NTT技術ジャーナル記事

   

「NTT技術ジャーナル」編集部が注目した
最新トピックや特集インタビュー記事などをご覧いただけます。

PDFダウンロード

特集

現実世界(ヒト・社会)とサイバー世界の新たな共生に関する革新的研究開発

人と人、人と機械の共生の実現をめざす共生知能研究

現実世界とサイバー世界の融合が急速に進展する中、人と人、および人と機械の共生のあり方は、大きく変化しています。ICTの活用によって、人や集団の振舞いを、より良い未来の実現や感動の共有に向けてそっと後押ししたり、人と機械とがより自然で複雑なやり取りのもと、一緒に働くことができるようになるでしょう。本稿では、このような未来像に向けて、共生知能研究プロジェクトが取り組んでいる研究内容について概要を紹介します。

杵渕 哲也(きねぶち てつや)/浅見 太一(あさみ たいち)
吉田 仙(よしだ せん)/山本 隆二(やまもと りゅうじ)
NTT人間情報研究所

はじめに

現実世界とサイバー世界の融合が急速に進展する中、私たちの働き方や生活は大きく変化しています。実空間に人が集まり対面で行われていた会議や協働作業、学校での授業や懇親会等は、今やリモート環境でも当たり前のように行われ、雑談や井戸端会議はSNSが主流になりつつあります。スタジアムやイベントホールに直接足を運んでいたスポーツ観戦や演劇視聴は、サイバー空間内でもリッチに体験できるようになってきました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的な流行も、2つの世界の融合に拍車をかけています。
このような時代に、人と人、さらには人と機械は、ICTの力を活用することで、これまで以上に豊かに共生し、それによって人はこれまで以上のWell-beingを実現させることができると確信しています。例えば、人や集団を、より良い未来の実現や感動の共有に向けてそっと後押ししたり、人と同じような内面を持つ機械とより自然で複雑なやり取りのもと、一緒に働くことができるようになるでしょう。そのような未来像を見据え、私たちは人の振舞い、特に複数の人からなる集団の振舞い(思考、行動等)をモデル化、シミュレーションし、人と人、人と機械が協働し、共生する社会活動の将来予測や最適化に資する技術の研究開発に取り組んでいます。
具体的には以下の3つのテーマを掲げています。
① 群心理・行動モデリング:人とその集団の心理、判断、行動等の振舞いのモデリング、およびモデルに基づく行動のシミュレート、最適化
② 集団創発・ソーシャルブレイン:テキストコンテンツの内容を的確に理解・知識化し、人との協働において求められる情報を自然なやり取りで提供する知識処理
③ 情動的知覚制御:人の情動的な心理(熱狂・一体感等)の内面モデルの解明・センシング、および個々人の対人特性に寄り添いコミュニケーション齟齬を解消する協働作業支援
本稿では、3つのテーマについて私たちの取り組みを紹介します。

群心理・行動モデリング

本テーマでは、人の意思決定や行動のモデリングの研究開発に取り組んでいます。例えば、夕飯に何を食べるか、何を買うか、運動をするか・しないか、どこに遊びに行くか、SNSでどのような発言をするかなど、人は日々さまざまな意思決定を行っており、その結果として社会活動が形成されています。社会活動の将来予測やこれまで以上のWell-beingの実現のためには、こういった人の意思決定・行動のモデル化と計算機によるシミュレートが欠かせない技術となります。例えば、行動をモデル化し、メッセージングやインセンティブなどの介入手段によって行動がどう変わるかをシミュレートできれば、ユーザにより良い行動を促すアプリ・サービスの実現につながります。私たちは、人の行動の分析、行動のモデル化・シミュレート、それに基づく行動変容策の導出に取り組んでいます(図1)。
行動のモデル化・シミュレートに向けて、深層学習を含むさまざまな数理モデリングとビッグデータに基づく最適化技術の応用は有望なアプローチです。しかし、多種多様な人の行動のデータを大量に集めることは容易ではありません。また、人の意思決定・行動のメカニズムを解明するためにも、単に既存の数理モデルを当てはめるだけではない、より踏み込んだアプローチが必要になると考えています。
人の行動に関しては、これまで行動経済学や社会心理学などの分野で研究され、多くの知見が蓄積されています。NTT人間情報研究所では、これらの知見を取り入れた数理モデルを新たに構築し仮説検証を行うことで、人の意思決定・行動のメカニズムを明らかにするとともに、計算機による効率的で高精度なシミュレートの実現をめざしています。

集団創発・ソーシャルブレイン

本テーマでは、テキストコンテンツの内容を的確に理解・知識化し、人との協働において求められる情報を自然なやり取りで提供する知識処理の研究開発に取り組んでいます。
テキストコンテンツの内容を的確に理解・知識化するための基盤となる技術に言語モデルがあります。言語モデルとは、日本語の例でいえば「日本語とはどういうものか」をプログラムが扱いやすいかたちで表したもので、最近ではこれを超大量のテキストデータから大規模事前学習により獲得した深層学習モデルとして実現する手法がこの分野を席巻しています。NTT人間情報研究所でも日本語の大規模事前学習言語モデルを構築し、さらにその性能を高めていくための研究開発を行っています。このような取り組みを通じて、人と人、人と機械が協働するための言語コミュニケーションの基盤の構築をめざしつつ、NTTグループのさまざまな言語処理関連サービスへの貢献を行っていきます。
テキストコンテンツにおける人と機械の協働の有望なユースケースの1つに文書要約技術があります。NTT人間情報研究所では、大規模事前学習言語モデルを利用した精度の高い要約が可能で、かつ要約の長さを用途に応じて調整したり、ユーザが指定したキーワードを含むような要約を生成したりできるような技術を開発しています。このような技術をさらに進化させ、例えば医療や知的財産関連などの文献を大量に調査する業務においてレポートを自動的に生成するような技術が実現できれば、大きな価値を生むものになると考えています(図2)。
人と機械の協働において、人と話すのと同じ言葉で機械とも会話できれば、協働はより自然なものとなります。人と自然言語でやり取りする技術は対話システムと呼ばれ、特定の仕事をこなすタスク指向対話システムと、いわゆる雑談を行うようなシステムに大別されます。NTT人間情報研究所では雑談対話システムの研究開発を行っており、特に対話システムにキャラクタ性を持たせることでユーザが親しみを感じられるような技術に取り組んでいます。

情動的知覚制御

本テーマでは、人の知覚から情動に至る特性を理解し、その特性に応じて人と人のコミュニケーションへの介入をすることで、集団としての共生の質を向上させる技術の研究開発に取り組んでいます。具体的には、以下の2つの技術の確立に取り組んでいます。
① 情動的知覚制御技術:人の情動表出特性を理解し、センシングやデータ分析を通して情動特性を推定するとともに、情動特性に合わせた知覚刺激により情動をコントロールすることで、コミュニケーションの拡張(情動の共有による一体感・熱狂の醸成など)を実現する技術
② 協働作業支援技術:人のコミュニケーション特性を理解し、特性に合わせた情報変換を通じてコミュニケーション齟齬を解消することで、コミュニケーションを円滑化する振舞いを誘起させ、集団での協働作業の質の向上を実現する技術
前者の情動的知覚制御技術では、生体情報や画像・音声、コンテンツなどのデータを利用して個人や集団(グループや群衆など)の情動を推定する情動推定技術と、推定結果に基づき情動を望ましい状態に変化させる情動制御技術の確立に取り組んでいます(図3)。
後者の協働作業支援技術では、集団での協働作業の質を向上させる重要な要因として「心理的安全性*」に着目し、心理的安全性を高めることで多様な特性を持つ人々が共に働きやすくなることをめざしています。そのために、本技術では個人のコミュニケーション特性を把握し、その特性に合わせた言語情報・非言語情報の変換を行い、コミュニケーション齟齬を低減することで心理的安全性の向上を実現する技術の確立に取り組んでいます(図4)。

* 心理的安全性:「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられることを意味します。

(上段左から)杵渕  哲也/浅見 太一
(下段左から)吉田 仙/山本 隆二

共生知能研究プロジェクトでは、人と人、人と機械の豊かな共生の実現をめざし、社内外と積極的に連携しながら研究開発を進めていきます。

問い合わせ先

NTT人間情報研究所
共生知能研究プロジェクト
E-mail sil-contact-p@hco.ntt.co.jp