特集
IOWNの時代へ
本稿では、2019年にNTTグループが公表した「IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)構想」について紹介します。本記事は、2019年11月14~15日に開催された「NTT R&Dフォーラム2019」での、澤田純NTT代表取締役社長の講演を基に構成したものです。
NTT代表取締役社長 澤田 純
歴史にみる日本の特徴
今回の講演ではIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)という、新しい情報通信基盤について話をします。この新しい構想を紹介するにあたり、まずは歴史を振り返りたいと思います。また、今日は海外の方もたくさん来ておりますので、日本がどのような国かということも理解いただきたく、3世紀にまでさかのぼって説明します。
古代(3世紀頃)の日本
図1は中国の三国時代の魏志倭人伝に出てくる日本の紹介部分です。当時日本は倭と呼ばれており、「倭は真珠、青玉を産出し、倭の山では丹が採れる」という記載があります。真珠はパール、青玉はサファイアです。サファイアは富山と奈良でよく採れたといわれています。丹は硫化水銀のことで朱(しゅ)とも言い、猛毒ですが防腐剤に使用したり、当時はいろいろな薬剤、塗料に用いられたりしていました。硫化水銀については、奈良の産出量が多かったのですが、大分や徳島などでも採れています。このように中国の歴史書から日本が豊かな資源産出国であったことがうかがえます。
図1 古代(3世紀頃)の日本
江戸時代(17~19世紀)の日本
時代は17世紀、日本は鎖国をしていましたが、実はオランダを通じてかなり貿易を行っていました。例えば、オランダの画家であるフェルメールが描いた絵の中で、地理学者や天文学者がヤポンスロックと呼ばれる着物を着ています。着物は欧州で非常に珍重されたといわれています(1)。
また、世界の流通の主流であった銀の3割が日本産だったことが現在までの研究で分かっています。産出量が多かったのは南米のポトシ銀山で、そこをスペインが植民地としていたことから、オランダは長崎の出島を通じて日本からかなりの量の銀を輸入していました。
さらに、網野善彦先生の『「日本」とは何か』によると、百姓(ひゃくせい)の4割は農民以外の多様な職人が占めており、彼らの優れた技術によってつくられた工芸品などが欧州に向けて輸出されていたようです。
こうした江戸社会を産業革命時代の欧州社会と比較してみます。産業革命はエネルギー革命であり、ロンドンでは労働を節約して、資本を集約しながらエネルギーを投下して経済成長を図っていました。一方、江戸は労働を集約し、資本を節約することで、下水道の完備など循環型のエコな構造を持つ、人口100万人の都市となりました。両者を対比すると正反対の構造となっていることがよく分かります。
これまで歴史を振り返ってきましたが、日本は、「豊かな資源産出国であった」「輸出を通じ、世界に影響を与えてきた」「江戸は有数のエコ大都市(100万人)であった」とまとめることができるでしょう。
現代社会の構造
現代社会の構造を経済と国家という観点でみてみます(図2)。経済の観点では、前述の銀や着物の例にあるように、我々が認識する前から自由貿易が存在していました。国家レベルでは、ウェストファリア条約以降、国家という概念が生まれ、その後社会主義と民主主義の対立などを経て、現在では米中貿易戦争など保護主義の台頭による国家間の分断が拡大しています。加えて、ビッグデータなどによる情報の氾濫とAI(人工知能)などを活用した情報フィルタリングにより、個人の嗜好に偏った情報ばかりがもたらされることで、個人間の分断も顕在化しているように思います。
次に、現代社会を二元論的にとらえると、「グローバル対ローカル」「集中対分散」など、いろいろな対比概念が存在しています(図3)。情報通信産業において、通信はアナログの世界からデジタル化により大きく社会を変えていきました。それはサービスやいろいろな情報を統合していく流れでした。近年エッジという概念が出現したことで、統合しながら分散もする状況が生まれてきています。コンピュータもメインフレームからダウンサイジングして分散に至りましたが、クラウドによって再度集中になり、エッジによりまた分散となります。つまり現在は、集中と分散が同時に存在している状態ではないかと考えます。
これまでは集中か分散かというような課題設定が多かったように思いますが、現代においては、このような二律背反する概念に対し、矛盾を許容しつつも双方をつなぐことでパラコンシステントな世界を実現し、多様な価値観を認め合う社会を築くことが求められているのではないでしょうか(図4)。具体的には、欧州社会の経済拡大と江戸社会の循環型社会のそれぞれの特徴を両立させることで、持続可能な成長を実現できないかと思っており、そのために新たなイノベーションが必要となると考えています(図5)。
図2 現代社会の構造(国家間の分断)
図3 現代社会の構造(二元論)
図4 めざす社会(パラコンシステントマネジメント)
図5 新たなイノベーション
エレクトロニクスからフォトニクスへ
近年、欧州の猛暑や日本の台風など、異常気象が日本だけではなく世界で多発しています。これは温暖化によるものといわれていますが、持続可能な成長を実現するためには技術的な課題があると考えています。まず、IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、AIなどの活用が進み、大量のデータ処理に伴って消費電力がますます増大する傾向にあります。加えて、ムーアの法則の限界といわれる半導体進化の終焉も取りざたされています。こうした課題の解決に向けて、NTTは従来の電子技術による信号処理から、光技術をチップ内に導入する光電融合型の処理に関する研究に取り組んでおり、2019年4月に世界最小の消費エネルギーで動く光トランジスタについて発表しました。
また、インテル、ソニー、NTTの3社がパイオニアとなって、光電融合技術を活用したフォトニクス関連の研究開発を推進する国際的な取り組みとして「IOWN Global Forum」を米国で設立することを公表しました。
光電融合技術を活用した光半導体はIOWNの基本となるものであり、その活用により端末やデバイス、ネットワークが支えるアプリケーションの能力を拡大していきたいと考えています。
What’s IOWN?
IOWNはネットワークから端末まですべてにフォトニクスの技術を導入した「オールフォトニクス・ネットワーク(APN)」、実世界とデジタル世界の掛け合わせによる未来予測等を実現する「デジタルツインコンピューティング(DTC)」、あらゆるものをつないで制御を実現する「コグニティブ・ファウンデーション(CF)」の3つの要素で構成されます。
オールフォトニクス・ネットワーク(APN)
現在のネットワークは、ルータなどを介して光信号と電気信号の変換を行う必要がありますが、APNでは、光ファイバから伝送装置・半導体、ネットワークから端末までのすべてにフォトニクスベースの技術を導入することにより、低消費電力、高品質・大容量、低遅延をめざします(図6)。
IOWNにおける無線技術については、伝送容量の大容量化をめざし、議論を始めています。また、JAXAとの共同研究を発表し、低軌道衛星と地上局間通信の大容量化に向けた衛星MIMO(Multiple-Input and Multiple-Output)技術の適用など、宇宙空間の利用拡大に向けた取り組みを開始したところです。さらに、ユーザにとって最適な無線周波数を動的に割り当てる無線接続技術の開発も進めていきたいと考えています。
APNの実現で光伝送可能な範囲がエンド-エンドに拡大することによって、量子もつれ状態の伝送による量子通信が可能となり、盗聴不可能な量子暗号を実現する基盤を構築していきたいと思っています。
図6 オールフォトニクス・ネットワーク(APN)
デジタルツインコンピューティング(DTC)
デジタルツインは、現実世界を構成するモノやヒトなどをサイバー空間上に正確に表現し、予測を行ったり最適な提案をしたりする概念です(図7)。
IOWNのDTCはこれまでのデジタルツインの概念を発展させたもので、多様なデジタルツインを掛け合わせることによって、実世界の再現を超えた新たな世界が実現できるのではないかととらえています。感情や価値観など人の内面までもデジタル化したデジタルツインの複製・融合・交換によって、サイバー空間内に新たな世界を構築し、その世界におけるシミュレーション結果を実世界にフィードバックすることが可能となるでしょう。
一方、DTCの実現に向けては、デジタルツインの構造・表現、実世界とのインタラクション、デジタルツインによる高精度な未来予測、新たな世界観の構築(社会科学的な考察)などを具体的にどうしていくかという課題が顕在化してきます。課題の中には、技術論だけでは対応できない、人間が考えていく社会科学的な問題なども含まれてくると思います。そこで、京都大学の出口康夫教授を中心としたグループと共創プロジェクトを開始しました。このプロジェクトでは、東洋的自己観の哲学を基にリアル・デジタルの新たな視点として、「包摂的なパラレルワールド観」を検討していきます。具体的には、デジタル技術によって生まれる世界を現実世界と並行的かつ包摂的にとらえ、その世界での人の生きがいや倫理、社会制度について研究していく考えです。
図7 デジタルツインコンビューティング(DTC)
コグニティブ・ファウンデーション(CF)
CFは、ユーザのICTリソースを含めた構築・設定および管理・運用を一元的に実施することができる仕組みです(図8)。CFによって、マルチドメイン、マルチレイヤ、マルチサービス/ベンダ環境における迅速なICTリソースの配備とICTリソース構成の最適化を実現することができます。また、CFは今後、完全自動化、そして自律的・自己進化型のオペレーションへと進化していきます。
現状版のCFはすでにラスベガス市で商用導入されています。これはデルテクノロジーズと共同開発をし、VM Wareの仮想化ソフトウェアをベースに、UBiqubeのソフトウェアを実装したNTTコムウェアのオーケストレーション機能を活用しています。これによって、さまざまなシステムから形式にとらわれることなくデータを収集して、そこからリアクティブな対応とプロアクティブな予測を実現するソリューションを同市に提供しており、今後もさらに拡張していきたいと思っています。
図8 コグニティブ・ファウンデーション(CF)
IOWN構想のロードマップ
IOWNは最終的には10年以上を見据えた議論になりますが、3つの構成要素のロードマップについてそれぞれ説明します。APNについては、ここ数年の間に光電融合技術を組み込んだデバイスとして、光送受信機の小型化から始めて、中期的にチップ間光伝送の実現をはかり、長期的にはチップ内光伝送の実現をめざしていきます。また、サービスごとに波長を割り当てる技術の確立、衛星通信の高速化なども中期的に実現していきます。
DTCでは、短期的に即時的な相互作用を実現するゼロレイテンシメディア技術を確立し、その後社会科学的な考察をベースにした新たな世界観の構築やヒトのデジタルツイン化(ヒトの内面モデル化)、そして最終的にはそれらを踏まえて仮想社会を駆動するための超高速未来予測技術の実現をめざしています。
CFについては、ディープラーニングに基づく異常検知といった単体システムでの予知保全のレベルから、マルチ無線制御技術による最適な無線接続、複数システムの自動運用、最終的には協調的自律制御技術を活用した自律化への進化を図っていきたいと考えています。
こうした技術開発と並行して5G(第5世代移動通信システム)も高度化していく中で、無線アクセス区間ではORAN(Open Radio Access Network)による検討で基地局のソフトウェア化が進んでいくでしょう。また、コアネットワークでは、TIP(Telecom Infra Project)などにより、ハードウェアのホワイトボックス化が推進されるのではないかと考えています。
先ほどお話しした、「IOWN Global Forum」は、設立メンバーのインテル、ソニー、NTTを中心として、現在Orange、ベライゾン、マイクロソフト、中華電信など65社が参加を検討しています。本フォーラムでは今後も多くの方からの応募を期待していますが、技術分野だけではなく、人文・社会科学的な知見のある方にも入っていただき、新しい世界を一緒に検討していきたいと考えています。
おわりに
今回のNTT R&DフォーラムではIOWNというキーワードで展示などを紹介していますが、IOWNは進化の途中にあり、時間軸の中でもその都度変化してくる可能性があります。現在、NTTはSmart Worldの実現を支援するビジネスモデル「B2B2X」を推進していますが、主体はセンターBのお客さまで、NTTはイネーブラー(触媒、支援者)としてお客さまの変革をサポートしていきます。Smart Worldの実現に向けた取り組みも強化しながら、将来の新しい基盤の開発も同時に行っていきたいと考えています。
■参考文献
(1) 田中:“誰も語らなかった フェルメールと日本、”勉誠出版、2019.