を把握できませんし、論文を読むことは研究活動以外のサービスやマーケティングの仕事においても大切だと考えているからです。研究者と連携して技術開発をすることも頻繁にありますし、自分が研究をしていないと表面的なことしか分からないし、研究者側の事情も推し量れないのです。
入社してから5、6年このような生活を続けていますが、研究との両立はかなり大変です。論文の締め切りと事業の節目の時期が重なるときもよくあります。先日も、国際学会で論文発表と開発したツールの社内レビューが重なってしまいました。このような生活をしていると、タイムマネジメントは大変ではないかと聞かれることもありますが、私は研究日を設けたりせずに業務に疲れたら研究したり、空いた時間にちょっと実験したり、論文を読んだりして隙間時間を活用しています。根性でやり抜くというよりも興味の赴くままにやっています。今の研究と事業のバランスは私にとってちょうどよくて、たとえ忙しくても、事業ではお客さまからダイレクトにニーズが伺えますし、研究することで好奇心が満たされるのでモチベーション維持に役立っています。

皆さん、もっとつながりませんか?

研究と事業の両方を知る立場からみて、それぞれの役割や価値はどう解釈されていますか。

研究者は論文執筆や特許出願を主体とし、基本的なアウトプット先はアカデミアでしょう。研究開発者は研究と開発の「のり付け」のような役割を担う存在だと考えています。ニーズに対して自らの研究のみならず、世の中の研究を分かりやすく伝え、開発に活かすことを求められています。そして、技術、知識を備えておくことは大前提ですが、加えて営業力やニーズを引き出すインタビュー力も求められていると思います。
私たちの仕事にかかわる人たちは研究者、研究開発者、開発者等、さまざまな立場がありますが、それぞれ自分の立場だけ深く理解していれば良いわけではなくて、ステークホルダすべての立場をある程度知ってることがベターではないでしょうか。
例えば、NTTコミュニケーションズは研究寄りの研究開発者がすごく少なくて、技術寄りの開発者が多く在籍していますが、技術寄りの研究開発者はニーズを知る場は自ら設けることができますから、研究できることは自ら研究して、開発とのバランスを取れると良いですね。研究開発者は部下も従えて仕事をしていますので、研究を理解していないと部下にも話ができません。
研究者の方にも同じように開発を知っていただきたいと思っています。研究しているとき、「なぜこの研究をしているのだろう…」と、研究に意義を感じられなくなったら負けだと思うのです。そんなときにお客さまの顔が浮かんで、「あのサービスに組み込めたらいいな、ニーズもあるよね!」と現実を想像できるとモチベーションも上がると思います。
私は将来的にはもう少し研究者寄りの研究開発者になりたいと思っています。しかし、私は研究面も事業面もスキルがまだまだ足りません。研究者としてはステータスの高い学会で論文を受理していただくことやPhDの学位も修め、事業面では市場を知るための努力をしていきたいです。とにかく、やりたいことがたくさんあります。

研究開発者の仲間に向けて一言お願いいたします。

私は研究開発者の皆さんともっとつながりたいと常に望んでいます。例えば、私が手掛けているAI系の技術の分野でいえば、NTTグループ全体のAI系の関係者が集まるDeep Learning連絡会がコミュニティとして存在します。この場で多くの研究所の方と知り合えましたし、議論の機会も得ています。
コミュニティは大事だと思います。「事業会社に来てください」「今すぐ電話で会議できませんか」「ニーズがありますので研究開発していただけませんか」と言いたくても知らない方に話すのはハードルが高いと思うのです。しかし、ニーズや技術について「ゆるく」話せる場や機会やあれば、そのハードルも下げられます。このAI系の他にもコミュニティができたら良いと思います。ただし、誰かに指示されてコミュニティをつくるのではなく自然発生的なのが好ましいと思います。
たとえ、コミュニケーションが苦手だったとしてもSNS等のチャットスペースに入れば情報は入手できますし、必要がなければ発言はしなくて良いのです。加えて、オンラインで会議や発表会をすることもありますが、コミュニティでURLを入手して参加することもできます。コミュニケーションが苦手な人は、こうしたコントリビューションの運営は頑張りが必要かもしれませんが、私はそういう方々も巻き込めたら嬉しいと思っています。チャットベースでどんなに浅い質問でも良いから発信することを心掛けたいです。
最後に、コミュニケーションを図る際に私が一番心掛けているのは自分が発表者になることです。勉強会やコミュニティでは自分が発表すれば参加した方々から質問されますし、議論もできます。これをきっかけに人とつながれますし、自分のプレゼンスも価値も上がります。皆さん、もっとつながりましょう!